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転校生と沖原くん

「ご両親の仕事の都合で、今日からクラスの仲間になる岡村浩邦君だ。岡村君、自己紹介しなさい」


 担任の田端が連れてきた転校生は、髪がバサバサで、削られたように痩せて暗そうなヤツだ。


「……聞いた通りだ」


 うつむいたまま感情のない口調でいったが、なんだこいつ。ムカつく。


 その様子を見ながら田端はハラの中で、

《転校生してきたガキがクラスになじむのは、最初が肝心だってのがわからんのか。

 最近のガキどもはどいつもやりにくいが、こいつも面倒くさい。

 イジメで自殺でもされたりすると、とんだとばっちりを食うことになる。

 面倒はゴメンだ。まったくなんでこんなヤツがおれのクラスに来るんだ》

 と考えてやがる。



「おい、それだけってことはないだろ? 何か趣味とかないのか」

「……ない」


《せっかくフォローしてやっているのにイヤなガキだ。

 おれたち教師が手出しできないのをいいことに、態度だけがデカイ。

 おれたちが手を出さないのはてめえらの親がバカで、それにつけ込んだバカなマスコミが騒いで責任を取らされるのが鬱陶しいだけなんだ。このくそガキが》

 また田端は毒づいている。


 いつもそうだ。田端は顔でニコニコしているくせに、オレたちのことをバカにしてやがるんだ。


「……どこに座ればいい」

 岡村はうつむいたまま田端に尋ねる。


「そうだな、とりあえず今は休んでいる三の関の席に座っておけ。

 おい麻田! 次の休み時間に机と椅子を岡村と一緒に選んで来てやってくれ」

「えー! 俺がぁ?」

「お前、委員長だろ」

「くそ! こんな時に三の関のヤツ休みかよ」


 ああそうだった。

 こんなつまらない連中の中で、あいつだけはまともか……いや、言い方を変えればバカだ。バカ正直なんだ。


「……場所だけ教えればいい」岡村が言う。

「せんせー! 場所教えてくれってよ!」

 麻田は手伝うどころか、場所を教えることすらしない。

「しょうがないな。ホームルームが終わったら教えてやるから、職員室までこい」


 今ここで教えてやればいいだろう。しかも、わざわざ来いなんて。自信の無いヤツほど、相手を自分のホームに引き込みたがるんだ。

 いつもガキとののしっている相手に虚勢を張って嬉しいのか。

 田端のほうこそよっぽどガキだ。


 岡村は黙って三の関の席に座わり、つまらないホームルームが始まる。

 毎日起こる悲惨な事件について、深刻そうな顔をしながらゴタクを並べる田端だが、自分自身、下らないと考えているくせに。


 チャイムが鳴り、一時間目の現代社会が始まる。


 誰がこういうことをしたとか、それによって社会システムがこう変化したと、実際社会で生活するためには、何の役にも立たないセリフが、だらだらと気力のない生徒の上に流れる。


 真面目に聴いてるフリをしてるヤツもいるが、真剣に聴いてるヤツなんて一人もいない。


 こんな過去なんかより、現実に行き詰まっている今を何とかする方がはるかに重要だろうが。


 そういえば今朝もまた消費税引き上げの記事が載っていたな。

 オレたち高校生でも金が足りなけりゃバイトを考え、できなければやりくりを考える。だが政治家は足りないと思ったらまっ先に人から奪うことを考えるようだ。

 遊ぶ金欲しさに人から金ひったくるバカとまったく変わらない。

 ああ、どいつもこいつも、うっとうしい。


 岡村は教科書もノートもださずに、じっとうつむいて……死んでいるようにも見える。

 教師がそれに気がついたのは、半分くらい授業が進んでからのことだった。


「ああ、すまん、気がつかなかった……ええと、今日転校して来た岡村君だったかな?」

 この教師、喜多は本格的に天然だ。定年を間近に控えてボケも入っている。


「隣の……ええっと、長谷。君の教科書を見せてあげなさい」

 長谷がいかにも面倒そうに机をズリ寄せたが、岡村は動こうともしない。

「おい、お前も寄せろよ」苛立つ長谷。


「……いらん」

「だったら誰が見せるか。バカヤロウが」

「ええっと、そういう訳にもいかんだろ」

 喜多がオロオロと醜態をさらす。

 ガキの扱いにはまったく無能だ。教師どうしからもバカにされているのは学校中で有名だ。


「いらんって、岡村君」

「……いらん」

 少し顔を上げて、喜多の方を向いて繰り返すその目は。



 ゾッとした。


 何の感情もない、作り物のような目。

 その奥に潜む暗い冷たい闇。


「わ、分かった……」

 喜多もたじろいて岡村から視線を逸らす。



 なんだコイツ?

 マトモじゃない。

 コイツに関わっちゃいけない。


 岡村がオレを見た。

 目が合った。

 体が震える。

 脂汗が滲み出てきた。


 ニタリ……と、ヤツが笑った。

 オレを、嗤った。

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