病舎での出逢い
昼食後、アーシュが私のベッドでゴロゴロ転がりながら本を読んでいる。
今日は騎士団の訓練もないらしい。
横目でこちらを見ている。
私はミアに髪を編んでもらいながら談笑していた。
「なあメアリー、お前ってさ記憶戻んないの?」
「え、なんで?」
ドキッとした。きっと記憶が戻ることはない。
だって私の記憶ではないから。私にはない過去だから。
「別にーただ聞いただけー」
目線を本に戻すアーシュ。
「戻って欲しい?」
「そりゃね〜昔の思い出話も出来ないしさ〜」
「そっか……」
私の声のトーンが下がったのを気づいたのか、
ぱっと起き上がり座り直した様子。
「いや、お前が笑ってるならどっちでもいいんだよ、
あの事も思い出さない方が……」
「アーシュさん!!!」
ミアが咄嗟に声を出す。
「あ、いやいや何でもない。忘れて」
アーシュが明らかに動揺している。
何?あの事?二人は確実に何か隠している。
何か胸がざわざわする。
作戦決行は皆が寝静まった夜にすることにした。
ルナに、なぜみんなのように反対しないか聞いたら、
「どうせ言っても聞かないんでしょ」って言われた。
さすが私のフェアリー。
ちなみにルナはメアリーが産まれてすぐ主に選んだらしい。赤ちゃんの頃から一緒にいると信頼関係深いんだろうな。
皆が寝静まった深夜、あの変態のような格好をして部屋を出る。
護衛の兵士が交代する時間、いない場所など全て把握済みなので余裕で出ることが出来た。
問題ありだな。私が出ることが出来るということは、外から侵入する隙があるということ。
ここは今度改善させよう。
暗闇もルナのピンクの光が輝いているお陰で難なく移動することが出来た。
さあここだ。
病舎の入り口は裏側にあり、人があまり出入りしないため雑草が胸まで生い茂っていた。
ルナに窓から中に入ってもらい鍵を開けてもらう。
ドアが開くことを確認し、ルナに治癒魔法をかけてもらった。
先日とは違う弱い光。薄い膜が張っているような感じだ。闇の中に私の形が浮かび上がる。
小声で「さあ行くよ」と言いながら潜入。
入った瞬間にかび臭さや生臭い匂いに吐き気を催す。スカーフで少しはマシになっている筈なのに。
毎日一回、パンと水だけ置かれていくようだ。
もし死人が出た時は、出入口に何人死んだか貼り紙をし、それに応じた人数が遺体を取りに来て墓場に運ぶ。
中は真っ暗で月の明かりが頼りだ。
体育館みたいに仕切りがなく一面が見渡せる。広い。
冷たい床の上。そこに薄いシーツのみ。埋め尽くされた人々。
うめき声や泣き声もあちこちから聞こえる。
赤ん坊から老人まで。男女関係なく適当に寝かされている。
何だここは。地獄か。
ほとんどの人間が寝ているが、数人はこちらに気づいたようで恐怖に怯えた表情を見せる。
殺されるとでも思ったのだろうか。
それともこの格好に驚いたのだろうか。
ルナが小さく、
「まだ大丈夫だけど早目にしてね」
と囁く。
私は頷きながら辺りを観察する。
もっと一人ひとり見て行ければいいのだが……
ふと一番奥に目が止まる。
何だろう、あそこだけベッドが置いてあり人が寝かせてある。
近づいてみると、30代位の女性が横たわっていた。
長い髪はパサパサになっており、腕は足は骨と皮だけ。頬はこけている。
息はあるが静か過ぎて消えてしまいそうだ。
眠っていたが、こちらに気づき薄く目を開けた。
その目と私の目が合う。
……ああ、私はこの人を知っている……
これは私の記憶じゃない、メアリーの記憶だろう。
この人が愛おしい。
口が、目が、手がこの人を覚えている。
思わず言葉が口を突いて出てきた。
「おかあさま……」
鼓動が速くなる、胸が熱くなる、涙が溢れ出す。
「メアリーね……ああ私の愛おしい娘……」
「死んだのではなかった……のですか……」
「ここに入る時にそう言ってとお願いしたの……
私がここにいると知ったら、はぁ…あなたたち二人会いにくるでしょ……」
話せば話すほど呼吸が荒くなっているようだ。
あまり話して欲しくない。でも少しでも声を聞きたい。
「あなた記憶を失ったって聞いたけど……使用人に家のことをこっそり伝えてもらって……たの」
「私のこと……覚えててくれ……たのね
ありがとう……」
思わず手を取り首を何度も横に振る。
忘れない。あなたを忘れることなんて出来ない。
言葉を発したいが涙が溢れすぎて声にならない。
その女性の頭元にフェアリーが横たわっているのが見えた。あまりにもか弱い光なので気づくのが遅れた。深い緑色の光を発している。
この色、どこかで……
「姉さん!」
ルナがそのフェアリーの元へ飛んでいく。




