まつりの意味(2)
それから数日が過ぎて、岡村君はあれから誰にも手を出さなくなり、その気配さえ見せようともしなくなった。
もう完全にクラスから孤立している岡村君。
彼は席に着くと、一日中ほとんど動かずに座り続ける。
トイレにも行かず、食事もしない。
そんな彼のことを、みんなは『死人』と囁いている。
先生達でさえ彼を避けて、教科書もノートも持ってこないことに注意もしない。
もちろん指名なんてしない。
不思議だった。
彼は何が目的で学校に来るんだろう。
どうせ何もしないなら、わざわざ出て来る必要なんてないと思うんだけど……。
「岡村君ちょっと聞いていい?」
休み時間に直接尋ねると、彼の目がわずかに開いて、空虚な瞳がボクを見た。
「なぜわざわざ毎日学校に来るの?
ファイルのコレクションを増やしたいのなら、いっそ退学して街中を徘徊する方がずっと効率的なのに」
いずれやり合う相手だ。
回りくどいことをいっても始まらない。
今こんな質問をしたからといって、いきなり襲って来ることはないだろう。
ボクの言葉に、彼は顔を上げる。
「……《ツ》の者とは思えん言葉だ」
「だってせっかく来てるのに、何もしないでただ座っているだけなんて、無意味に思えるけど」
「……ならばキサマは何をしにここへ来ている」
「学校だからね、勉強したり友達と話したり、いろいろだな」
毎日同じに思えても、毎日必ずどこか違う毎日。ボクは退屈に思ったことなんてない。
「……それで何を得る?」
「得るって……毎日がすべて経験だよ。
どんな小さなことでも、経験したことはなんでも得られたことになると思うよ」
「……同じだ」
片方の唇が押し上げられるようにニィと上がる。
「……ココはいい。力の源が溢レテいる。
毎日、飽きもせず、怒り、憎み、羨み、蔑み」
その目がいっそう空虚に歪み、彼の形をした何かがユラリと影を重ね、背筋を凍りつかせる怨嗟の気配がにじみ出る。
「……ックックック……《ツ》の者よ。
おまえとハ、時とばしょヲ選びたカッタガ。そろソロガマンデキソウニナイ」
これは岡村君じゃない。
もっと奥にいるモノの言葉だ。
「コンヤ、この場所ヘ、クルガイイ」
ニタリと笑って『ソレ』が彼の奥に戻ると、岡村君は、またいつも通り抜け殻のようになった。
「おい三の関、死人と何を話してたんだ?」
麻田君が岡村君を、気味悪そうに横目で見ながら話しかけてくる。
「だめだよそんなこと言っちゃ。彼に悪いだろ」
たぶん今夜、命懸けで闘う……釣り合わす相手を悪く言われるのはいい気がしない。
「へっ。お前らしいな……」
彼はそう言って背を向けた。
その日は授業そっちのけで霊力を高めることに専念することにした。
少しでもできるだけのことをしておかないと今度ばかりはヤバイ。
授業が終わるのを待って、かいりん様に連絡を取るために学校から飛びだした。
《かいりん様!》
意思を飛ばす。
ただでさえヤバイのに、校内にいる彼に聞かれるわけにはいかない。
《……どうした皓介》
手短に今夜、彼と釣り合わすことを説明した。
《そうか、次元バランス修正ではないから、他の者を向かわせる訳にいかんのが気がかりじゃ……》
かいりん様の気遣いの言葉が嬉しかった。
《大丈夫です。確信はありませんが、きっとなんとかなると思います》
かいりん様は自分の知る、過去に行われた次元バランス修正の例を挙げて、参考にするよう教えてくれた。
なるようになる。
結局のところそれしかない。
現実にこうなったんだから、世界は初めからそれを望んでいたに違いない……。