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私は毎日、アリスター殿下のところに入り浸っているわけではない。
週のうち三日はお休みがある。保護されている身だから厳密に言えば仕事ではないのだが、対外的な言い訳である。
そのため、お休みの今日は城の魔道具係の部署を訪れて、最年長で室長のシモンさんとあーでもないこーでもないと声の魔道具の改良を行っていた。他の魔道具係の皆さんは城のいたるところに点検に出ていて不在だ。
部屋の隅には、興味深そうに周囲を見回すライライがいるが放置しておく。今日は私の護衛で彼がついてきたのだ。
「子供向けは難しいのぉ。しかも、殿下は五歳じゃし。十歳以上ならまだ簡単なんじゃが」
立派な白いひげを触りながら、シモンさんは市販の玩具の魔道具と見比べて悩んでいる。玩具は魔道具といっても、ボタンを押すとキラキラ光るだけの簡単なものだ。
「そうなんですよ。だからこうやって、暗いところでボタンが光るようにしてみました。でも、殿下の興味を引けたのは十分ほどだったので、一緒に文字盤を作った方が早いんじゃないかなと。一緒に可愛く作って愛着が湧くのを狙おうかなって思ってます」
「なるほどのぉ。しかし、それならもっと耐久性を上げんとな。現時点では殿下が五回投げたら壊れる」
「四回まで耐えてるのが凄いですよね。でも、持ち運びもするなら高い位置から落下することも想定して、もっと軽量化して耐久性も高めないと」
「このボタンの位置も人によって変えられる方がいいじゃろ。使いやすいようにカスタマイズできると面白いしの」
「ですよね。となると……えっとぉ……」
殿下がいないので、私は声の魔道具を使わずに会話をしている。
久しぶりに声帯を使うせいか、最初は声と言葉がなかなか出なかった。
「ルリアーネは魔道具係に就職せんのか? 今なら儂が推薦してやるぞ? 試験は受けてもらわんといかんが、面接は儂の権限で免除じゃ」
「えー嫌です」
「なんでじゃ! 儂は腰も足も痛くて点検に行けんからお荷物じゃというのに。ここは一つ若い子を入れて儂の業務も心労も減らしてもらって……あ、まさか特別扱いが嫌なんか」
「シモンさんは点検に行かなくても魔道具の改良をたくさんされているじゃないですか。シモンさんの業務を振られたら、私の頭が沸騰して死んじゃいますよ」
「儂の仕事なんて、元々ある魔道具をちょっといじって改良するだけじゃ。零から一は生み出せん。その点、ルリアーネはその若さで新しい魔道具を開発する天才じゃ。だから、ぜひぜひ魔道具係になって欲しいんじゃがな」
「あはは、褒めすぎですよ。私の拙いグラグラする一をシモンさんがどっしりした百にしてくれてるんですよ」
ちょっといじって改良は、実はかなり難しいのだ。
下手に手を入れると均衡が崩れて魔道具が壊れる。開発よりも魔道具の改良の方が幅広い知識が必要になるのだ。
目の前のシモンさんは五十代で老人を気取っているが、室長だ。つまり、彼に敵う人はまだいない。
「いいと思うんじゃけどなぁ、ルリアーネが魔道具係。誰でもなれるもんでもなく高給取りじゃし、もしかすると人も多くいる城で新しい出会いがあるかもしれんし。親御さんもダメとは言うまい?」
シモンさんの言う通りではある。
魔道具係はなりたいと目指しても誰でもなれるわけではないエリート職だ。
給料がいいので、夢の親のすねかじり引きこもり生活は終了だが、城の寮もあるし食事つきだし、ちょっと歩いていけば王都の食堂街もあるので便利だ。
「それに儂の部下は独身ばっかりじゃし、女性もおるし。肩身も狭くないじゃろ」
「そうですけど……私、大して魔道具に興味がないんですよ。厳密に言えば、この声の魔道具以外に」
私は図面に視線を落としていろいろ書き込みをしながらも、シモンさんを怒らせていないか雰囲気で探った。
のらりくらりとはぐらかしてもいいのだが、このくらい言っても怒られるような信頼関係ではないと思いたい。
「仕事として責任を持ってできるとは思えないんです」
「それは、声の魔道具にしか興味がないということか?」
「そうですね。そもそも、エヴァンの声を再現したくて始めたことなので……魔道具の勉強も必要だったからしただけで。図面や魔道具を見れば、どこをどうすればいいかは分かります。でも、興味や情熱が持てるかと言われたら怪しいんです。エヴァンの声ができたら、私はもう何もかもどうでもよくなるんじゃないかなって」
将来のことを考えたら、貴族令嬢なら家のために結婚すべきだ。
でも、私はしたくない。それなら働くべきだろう。高給取りの魔道具係は素晴らしいじゃないか。変わり者扱いされていた私が高給取りのエリート職員になるなら、両親だって鼻が高いだろう。
それなのに、私の口から出る言葉は否定的なものだった。
将来のことは考えないようにしていた。
エヴァンの声が再現できたら──その先を私は意図的に考えないようにしていたのだ。
私は満足するのだろうか、エヴァンの声を再現できたら。十一歳の時から声を再現するために突っ走って生きてきたのに。
正直、満足してもういいやと死ぬかもしれない。
エヴァンが死ぬまで「死」なんて私の辞書にはなかった。姿形も見えなかった。
でも、エヴァンが死んで「死」は姿形を伴って私の前に現れたのだ。十歳の私の前に。
自分の人生だから、自分のことしか考えていないから、私は平気でそんなことをしてしまうだろう。それなら、魔道具係になっていたら家族以外に余計な迷惑をかけてしまう。
私が魔道具係にならなかったら、誰か他の人がその席に座っていたはずだから。
「ルリアーネは枯れとるのぉ。再現してから考えてもいいじゃろうに」
「そうかもしれませんねぇ」
「その時、儂が生きとったら魔道具係にならんかと声をかけるぞ。儂が死んでおったら、そうじゃな。カトリーヌ女史に声をかけてもらおう」
「そういう人って長生きするらしいですよ」
カトリーヌ女史とは、魔道具係で唯一の女性だ。三十代独身で侯爵家出身。実際は夫を亡くしており、子供がいなかったことから婚家を追い出され、実家でも肩身が狭くて職業婦人となった方だ。
シモンさんとの改良話を終えると魔道具係になるかどうかは結局はぐらかして、私はライライを後ろに従えて城の庭を歩く。
アリスター殿下は大人しい方だが、子供の体力というのは目を見張るものがある。引きこもって魔道具ばかりいじっていた私では太刀打ちできないので、少しは歩いているのだ。城は広いから歩くのに最適である。
明日殿下に渡そうと、いい感じの石や枝をまた探す。
城の庭を地面を見つめながら歩いていると、視線を感じた。
見ると、メイドらしき女性たちがコソコソ話をしながらこちらを見ている。私と視線が合うとすぐに逸らして散っていった。
あぁ、と思い直して後ろを振り返る。
忘れかけていたが、私は大変見目の良い護衛騎士を従えて城の庭を歩いていたのだった。
殿下と歩くときはクマさんに擬態させているから、彼がクマのぬいぐるみを持っていないとおかしな感じだ。
ライライは真顔で何かを差し出してくる。
彼の手のひらには、まさしくいい感じの石があった。小さくてつやつやでちょっと尖っている。
「おぉ! まさか見つけてくれたんですか!」
私の歓声に彼は呆れたような表情をする。
いい感じの石に興奮する十八歳。傍から見ると怪しい。
「アリスター殿下のためだ」
「じゃあ、この護衛が終わって帰ったらライライから殿下に渡した方がいいですよ。殿下、喜ばれると思いますから。私はさっさと自室に帰りますね。そうしたら、すぐ殿下のお部屋に行けるでしょう?」
「……なんでライライと呼んでいる」
「呼びやすいからです。そして、殿下の世界観を壊さないためです。あ、大丈夫ですよ。夜会なんて私は出ませんし、保護が終わったらもう会うこともないので衆目でそんな風に呼びませんから」
私に護衛がつくのは、殿下と離れて出歩く時と休みの外出時だけだ。
私は足元に転がっていたいい感じの枝もライライに渡して、王妃様に与えられた城の自室に足を向けた。
ライライはまだ何か言いたげな表情だったが、何も言わずに私の後を護衛としてついてきた。




