駆逐する魔女
ドドドッと、道を踏み砕くような地鳴りと共に、『白銀騎士団』が突撃を開始する。
まるで雪崩が高速で迫ってくるような光景だ。
気の弱いものなら、脅えすくんで動けなくなってしまうかもしれない。
しかし魔女は仮面の下で微笑みを浮かべながら、その地鳴りを心地よいとさえ感じていた。
「はっはー、こんな時だがなんとも楽しくなってきちゃったよ。果たすべき目的はあるにせよ、まずはやっぱりゲームを楽しまなくちゃね。あいつにゃそれがないから、ダメさ」
とんがり帽子のような尖った先端を持つ兜をかぶり、大剣と盾を構え直す。大剣の柄頭からは太い鎖が伸び、前腕部にぐるぐる巻きにされていた。
乱戦中、武器を手放さないようにするための心得に見える。
そう、今回の『剣の魔女』の仕様は、すべて乱戦を前提にチューニングされたものだ。
軽量高機動を旨とするストレーガだが、今回ばかりは肩の増加装甲など、予測しきれない攻撃に対処するための装備を取り付けてある。
攻撃など喰らわん、と豪語する彼女らしからぬ後ろ向きさ──というわけではない。純粋に現実的なのだ。
乱戦ではどれほど腕が立っても、当たるものは当たる。
それが二年前、彼女が敗北によって学んだことだ。
今回の装備──『ストレーガ・ザ・デストロイヤー』は、そのときの反省を生かした、完全駆逐戦闘仕様なのだ。
「そろそろ……こっちも行くとしようか」
ちらり、と背後のサンシャイン60に目を向けてから、ストレーガが全身のスラスターを起動する。
スカートアーマーなど、全身の装甲が次々と展開していき、スリット状に青白い炎が一斉に吹き出すその様は、まるで炎に彩られた女神のようだった。
ととん、と踵を二三度鳴らし、グリップを確かめる。そのまま踏み込み──ストレーガの姿が消えた。
「音速突撃ッ!?」
騎士団の誰かが叫んだ。
次の瞬間、激突音が響き、一人のアバターが宙を舞う。隊列の先頭にいたアバターだった。
緑色の重装甲で身を固めた、重厚な印象のそのアバターが、あっけなく宙を舞った。
大きさで二回り、重さで倍は違うアバターが、ストレーガの速さに負けたのだ。
一人分、隊列に空いた隙間。そこにストレーガが滑り込む。
「ごきげんよう、騎士団の諸君。そしてさようなら」
「くっ! 盾を回せ! 剣を振らせるな!!」
「いい反応だ。けど、無意味だよ!」
腰を入れて、上半身を回転させる。
剣は腕で使うのではない、身体で使うのだ。そう言わんばかりの一撃が、一人のアバターがとっさに構えた盾の上から炸裂する。
熱したナイフでバターを切るように──というのはこういうことだろう。
大剣はほとんど何の抵抗もなく盾に食い込み、そのまま敵アバターを一撃で両断する。
「ジンク!?」
斬られたアバターの名を、誰かが叫んだ。
その間にすら、魔女は剣を振っている。
手近な奴から片付けるのつもりで、剣を逆袈裟に振り上げる。切っ先は盾と身体のあいだに滑り込み、哀れな獲物の腕を斬り飛ばす。
だがそれで助かったわけではない。狙われたアバターが失った腕の切り口を抑え、うずくまろうとした瞬間──頭上に降ってきた返しの剣で頭から胸までを斬り裂かれ、その場に崩れ落ちた。
「囲め! 前後左右から同時に仕掛けろ! 背中に目はないはずだ!!」
「僕を取り囲む? そいつは無理な相談さ」
誰かの指示を嘲笑う。彼女にはそれだけの力があった。
鎖を解きながら、剣を勢いよく地面を突き立てる。そのまま腕の力だけ身体を持ち上げ、跳躍して四方から殺到するアバターをかわすストレーガ。
「四方を埋めても逃げ道はある。上下を忘れちゃあダメだね」
鎖をたぐって剣を引き寄せると、空中でくるりと身体を入れ替える。もちろん、そのまま素直に着地するはずがない。
ストレーガの行動は一事が万事攻防一体、攻めかかりながら守り、体を引きながら体をねじ込む。
流水のように攻めと守りがつながっているその動きには、無駄というものは存在しない。
使うのは踵、そして臑。磨き、鍛え抜かれたストレーガの両脚は、どこで蹴っても刃物と同じ効果を持つ。
それはまさしく足刀だ。空手道に同名の技があるが、こちらは当たれば事実、斬れるのだ。
自在に動く長刀を、下半身に二本装備しているも同じこと。こと攻めに回っているかぎり、魔女に死角は存在しない。
「悪いね。踏むよ」
口でそうは言うものの、謝る気などさらさらない。
振り降ろした踵が足元のアバターの頭部に食い込み、斧のような刃物でかち割ったように裂けて砕ける。
彼女の全体重を乗せたかかと落としだ、頭部のように脆いところに喰らえばひとたまりもないのは当然。
もの言わぬ塊となったアバターの残骸を、脚で引きずり倒しながら着地するストレーガ。
一瞬周囲に視線を走らせたかと思うと、今度は思い切り後退する。
それは鮮やかな後退だ。
全力でスラスターを吹かし、一心不乱に後退したその動きは、いっそ見事といっていいほどだった。
「ひゅう、危ない危ない。やっぱ闇雲に斬り込むだけじゃあ突破できないかぁ……」
汗をかかないペルソナアバターだが、彼女はわざとらしく、冷や汗をぬぐうような仕草を見せる。
その視線の先には、さっきまで自分のいた位置に落とされた、黒い『網』があった。
その横には、何体のガンナータイプのアバターも見える。皆、一様に同じ形の銃を持っていた。
「大型モンスター用の電磁捕獲ネットに、駆動制御系を破壊する情報伝達断裂弾ライフルか……なかなかわかってるじゃないか。まずは僕の『速さ』を殺さないと、勝負にもなんないもんね」
大剣を肩にかつぎ、ぐるりと首を回す。
つかつかと小刻みにステップを踏んでいるのは、一息つきつつも、戦いのリズムを自分の中で崩さないためだ。
「この陣の厚さ……さすがはクロムの力と、まずは褒めておこう。この縦深陣の攻略が、今回のゲームでは一面扱いってところかな。まぁ……こんなところでつまずくわけにもいかないからね、さくさく陣を破って、女皇を丸裸にするとしますか!」
カン、カンと地面を剣先で数回叩くと、魔女はそのまま剣を振り上げ、天まで届くような声で叫んだ。
「それじゃ出番だよ! 『直接火力支援』ッ!!」
『了解ッ!!』
応えたのは、通信システム越しの、ノイズ混じりの声。
それと同時にキラリ、と一瞬天が光る。
次の瞬間、文字通り雨あられのように降ってきた銃弾が、『白銀騎士団』の前衛を襲った。