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仮面の魔女と黒い銃  作者: 桂樹緑
死闘、太陽の騎士
16/31

白銀の軍勢

 毎週日曜日、夜八時。


 『領土戦(コンクエスト)』は、決まってこの時間に行われる。

 終了は夜十時。たった二時間の『戦争』だ。

 しかしその二時間こそが『ペルソナクライン』の全てである──そう断言するアバターも少なくない。

 複数対複数、『(シタデル)』を奪い合う攻防戦。

 対戦による戦闘経験の蓄積と、稼いだ資金(クレジット)による性能強化は、全てこの二時間のためにあるのだと、彼らは言う。

 それが正しいかどうかは個々人の嗜好によるところが大きいだろうが、『ペルソナクライン』の祖であるFPSファースト・パーソン・シューティングTPSサード・パーソン・シューティングといった古のゲームと同じように、この手の集団戦が『華』であることには違いない。

 そして、『領土戦(コンクエスト)』は全てに参加者に対して公平でなくてはならない。

 そのため、この二時間においてはバトルフィールドの設定は全てシステム側で管理される。

 赤い月。むせかえるような炎と煙。現実の風景を残しつつも、戦火によって傷ついた街並み。そんな真紅に彩られた『領土戦(コンクエスト)』専用のバトルフィールドを、アバターたちは『戦場』ステージと呼んでいた。

 イケブクロ・エリア東部。

 現実でいえば首都高速東池袋出入口付近にある超高層ビル・サンシャイン60と、それに付随するサンシャインシティをベースに武装化された、要塞めいた巨大建造物がある。

 それこそがエリア支配権の象徴である、イケブクロ・シタデルだ。

 その鋼鉄の要塞に向かって、隊伍を組んで進軍する一団があった。

 数はざっと二百ほど。整然と進むその姿は、古代マケドニアの密集方陣(ファランクス)を思わせる。

 先頭を行くアバターのが掲げ持つ長槍(パイク)には、軍団旗が掲げられている。

 記されているエンブレムは銀色のドラゴン。

 さらに頭首を意味する草色と、アライアンス直轄の軍団であることを示す桃色があしらわれている。

 この百人ほどの軍団こそ『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』の中核戦力にして、『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』直轄軍団である『女皇警護騎士団クローム・センチュリオン』だ。

 よく見れば、先頭を行く『女皇警護騎士団クローム・センチュリオン』の両翼には、草色と桃色を使わない旗が掲げられている。

 こちらは『女皇警護騎士団クローム・センチュリオン』以外の、一般の騎士団員たちや支配下にあるアライアンスのアバターたちの軍団だった。

 無論、これが『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』の総戦力というわけではない。自領土の防衛や、後詰め伏兵などに、それなりの数のアバターを回している。

 しかし総戦力がどれほどかはさておいて、たった一箇所の城を攻め落とすにしては、今回攻めてきた大軍団は明らかに過大な数だった。

 何を警戒しているのか──そんなものは、言うまでもない。

 最強のペルソナアバター、『剣の魔女(ストレーガ)』に対する備えに決まっていた。


「ガウェイン」

「何か?」


 軍団の最後尾やや手前を進む『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』が、側にいた自らが最も信頼するアバター、『太陽の騎士(ガウェイン)』に声をかける。


「ストレーガは、来るかしら? 今さら逃げちゃったりとか……」

「それはない。必ず来る。売った喧嘩を反故にするような者ではない」

「そうよね……」


 あの魔女が、戦を前にして逃げるはずがない。

 それを誰よりもよく知っているはずの彼女が、こうも念押しする理由は、周囲を覆う濃厚なノイズにあった。

 戦火を再現したフィールド・エフェクトに巧妙に混ぜられた、索敵感知情報収集を妨害するデータ・ノイズ──目視以外、ほとんどの情報がない状態で、彼ら騎士団は進軍していた。


「小細工を……誰の仕掛けだ?」

「あの子に決まってるでしょう。()()に勝つためなら、どんな手段でも使う子よ。全体ジャミングなんて、自分たちの目すら奪うようなもののはず……一体何を考えているの、ストレーガ?」


 こと戦闘に関して、ストレーガの発想は凡人のそれを凌駕する。

 その発想を、圧倒的な実戦経験が裏支えするのだ。


「とにかく、警戒するに越したことはないわ。斥候を多く出しなさい」

「御意」


 女皇の命令はもっともなものだ。ガウェインが頷く。

 だがそのとき、夜闇を切り裂くように、高らかと少女の声が響いた。


「その必要はないっ!!」

「何奴……と問うのも愚かか。敵アバターの状態を確認せよ!」


 ガウェインの下知が飛ぶと、幾人かのアバターから、前方に向けて強烈なライトが照らされる。

 闇をくり抜くがごとき、円形の照明の中心──そこに立つ、まるでドレスを着ているかのようなシルエットは、今この場にいる者たちは誰であろうと見間違えるはずもない。


「敵は一人! 目視で確認、『剣の魔女(ストレーガ)』です! 『(シタデル)』正門前に陣取っています!」

「装備は!?」

「重装! サンプリングデータにより大剣『七星剣(セプテントリオン)』、携行装甲ディフェンス・プレート復讐者(ウルトリクス)』を確認! そのほか両肩に大型の増加装甲を装備! また、手には(ヘルメット)らしきものを持っている模様!!」

「完全武装というわけか……」


 ガウェインをして、息を飲ませる佇まい。

 圧倒的な威圧感。

 たった一人で大軍の前に立ち塞がるその胆力。

 どれをとっても『最強のペルソナアバター』の異名に恥ずかしくない。古の兵に勝るとも劣らない武者ぶりだ。

 彼女は突き立てた剣を杖代わりに、不動の姿勢で女皇率いる軍団を待ち受けていた。


「まったく、待たせてくれるじゃないか。来ないかと思ってヒヤヒヤしたよ」

「それはこっちの台詞ね。あなたのほうこそ、怖じ気づいて来ないかと思ったわ」


 女皇は戦列を開かせ、真正面からストレーガの視線を受け止める。

 今この瞬間に斬りかかってこられたら、女皇を守るものは何もない。

 そしてストレーガにとって、この距離を一足で詰めることなどたやすい。

 にも関わらず、女皇は彼女と目を合わせるためだけに、軍団を左右に退かせた。

 それを実行する覚悟気概たるや、ストレーガに少しも劣るものではない。


「はっはっは、そりゃないよ。僕はこの通り身一つだ。失うものはないからね。戦を恐れる理由もないのさ。それが僕の強みだ」

「そうね。あなたはそれでいいのだもの。でも、私は違う。私は私に従う皆のために、倒れるわけにはいかない。だから倒れない……負けないのよ」

「オトモダチがたくさんってわけだ」

「友ではないわ。部下……いいえ、『仲間』よ」

「仲間、ね」


 そう言ったストレーガの声には、嘲笑めいた響きが含まれていた。

 それが気に障ったのか、苛立ったように法杖を打ち鳴らしながら問う女皇。


「そう言うあなたこそ、あの黒いペルソナアバターはどうしたの? ひとりぼっちのようだけど?」

「ああ、フラれた」

「は?」

「だから、フラれたのさ。いやぁ、世の中なかなか上手くはいかないもんだねぇ」


 あまりにもあっけらかんというストレーガに、女皇の動きが止まる。

 ついでに、後ろに控えていたガウェインの動きも止まった。


「まったく、僕のモーションを袖にするとは。参っちゃうよねホント」

「ばっ……バカにしているのっ!? ふざけないで!」

「やれやれ、ノリが悪いなぁ。顔真っ赤だぜ? なーんて、お前の仮面(ペルソナ)は銀色だけどさ」


 そう言って、コツコツと自分のスモーク・グレーの仮面を指先で叩いた。

 あまりにもみえみえな、露骨な挑発。

 普段ならば、別の相手ならば、女皇も決して感情的にはならない。鼻で笑って重火砲の一発でも撃ち込ませるところだが、今度ばかりは相手が相手だ。

 感情的にならない理由がない。


「あなたって人は……ガウェインっ!」

「はっ……はあっ!?」

「何を呆けているの、あなたまで! 騎士団に号令! 縦深陣に組み替え、総員突撃体勢! あのバカ魔女を押し潰してしまえっ!」

「しかし女皇! あんな言葉は信じられぬ! 魔女が一人で出てくるなど、あからさまに……相棒が、『黒い銃身(ジェット・バレル)』がいる!!」

「……だから何!? その程度、踏み潰せずして何が騎士団よ!?」

「敵を甘く見るべきではない!」


 見かけに似合わずガウェインはかなりの慎重派だ。いや、女皇が苛烈かつ強引に物事を進めるタイプだったからこそ、そうならざるを得なかったと言うべきか。

 女皇の至らぬところを埋める。

 ガウェインは、それが自分の存在意義だと自認している。

 数日前、ジェット・バレルと接触を持ったのも、そのためだ。

 しかしそれは時として女皇と意見の食い違いを生み──あくまでも女皇のサポートに生きるガウェインは、ついには押し切られてしまうのだ。

 そして今も、そうだった。


「どっちでもいい! とにかく今は突撃して、魔女を叩き出しなさい! それともあなた、この場で足踏みさせるために騎士団を率いてきたの!? 違うでしょう!?」

「ぎょ……御意!」


 指揮下の『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』全軍に号令が下る。

 イケブクロ・シタデル攻防戦は、こうして火ぶたを切って落とされた。

戦争開始

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