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皇帝の値踏みと世界の波紋

玉座の間の重い空気が、溥儀の幼い肩にさらに重くのしかかっていた。立憲君主制への移行は、彼の権威を高めたが、同時に危険な注目も集めていた。袁世凱をはじめとする北洋派の残党、そして各地に蟠踞する軍閥の雄たちが、紫禁城の方向を窺い、この幼帝という未知数の変数を「値踏み」し始めていた。


「陛下、河南省からの報告です。袁世凱、静養と称してなおも旧部と密かに連絡を取っております」


蔡鍔が低声で報告する。その目は警戒色に染まっていた。養心殿の書斎には、溥儀が好んで集めた世界各国の地図や歴史書が積まれ、彼の「博識」の源として臣下たちの好奇の的となっていた。


「馮国璋将軍の下にも、様々な勢力から接触があるとのこと。彼らの忠誠は、未だ流動的でございます」


溥儀は玉座の肘掛けに指を軽く叩きながら、報告に耳を傾けた。窗外では、紫禁城の赤い壁に春の陽ざしが柔らかく降り注いでいる。しかし、その温もりは、彼の心までには届かない。


(虫けら共め…朕が少し目を離せば、すぐに蠢き出す。かつての朕を弄んだ者たちよ。今回は、そうは問屋がおろさぬ。この三度目の人生で、朕はすべてを掌握する)


「蔡鍔、朕は分かっている」溥儀の声は低く、しかし鋭く響いた。「彼らは朕が本当に未来を見通せるのか、単なる幸運児か、それを確かめたいのだ。ならば見せてやろう。朕の『手筋』をな」


彼の脳裏には、間もなく勃発する世界大戦の構図が鮮明に浮かんでいた。ロシア帝国の動向その混乱が、北の国境を不安定にし、ひいては日本の大陸への野心を掻き立てる。これを未然に牽制せねばならない。


「馮国璋に命じる」溥儀は姿勢を正し、明確な口調で言い渡した。「精鋭部隊を率い、外モンゴルに駐留せよ。ロシア帝国に対して、大清の軍旗がここに翻っていることを示すのだ。彼らが欧州の戦乱に忙殺されている今こそ、我々の存在を印象付ける好機である」


「かしこまりました。しかし陛下、兵力の分散は…」蔡鍔が懸念を示す。


「問題ない」溥儀は淡々と否定した。「ロシアはもうすぐ、自らの火の粉を払うので精一杯となる。朕の要求は、圧力の提示だ。派兵そのものが、朕の意志なのである。」


馮国璋はこの命令を受けると、複雑な表情を浮かべた。皇帝の真意は測りかねるが、この任務が自身への試練であり、同時に信任の証であることは理解した。彼は精鋭を選び、速やかに北へと向かった。草原を駆ける清国軍の騎兵は、ロシアの国境監視隊に、この地域の支配者が依然として北京にあることを思い知らせる威圧感を与えた。


一方、河南省彰徳の洹上村にある豪壮な屋敷。袁世凱は釣竿を手に池の畔に座っていたが、その心は水面のように静かではなかった。


「ふん、あの小童皇帝め…なかなかやるではないか」


彼の側近、趙秉鈞が低声で報告を続ける。「馮国璋がモンゴルに派兵されました。皇帝の直接の命令によるものと見られます。さらに、皇帝は近く欧州で勃発する可能性のある戦争について、驚くほど詳細な分析を内閣で示されたとの情報が…」


袁世凱はゆっくりと釣竿を引き上げ、かすかな笑みを浮かべた。「面白い。まさかここまで先手を打ってくるとはな。彼が本当に未来を見通しているのなら、これほど心強いことはないが…」その笑みが消え、眼光が鋭くなる。「しかしな、趙よ、子供は所詮子供だ。戦いというものは、駒の動かし方だけでは済まぬ。駒同士がどう絡み、どう牙を剥くか…それを計算に入れねばならん」


「閣下のお考えは?」


「しばらく静観する。欧州で大きな戦争が始まろうとしている。それが我々にどのような機会をもたらすか…あの小僧がどれだけ先を見通しているか、じっくりと値踏みしてやろうではないか」


袁世凱の目には、かつてない興味と警戒心が光っていた。この幼帝は単なる操り人形ではない。ならば、より慎重に、より深く、この将棋盤を見据えねばならない。


奉天の張作霖は、馮国璋のモンゴル派兵の報を聞き、複雑な表情を浮かべた。「小皇帝、なかなかやるじゃねえか。だが、ロシアのデカっ鼻を刺激して、後々面倒なことにならねえようにな」彼は、東北の地で独立王国を築きつつあり、清朝中央の動向には常に警戒を怠らなかった。溥儀の行動力は評価するが、それが自身の権益を侵すものではないかと疑念を抱く。


山西の閻錫山は、実利主義者として、溥儀の政策を冷静に分析していた。「立憲君主制…経済発展には安定が必要だ。皇帝の改革が本物なら、協力する価値はある」しかし、その心裏では、あくまで山西の発展が最優先であり、情勢が変われば即座に態度を翻す覚悟もあった。


広西の陸栄廷など南方の軍閥は、清朝中央の権威が強化されることを快く思っていなかった。「北京の小皇帝が、また我々の上に君臨しようというのか」かつての革命の志は薄れつつあったが、それでも中央集権化の動きには抵抗感が強かった。


雲南の唐継尭は、蔡鍔が溥儀に重用されていることに注目していた。「松坡ほどの人物が、なぜあの幼帝にそこまで尽くすのか」彼は蔡鍔を高く評価しており、その蔡鍔の選択が気になっていた。


このように、各軍閥は溥儀の動きを注視しつつも、それぞれの思惑と打算の中で、態度を決めかねている状態であった。溥儀の権威は確かに向上したが、それは同時に猜疑心と警戒心も呼び醒ましていた。


1914年夏。サラエボでの銃声が欧州全土を震撼させた。ドイツ帝国の首都ベルリン、官邸の執務室では、ヴィルヘルム二世が参謀総長モルトケら軍首脳を前に立ち、興奮気味に語りかけていた。


「諸君、ついに時は来た!我がドイツ帝国が、その実力を示す時だ!」


しかし、その興奮も束の間、彼は執務机の上に置かれた一冊の書物に目をやった。それは、ドイツ語に翻訳された『孫子』であった。彼は熱心な東洋文化の愛好家であり、特にその戦略論に深く傾倒していた。


「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」


この言葉が、彼の脳裏で強く反響した。参謀総長小モルトケらが主張する、速戦即決のシュリーフェン・プランのような西側での大規模な消耗戦を、彼は本能的に避け始めていた。英仏との多方面戦争は、ドイツの国力を疲弊させる「下策」であると判断したのだ。彼は、より柔軟で、敵の弱点を突く戦略を求めていた。


数日後、ポツダム宮殿での御前会議。ヴィルヘルム二世は、参謀本部の意見とは一線を画す自らの構想を披露した。


「我々の目的は、仏を殲滅することではない」皇帝は軍首脳を前に宣言した。「彼らを塹壕に釘付けにすればよい。我が軍の主力は、別の場所で決定的な打撃を加えるのだ。」


この皇帝の意向を受け、ドイツ軍西部戦線の戦略は大きく変更された。大規模な攻勢は見送られ、代わりにアルザス=ロレーヌ国境沿いを中心に、堅固な防御陣地の構築が急ピッチで進められた。深く掘られた塹壕、何重にも張り巡らされた鉄条網、そして要所に配備された重砲群。英仏軍が攻め込んできても、最小限の兵力で防衛できる態勢が整えられていった。


この決断により、史実ではマルヌ会戦以降に泥沼化した西部戦線での初期の消耗を回避し、貴重な予備兵力と戦略物資を温存することが可能となった。フランス軍の「攻勢精神」に基づく突撃は、この鉄壁の防御陣の前に無残に粉砕され、西部戦線は早期に膠着状態へと移行した。


一方、比較的国力が弱く、軍備の整っていないロシア帝国に対し、皇帝は温存した全力を集中する「一撃必殺」の戦略を選んだ。


「ロシアは巨象だが、その動きは鈅い。これを早期に戦線離脱させよ!」


伝説的な名将、パウル・フォン・ヒンデンブルクと、その知恵袋たるエーリヒ・ルーデンドルフの「黄金コンビ」に、東部での全権が委ねられた。皇帝自らが、西部から可能な限りの師団を東部戦線に転属させるよう指示を出した。


「陛下、西部の兵力を削れば、万が一の際に…」小モルトケが懸念を表明する。


「構わん!」ヴィルヘルム二世は一喝した。「孫子は言う『己れを知り彼を知れば、百戦してあやうからず』と。ロシアの弱点を我々は知っている。ならば、そこに全力を集中させるべきだ!」


ヒンデンブルクとルーデンドルフは、史実を凌駕する規模の兵力と物資を動員し、ロシア領内深くに攻め込んだ。精密無比な計画と、機動力を活かした包囲戦術は、ロシア軍の旧態依然とした戦術を無力化した。タンネンベルクやマズーリ湖畔の戦いを遥かに上回る大包囲殲滅戦が続けられ、開戦後わずか数ヶ月でロシア帝国軍の主力戦力は壊滅的な打撃を受けた。


ロシア国内では、前線からの悲惨な報告が相次ぎ、厭戦気分が蔓延した。食料不足とインフレーションが社会を苛み、ニコライ二世への不満は頂点に達しようとしていた。革命の機運が早期に、そして強力に醸成されることとなった。


また、ドイツはオーストリア=ハンガリー帝国を援護し、中立を宣言しながらも連合国側に傾きつつあったイタリア王国に対して、先制予防的措置と称して激しい圧力をかけた。東部での勝利で得られた余剰戦力をイタリア国境方面に回すことで、史実のカポレットの戦いを上回る早期の大勝を演じ、イタリアの戦線離脱どころか、枢軸側への引き込みさえも視野に入れた強硬策を取った。


イソンゾ戦線では、ドイツから供与された重砲と、ドイツ参謀将校の指導を受けたオーストリア軍が、イタリア軍陣地に猛攻撃を加え、その戦線を崩壊寸前にまで追い込んだ。


極東では、日英同盟を盾とする日本が、ドイツが持つ中国・山東省の権益(膠州湾租借地など)を狙い、攻撃を開始した。日本の動きは史実以上に強引かつ迅速であった。大隈重信内閣と軍部、特に山東半島と南洋諸島の権益を強く望む海軍の意向が結びつき、欧州の大国が足元の火事に忙しい今、これ以上ない好機と見たのだ。


日本陸軍は独逸膠州湾守備隊に対して最後通牒を突きつけ、これを拒否されると直ちに上陸作戦を開始した。艦砲射撃と航空機による爆撃——史上初の本格的な空爆——が膠州湾一帯を襲い、ドイツ守備隊は苦戦を強いられた。


日本の山東出兵の報は、瞬く間に北京に伝わった。紫禁城の養心殿では、緊迫した空気が流れた。早朝から召集された閣僚会議では、王士珍総理大臣をはじめ、載灃、それに新設された外務部の大臣たちが集い、対応策を協議していた。


「陛下、今は日本を刺激すべきではありません」王士珍が慎重な意見を述べる。「我が国の軍備は未だ十分とは言えず、内政の安定こそが最優先でございます。外交ルートを通じた穏便な抗議に留めるべきかと…」


「穏便では済まぬ!」載灃が声を荒げた。「山東は大清の領土だ!外国軍が勝手に戦火を交えるなど、許し難し!」


会議は紛糾した。日本の軍事力への恐れから沈黙を勧める者と、国の威信を重視する者との間で意見が対立する。


玉座の上、溥儀は臣下たちの議論をじっと聞きながら、冷たい瞳を光らせていた。彼の頭の中では、かつての「歴史」が猛スピードで回転している。日本のこの行動が、やがて二十一カ条要求へとつながり、中国分割の危機を招く道筋が見えていた。


(来たか…この時が。だが今回は違う。朕がいる。朕はこの流れを断ち切ってみせる)


「静まれ」溥儀の声はさほど大きくないが、たちまち議論を鎮めた。「朕は聞き飽きた。諸卿の弁は、恐怖と無力の弁ばかりだ。」


一同が息を呑む。幼帝の口調には、もはや子供らしさは微塵もない。


「日本のこの行動が、将来、より大きな侵略への口実となることを、朕は知っている」溥儀はゆっくりと玉座から立ち上がった。その背は小さいが、放つ威圧感は巨大だった。「今、声を上げねば、後に泣きを見るのは大清の民だ。朕は、無念のうちに国土を奪われた過去を、二度と繰り返さぬ。」


彼の言葉は、臣下たちに向けられているようでいて、実は自身への決意表明でもあった。日本の行動を座視することは、国内の軍閥や袁世凱に対して、朝廷が外国の侵略に無力であるという印象を与え、せっかく築き上げた権威が地に落ちる。これは、外交問題であると同時に、国内の求心力をかけた闘いでもあった。


「外務部に命ずる」溥儀の声は明確で力強い。「直ちに、国際社会に向けて声明文を起草せよ。その文案は、朕自らが口述する。」


こうして生み出された声明文は、溥儀の意思を色濃く反映した、驚くほど歯切れの良いものとなった。


「欧州に於ける帝国の戦乱は、人類の悲劇である。我が大清帝国は、厳正中立を堅持し、平和の早期恢復を切望する。然るに、日本帝国が、日英同盟を名目に、独逸の権益を排すとの口実の下、我が山東の地に兵を進め、砲火を交え、その実、我が主権と領土の保全を脅かさんとする動きがある。此の行いは、国際法規と道義に照らして看過し得ざる暴挙である」


「日独間の利害は欧州大戦の結果に帰すべし。日本帝国が、この混乱に乗じて不当に我が国の領土主権を侵害し、利権を奪い取る行為は、清朝の民、そして中華の総意に反する。我々は、列強諸国に対し、日本の此の行動を厳しく非難し、中立的な立場での平和的解決を求めるものである。大清帝国は、その独立と尊厳を守る為、あらゆる手段を講ずる覚悟である」


この声明は、電信によって世界各国の主要メディア、各国政府に伝えられた。多くの西洋人にとって、「東洋の眠れる獅子」は未だに衰えた老獣のイメージであった。この声明を発したのが、名目上は退位したとはいえ、依然として巨大な象徴的影響力を持つ清朝の元皇帝であり、その内容が驚くほど明確で、国際法を引用した理路整然としたものであることに、世界は驚きを隠せなかった。


アメリカ合衆国:

ホワイトハウスでは、ウッドロー・ウィルソン大統領が国務長官と協議していた。「これは興味深い声明だ」ウィルソンは理想主義的な外交政策を掲げており、日本の強引な行動には批判的だった。「中国の主権尊重は、我々の対中政策の基本だ。この清朝皇帝…溥儀というのか、彼の主張には一理ある」


国務省では、「門戸開放政策」の観点から、日本の中国進出が過度にならないよう警戒する意見が強まった。ただし、現時点では欧州戦争への不介入方針を優先し、直接的な介入は見送られた。


イギリス:

ロンドンの外務省では、複雑な対応に迫られていた。日英同盟は重要だが、日本の行動が度を越せば、かえって極東の安定を乱す可能性がある。「清朝皇帝の声明は、我々の予想以上に洗練されている」極東局の担当者はそう分析した。「日本を牽制するには十分な効果があるだろう」


しかし、欧州での戦争が優先事項である以上、同盟国である日本と正面から対立することは避けたい。英国は日本に対し、穏便な解決を促す一方で、清朝には「英清間の伝統的な友好関係」を強調する返書を送った。


フランス:

パリでは、ドイツとの戦いに忙殺されていたものの、極東における自国の権益保護には関心を持っていた。フランスも中国に租借地(広州湾)を有しており、日本の行動が自国の権益侵害につながらないか注視していた。清朝の声明には、「主権尊重の原則」の観点から一定の理解を示す一方、具体的な行動には出ない方針をとった。


ロシア:

サンクトペテルブルクでは、ドイツ軍の猛攻に苦しみながらも、極東における日本の動向には敏感だった。日露戦争の記憶も生々しく、日本の大陸進出が自国の極東領土(沿海州)を脅かす可能性を危惧する声もあった。しかし、欧州戦線が逼迫している現状では、極東情勢に介入する余裕は全くなかった。


ドイツ:

ベルリンでは、清朝の声明に少なからぬ関心が寄せられた。日本の対独攻撃を非難する清朝の立場は、ドイツにとっては好都合だった。ヴィルヘルム二世自らが「東洋の皇帝は我々の味方だ!」と歓迎したという。ただし、具体的な援助を行う余力はなく、せいぜいプロパガンダとして利用する程度に留まった。


東京、首相官邸。大隈重信首相は、清朝の声明文を手に、苦い顔をしていた。


「こ、これは…思いもよらぬ反撃だな」

「ハッ、小皇帝の戯言に過ぎません」陸軍大臣の岡市之助は嘲るように言った。「我が軍の実力の前には、そんな声明など無力です」

「そう単純ではあるまい」外務大臣の加藤高明が慎重に口を挟んだ。「この声明は、欧米諸国にある程度の影響を与えている。我々の行動が、『機に乗じた侵略』と見做される危険性がある」


元老の井上馨のもとには、財界や宮中からの懸念の声が寄せられ始めていた。日本の行動が国際的に孤立を招くのではないかという不安である。


日本軍部内の意見対立:


· 強硬派(主に陸軍):「力こそが正義だ。清朝が何を言おうと、我が軍の占領は既成事実である」

· 慎重派(主に海軍と外務省):「国際世論を無視しては、長期的な国益を損ねる。外交交渉による解決も視野に入れるべきだ」


このような状況下で、日本政府は対応に苦慮することとなった。一方で軍事作戦を継続しつつ、他方で外交ルートを通じた説明工作を強化せざるを得なくなった。


溥儀の声明は、国内の各軍閥にも大きな衝撃を与えた。


袁世凱は、声明文の写しを手に、深い思索にふけった。「国際法を引用し、列強の支持を得ようとする…なるほど、これは一つの手だ」彼は溥儀の手腕を認めざるを得なかった。しかし、その心裏では「果たしてこれだけで日本を止められるか?外交は所詮、実力がものを言う世界だ」という懐疑的な見方もあった。


奉天の張作霖は、溥儀の果断な態度に感心するとともに、自らの立場を再考し始めた。「小皇帝、やるじゃねえか。日本を向こうに回して啖呵を切るとはな」もし清朝が日本の進出を実際に阻むことができれば、東北の地も安泰かもしれないそんな計算が頭をよぎった。


南方の軍閥たちの間でも、溥儀への評価が変化し始めた。従来は「北京の飾り物」程度に考えていたが、国際舞台で明確な主張をする皇帝は、もはや無視できない存在となっていた。


民衆の間では、溥儀の声明が新聞を通じて伝えられると、意外なほどの支持を集めた。外国の圧力に屈しない皇帝の姿は、民族意識の高まりと相まって、広く共感を呼んだのである。


紫禁城内、溥儀は声明の反響を待ちながら、窓の外の暗雲立ち込める空を見つめていた。蔡鍔が最新の報告を携えて入って来る。


「陛下、各国からの反応が続々と届いております。アメリカ合衆国より、状況を注視する旨の連絡がございました。英国も、極東の安定に対する懸念を表明しております。また、国内の各軍閥からも、陛下の果断な措置を評価する声が寄せられております」

「ふむ…」溥儀は満足そうな息をついた。「これで、日本も少しは気付くだろう。この中国は、かつての如く、無抵抗でいるわけではないと。そして、袁世凱ら反逆者たちよ、朕が国際舞台で発言する力を有していることを肝に銘じよ。」


しかし、その心中では冷静な分析が続いていた。

(これはまだ第一歩に過ぎぬ。日本の軍部が簡単に引き下がるとは思えん。ならば、次の手を打たねばならぬ国際会議の招集か、あるいは…)


世界大戦という荒波の中で、溥儀という一人の「知恵者」が放った小石は、やがて思いもよらぬ波紋を広げていくことになる。それは、単なる一国の存亡を超え、東アジア全体の命運を左右する大きなうねりへと発展しようとしていた。


溥儀は再び机の上の地図を見つめた。山東半島、膠州湾…その一点から、歴史の流れが大きく変わろうとしている。彼の掌中には、いまだ多くの困難が待ち受けている。しかし、その瞳には、確かな自信が灯り始めていた。


(これで第一手は打った。次は、欧州の戦況の変化を見極めねばならぬ。そして、日本の次の手を待つ…いや、こちらの次の手を考えねばなるまい)


玉座の間に夕闇が迫り始めていた。溥儀の孤独で壮大な賭けは、まだ始まったばかりなのである。国内の不穏な動き、国際社会の複雑な思惑それらすべてを乗り越え、新たな歴史を築くという、困難な旅が……

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