表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面の魔女と黒い銃  作者: 桂樹緑
「かつて」と「今」
15/31

疑心暗鬼

 呼び出された対戦バトル・フィールドは、枯れ果てた荒野──たとえばテキサスのような──の光景を模したものだった。ランダム選択か、あるいは呼びだした相手の趣味なのだろうか。


「……で、どこのどいつだ?」


 早速思考内デスクトップから『ペルソナクライン』のコンソール・パネルにアクセスし、対戦相手の名前を探す。だが、名前を確認することはできなかった。


「フィルタがかかってる……だと? はン、素性を簡単には明かしたくないってことか。ったく、この俺様ちゃんをナメんなよ。この程度のフィルタなんざ、小指の先で……」

「それには及ばぬ」


 ずおっと、頭上から影が差した。

 のしかかるような重厚な気配に驚き、思わず横っ飛びで飛び退くと、天を衝くような巨大なアバターがそこに立っていた。

 白銀に輝く西洋騎士にも似た甲冑を身にまとい、並のアバターよりも頭二つか三つ分は大きいその身体。見覚えがある──否、見忘れるはずがない。


「お、お前は……『太陽の騎士(ガウェイン)』ッ!?」

「見知りおき光栄だ、『黒い銃身(ジェット・バレル)』」


 巨躯を傾け、頭を下げる。

 そこには、魔女を前にしていたときの苛烈さはない。『騎士団長』の名に恥じぬ、物静かで紳士的な態度のアバターがいた。


「な、なんであんたが?」

「打ち倒す相手の顔を見に来た……と言えば納得するか、卿は?」

「……いかにもって感じだな。だが、あんたらならむしろ俺をこの場で叩き潰して、『領土戦』に参加出来ないようにすることを考えそうだ」

「なるほど、確かに我らはそのような手段を使うこともある。だが今は違う、卿と戦うつもりはない」

「……信じられないな。罠かもしれない」

「疑り深いな、ジェット・バレル。だが考えてみるがいい。我は今『敵地(イケブクロ)』にいるのだぞ? 卿がやるかは別として、罠にはめられ狙われる可能性であれば、我のほうが高いと思うがな」


 その言葉には、どこか自嘲めいた響きがあった。

 勝つためには手段を選ばないという『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』。それは同時に、騎士団と戦う相手も、自然と手段を選ばなくなることを意味する。

 もちろん矜持とかプライドとか、そういった単語で語られる無形の『何か』によって、自分たちの取るべき戦略・戦術を制限してしまうアバター、そしてアライアンスは少なくない。

 しかし綺麗事を言っていられるのは、戦況に余裕があるうちだけだ。

 もっとも悪辣で卑怯なアライアンスとして知られる『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』だが、同時にもっとも純粋に強大な戦力を抱えるアライアンスでもある。

 まともにぶつかりあって、持ちこたえられるアライアンスなど、そうは存在しないのだ。

 戦力差によってじりじりとすり潰されるように消耗し、追い込まれた敵対アライアンスはどうするのか。

 答えは一つしかない。

 『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』のやり方を模倣するのだ。「あいつらがやって来たから」「あいつらもやっているから」そんな言葉をつまらない免罪符にして、手段を選ばない反撃に出る。そうなれば後は泥仕合だ。

 しかし結局は正道においても邪道においても、そのような相手が『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』に及ぶことはない。いずれ、決定的な敗北を受け取ることになる。

 だがルール上で白黒決着がついても、泥仕合によって生まれた遺恨はなくならない。試合が終わればノーサイド、などというのは幻想だ。

 彼らの恨み辛みは蓄積し、やがて『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』の構成員へと向けられることになる。そうした怨嗟の炎渦巻く最前線にいるのが、このガウェインというアバターなのだ。

 スフィアに──『ペルソナクライン』に繋いでいる限り、その日常は危険と隣り合わせと言っていい。そんな状況下であるにも関わらず、ジェット・バレルに会いに来た。それは大事も大事、十分驚くに値することだった。


「確かにそうかもしれない。けど、だったらあんたは相当の物好きかマヌケだぞ。そこまでして俺に会う必要なんかないだろう」

「女皇のためだ。卿の力量を見定めねばならぬ。もっとも、卿の力がどれほどのものだろうと、負けるつもりはない」

「大した自信だな」

「当然だ。卿と我らでは何もかもが違う。本来ならば比較にすらならん。だがそれでも……針の先ほどの不安要素さえ潰すため、こうして卿に会いに来た」

「……だったら、今俺を潰しておくべきなんじゃないか?」

「それはせぬと言ったろう。魔女に敗北の言い訳をさせるつもりはない。魔女の小細工をすべて打ち破り、その上で勝つ。我らが求めているのは、そういう完全なる勝利だ」


 完膚無きまでに勝ち尽くす──ガウェインはそう言っているのだ。

 その言葉には、単に女皇のため、女皇に尽くすというだけでなく、もっとほかの感情が込められているように感じられる。

 そしてガウェイン自身、それを隠そうとしていなかった。


「魔女は我らが仇敵。必ずや滅ぼし、この世界から駆逐せねばならぬ」

「そこまで言うのかよ。どんだけストレーガのことが嫌いなんだ、あんた」


 エフェクトのかかったガウェインの声であってもなお分かる、その怒り。

 経緯を知ったジェット・バレルとしては、そこまで憎まねばならないものかと、どうしても考えてしまう。


「魔女と女皇、二人の仲がこじれたのはすれ違いみたいなもんじゃんか。もう少し互いに歩み合って、話し合ってだな……」

「そのような甘いことを言っていられる時期は、とうに過ぎたのだ!」

「おおう!?」


 ビリビリと空気が震える。


「卿は女皇を知らぬ。女皇が何を思い、何を考え、そして立ち上がったのか知らぬだろう。我はそのような者が、女皇の行く手に立ち塞がることを望まぬ。そのような不純物が介入することなど許さぬ」


 決然と言い放つガウェイン。気の弱いアバターならば、これだけで即ログアウトを考えるような剣幕だ。


「不純物とは言ってくれるな。だいたい『ペルソナクライン』の純粋性を歪めているのは、あんたらの女皇じゃないのか。あんたらのやり口は、この身をもって知ってる! あんただって自覚はあるんだろう! そういう連中が吐いていい台詞かよ!?」

「それは……我も分かっている。いつか、我がすべての咎を負うと決めている。だが女皇だけは守る。我には、女皇にしてやれることがそれしかない」


 最後の台詞は、吐き出すような苦しさを伴っていた。


「待てよ、間違ってると思ったら、止めてやるのが友達だろ。道を誤らせたままで、守るなんて意味がないだろ! あんたそれでも女皇の友達なのか!?」

「……我は女皇の友ではない。友には……なれなかったのだ」

「なんでだよ!?」

「決まっている。女皇の心には、今も魔女が棲んでいるからだ!!」


 ぞくりと背筋が震えた。声だけでライフ・ポイントが削られたかと、一瞬コンソール・パネルで確認してしまう。


「……女皇にとって友と呼べるのはただ一人。彼の者、『剣の魔女(ストレーガ)』のみだ。他には誰一人存在せぬ」

「そ、それは……」

「分かるか、ジェット・バレル。だから我は魔女が嫌いだ。友として女皇を支えようとしなかった魔女を許すことができぬ。だからあやつを……否定する」

「なっ……!」


 逆恨み、そう言ってしまうのは簡単だ。

 しかし、そんな言葉で終わらせていいほど、ことが単純であるとは思えない。

 深く、重い確執が、女皇とストレーガ、そしてガウェインのあいだには横たわっている。


「魔女をこの世界から駆逐する……何度現れようともな。それが、それこそが我の使命だ。我が騎士団に身を置く理由だ。覚悟せよ、魔女に与した卿も同じ……これまでのようには済まさぬ。逃げ場所(イケブクロ)ごと叩き潰す」

「……!」


 その言葉、その誓いに嘘偽りは何一つない。

 ガウェインの目は本気だ。万難を排しそれを為す──その目は雄弁に物語っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ