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ライライに部屋の前まで送ってもらったものの、彼は押し黙ったままだ。
「ええっと、お話があるのではなかったんでしたっけ」
「あるが、廊下で話す内容じゃない」
「ご存じとは思いますが、私の部屋は散らかってますよ」
「気にしないが……そっちより風呂には入ってるのか?」
「入ってますよ。この前とは違います」
城で与えられた部屋にライライを通すのは二度目だ。一度目はエヴァンの声の再現で引きこもりすぎて扉を蹴破られた。
今回は極めて普通に扉を開けて中に入ってもらう。
「研究者の部屋みたいだな。この本は城の図書館のか。触っても大丈夫か?」
机の上に開きっぱなしで置いていた本を何冊も片付けていると、ライライも手伝ってくれる。
「おい、返却期限。これ明日だぞ」
「ちっ、ばれましたか。見たら絶対言うと思ったから、慌てて証拠隠滅を目論んでいたのに」
「当たり前だろ。今日は……無理だな。明日返せよ、絶対返せよ?」
「大丈夫です、賞味期限と一緒で多少過ぎたくらいでは何も起こりません」
「他に待ってる人がいるかもしれないだろ。分かった、これは明日の朝出勤前に俺が返しておく」
「あぁー、まだ読んでない箇所があるんですよ! まだあと三十ページ!」
「おい、急に抱き着くな!」
ぎゃあぎゃあ言いながら片付けて、やっとテーブルの木目が見えたあたりでお茶を入れて一息ついた。
「なんだか、複雑な気分だ」
「何がですか、第二王子の婚約解消の件を聞いたからですか」
「いや、それは国家間の問題だからな……」
「私の部屋が汚いからですか。女性の部屋の片付けを手伝わされたのは初めてだ、みたいな?」
「それもあるけど……というか、なんであんなに本を借りてるんだ」
「シモンさんに、あの事件の爆発装置を作るとしたらどうするかって言われて設計図を書こうとしていました」
「物騒だな……まぁ、作れるんだろうけど」
「大丈夫ですよ、設計図はシモンさんの前でしか書かないですし、分解したところまでしか私も分かっていないので。あれを作れる人は限られているのですぐ捕まる……いえ、設計図さえあれば他の人でも作れてしまいそうですね。今日お会いしたクリフさんとか……」
「それは俺も思った。やっぱり、そう思うか?」
第二王子の側近であるクリフさんは、素人に毛が生えたとは言えないほど知識がありそうだった。知識だけあっても魔道具が作れるとは限らないが、私よりもよほど魔道具に対して熱心だ。レイアード王国の学園の授業では魔道具を選択していたそうだし。
「はい。でも、第二王子殿下と一緒に国外にいらっしゃったんですよね? 無理ではないですか? 私の存在も知らなかったと思いますし」
「存在は知っていたと思うぞ。アリスター殿下が倒れられた時に一度帰国されたからな。その時に王妃様がお前のことを喋ったんじゃないか。クリフにも声を再現する魔道具の話をしたかもしれない」
さっきは名前を呼んだのに、もう「お前」呼びに戻っている。
ライライは最初からそういう呼び方だったから、急に名前を呼ばれても困ったのだけれど。ある意味でブレていない。
「でも、すぐレイアード王国に帰られたんですよね。誰かを使ってこの前の事件を起こしたにしても、手間がかかっていて何がしたいか分かりませんし……」
「そうだな。国外にいるのにあんなことをする動機が薄いんだよな。それにその当時は王女という婚約者もいたわけだし、敢えて自国でそんなことをする理由がない」
「王女と護衛騎士って鉄板の組み合わせですよね。本当にあるんですね、あんなお話」
「王女と恋仲になる護衛騎士はダメだろ……」
その後で、事件の進展はあまりないとライライから告げられた。
「模倣事件も起きていて、情報が漏洩したんじゃないかってそっちも問題になってる。単なる忘れ物でも、魔道具で爆発するかもしれないと警戒しなきゃいけないから騎士団は大変みたいだ」
現時点では悪戯ばかりで、けが人が出るレベルの事件にはなっていないそうだ。
「それなら、魔道具かどうか少し離れた場所から検知できる魔道具を作っちゃえばいいんじゃないでしょうか」
「できるのか?」
「できないんですか?」
「いや、俺は魔道具についてからきしだから聞かれても分からない」
「理論上はできそうな気もします。城の夜会の際には持ち込めないんですか?」
「騎士と魔道具係が手荷物をチェックしているはずだ。魔道具はある程度大きさがあるから、夜会に持ち込んだらすぐにバレる」
「そうですねぇ、持ち込めてもわずか数十秒録音できる魔道具くらい。うーん……」
手近なメモにさらさらと気になったことを書いていると、ライライの視線を感じた。
「えっと? あ、捜査内容で特に話すことがないならもう遅いのでお帰りいただいてですね。私はまだ本を読まないと。明日返却できないので」
「……なんだか、複雑な気分だ」
「それはさっきも聞きました」
「何だろう、俺にしかなついてないはずの野良猫が他に甘えていたような」
「ライライは猫派ですか」
「違う」
「では、犬派?」
「どっちかといえば犬派だ」
「まぁ、嫌ですよね。なついていたはずの野良猫が他にも甘えていたら。何なら自分といる時より楽しそうだったら猶更」
「……たとえ話で、しかも通じていなさそうなのになぜか解像度が高い。ムカつく」
ぶつぶつ言いながらライライは帰るらしく立ち上がった。
「そういえば、母が夜会参加の際のマナーは大丈夫かと心配していた。城から出るのは危ないだろうから、ここに教えに来てくれるらしいぞ」
「あ、忘れてました。助かります。手紙を書きます」
「いや、忘れるなよ」
「夜会参加でマナーがいるんですか? 周りの真似をしていればなんとか誤魔化せるかと楽観視していました」
「そうだった、こういう奴だった」
ライライは苦笑しながら「図書館の本は明日必ず返せ」と母親のように口を酸っぱくして帰って行った。
ライライが帰った後で、図書館の本を元通りに開きながら私の手は震えていた。
緊張した。
部屋で男性と二人きりなんて、とっても緊張した。ライライからすっごくいい香りもするし。
今日は不意打ちで名前まで呼ばれてしまった。
たとえ話の野良猫はおそらく、自意識過剰でなければ私のことだろう。
つまり、ライライは魔道具の話をしていた私とクリフさんに嫉妬したわけだ。
あり得ない。
公爵家の令息のくせに、あり得ない。
なんで野良猫みたいな私で嫉妬しているのか。ライライに合うのはもっと高貴な猫ちゃんでしょう。
ライライと一緒にいると、エヴァンとの日常は全く恋ではなかったと思い知らされる。
それも怖い。これからまた何かで巻き込むのも怖いし、エヴァンとの思い出がどんどん違う思い出で塗り替えられていくのも怖い。
今度来てくださるという公爵夫人に婚約解消できないかそれとなく探りを入れてみよう。もしかしたら彼女は私をよく思っていないかもしれないし。




