分断作戦
「おのれ、魔女め……!」
縦深陣を回り込み、女皇の近衛へと戻ったガウェインは、心の底から悔しそうにうめき声をあげた。
無理もない、今のところ魔女とその協力者に、いいように引っかき回されているのだから。
そんなガウェインとは対照的に、女皇は顔色一つ変える様子なく、魔女と交戦する自軍を見つめていた。
「焦っちゃダメよ、ガウェイン。数ではこちらが勝っているのだから問題ないわ。事実、騎士団は少なからず魔女を足止めできている。このあいだに、できることをやるべきよ」
「しかし……」
「物事は順番というものがあるのよ。まずは……あの小うるさい狙撃手を黙らせるべきじゃない? 支援と前線を分断する。戦の基本だと、私は思うのだけど」
ちゃりん、と法杖を小さく鳴らし、ビルの上を指す。
その天辺には、物陰へ巧妙に隠れているが、確かにアバターの姿が見えていた。
あれをまずはなんとかせよ、というのが女皇の作戦というわけだ。
「とはいえ、参ったわね、情報ノイズが出た時点で、もっと伏兵を警戒すべきだった……いえ、警戒が足りなかったのとは少し違うか。あの狙撃手の能力が、こちらの想定以上だったというだけかしら。どちらにせよ、その齟齬っていうのは修正が必要よねぇ? 手っ取り早いのは、即時排除ってことになるかしら」
「しかし、誰があそこまで? 中から攻めるにしても外から攻めるにしても、あの徹甲爆裂弾の狙撃は厄介だ。あれに盾抜きで耐えられるのは、我くらいなものだが……」
「だったらあなたが行けばいいのよ。当然でしょ?」
「そ、それは」
虚を突かれたような言葉だった。
たしかにあの狙撃に耐えうるのが自分しかいないのであれば、自分がやるしかない。
だが自分には女皇の近衛を統率するという役目もある。
自分の身は一つしかないのだ。どちらが今、重要であるか──にわかに判断はつきにくい。
「我が女皇のそばを離れるわけには……」
「もっともな意見だわ。私とあなたの分断こそ、敵の目的だものね。でも、ここは相手の思惑に乗ってあげましょう」
「なぜ?」
「あなたの力ならば、上にいるのが誰であれ、軽々ひねり潰せるでしょう? そうしたら、とんぼ返りで戻ってくればいいのよ。可能な限り早く。上手くいくかどうか、じゃないわ。やるのよ、勝機とはそうやって掴むものだわ」
「……たしかに、これ以上戦力をすり減らされるわけもいかん。そこまで言われたなら、やってみせよう。だが、護衛は……」
「大丈夫よ。『頭首支援スキル』が効いてるもの。今の私なら、あの子とだってやり合えるわ」
女皇の身体には、ぼおっとした光のエフェクトがかかっていた。
これこそ城を持つアライアンス・リーダーのみが恩恵を受けられる、『頭首支援スキル』による特殊支援効果だ。
ステータスの底上げや、自動防御フィルタなど、この恩恵によって頭首の戦闘能力は大きく引き上げられる。
たしかに豪語するとおり、今の彼女ならば魔女と本気で立ち合うことも可能かもしれない。
「……了解した」
ガウェインもそれで納得したのだろう。
首を動かし、重々しくうなずく。
そして鋭い目付きで、シタデル尖塔を見上げた。決然としたその雰囲気は、今までどこか違っている。
ビリッと、空気が帯電を始めたような錯覚を覚えるほどだ。
「……待っていろ、すぐそこまで行ってやる」
ガチャリ、と音を立てて愛用の『重戮槍』を構える。風を巻き込みながら槍の可動刃が回り始め、それと連動するように、先端部より赤黒い光が球状に集束していく。球状の大型エネルギー弾だ。
「フッ!!」
気合いとともに、槍ごとエネルギー弾を撃ち出す。
狙いは上空、もちろんさきほどの狙撃を行った者がいたあたりだ。
もちろん、この攻撃で対抗しようというのではない。射程や威力こそ十分だが、いかんせんガウェインの砲撃はチャージに時間がかかる。使い方次第とはいえ、専門のガンナーと撃ち合いをやれるほどではない。
そう、つまりこれは威嚇であり、宣言だ。今から貴様を討ちに行くぞと、ガウェインはどこぞの誰か、すなわち『敵』に向かって宣言したのだ。
一度腹を決めれば行動は早い。ガウェインは手近な味方に向かって命令する。
「女皇警護騎士を四人抜く! 上空へ向かうぞ、機動装備で我に続け! 全員で両翼を固めろ!! 頂上の狙撃兵を囲んで一気に撃滅する!!」