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喪った声を求めて  作者: 頼爾@5/12「尊い5歳児」コミカライズ2巻発売
第二章 喪った心を求めて

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いつもお読みいただきありがとうございます!

 本日は、夜会である。

 私にとって最初で最後の夜会である。

 誰だろうか、終わりの始まりなんて言い出した人は。まさにその通りじゃないか。


 王妃様のところに向かうと、カヴェイン殿下が申し訳なさそうに部屋の扉の前で待っていた。男性の準備は朝からではないらしい。なんて羨ましい。


「申し訳なかったね……私がもっと早く気づいていれば……」


 第二王子なのにまた謝ってくれる。よほどドレスの事件のことを気に病んでいるらしい。


「殿下は全く悪くないではないですか。元はと言えば、私がきちんと管理できていなかったのが悪いのです」

「それなら、一番悪いのは使用人だよ。部屋に侵入してドレスを盗むなんて。城であんなことが起きればすべてが疑われる。君じゃなくて外国の要人にもそういうことができるわけだ」


 だから犯人捜しが迅速だったのか。

 へぇと神妙な顔で頷いていると、カヴェイン殿下はさらに眉根を寄せた。


「……ライムントとの婚約が原因らしいね?」

「彼はお顔がよろしいようで」


 カヴェイン殿下のあまりに落ち込んだ様子にジョークを返してしまった。

 ライライの顔がいいのは事実である。そして私が顔で婚約者を選んだわけではない。

 しかし、私のジョークでカヴェイン殿下は笑ってくれなかった。


「その……クリフは伯爵家出身だけど、クリフと婚約ということもできるよ?」

「……え? 今からチェンジが可能なんですか?」

「夜会には間に合わないけど」

「そうですね。ただ、クリフ様はカヴェイン殿下について他国に行かれるのでは?」


 クリフさんはカヴェイン殿下とともにレイアード王国に行っていたくらいだ。

 カヴェイン殿下が他国に婿入りする時は、再びついていくのだろうとばかり思っていたのに。


「私はクリフに無理をさせたくないんだよ。私に振り回されているようなものだから。ほら、君と婚約・結婚すればクリフはこの国に残れる。魔道具の話だってクリフはできるからね。伯爵家の跡継ぎではないけれど……君に功績として爵位を与えるくらいはしそうだ。私がもう少し早く帰ってきていたら、こういう提案をしたんだけどね」


 第二王子のレイアード王国からの帰国が少し早ければ、そういう未来もあったかもしれない。

 運命というか、現実というのは不思議だ。

 そうならず、私はライライと婚約しているのだから。


「万が一また嫌がらせがあったら……そういうことも考えてみて」

「はい」


 クリフさんと婚約したら、ライライのことは大事ではなくなるだろうか。

 ドレスを選んでもらって盗まれてズタズタにされても、傷つかないで済むだろうか。

 外の世界は怖くてたまらない。


 王妃のところに行くと、もっと怖かった。

 夜会なのに朝から準備とは何事かと思っていたが、まず人に囲まれてお風呂に入れられて塗りたくられてマッサージされた。

 そのあたりから記憶がない。

 多分もう嫁には行けないんじゃないだろうか。


 我に返ったら髪がセットされて、ドレスを着せられていた。

 そして体がクタクタで気力もなかった。


「み、水……」


 王妃の侍女が「み」の時点で水を差し出してくれる。

 ありがたく水を頂戴していると、ガチャガチャと扉の取っ手が回った。


「あ、いけません! 殿下! まだお着替え中かもしれませんよ!」


 メアリーさんの声が聞こえたと思ったら、部屋に飛び込んできたのはアリスター殿下だった。


 アリスター殿下は私を見るとおぉ! と言いたげな反応をする。

 すぐ近づいてきてじっくり私を見回して、声の魔道具を取り出した。


『ルリィ おひめさまみたい すっごくちれい』


 殿下に女心のお勉強が必要なんて言ってすみませんでした。

 「きれい」を「ちれい」と打ち間違えているものの、五歳児の純粋な好意と賞賛を真正面から浴びて疲れが吹き飛びそうだ。


 しまった、私は声の魔道具をどこに置いたっけ。

 部屋に置いておくのは怖くて、王妃様の侍女に預けて……あ、持ってきてくれた。


『ありがとうございます』

『すっごくきれい ピンク?』

『そうです、ピンクなんですよ。似合わないですよね?』

『にあうよ』


 五歳児に無理やり「似合うよ」と言わせる十八歳。

 自虐を通り過ぎて褒めの強要という犯罪の香りがする。


 新しいドレスはピンク色だった。私の髪と同じ色なので私としては避けたかったのだが、これしかなかったなら仕方がない。


『キラキラつけないの?』

『キラキラ?』


 アリスター殿下の目の方がキラキラしているが、どういう意味だろうか。

 殿下はジェスチャーで首をぐるっと示す。


『ネックレスですか。そういえば、考えていませんでしたね』

『おかあさまのキラキラつける?』

『いえ、それは無理があります……』


 王妃様のお持ちの宝石は国宝じゃない? 

 実家から何か持ってきておけば良かったか。といっても十歳くらいまでしかアクセサリーをしていなかったから、年齢に見合うものはない。


 アリスター殿下は全身でその後も興奮を現していた。

 五歳児にこれだけ「綺麗」だの「可愛い」だの言われたら、不思議とその気になってくるものだ。


「確かに、ネックレスがないと首回りが寂しいですね」


 なかなか帰りたがらないアリスター殿下に疲れたらしい侍女のメアリーさんが、私の装いを見てそう呟いた。今日は敵意の視線は見当たらない。


「最初で最後の夜会ですから。首がついているだけで感謝しないと」

「もしや、緊張していらっしゃいます?」


 緊張というか、準備の段階でもう疲れて考えたくない。

 アリスター殿下が石コレクションの三番目を『もっていく?』と押し付けてこようとするので、丁重に断っているとライライがやって来た。


 アリスター殿下は、藍色の夜会服のライライを見て大興奮だ。


『ライライ かっこいい!』


 殿下に褒められて彼も満更でもなさそうである。五歳児の好意と賞賛はプライスレス。


「良かった。似合ってる」

「ドレスがいいですから」


 殿下に足にまとわりつかれながら、ライライが私のところまでやってきて破顔した。


『ルリィ きれい! おひめさま!』

「えぇ、綺麗ですね」


 ライライはアリスター殿下の言葉を繰り返しただけだろう。

 それなのに、私の体温は少しばかり上がった。首や顔に血液が急に集まったのを感じる。


『でもキラキラない』


 アリスター殿下は再び首の周りを示してジェスチャーする。


「あぁ、ありますよ」


 ライライは胸元から薄い箱を取り出すと私の前でカパッと開いた。

 本当にカパッと音を立てて開いたのだ。


「……高そう」

「一言目がそれかよ」

『ちれい! きれい!』


 この状況で一番まともな感性をお持ちなのは殿下のようだ。女心が分かっていないのは私かもしれない。


『キラキラはやくつけて!』

「ちょっと髪あげといて」


 複雑な編みこみでハーフアップにされた髪の先をどけて、ひんやりしたネックレスの感触が肌に当たる。しかし、なかなか背後からライライが退かない。


「えっと、ライライ?」

「まだきちんと留まってない」


 私の後ろで彼は留め具に戸惑っているらしい。


『さふぁいや?』

「そうみたいですよ、殿下。綺麗ですねぇ」

『うん おひめさま!』


 殿下は私の前まで来て嬉しそうに褒めてくれるのだが、留め具が留まらないせいでライライが首筋に顔を近づけてきて吐息がかかる。

 五歳児の前でおかしな声を出すわけにいかない。


「できた」


 ひんやりとそして重い感触が首にかかる。どう見てもブルーサファイヤとダイヤモンドだ。

 なんて凶器を首にかけるのか。

 これだけで録音の魔道具が何個買えるだろう。


「母が貸してくれた」

「怖すぎますね」

「ないのも困るだろ」

「失くしても弁償できません」

「失くすなよ。大丈夫だろ」


 ご機嫌な殿下とメアリーさんに見送られて、一緒に夜会会場に向かう。

 先ほどまでは殿下が全身と声の魔道具できゃあきゃあ言ってくれていたから賑やかだったが、廊下を歩いていると二人して喋ることもなく黙り込んだ。


 殿下、最初だけ一緒にいてくれないだろうか。私は夜会を乗り切れる自信がない。

 五歳児に求め過ぎか。


「殿下に先を越されて悔しいんだけど」

「え?」


 ライライはあからさまに目を逸らして指で顎をかいた。

 これはまずい。爆弾がくる、違う意味の。


「あー……その、よく似合ってる」

「ライライもいつも通りカッコいいですよ」

「いつも通りなのかよ」


 笑って私は前を向いた。

 間髪入れずに軽口を返せた私は偉い。


 心臓がうるさくて顔も首も熱い。


 こんなに褒められるのが嬉しいなんて知らなかった。

 アリスター殿下に褒められるのも嬉しかったけど、ライライにも褒められてこんなに嬉しいなんて知りたくなかった。


 何もかもダメな私が普通の令嬢になれた気分になるから。

 私は彼といるのをとても楽しいと思ってしまっている。

 楽しいなんて思ってしまったら、またあんなことがあったらもっと悲しくなるのに。


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