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アリスター殿下は賢い方なのか、若さゆえか、声の魔道具に触れる時間が増えるとすぐにやり方を覚えて使いこなし始めている。
恐ろしい五歳児だ。ついこの前まで魔道具は投げる物だったのに。
若いって、怖い。
吸収が早いのが怖すぎる。
私、この子の人生に何の責任も取れないのに。声の魔道具は殿下にとってプラスに働くとは思うけれども、それでも恐ろしくなってしまう。もっと彼にはいい魔道具やいい方法があったんじゃなかったんだろうかって。
私に子育ては無理だ。
『ルリィ』
『殿下、どうしました?』
『ぼくのこともみじかくよんで』
ほら、もうこんな文章まで打ち込めるようになっている。
むしろ、声の魔道具でいろいろ喋ってみたいからと、最近は座学にも力が入ってきて新しい単語を勉強するたびに魔道具に打ち込んでいる。
さすが王族、と言うべきだろうか。私もエヴァンもこの年齢でこんなに勉強していなかった。カブトムシをほじくっていたもの。
『えーと、じゃあ、アリスター殿下はアリィですかね?』
『きゃー』
アリィと呼ぶと、殿下は嬉しそうに両頬に手を当てて首をちょっと傾げた。声の魔道具の出力とともに、ジェスチャーまでつけてくるのだ。王族の割に表情豊かだが、可愛いので何の問題もない。むしろ、何パターンかのジェスチャーに意味を持たせるのもいい。右手首触ったら「つまんないから帰りたい」とか。
私は思わず鼻の下を触る。大丈夫だ、殿下のこの破壊力のある動作で鼻血は出ていない。
アリィと呼んだ瞬間はメアリーさんの「なんて馴れ馴れしい」と言いたげな鋭い視線が飛んできたものの、殿下が可愛いのでその視線は一瞬で和らいだ。
殿下が魔道具を使ってくれるまで長い道のりだった。
私が城に来て約一カ月が経っている。
殿下の前では魔道具のみを使って会話し、使っている様子をずっと見せ、クマのぬいぐるみをライライに駆使させ、文字盤を一緒に装飾して興味を持たせ、簡単な単語から始め、殿下が文字盤の位置を覚えるまで動物ごっこ等をして付き合い──。
メアリーさんがいる時は邪魔してくる、いや、殿下が声の魔道具を使うのよりも先に察して動こうとするので大変だった。
王妃様の力を借りて、殿下の陰口を言っている使用人たちを彼女に特定してもらった。殿下付きの侍女ではなかったが、数名の侍女が配置換えされたと聞いている。その特定に行ってもらっている間に魔道具に慣れてもらった。
自分の涙ぐましい努力を振り返りながら、休みの日はシモンさんと魔道具について議論をしている。
「犯罪に使われる可能性があるからと、なかなか声の魔道具の商品化の許可がおりんのじゃ」
「商品化しなくても私はいいですけど。お金を儲けたいわけじゃないので」
「そういうことを言うでない」
「許可が下りないと私も城で保護されたままなので頑張りますけど……声の魔道具にノイズがわざと入るようにして、録音の魔道具で録音したらバレるようにすればいいんじゃないですか?」
相変わらず、私を狙っているという人々が捕まったという話は聞かない。
王妃様にも申し訳なさそうに「まだかかりそうなの……」と言われたばかりだ。
「できるんか?」
「できますよ。ここをいじってこうしてみて……でも、出力された声が割れるかもしれませんね。それなら識別の魔道具作った方が早くないですか?」
「録音の魔道具ができて、声の魔道具ができて、その識別のために魔道具をまた作るのか……まさに、いたちごっこじゃな」
「犯罪に使うのが悪いんですから、仕方がないですよ。私も犯罪に使おうと思って開発したわけじゃないです。それに、録音を編集できる魔道具もできたら大変じゃないですか? 私の魔道具は、言っていないことを言ったことにできる可能性があります。でも、編集できる魔道具ができたら、言ったことが言っていなかったことにできます。自白の取り消しもできますね」
「言った・言わないは一番揉めるというのに……魔道具まであってもまだ揉めるんか……」
「人間ですから。人間が使うから揉めるんですよ」
シモンさんが白髪頭を抱える。
魔道具が開発されて便利になったからといって、使い手は人間だからそう簡単には変わらないと私は思う。
善人が使えばなんてことはない、でも悪人が使えば犯罪に利用される。ただ、それだけ。
包丁を野菜を切るために使うのか、人を刺すために使うのかという違いだけだ。
私はしばらく魔道具をいじって、ノイズが入るようにしてみた。
『テステス テッ……ザザザ』
魔道具から出る声はひび割れたようになったり、甲高くなったり、最後には砂を踏みしめるような音が出た。
いっそ、十秒ごとに「にゃーん」「ピヨピヨ」「わんわん」という鳴き声でも入れようか。そっちの方が可愛いし和む。
「音がかなり割れるな」
「割れますね。聞きづらいですし、せっかく殿下が使ってくれるようになったのにこれだと『おかしい! こわれた!』と投げられちゃいそうなので、やはり識別できる魔道具を開発するしかないでしょう」
「誰が開発するんじゃ?」
「そこは魔道具係の皆さまに頑張っていただいて。こっちは三食住むところ付きですが給料は出てないんで」
「こっちも人手が足りんのじゃ。ルリアーネが魔道具係になれば給料も出るし、開発もできるぞ。商品化の申請も通ったら、ライセンス料でガッポガッポじゃ」
「私はこれが犯罪に使われても困りませんけどね。私はエヴァンの声が聞きたいだけなので」
「またそんなことを言う。新しい魔道具を開発できる頭脳をせっかく持っとるのに。あのなぁ、お前さん。一体どこの誰が、何百人もの声を集めて分析して魔道具を作ろうと思うんじゃ。お前さんくらいだ……ところで、婚約者の声は再現できたんか?」
「なんか違う気がするんですよ……近い気もするんですけど」
録音の魔道具で集めた声を分析して、エヴァンの声を再現しようとしているところだ。近いものはできていると思う。でも、どうにもエヴァンの声だとしっくりこない。
エヴァンは、病で一年間苦しんで十歳という若さで亡くなった。
うつる病ではなかったので、婚約を解消しようと両親が話し合っているのを横目に私は彼のもとによくお見舞いに行った。
九歳から十歳になる過程でのことだったから、彼はしんどい日は私によく八つ当たりをした。あの頃は子供だったから、私も八つ当たりに言い返して度々喧嘩になった。
でも、治ると思っていたから婚約の解消には頑なに頷かなかった。婚約者でなくなったら、お見舞いに行くこともできなくなる。両親はそんな私の気持ちを分かってくれて、解消はしないでいてくれた。
私は知らなかったが、両親は知っていたのだ。エヴァンの病が治らないものだということを。
八つ当たりされるくらいなら、まだ良かった。
最後の方は、エヴァンは眠っていることも多く、喋ることさえままならなかった。
ベッドにぐったり体を預けて、早めの十歳の誕生日プレゼントを持って来た私に何もかも諦めたように無理矢理笑ったのを見たのが、彼との最後だ。
あんな風に死を受け入れた笑顔を向けられるより、八つ当たりをされる方がまだ良かった。だって、八つ当たりしてくるエヴァンの方が元気そうだったし、生きようとしている気がしたから。
慌ただしいノックが部屋に響き渡る。
魔道具係の方々が戻ってきたにしては様子がおかしい。
扉から顔をのぞかせたのは、ライライだった。珍しく肩で息をしている。
今日は別の人が私の護衛についていたのだった。
「アリスター殿下がいなくなった……ここには……?」
「来ていないですね」
「じゃあ、一体どこに……もう散々探しているのに……」
ライライは見当もつかないのか、天を仰ぐ。
「殿下は何かおもちゃを持っていますか?」
「……いつもポケットにあなたが渡した玩具を入れておいでだ。あの、押すと光る物だ」
ライライは慌てているのか、シモンさんがいるおかげか、あるいはクマさんを持っていないからか丁寧な喋り方だ。
「声の魔道具は?」
「部屋にないし、落ちてもいないからお持ちのはずだ」
「ところで今日、メアリーさんは?」
メアリーさんが殿下から目を離すとは思えない。彼女、休みだったっけ?
「……庭でメアリー氏と殿下が二人きりになった瞬間にいなくなったから……血眼になって今探している。我々も目を離してしまった。お気に入りの場所は全部回ったがいらっしゃらない。カブトムシを捕まえた木も、噴水周辺も、いい感じの石や枝をよく拾われる辺りも全部」
「城内で誘拐でも起きたのか? 中庭にも防犯の魔道具が作動しているはずじゃが、故障か?」
シモンさんが鋭い声を上げながら、座り心地のいいお高いイスから立ち上がる。
私はそんな状況でも、声の魔道具をいじっていた。




