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仮面の魔女と黒い銃  作者: 桂樹緑
「かつて」と「今」
10/31

魔女の告白

「会長……!」

「どしたの、さっきから泣きそうな顔で」

「自分の度し難い迂闊さに、絶望してるんです。その場のノリで『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』に喧嘩を売るなんて……一生の不覚だ」


 『ペルソナクライン』からログアウトした瞬間、陸朗は反射的に雪乃へと詰め寄っていた。

 生徒会室には二人きり、誰も見ていなくて助かった。

 押し倒さんばかりのこの状況を誰かに見られたら、校内ゴシップでは済まされないだろう。最悪、転校ものだ。


「キミならやってくれると思ってたよ。さすがは僕の見込んだジェット・バレル、これでキミもめでたく騎士団の敵ってわけさ」


 にたりと笑う雪乃。

 思わず「魔女め!」と叫び出したくなるところをこらえて、陸朗は大きく息を吐き出した。


「間違いなくそうでしょうね。下手すりゃ賞金首だ」


 正直、よく『活動臨界(リミット・バースト)』で現実(リアル)へとぶっ飛ばされず、まともにログアウトさせてもらえたものだ。

 『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』の気まぐれ──いや、慈悲ですらあるかもしれない。

 彼女の目には、『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』という巨大アライアンスに自分と陸朗、たった二人で挑もうとしている雪乃の姿は、さぞや滑稽に映っていることだろう。

 やれるものならやってみろ──つまるところ、女皇の態度はそれに尽きる。

 自分たちを倒すことなど、できるわけがないと思っているに違いない。そして、それは間違いではないのだ。

 宣戦布告? 何をバカなことを。

 そもそも、戦争になどなりはしない。たった二人で何を、どうしろというのか。

 無理無茶無謀の三拍子、無為無策にもほどがあるというものだ。


「どうして、あんなことを言ったんです。できるわけがない!」

「キミはそう思うのかい?」

「当たり前ですよ!」

「決めつけちゃあ、ダメさ。できないじゃない、やるんだよ」


 客観的に見て、そんな精神論でどうにかなる問題ではない。

 しかし断言する彼女の言葉には、いささかの迷いもなかった。

 開き直っているのとは違う。あるのは確信だ。自分と──そして、陸朗の力を信じている。そんな目をしていた。


「不安は分かるよ。常識的に考えたらできないって考えるのは当然。そこまでは間違ってない、キミは間違えていない。だけど……やり方はある」


 自信満々に、雪乃はそう言い切った。

 文句のつけようもないほどに卓越した個人戦闘力を持つ彼女だが、集団戦闘においてはいまだ未知数、陸朗には見せていない。

 ただ彼女はまだ、実力の底を明かしていないことだけは分かる。そんな彼女ができると言うのであれば、それはおそらく事実なのだろう。

 やり方はある──そして、そのやり方には、きっと陸朗が必要なのだ。

 だからこそ、彼女は陸朗の前に姿を現した。そうでなければ、彼女が声などかけるはずがない。

 ならば果たして──自分はどのように使われるのか?

 そこは一番の興味、関心、そして不安だった。


「なんなら、まずはとくとくと想定してる作戦を説明してあげてもいいんだけど、どうする? それとも愚痴なり文句なりを言いたいのかな? 聞くだけ聞いてあげるよ。それ以外のことはしてあげないけど」


 言いたいことも聞きたいことも山ほどあったが、彼女がこんな態度では言ってもしょうがない。口にするだけカロリーの無駄だ。

 まずは真意を確かめるべきだろう。

 これからどうするのか、己の身の振り方を決める前に。


「それを聞くより先に、まず確認していいですか?」

「なんなりと」

「……気は確かなんですか? はっきり言って、正気とは思えません」


 巨大アライアンスにたった二人の戦力で宣戦布告。

 もちろんそれ自体も大概だが、敵地のど真ん中でそれをやってのける度胸こそが異常だ。

 ああいうことが出来る人間は、なかなかいないだろう。

 ゲームだから『ペルソナクライン』だから、という区分けにはあまり意味がない。そこを意識してしまうような人間は、そもそもあんな行動を取らないはずだ。

 無論、陸朗自身にもできない。

 巻きこまれたからあの場で魔女に乗る形になったが、許されるならば今からでも逃げ出したいくらいだ。


「あそこでやらなきゃ意味がなかった。あいつは……『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』は、巨大組織の長なんだよ? だから心情的なこだわりがあっても、『剣の魔女(ストレーガ)』たるこの僕であろうと、取るに足らない存在と見なす必要がある。そう振る舞わなけりゃいけない立場なんだ。普通の手段じゃ、取りあってすらもらえなかったさ」

「だから、わざわざ相手の懐に飛び込んだと」

「そういうことだね。あいつの性格はよく知ってる。あの状況でこっちから出向けば、上手いこと話を回せると思ったのさ。それでもまぁ、無事に戻れる確率は五分五分だったけど。女皇がよくても、周りが許さない可能性はあったからね」

「……『太陽の騎士(ガウェイン)』ですか」

「ああ。あいつが僕を許さない可能性はあった。あえて挑発してみせたけど、ずいぶん我慢を重ねてたみたいだね。いやぁ、しっかりしてるよ。昔はあんなこと言ったら、即座に突っ込んで来たものだけど。血の気の多い子でさぁ」


 言葉には、どこか懐かしむような響きがある。

 雪乃とガウェイン、そして女皇は親しかったのだろう。それがなんらかの理由で決別した。

 今までのやりとりからして、それはまちがいない。


「ずいぶん詳しいですよね、会長。あの二人のこと」

「ン……回りくどいね。言わなくてもわかってるんじゃない、キミ?」

「……以前、仲間だったんでしょう? 同じアライアンスに所属していた。違いますか?」

「正解だよ、ご名答だね。もっとも、ほかに答えはないと思うけど」


 まるで懐かしい思い出を回想するように──いや、事実懐かしい思い出に違いない。

 話から察するに、二年は前のことのはずだ。

 だからこそだろう、彼女はしんみりとした眼差しで宙を見つめた。


「僕があいつらとつるんでいたとき……というか、実際のところ僕は女皇とだけ組んでいたんだが、当時よく対戦してた連中が何かと集まるようになってね。やがて、僕をアライアンス・リーダーにした集団ができた。その名を……『異邦人の旅団(アウトランダーズ)』」

「アウトランダーズ……?」

「聞いたことはないと思う。活動期間が短かったからね。たぶん一ヶ月もなかったはずだ。『領土戦(コンクエスト)』をやったことも一度きりだし、知ってる人がいたとしても、おそらく『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』の前身くらいの認識だろう」


 陸朗は情報には聡いつもりだったが、『異邦人の旅団(アウトランダーズ)』という名前についての記憶はない。

 おぼろげながら、現在のトップランカーたちが集うアライアンスが過去存在していたという噂くらいは覚えがあったが、当のトップランカーたちが手段を選ばず相争う、今現在の状況から考えると眉唾だろうと思っていた。

 しかし雪乃の言うことが本当なら──そして彼女には嘘をつく理由がない──噂は事実だったということになる。一体どのようなアライアンスだったのか、俄然興味が湧いてきていた。


「面子は騎士団とはまるで違ってた。共通してるのは女皇とガウェインだけさ。まぁ……はみ出し者の集団だったな。今のイケブクロ・エリアほどではないけどね、無秩序で、ゆるい集まりだった。駄弁るのが好きな奴も、戦うのが好きな奴も、商売が好きな奴も、みんな一緒くたでさ。目的は何も持たず、ただ『ペルクラ』で一日数時間を思い思いに過ごす。そんなアライアンスだった」

「なるほど。けど問題は……そのアライアンスで何があったかですよ」

「……やっぱり、それを聞きたい?」

「当然。それこそ核心でしょうに。会長と女皇のあいだにある確執は、生半可なものじゃない。そのくらい、俺にだって分かる。何事もなかったら、()()はならない」

「そうだよねぇ……()()はならないよねぇ」


 雪乃の柳眉が、辛そうにしかめられていた。

 彼女が女皇と仲違いしてしまった原因でも考えているのだろう。

 当事者なのだから知っていて当然、しかしここまで渋るからには、語りづらいことであることは、十分に察する。

 しかしそれでも、これだけは確かめなければならないことだ。

 正悪をいちいち口実にする気はないが、何も知らずに利用されたような形になることだけは御免だ。すでに退っ引きならない状況であるとしても。


「実のところ、こっちの事情については頃合いを見て、僕から切りだそうとは思っていたんだけど……催促されたんじゃあ、しょうがない。いいよ、話そう」


 雪乃はしばし考えてから、小さくうなずいた。


「出ようか? ちょっと長い話になるだろうし」


 くいっと、親指で窓の外を指す。

 ガラスの向こう側に見えた空は、少し赤みを帯び始めていた。

長いですね。

切りました。

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