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手紙のやり取りをして、すぐにデッカー公爵夫人は来てくれた。
ライライと血のつながりはないが、金髪に青い目で冴え冴えとした美貌をお持ちなので彼の姉のように感じる。
「デッカー公爵夫人、本日はご足労いただきありがとうございます」
「いいえ、私も気になったものだから。うふふ、仕事中のライムントも見て帰るわね。あの子、見られるのを嫌がるのよね、ふふふ、チャンスだわ」
後妻である公爵夫人は私の母親より十も下だ。気軽にお義母さまなどと呼べそうにない。
以前は短時間しか会ったことがなく人となりが分からなかったが、どうにも遊び心をかなりお持ちの方のようだ。
だって、怖いじゃない? 相手は公爵夫人だよ? 王族をのぞけばほぼトップだよ?
「入場はライムントや私たちと一緒で、そこから両陛下に挨拶して……カーテシーはできるかしら、一度やってみて。あら、大丈夫そうね。あとは……ライムントは『菓子につられてどこかへ行きそうで心配だ』なんてのろけていたわよ」
それはのろけではなく、野良猫の心配だ。私は本当に野良猫だと思われているのかもしれない。
「お菓子にそれほど執着はないので、お菓子ではつられません」
「それなら良かったわ。お酒でも魔道具でもつられちゃダメよ? 城の夜会は初めてなのよね?」
「城どころか、夜会自体が初めてです」
「酔っ払った高位貴族に休憩室に連れ込まれそうになることもあるし、薬を盛られることもあるかもしれないから、基本はライムントから離れないでね。連れ込まれそうになったら抵抗してね」
「城の夜会というのは……怖いんですね」
「人が集まる場所だから、変な人もいるのよ。食事や飲み物も何が入っているか分からないから、パートナーや私たち家族が取って来たものか、自分が取ったもの以外は口に入れないでね。飲み物なんかはお酒にすり替えてある場合もあるから」
一通りマナーをおさらいし、注意事項を聞く。むしろ注意事項の方が多かった。
「あの、この婚約は本当に続けて良いのでしょうか。私がまた事件に巻き込まれたら……」
「私は旦那様に従うだけだから、この婚約を旦那様が続けるとおっしゃればそうなるだけよ。旦那様は魔道具の天才と呼ばれるあなたの保護に大変乗り気だから、婚約解消は無理だと思うわ」
なんだ、その寒い二つ名みたいなものは。引きこもり令嬢じゃなかったのか。
私が淹れた大して美味しくないだろうお茶を優雅に飲みながら、公爵夫人は部屋を見回しながら答える。
ライライと同じ青い目と視線が合った。
「不安なのは分かるわ。でも、あなたのことは婚約してデッカー公爵家が守ると決めたのだから。ライムントもそのように納得しているわ」
「高位貴族の義務みたいなものですか?」
「近いわね。ライムントも外見で騒がれるのは嫌そうだったから、あなたみたいに外側で騒がない子との婚約は良かったと私は思うのよ?」
義務でこれからも巻き込まれるかもしれないなんて、ライライが不憫だ。
「ところで、衣装はどんなのを着るの? ちょっと見てみたいわ」
ドレスのことで楽しそうにしている夫人の方が、まるで若い令嬢のようだ。
仕舞っていた箱から取り出して開けて夫人に見せる。
「あらあら、あの子、こんなドレスを婚約者に選べるようになったのね。不思議な気分だわ。嫁いだ時は小さな子供だったのに」
まだ若い公爵夫人がお年寄りのようなことを言っているが、自分のことのように嬉しそうだ。
「それに、今日私がマナーの確認に来たのはあの子の提案よ。夜会に出たことがないから不安だろうって。あなたは肝が据わっているから必要なかったかもしれないけど」
「……え? てっきり、公爵夫人が心配してくださったのかと」
ライライだってそう言っていたではないか。
あんなにスムーズに嘘がつけるものなのか。
「心配はしていたけど、若者のことにあまり口出しするのはね。嫌な姑に見られるのも嫌じゃない。後妻のくせにうるさいとか思われても悲しいし。でも、ライムントがしっかりしていたから良かったわ。ドレスもマナーも気にしてあげられる子になって。私が産んだわけじゃないけど、いい婚約相手だと思うわよ」
「それはもちろん、分かっております。私では不相応なことも」
「私は二人ともお似合いだと思うけれどね。あなたは引きこもって魔道具を作っている変わり者という話だったけど、発明は素晴らしいしとっても優しいじゃない」
「いえ、好き勝手しているだけです」
公爵夫人に好意的にみられるのは、なんだか嫌だった。
彼女が後妻だからとか、そういうことは関係ない。
ただ、私の罪悪感が重くなる。
私が魔道具に没頭した動機はとても不純なのに。エヴァンの死に目に間に合っていたら魔道具を作ろうとは思わなかった。私にとって魔道具は自分の未練と執着の凝縮だ。そして、許しを乞う道具。これを完成させたらエヴァンは私を許してくれる、そう思ったのだ。
「ライムントもあなたをかなり気にかけているみたいだし。最近は魔道具の本を借りてきて、うんうん唸って読みながら寝ていたわよ。あ、これは言っちゃいけないんだったわ。内緒ね。あなただって、ライムントが大切だから婚約解消したいって私にまで言ってきているのでしょう?」
「大切というか、私のせいで危害を加えられたくないだけです」
期限ぎりぎりまで読んでいた図書館の本は、ライライが先日問答無用で持って行って返しに行っていた。
まさか、その際に何か借りたのだろうか。
ライライは魔道具についてはさっぱりだと言っていたはずなのに……いや、きっと捜査の途中で興味を持っただけかもしれない。
「あら、優しいじゃない。だって、ライムントを失いたくないからそう言ってくれているんでしょう? でもね、これは継母の欲目なんだけれど。ライムントの肩を持っちゃうわ。だって、ライムントだってあなたが大切で失いたくないんだもの。実の母親のように失いたくないから、婚約解消は絶対しないと思うの。ね、よく似た二人でしょう、あなたたち」
「……公爵夫人、私たちはそんな関係ではありませんよ。私は公爵令息が傷を負うのが怖いだけの、引きこもりの伯爵令嬢です」
夫人は口を開きかけて、私の顔を見てすぐに閉じて柔らかな笑みを作った。
「そうね、私から見た世界なのだから、あなたに押し付けてはいけないわね。でも、頑固なところもそっくりよ」
その後はやって来たライライを「ちゃんと仕事してるの?」と散々からかって、公爵夫人は帰って行った。
喪いたくない。それは当たり前のことじゃないか。
私は喪いたくないから、手放したいのに。




