疑心暗鬼
呼び出された対戦バトル・フィールドは、枯れ果てた荒野──たとえばテキサスのような──の光景を模したものだった。ランダム選択か、あるいは呼びだした相手の趣味なのだろうか。
「……で、どこのどいつだ?」
早速思考内デスクトップから『ペルソナクライン』のコンソール・パネルにアクセスし、対戦相手の名前を探す。だが、名前を確認することはできなかった。
「フィルタがかかってる……だと? はン、素性を簡単には明かしたくないってことか。ったく、この俺様ちゃんをナメんなよ。この程度のフィルタなんざ、小指の先で……」
「それには及ばぬ」
ずおっと、頭上から影が差した。
のしかかるような重厚な気配に驚き、思わず横っ飛びで飛び退くと、天を衝くような巨大なアバターがそこに立っていた。
白銀に輝く西洋騎士にも似た甲冑を身にまとい、並のアバターよりも頭二つか三つ分は大きいその身体。見覚えがある──否、見忘れるはずがない。
「お、お前は……『太陽の騎士』ッ!?」
「見知りおき光栄だ、『黒い銃身』」
巨躯を傾け、頭を下げる。
そこには、魔女を前にしていたときの苛烈さはない。『騎士団長』の名に恥じぬ、物静かで紳士的な態度のアバターがいた。
「な、なんであんたが?」
「打ち倒す相手の顔を見に来た……と言えば納得するか、卿は?」
「……いかにもって感じだな。だが、あんたらならむしろ俺をこの場で叩き潰して、『領土戦』に参加出来ないようにすることを考えそうだ」
「なるほど、確かに我らはそのような手段を使うこともある。だが今は違う、卿と戦うつもりはない」
「……信じられないな。罠かもしれない」
「疑り深いな、ジェット・バレル。だが考えてみるがいい。我は今『敵地』にいるのだぞ? 卿がやるかは別として、罠にはめられ狙われる可能性であれば、我のほうが高いと思うがな」
その言葉には、どこか自嘲めいた響きがあった。
勝つためには手段を選ばないという『白銀騎士団』。それは同時に、騎士団と戦う相手も、自然と手段を選ばなくなることを意味する。
もちろん矜持とかプライドとか、そういった単語で語られる無形の『何か』によって、自分たちの取るべき戦略・戦術を制限してしまうアバター、そしてアライアンスは少なくない。
しかし綺麗事を言っていられるのは、戦況に余裕があるうちだけだ。
もっとも悪辣で卑怯なアライアンスとして知られる『白銀騎士団』だが、同時にもっとも純粋に強大な戦力を抱えるアライアンスでもある。
まともにぶつかりあって、持ちこたえられるアライアンスなど、そうは存在しないのだ。
戦力差によってじりじりとすり潰されるように消耗し、追い込まれた敵対アライアンスはどうするのか。
答えは一つしかない。
『白銀騎士団』のやり方を模倣するのだ。「あいつらがやって来たから」「あいつらもやっているから」そんな言葉をつまらない免罪符にして、手段を選ばない反撃に出る。そうなれば後は泥仕合だ。
しかし結局は正道においても邪道においても、そのような相手が『白銀騎士団』に及ぶことはない。いずれ、決定的な敗北を受け取ることになる。
だがルール上で白黒決着がついても、泥仕合によって生まれた遺恨はなくならない。試合が終わればノーサイド、などというのは幻想だ。
彼らの恨み辛みは蓄積し、やがて『白銀騎士団』の構成員へと向けられることになる。そうした怨嗟の炎渦巻く最前線にいるのが、このガウェインというアバターなのだ。
スフィアに──『ペルソナクライン』に繋いでいる限り、その日常は危険と隣り合わせと言っていい。そんな状況下であるにも関わらず、ジェット・バレルに会いに来た。それは大事も大事、十分驚くに値することだった。
「確かにそうかもしれない。けど、だったらあんたは相当の物好きかマヌケだぞ。そこまでして俺に会う必要なんかないだろう」
「女皇のためだ。卿の力量を見定めねばならぬ。もっとも、卿の力がどれほどのものだろうと、負けるつもりはない」
「大した自信だな」
「当然だ。卿と我らでは何もかもが違う。本来ならば比較にすらならん。だがそれでも……針の先ほどの不安要素さえ潰すため、こうして卿に会いに来た」
「……だったら、今俺を潰しておくべきなんじゃないか?」
「それはせぬと言ったろう。魔女に敗北の言い訳をさせるつもりはない。魔女の小細工をすべて打ち破り、その上で勝つ。我らが求めているのは、そういう完全なる勝利だ」
完膚無きまでに勝ち尽くす──ガウェインはそう言っているのだ。
その言葉には、単に女皇のため、女皇に尽くすというだけでなく、もっとほかの感情が込められているように感じられる。
そしてガウェイン自身、それを隠そうとしていなかった。
「魔女は我らが仇敵。必ずや滅ぼし、この世界から駆逐せねばならぬ」
「そこまで言うのかよ。どんだけストレーガのことが嫌いなんだ、あんた」
エフェクトのかかったガウェインの声であってもなお分かる、その怒り。
経緯を知ったジェット・バレルとしては、そこまで憎まねばならないものかと、どうしても考えてしまう。
「魔女と女皇、二人の仲がこじれたのはすれ違いみたいなもんじゃんか。もう少し互いに歩み合って、話し合ってだな……」
「そのような甘いことを言っていられる時期は、とうに過ぎたのだ!」
「おおう!?」
ビリビリと空気が震える。
「卿は女皇を知らぬ。女皇が何を思い、何を考え、そして立ち上がったのか知らぬだろう。我はそのような者が、女皇の行く手に立ち塞がることを望まぬ。そのような不純物が介入することなど許さぬ」
決然と言い放つガウェイン。気の弱いアバターならば、これだけで即ログアウトを考えるような剣幕だ。
「不純物とは言ってくれるな。だいたい『ペルソナクライン』の純粋性を歪めているのは、あんたらの女皇じゃないのか。あんたらのやり口は、この身をもって知ってる! あんただって自覚はあるんだろう! そういう連中が吐いていい台詞かよ!?」
「それは……我も分かっている。いつか、我がすべての咎を負うと決めている。だが女皇だけは守る。我には、女皇にしてやれることがそれしかない」
最後の台詞は、吐き出すような苦しさを伴っていた。
「待てよ、間違ってると思ったら、止めてやるのが友達だろ。道を誤らせたままで、守るなんて意味がないだろ! あんたそれでも女皇の友達なのか!?」
「……我は女皇の友ではない。友には……なれなかったのだ」
「なんでだよ!?」
「決まっている。女皇の心には、今も魔女が棲んでいるからだ!!」
ぞくりと背筋が震えた。声だけでライフ・ポイントが削られたかと、一瞬コンソール・パネルで確認してしまう。
「……女皇にとって友と呼べるのはただ一人。彼の者、『剣の魔女』のみだ。他には誰一人存在せぬ」
「そ、それは……」
「分かるか、ジェット・バレル。だから我は魔女が嫌いだ。友として女皇を支えようとしなかった魔女を許すことができぬ。だからあやつを……否定する」
「なっ……!」
逆恨み、そう言ってしまうのは簡単だ。
しかし、そんな言葉で終わらせていいほど、ことが単純であるとは思えない。
深く、重い確執が、女皇とストレーガ、そしてガウェインのあいだには横たわっている。
「魔女をこの世界から駆逐する……何度現れようともな。それが、それこそが我の使命だ。我が騎士団に身を置く理由だ。覚悟せよ、魔女に与した卿も同じ……これまでのようには済まさぬ。逃げ場所ごと叩き潰す」
「……!」
その言葉、その誓いに嘘偽りは何一つない。
ガウェインの目は本気だ。万難を排しそれを為す──その目は雄弁に物語っていた。