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仮面の魔女と黒い銃  作者: 桂樹緑
死闘、太陽の騎士
18/31

魔弾の射手

 天から降り注いだ弾幕は、重装甲が自慢であるはずの騎士団アバターをやすやすと貫いていた。

 並の弾頭ではこうはいかない。魔女は、そして狙撃者は、装甲を突破するために何らかの策を打ってきた──それは明らかだった。


「報告っ! 何事だ!?」


 ガウェインの下知が飛ぶ。


「上空……おそらくシタデル尖塔頂上部からの狙撃です! 低速のホーミング弾のようなものが、前衛アバターの装甲が弱い部分を正確に……」

「なんだと? ただの狙撃で、我が騎士団のアバターの装甲が抜けるはずあるまい!」

「おそらく、対重装甲用の特殊弾頭を使われたかと。サンプリングデータによれば、徹甲爆裂弾アーマー・クラッシャーの可能性が高いと思われます!」


 徹甲炸裂弾とは、らせん状に装甲に深く食い込んで情報組成を破壊する特殊弾頭だ。装甲が強靱であればあるほど大きなひずみを発生させるため、重装甲タイプのアバターの天敵ともいえる。

 無論欠点がないわけではなく、重く空気抵抗の高い形状は弾速が上がらず、ペルソナアバターの反応速度からすれば見切りやすく、また弾道は安定しないのが泣きどころだ。

 そのため、ここまでの精度で正確に弱点へと撃ち込むのは、神技といっても過言ではなかった。


「あんな弾で狙撃を?」

「事実、撃たれました! とにかく、装甲の弱点を正確に撃ち抜くというアバターの技量自体が、尋常ではありません」

「それは、つまり……」

「この数発がまぐれ当たりではないとすれば……正真正銘、相手はあの距離から、こちらの装甲を突破できるということになります」


 ガウェインに報告しているアバターの声色には、絶望的なものがにじんでいた。

 間合いを詰めての突撃戦闘を旨とする『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』の性格上、火器の防御については装甲に頼ることしか考慮されていない。

 むしろ厚い装甲で敵の攻撃を受け止めながら、蹂躙・突破することが主戦術となっている。

 それはアバターによる集団戦というものを突き詰めた場合、機動力によって回避を行うことは、あまり現実的な戦術にはならないからだ。

 それでも反撃用に火器を装備したアバターの一団は部隊内に配備されているが、それもあくまで常識的な装備の範囲だ。

 このような状況下での反撃は考慮されていない。

 たしかにシタデル尖塔──つまりサンシャイン60の高さは約二百三十メートル。通常の狙撃ならばさほど問題なく命中を期待出来る。単純に距離だけ見れば難しい、という言葉は使われないだろう。

 しかし狙撃にはおよそ不向きな特殊弾頭を使い、吹き荒ぶ激しいビル風を計算に入れ、さらには複数のアバターに連続で当てているなどという芸当ができる者は、騎士団にはいない。

 それどころか、トップクラスのランカーにさえそうはいないだろう。

 つまるところこの狙撃は、直接対処不能の脅威そのものだった。


「ガウェイン、あの男なの? 撃ってきたのは、あいつなの?」

「わからぬ。そこまでの技を持つとは確認できていない。だが、どちらにせよ放っておくわけにもいかないだろう」

 女皇の問いにも、首を横に振るしかない。

 仮に撃ってきたのが()()()だとすれば──甘く見ていた。甘く見ていたつもりはないが、甘く見ていた。

 彼の者の実力を、あの男を、まだ低く見積もっていた。

 まったく、どれだけの力を隠していたのか。敵をナメてかかる習慣は、ガウェインというアバターにはない。

 しかしそのガウェインをもってしても、魔女がパートナーに選んだというその事実を、頭では理解できても実感はしていなかったということになる。


「……ッ! 敵アバターに熱源反応! 第二射、来ます!」

「チッ! 総員、対空防御姿勢! 盾で装甲の薄いところを守れ!」


 騎士団のアバターが持つディフェンス・プレートは、このような装甲で対処しきれない攻撃を防ぐためにある。

 構えた盾が弾頭を受け止め、がりがりと食い込ませながら火花を立てる。手足と違い、駆動系・制御系のシステムを内蔵していない盾ならば、その厚みで徹甲爆裂弾(アーマー・クラッシャー)の威力を殺すことができるのだ。

 しかし射撃が続くかぎり、こうして盾を上に構えなくてはならない。進軍は自然と遅れる。そしてそれは──隊列全面に立つ魔女にとっては、絶好の好機となるのだ。


「援護があるうちに……数を減らさせてもらうよ!」

「魔女、来ます!」

「前を空けろ! 我が迎撃する!!」


 女皇の近衛を離れたガウェインが、白いマント状の装甲をはためかせながら、魔女に向かって突進する。

 巨体とは思えぬ速度は、足元のグライド・スピナー──それも大重量に対応するためブースターを組み合わせた『ラケーテン・スピナー』と呼ばれるタイプ──によるものだ。

 地面から幾度も火花を散らしながら、槍を構えたガウェインが突っ込む。

 迎え撃つストレーガも負けてはいない。

 肩の増加装甲裏と、スカートに内蔵されたスラスターを展開し、十分に加速しながら剣を構える。


「来い、ガウェイン! 遊んでやるよ!」

「ほざくな!!」


 大剣と槍がぶつかり合う。

 金属同士が弾け、火花が二人の仮面を焼く。

 仮面の下では不敵な笑み。いかに立場や怨恨があろうとも、強敵との戦いで笑えぬものは、けっして強くはなれないのだ。


「上は誰だ、魔女! 誰が撃っている!? あの男か!?」

「さあてね! 孤独に戦う僕のために、神様がくれた助けかもな!」


 噛みつくような勢いで、ガウェインが吠える。だが、ストレーガは嘲るように答えるのみ。


「戯れ言を……ぬかすな!」


 『重戮槍(ミンチ・ランサー)』の可動刃(ブレード)が唸りを上げる。

 槍でありながら、突くだけでなく振り回しても相手を引き裂く『重戮槍(ミンチ・ランサー)』、その高速回転する刃を喰らえば、軽量痩躯のストレーガはひとたまりもない。

 しかし──しかしだ。喰らわないから()()なのだ。

 逆袈裟気味に振り上げられた槍を、ストレーガは回避しようと身体をひねる。

 だがガウェインの巨躯と同じくらいの長さを持つ槍だ。そのリーチたるや尋常ではない。

 斬るために踏み込んでいたストレーガを薙ぎ払うのに十分なほど届く。胴をえぐり取る、という意志を込められた一撃が、彼女を襲った。


「さっすが……ぶちかましだけは十人前だねガウェイン!」


 賞賛の声を挙げると、槍に合わせて身体を浮かせながらぐるりと回転させる。装甲で受けない、身もかわさない。槍にぶち当てたのは大剣の腹。『七星剣(セプテントリオン)』の腹を使い、可動刃の上を転がるようにして滑りながら、ガウェインと交叉するストレーガ。


「ええい曲芸か! ナメた真似を!」

「そんな大振り当たるかバーカ! 攻撃が雑なんだよ! そのくせ直せって、昔から言ってるだろ!」

「ふざけろ!」


 だがそのまま好きにさせるガウェインではない。

間違いなく騎士団ナンバー・ツー、それはすなわちアバター・ランクもきわめて高いということだ。

重ねてきた実戦の経験は、一合二剣を合わせた程度で、標的を取り逃がすことなどない。


「ぬん!」


 突き込んだ槍をさらに押し込み、地面へとめり込ませる。

それをブレーキ代わりにするかと思えばさにあらず。

重戮槍(ミンチ・ランサー)』の可動刃、それが生み出す螺旋の回転力と、ラケーテン・スピナーの突進力を組み合わせ、巨体からは想像もできないほどの速度で反転する。


「おおっ!?」

「貴様の技だ、魔女!!」

「覚えたかー、教えた甲斐があったよ」

「言っておけ!」

「なんと!」


 背後に迫るガウェインの槍を、担いだ剣で受け止める。

 しかしいくら重装とはいえ、超重量級アバターであるガウェインとの体格差は歴然。

 踏みとどまれずに、身体が前に吹き飛ばされる。

 だが、それは彼女が甘んじて受けたもの。浮いた身体をそのまま生かし、ブースターを吹かして推力を乗せた。

 ガウェインの打ち込みの威力を、そのまま空中でのダッシュ力へと変換したのだ。


「バカな!? あの姿勢でっ!!」

「僕を誰だと思ってる? 僕は……『剣の魔女(ストレーガ)』だ!」


 普通はこんなことは考えないし、発想しても機体の反応が追いつかない。

そんな奇策を大真面目に実行する決断力と行動力こそ、魔女の魔女たるゆえんの一つ。

まさしくありきたりの常識を超える、ストレーガの『魔法』だ。

 ガウェインからもらった勢いを利用して、騎士団の戦列へと一気に突っ込むストレーガ。

 上空からの援護射撃をしのぐことにかまけていたアバターたちに、その奇襲を避ける術はない。

 それでも座して斬られるならばと、幾人かのアバターは盾を捨てて魔女へと向き直る。

 手にした武器は斧やメイスだ。格好よさげな剣ではなく、実用本位の鈍器類を選ぶあたりに、実戦慣れしていることがうかがえる。

 彼らは全方向から一斉に、押し潰すように魔女へと襲いかかった。

 それは正しい選択だ。実力差はもはや歴然。一対一、いや一対二でも勝ち目があるかは怪しいのだ。

 こういう手合いに立ち向かうには、それ以上の複数で攻めかかるしかない。

 それも、さっきのように一対一を繰り返す状況を作らせてはダメだ。同時に、一斉に、まさしく包み覆うように、一度に攻めるべきなのだ。


「ほう……」


 バカではない、そう言いたそうな口振りで、ストレーガが感嘆の声を出す。

 しかしそれも一瞬。彼女が何かを告げる前に、包囲したアバターたちは得物を振り上げ、ほとんど同時に打ちかかった。


「……まぁ努力は買う。それは賢策だよ。けどね、君たち程度が何人束になってかかってこようと……僕をどうこうしようってのは無茶ってもんだ。相手が僕じゃなければよかったな! パイル・スパイク展開ッ!!」


 両肩に増設されていた、『可動装甲(アクティブ・アーマー)』がにわかに輝きを帯びる。

その表面にある、飾りのように見えた円形の穴から飛び出したのは、光の塊(エナジー)で出来た近接防衛用の『刺突杭(パイル・スパイク)』だった。


「や、やば……ぐげぇっ!」


 一瞬で飛び出した両肩あわせて六本のスパイクを、彼女を押し込んだ気になっていた騎士たちが避けられるはずもない。

 ある者は顔を、ある者は胸を、脚を、腹を、それぞれに貫かれる。

 急所に直撃をしていても、していなくても同じだった。串刺しになって動きが止まった瞬間、大剣『七星剣(セプテントリオン)』と盾『復讐者(ウルトリクス)』が唸りを上げて襲いかかるのだ。

 受けても地獄、避けても地獄の二段構え。魔女の突進強襲に隙はない。

「弱いぞ! こんなものかよ、『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』!」

「言わせておけばっ!!」


 魔女の挑発に激昂した一人の騎士が突っかける。

 だがそれすらも、全ては彼女の掌のうち。瞬時に大剣が奔り、真っ二つに斬り飛ばす。


「そして……頭にすぐ血が昇る。動きがのろいし、頭ものろい! いいとこなしだな! 烏合の衆か、最大アライアンスが聞いて呆れる!!」


 事実上、電脳空間最強のペルソナアバターにこう言われては、返す言葉など一つもない。

 彼女が一歩踏み出すたびに、彼らは二歩後ろへ下がる。

 たった一人の魔女を前に、百戦錬磨の猛者であるはずの騎士団が、ひたすらに圧倒されていた。

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