兄と弟
あれからどのくらい経ったんだろう。
相変わらずカイトは背を向けている。
外から風がザザーッと葉を揺らす音が時々聞こえてきて、洞穴の入り口から木の葉が何枚か入って来た。
「……子供の頃、ゼインと会ったりしたことあったの?」
カイトの背に向けて話し掛ける。
「前のドミナー国王、俺たちの父親が子供だったゼインを時々連れて来ていたし、俺も向こうに行ったりしてた」
「ゼインってどんな子供だったの?」
子供時代があったこと自体が信じられないくらいだけど。
産まれた時からあの大きさだったと言われても疑わないくらい。
カイトの声から緊張が消えた気がした。
「今と変わらない。偉そうで上から目線で。
あれを小さくしただけ」
想像して笑ってしまう。
「フフッ……」
「笑いながら虫を踏みつぶして歩いてた。それを俺が拾ってお墓作って埋めてた」
「小さい頃から変わらないのね……」
こうして話していると、ゼインに対して敵意を感じないのだけど……
「なんで仲が悪くなったの……?」
カイトがピクッと反応したように見えた。
「それは……」
「俺が国王で自分が平民だからだろ」
ゼインの声だ!
洞穴の入り口に人影が見えた。月光が背後から差し込んでいるため影だけだが、姿形でゼインであることがわかる。
カイトが即座にその場に立ち上がり剣を抜く。
ゼインが低い声を出す。
「俺の愛する者をよくも……」
「待ってゼイン!カイトは私を守ってくれてたの!」
ゼインが近づいてきて表情がだんだん見えるようになってきた。
「そうだろうな、コイツは殺せないから」
カイトを睨み下ろす。
カイトの横をゼインが通る瞬間、カイトの声が響いた。
「ナメるなよ!出来るさ!殺すことくらい!」
そう言ってぱっと私に剣を向ける。
「お前の大切なもの殺してやる……」
「ほう、そうか」と言いながらカイトの背を押し私に近づけさせる。
そして私の心臓の真正面に剣を向けさせた。
「ここだ。ここを狙え」
カイトが驚いた表情を見せる。
だがゼインはそれを無視して話し続ける。
「俺の愛する者だから一瞬で殺してくれ。
苦しまないでいいように」
冷や汗が首元を伝っていくのを感じる。
顔を上げるとカイトも私と同じように冷や汗が出ている。私とカイトは同じように怯えた表情をしていた。
カイトは私の心臓部分を睨んでいるので視線が合わない。剣先が小刻みに揺れている。
それが数分続いただろうか。
カイトが「クソッ」と言いながら剣を地べたへ勢いよく投げつけた。
ゼインがカイトを押し退け近付いてくる。
私に手を差し伸べ口を開く。
「可哀想に。怖い思いをしたな。さあおいで」
お前のせいだろうが!と思った。心から思った。
…でもこの切ない優しい笑顔を見ると何も言えなくなる。
外で見張りをしているフランに合流するため、
ゼインに手を引かれ洞穴を出ようとした。
その時、背後から声が響く。
「いつもそうだよ!俺はいつもあんたに勝てない……
あんたより強くなれない……」
私の手を離し、ゼインが身体ごと振り返る。
「どこが」
「は?」
「どこが俺より弱い」
「……え?」
「俺は何かを殺す時、自分の心を捨てる。
何も考えないでいいように。
そうしないと殺せないからだ。
お前は常に心を持ってる。
常に相手の事を、そしてその周りの事まで考える。
だから殺せないんだ」
優しい声はゆっくりと続ける。
「お前の方が強い心を持ってるよ。
少なくとも俺は今までお前のことを弱いと思ったことはない」
悲しそうな笑顔を見せる。
「さあ行こうか」と言って抱きかかえられる。
その後、カイトは何も言わなかった。
追っても来なかった。
抱きかかえて歩きながらゼインが呟く。
「お前がいると、どうもいかん」
「え?私が迷惑を……」
「いやいやそうではなくて……、
何故か心の声が出てしまう。
今まであいつとこんな風に話したことなかったのに」
顔を見上げると、照れくさそうに目を逸らされる。
「どうも調子が狂う……」
意外な可愛らしい面を見て自然と笑みがこぼれた。
洞穴から少し歩くとフランが見えた。
フランは私を見るなり駆け寄ってくる。
手が届く位置まで来た途端、泣きそうな顔になったかと思うとガバッと抱き締められた。
「良かった……!良かった無事で……!」
頭の上からフランの安堵の声が聞こえる。
「フランも……牢から出れて良かったね……」
フランだ。フランの匂いだ。声だ。
少ししか離れてなかったはずなのに懐かしい気持ちになる。




