囚われの姫
「王女を置いていけ」
前回と同じ地下部屋に通された後に発せられたゼインの第一声である。
「…え?」
「そんなこと出来るわけないじゃないか!!」
後ろからトニーの怒鳴り声。
「断れば戦争を仕掛ける。もうすでに国境に兵を待機してある」
明らかにこちらが不利だ。
私たちの動揺など気にせず淡々と続ける。
「いつでも攻撃出来る状態だ。
お前らが着く頃には焼け野原だろうな」
ゼインが私を冷たい目で見下ろす。
「ほら、お前が命令しないから動かないじゃないか。さっさと命令しろ」
私はゆっくりと振り返り、笑顔を作り、
「国へお戻りなさい」と伝え、すぐに背を向けた。
皆がどんな顔をしていたか見る余裕すらなかった。
元の向きに戻ると、目の前にゼインが立っていた。
「さあ行くぞ」と言って肩を抱き寄せられる。
トニーよりも大きい背丈、体格。
肩に置かれた手の力が伝わってくる。これでは逃げるどころか身体の向きすら変えられない。
一つの部屋に案内された。
壁は黒く石で作られているようだ。触れると冷たい。
ベッドが一つあるだけ。
そしてその上にフワフワの白い猫。猫は私を見てニャーンと鳴いた。怖がりもせず、すり寄ってくる。
可愛い……
私が猫を抱きかかえようとしていた時、ゼインが口を開いた。
「服を脱げ」
……え?
服って言った?脱げって言った?
ここまで何でもこの人の言うとおりにしてきたけどそこまでする必要ある?
私が何も動こうとしないでいると、ゼインが上半身の服を脱ぎ始めた。
マントを外し床に投げつけ、他の服も荒々しく脱いでいく。私はそれを見ることしかできない。
やがて上半身が露となる。鍛えられているのか筋肉が練り上げられている。
だが、身体の半分以上は火傷の跡でケロイドになっていた。
目の前にやってきて、私の手を取りゼインのケロイドの胸に触れさせる。普通の皮膚の感触と違い、無機質な物を触っている感じがする。直視するのも怖い。
冷たい声が部屋に響く。
「目を逸らすな。これは子供の頃お前がつけた痛み、苦しみ、呪いだ。触れて感じろ。自分の犯した罪を」
謝ったらいいのだろか、謝って済む話なのたろうか。この人が何をして欲しいのか、何を求めているのかが全くわからない。
動くことが出来ず戸惑っていると、
「それに着替えろ」
と黒いワンピースを顎で差される。
さらに、
「髪もまとめろ、目障りだ」
と言い残し部屋を出て行った。
……何のためにここに呼ばれたのだろう。
――――――
帰りの馬車の中、険悪な雰囲気が漂っていた。
「このままメアリーちゃん置いてっていいのかよ!
何されるかわかんないだろ!?」
焦るフラン。
「仕方ないだろ!国が消されるんだぞ!」
声を荒げるアーシュ。
「ここにいる誰もが連れて帰りたかったさ……」
トニーの悲しい言葉が静けさを呼ぶ。
国境に差し掛かった時、何かを見てミアが呟いた。
「脅しじゃなかったんだ……」
そこにはドミナー王国の大勢の兵士が武器を構えて待機している光景が広がっていた。
――――――
夜、ゼインが部屋に入って来た。手には、今日着ていたドレスが握られている。
白猫はすぐに身を隠していた。
目の前にドレスが掲げられる。
無表情で剣を抜き、ドレスにそれを突き立てる。そして引き裂く。それを数回繰り返すとドレスがただのの布に変わった。
え?なにしてるの?なにがしたいの?
目の前に投げつけられる。
ゼインはこちらの様子を伺っているようだ。
私が何も動かないのを確認し、舌打ちしながら部屋を出て行った。
ビリビリに破かれたドレスを拾い上げる。
「正装用だから大切に使ってくださいね」と言ったミアの顔が蘇る。「綺麗だ、似合っている」と喜んでくれたトニーたちの顔が思い出される。
悲しい。さみしい。
私に罪を償わせているつもりなのだろうか。
これでゼインの気が済むなら我慢するしかない。
白猫がニャーンと言いながらゴロゴロ喉を鳴らし近付いてきた。
そうだ、ミルクにしよう、この猫の名前。
食事は三回運ばれてくる。基本的に部屋で過ごさなければならないが、城内は自由に歩き回っていいらしい。
寂しいのでミルクを抱えて歩いてみる。
上に行けば行くほど見晴らしがよくなる。
城の中は黒一色なので森の緑が見えるとホッとする。
「見てミルク。私の国はもっと向こうなの」
ドラゴンの森の向こうを指さす。
みんなどうしてるかな。心配してるだろうな。
いつまでここにいればいいんだろう。
背後から鎧の音と話し声がしたので、反射的に身を隠してしまう。
兵士だ。城内の警護をしているのだろう。
二人で話しながら歩いている。
「おい、聞いたか」
「ああ、王女だろ」
私のこと……?
「何考えてんだ国王は。こんなことしたらあっちの国の反感を買うだけだろ」
「これをきっかけに戦争を仕掛けられても文句言えないぞ。そこらの女じゃない、王女を置いて行かせたんだから」
二人とも溜め息をつきながら歩き去っていく。
……なんだ、まともな考えの人もいるじゃないか。
みんなが国王のやり方に賛成してるんだと思ってた。
あの人たちなら助けてくれるだろうか。
いや、国王にバレてすぐ殺されるのがオチだ。
青空を見上げる。
すごいな、同じ空の下にいるのにこんなに遠いのか。
「ミルク、私の国に連れてってあげるからね。
私の友達たくさん紹介してあげる」
ミルクの身体に顔をうずめる。
「猫って本当に太陽の匂いがするのね」
またミルクを抱き締めた。




