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いつもお読みいただきありがとうございます!

 アリスター殿下は、メアリーさんと一緒にいると窮屈さを感じるようになってしまわれたようだ。

 もしかしたら少し、いや半分くらい、いやいや八割ほど私のせいかもしれない。殿下と一緒に自由に行動し過ぎたから。


 先日の「第三王子が誘拐されたかもしれない騒動」の顛末は、ここ最近木登りに挑戦したくなった殿下はメアリーさんに止められ続けて拗ねていたらしい。

 あの日にメアリーさんにねだったのは木登りではなかったそうだが、彼女は殿下に危ない真似はことごとくさせないのだ。


 あれもダメこれもダメで窮屈さとストレスを感じた殿下は、彼女の目を盗んで木登りに挑戦して満足してそのままお昼寝してしまったようだ。

 落下しなくて良かったというのは結果論だが、本当に無事で良かった。

 というか、殿下。とても運動神経いいんですね。


 しかし、いくら無事であっても以降の対応を協議して意見は割れる。

 なにしろ、殿下は声が出ない。

 今回のように誘拐でなければいいのだが、誘拐されても危害を加えられても彼は叫ぶことも助けを呼ぶこともできない。


 護衛を増やそうとか、外に出る日を限定しようとか……メアリーさんは余計に過保護になる。ついでに私への視線はさらに厳しくなる。


 メアリーさんとしては殿下を止めるのは「危ないことをして御身に何かあってはいけませんから」という言い分だ。メアリーさんには十代後半の子供がいるが、二人とも女の子だもんね……。男の子の探求心を舐めてはいけない。一部私のような女の子も。


 そこに木があるから登り、そこに段差があれば飛び降り、そこにいい感じの石や枝があれば拾うのだ。カエルやカブトムシがいれば躊躇なく触る。

 行動して痛みを知ってやっと自重するようになる。


 現在、殿下はライライに抱っこされた状態で私の手元の魔道具を眺めている。

 あの騒動で外出禁止になっているので、ご機嫌斜めなのだ。これは王妃様の判断なので仕方がない。

 私も抱っこをねだられたが、魔道具しか持ったことがないほど非力なのに五歳児は抱っこできない。腕が折れちゃう。『フォークよりも重いもの持ったことないんです』と言うとライライがさっと殿下を抱っこしてくれた。


『殿下、魔道具に新しい機能をつけました。もし危ない時があれば、こことここを同時に長く押してくださいね』


 私は隅の二つのボタンを示す。

 この離れた二つなら手がうっかり当たって押してしまうことはなく、同時に押すとなるとさらにあり得ない。


『あぶないとき?』

『木から下りられなくなった時とか、怪しい人に連れ去られかけた時とか』

『やってみていい?』

『とっても大きな音が出ますから、お耳が痛いかもしれません。他にはこの魔道具にある程度の衝撃を与えると、殿下に危険が迫っていると判断して大きな音が出ます。だからぶつけるとかしないでくださいね』


 ライライに抱っこされたまま、殿下は両耳を手で押さえる。

 ボタンを押せということだと判断した私は、周囲にも忠告してから二つのボタンを同時に押した。


 ファンファンという大きな音が部屋に響き渡る。

 殿下は驚いて体を大きく震わせたが、しっかりと抱っこされていたので落ちることはなかった。

 私はすぐに解除のボタンを押して音を止める。

 扉の外にいた騎士が、音に驚いて慌てて部屋に入って来て異常がないか確認したほどの音だった。


『こんな大きな音が出ますので、危ない目に遭った時だけ使ってください。何度もいたずらで使っていると、殿下が困ったときに誰も助けてくれなくなるのでいざという時だけにしてくださいね。このボタンを押すと音は止まります』


 王妃様にもこの緊急音の許可は取っているが、好奇心旺盛な五歳児は大丈夫だろうか。

 殿下は頷いたが、しばらく耳が痛そうだった。


 殿下はライライの長い金髪がお気に入りらしく、抱っこされた状態で何度も何度も撫でている。


『ライライのかみ さらさら』


 私の魔道具は首から下げているが、殿下のものは肩から下げられるようにしている。抱っこされた状態でも殿下は魔道具を使いこなしていた。


 それにしても、ライライ。なぜ髪の毛がサラサラと褒められて、ドヤ顔をしているのだろうか。


 殿下は抱っこされた状態から下りてくると、私の横のイスに腰掛けて今度は私の下ろした髪を触る。五歳児だからこそ許される所業である。


『ルリィのかみ きれい』

『ありがとうございます』

『どしてピンク? ピンクみたことない』


 殿下は早く文字を打とうとして「どうして」が「どして」になっている。

 この質問は婚約者だったエヴァンにもされたことだ。大人以外は大体聞いてくる質問だ。


『おばあ様がピンク色の髪だったんです。おばあ様はピンク色のお花を食べ過ぎてピンク色の髪になったらしいですよ』

『そっか でも ルリィのかみ サラサラじゃない』


 子供相手にうまい冗談を言ったつもりだったがスルーされ、しかも髪がサラサラじゃないと言われた。

 殿下には女心のお勉強が必要だ。今はまだ婚約者はいらっしゃらないが、国内の有力貴族のご令嬢がきっと婚約者になるだろう。そのご令嬢に『君の髪の毛サラサラじゃない』なんて言おうものなら──婚約破棄ではないか?


 私の髪の毛はピンク色だが、色に似合わず剛毛なのだ。エヴァンにも「見た目より柔らかくない」と言われたことがあり、ちょっと気にしていた。本当にちょっとだけ。侍女と殿下とエヴァン以外に私は髪の毛を触らせない。


『ライライのがサラサラ』


 殿下の女心のお勉強は週に一回で足りるだろうか。


 チラリとライライを見ると、私に勝ち誇った顔を向けてくる。

 こいつ、本当に騎士だろうか。今すぐ髪の毛の引っ張り合いという戦争でもしようか。

 公爵家のおぼっちゃんなら、さぞかしいいお化粧品をご令息でもお使いでしょうよ。だから、あのサラサラは自前ではない。金に飽かして作られたものだ。サラサラは作れる。


『殿下は私よりサラサラなライライの方がお好きなんですね』


 サラサラなライライって言いづらい。サラサライライでいいだろうか。

 髪の毛のサラサラ具合で決まる殿下の寵愛。私、殿下のために魔道具開発を頑張ったのに、そして賄賂(石や枝)を渡したのに……短い寵愛だった。嘘です、魔道具開発はほとんど自分のためです。


 今日はライライの他に、るっくんではない騎士が殿下の護衛に部屋の隅に控えている。二人の子供がいるという彼の頭を見ると……ピカピカだったので何も言わずに目を背けた。


『ルリィのこと ぼく だいすきだよ』


 ピカピカ頭から目を逸らしたら、衝撃があった。頬を張られたのかと思った。

 頬に手を当てて呆然と殿下を見る。

 殿下は魔道具を手に不安そうに私を見ていて、ライライなど一歩も動いていない。メアリーさんは向こうで殿下のおやつを用意しながら、私を睨むという器用な芸当を披露している。


『ルリィ だいすきだよ』


 私が頬に手を当てたまま反応しなかったからだろう。

 ライライは「早く何か言え」とばかりに鋭い視線を送ってくるし、殿下はもう一度私に好きを告げた。


 誰かに頬を叩かれたわけじゃない。


 言葉は全く違うのに、エヴァンが私に好きと言ってくれた音と大きく重なった。忘れてしまったと思っていた、エヴァンの声。どの声を作っても、ピンとこなかったのに。


 でも、これだ。そう、これなのだ。

 これが、エヴァンの声。

 病気になって弱弱しい、掠れる前の声。


 ライライがあまりに反応しない私の前で手を振り、殿下もそれを真似し始めたので、私は慌てて魔道具に手を滑らせる。


『髪の毛がサラサラじゃないですよ?』

『かんけーないもん』

『じゃあ、ライライのことも好きなんですか?』

『うん ライライもすき』


 頭の中でエヴァンの声が響いている。

 そう、この声だ。私が大好きな、愛した彼の声は。


 私は忘れないようにその声の特徴を慌ててメモに書き留める。大体このくらいの高さで、サンプルで似ている声はこの人。何度も何度も繰り返して誰かの声を聞いてきたから、すぐに思い出せる。


『ルリィ どしたの』

『私は殿下のハートを盗んでしまったようですね』


 ライライに先ほどのお返しでドヤ顔をするべきだろう。だって、私のことは「大好き」なのだから。ライライなんてただの「好き」である。

 でも、エヴァンの声を思い出した私はドヤ顔ではない笑顔を向けてしまったらしい。


『ルリィ わらってる』


 殿下の紫の目が私をじぃっと見ていた。


『殿下に大好きと言われて嬉しいからです』

『ぼく ルリィがたんとわらってるの きょうみた』


 私は頭の中に響くエヴァンの声に集中していて、殿下の言葉の意味を深く考えなかった。


 その後は魔道具の調整をするという理由をつけて、殿下の部屋から足早に離れた。

 メアリーさんの鋭い視線が背中に刺さっても、私はもうどうでも良かった。

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