今日のおやつはなんだろう?
「今日の夜勤はトラブルあったから疲れたな」
父親はそう言うと家の前でネクタイを緩める。
「電話番で昼までいたは久しぶりだ。さて――」
「おとーさんおかえりなさーい」
軽く伸びをしていた父親に玄関の扉が開く。
「ああただいま。帰ってきてたんだね」
「うん。少し前に。お父さんお疲れ?」
「大丈夫だよありがとう。そうかもうこんな時間か」
小学校に上がったばかりの子の頭を父親はなでる。
「待ってろ。すぐにおやつ作るからな」
父親はそう言うと軽く一息きキッチンに向かった。
☆ ☆ ☆
「社会で働くって大変なのね。お母さんも寝てるし」
「大丈夫かなお父さん。帰ってきたばかりだし」
「心配してるのはお父さん?それともおやつ?」
「両方。父さん寝ぼけると変なのになるし」
「変というか面白いというか……」
「おいしいのがたべたい」
ダイニングと廊下をつなぐ柱から出る頭が3つ。
それぞれの視線は料理中の父親に向いていた。
「なに作るのかな?」
「ベランダからイチゴ採取してたよ」
長女の問いに長男が答える。
「イチゴってこないだナメクジいて薬撒いたやつ」
少し震えた声で長女が話す。
「夜に水やるとわくんだって。朝にやればーー」
「待って。誰がイチゴに水やってるの?」
「当番制だったのに母さんの仕事になってるよね」
最初みんなで朝に水を撒くと決めていたはず。
「だって朝忙しいし」
「寝てたいし」
「イチゴたべる!おうちのイチゴ!」
理由をつぶやく長女と長男の目は泳いでいた。
「イチゴだけかな?父さん買い物行ってたよね」
「んとねかいもののときとうにゅうかってた」
雰囲気を変えたい長男の言葉に末っ子が答える。
「豆乳ってどんなの?」
「とうふもできるって。あとシュガーペースト」
末っ子の言葉で長女は推理する。
「豆乳のイチゴケーキでも作るのかな?」
「スポンジ作ってすぐ焼くの?」
「なんか問題あるの?」
「一晩寝かせるって習ったわ。切りやすくなるの」
「おねえちゃんものしりー」
長女の言葉に末っ子が反応する。
それを見た長男も話を続けていく。
「豆乳1パック使うとイソフラボン取りすぎかな」
「そうなの?家庭科でやったの?」
「ん?社会。大豆の輸入の話から先生の雑談で」
長女の質問に長男が答える。
その二人を末っ子はキラキラした目で見ていた。
「しょうがっこうってどんなざつだんするのー?」
末っ子が興味津々な様子で長女と長男に聞く。
「そうねー最近だとねー」
「僕の授業だとねー」
父親のおやつの推理に飽きたのだろう。
末っ子の質問皮切りに長女と長男は話題を変える。
小学校という社会で学びを末っ子に伝え始めた。
☆ ☆ ★
「氷水で冷やして冷蔵庫で2時間……よし完成!」
「今日はなに作ったの?」
「イチゴ葛豆腐と八重桜の花細工さ」
正方形に切り出されたピンク色の豆腐に桜が咲く。
「和モダンな感じのおやつね……」
「ピンクいろのおとーふとさくらのはにゃ!」
興奮した様子で末っ子がさけぶ。
その声でペットのハムスターがゲージで走りだす。
「豆乳のイチゴムースとかかなって思ってた」
「春を和菓子とか和スイーツで再現してみたよ」
驚いた顔の長女に父親は優しく伝える。
「前に遊んだレトロゲームにあった気が……」
長男が不思議そうにピンク色の葛豆腐を見つめた。
「イチゴ豆腐かな?あれをアレンジした葛豆腐さ」
「葛っておじいちゃんが送ってきた加工葛?」
「そうだよ。葛の根から澱粉だけを取り出して」
父親は人数分の葛豆腐とヒマワリの種を手に取る。
「じゃがいもやさつまいもをまぜたものだよね」
「そう。ところで奈良県の場所はわかるかい?」
「え?えーと……」
「近畿地方よねたしか。京都の隣?」
戸惑う長男に代わり長女が答える。
「惜しい。京都の南で三重の西だよ」
「えーっと、京都の隣が滋賀と兵庫で……」
「京都を基準にしてもいいし大阪や和歌山もいいよ」
父親は優しい目して覚え方のヒントを出す。
「社会の勉強しっかりね」
☆ ★ ★
「おかえりなさい。おいしかったわよイチゴ屑豆腐」
父親が洗い物をしていると母親が声をかけてきた。
「ただいま。ありがとう作ったかいがあったよ」
「いろんな花言葉使ってたわね」
「ああ。あの子たちのためにね」
リビングで眠っている三人を父親は見る。
「『必ず来る幸せ』が大豆の花言葉でしょ?」
「イチゴは『私はあなたを喜ばせる』だね」
「『幸福な家庭』もあるわね」
「八重桜は『豊かな教養』で」
「葛の『努力』にジャガイモの『情け深い』よね」
夫婦は交互に花言葉を口にしあう。
「それとサツマイモは『幸運』だね」
母親はにこやかな表情で笑みを返して歩く。
★ ★ ★
「あの子たちが社会に出たときのために?」
そして父親の隣で足を止めまた笑みを浮かべる。
「そう」
短く父親は答えた。
「わかるわ。どれも大切だもの」
「うんわかってる。花を花言葉だけで見るのもね」
「視野狭窄よね」
「花はどれもきれいだからね」
「ええ、そうね。桜梅桃李よね」
母親は父親にそう返し一緒に洗いものを始めた。




