第2話「微笑の裏の毒影」
宮廷の夜は静まり返っていた。
華やかな燈籠の光が石畳に揺れ、まるで穏やかな晩餐の後の余韻を映している。しかし、その静寂を破るのは微細な異変――芳しい花の香りの中に、わずかに金属臭が混じることに気づいたのは、やはりファユだけだった。
「……またか」
屋敷の廊下をゆっくりと歩きながら、ファユは先日発見した高官の毒事件を思い出していた。あれから宮廷は、何もなかったかのように平穏を装っている。しかし、毒の痕跡は残る。犯人はまだ潜伏している。
護衛のリーが後ろから駆け寄る。
「お嬢様、先ほど宮廷侍女の一人が倒れました。症状は……やはり毒の可能性があります」
ファユは静かに微笑んだ。表向きは控えめで無力な少女。だがその微笑には、確かな自信が隠されている。
「では、急ぎましょう」
現場に着くと、倒れた侍女は青白い顔で床に横たわっている。侍医は慌てて解毒薬を準備していたが、まだ間に合うかどうかは不明だ。ファユは匂いを嗅ぎ、手早く観察を開始する。
「これは……アカドキソン草とは少し違う。微量の混合毒ですね。しかも自作の痕跡が残っています」
リーが息を飲む。無能令嬢の顔はどこにもなく、そこには鋭い目で事態を分析する「薬学の令嬢」がいた。
「犯人は意図的に人目につかない場所で行動しました。狙いは侍女を通して、ある人物に圧力をかける……多分、皇帝の側近です」
侍医たちは驚き、ファユはさっと薬を取り出す。手際よく調合した解毒薬を侍女に投与すると、徐々に意識が戻った。
「大丈夫です、命に別状はありません。犯人の狙いは失敗しました」
侍女が目を開けると、ファユの微笑に少し安堵の色が浮かぶ。しかし、心の奥底で犯人はまだ近くに潜んでいる。宮廷の闇は、表面的な笑顔や礼節の下に隠されているのだ。
その夜、ファユは月明かりの下で独り言のように呟く。
「毒は人を欺くけれど、知識は嘘をつかない……。次も必ず見つけてみせる」
リーが静かに後ろから声をかけた。
「お嬢様……その笑顔は、誰にも見せない秘密ですか?」
ファユは微笑んで小さく首を振る。
「秘密は、秘密のままが美しいのよ」
その微笑の裏に潜む毒影を、まだ誰も知らない――。
宮廷の夜は、再び静かに、そして不穏に更けていった。