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アリスター殿下は久しぶりに二番目の兄に会ったせいか、非常にご機嫌だ。
今は殿下の石のコレクションをすべて並べて紹介し終わったところだ。
『これはね るりぃがくれたの』
「ルリィ?」
『うん ルリィ』
「ルリィさんとは仲良しなのかい?」
『なかよし!』
「そうか。アリスターが元気そうで良かったよ」
声の魔道具を使って、兄であるカヴェイン殿下と一生懸命会話している。
カヴェイン殿下は声の魔道具に興味があるようで、いろいろと質問したり、実際に殿下の魔道具に触ったりしていた。
侍女であるメアリーさんは私に向けるような視線はカヴェイン殿下には向けていない。兄だからなのか、権力に弱いからなのか。
私はクリフという殿下の側近の令息と魔道具の話をしていた。使用人ではなく側近。伯爵家の令息だそうだ。彼は魔道具が好きなようで、声の魔道具に興味津々だ。
「声の魔道具とは画期的ですね」
「そうですか?」
「誰も作っていなかったのですからそうですよ! あの、この設計図を見せてもらえたりってことは……」
私が作らなかったら、誰かが作っていただろうに。
「魔道具係の部署にあります。見せていいのか私には判断がつかなくて……室長に聞いていただかないと」
「う、そうですよね……すみません。どうやって個人個人の声に合わせてこの箱から音声を出すのですか?」
「各個人の声を解析して、極めて近い音になるように設定するだけです。殿下の声は王妃様の記憶を頼りにしました。基本の声は録音済みでこの魔道具に入っていて、あとは高さや低さなどを設定して──」
私は自分の声の魔道具を触りながら説明し、クリフさんは感心したように私の向かいから身を乗り出して手元を覗き込んでくる。
魔道具の話をこのように同年代とすることはほとんどない。
もっぱらシモンさんやカトリーヌさんと話していただけだ。アリスター殿下に仕組みを説明するとすぐに寝てしまうので、落とさないでねとか投げないでね、こことここのボタン触らないでねくらいしか言っていない。
見て見て! 褒めて褒めて! なんてする気は毛頭ない。私の目的はエヴァンの声を再現することで、声の魔道具は副産物だ。
むしろ可愛くデコレーションした殿下の声の魔道具を見てほしい。
「……ルリアーネ」
魔道具を触りながらクリフさんへの説明に没頭していると、不機嫌そうな声が頭上でした。
この声のトーンと喋り方はライライだ。
しかし、ライライは私の名前を呼ぶことなんてあっただろうか。
「ん?」
見上げると、不機嫌そうなライライがいた。
「あれ? 今日は休みだったんじゃ?」
「捜査に協力してから迎えに来た。もう仕事は終わりの時間だろ」
もうそんな時間か。
彼は捜査協力して疲れたのだろうか。私の服を掴んで、ぐいっと声の魔道具から遠ざける。
「んげ」
「姿勢が悪い」
「それはすみません」
姿勢のことなんて一度も言われたことないのに。夜会が近いから、引きこもりの私の姿勢を矯正しようとしているのか。猫背と一緒にいたくないってことか。
「クリフさん、すみません。えぇっと、先ほどのご質問はこのデザインにした理由でしたっけ?」
「あ、はい……デッカー様、ご無沙汰しております」
「ご挨拶が遅れました。カヴェイン殿下もベアード様もご無沙汰しております。帰国されたばかりでお疲れでしょう」
クリフさんの家名はベアードらしい。さっき聞いたはずなのにもう忘れていた。
「アリスターに早く会いたくてね。病気の時は帰国したけれど、感染の危険性があると会えなかったから」
カヴェイン殿下は膝に五歳児殿下をのせて楽しそうだ。
いいお兄さんである。
膝の上の殿下は遊び疲れたのかあくびをしており、その様子を見たメアリーさんがささっとアリスター殿下を隣の部屋に連れて行ってしまった。
五歳児のあくびって可愛いよね。
「えーと、このデザインはですね、私はセンスがないので無難にしました。運びやすくて無難な色です。アリスター殿下のものは子供向けの仕様になっているので綺麗ですよ」
「あ、ありがとうございます」
クリフさんの質問に真面目に答えているのに、彼は私の後ろを見て苦笑いをしている。
振り返ると、いるのは不機嫌そうなライライのみ。
良かった、変なものでも私の背後にいるのかと思った。
「疲れたなら先に帰ります? 私は部屋までスキンヘッドさ……他の方に送っていただくので大丈夫ですよ」
「送ってく。話もあるし」
「あ、そうですか」
クリフさんに向き直ると、カヴェイン殿下も興味深そうにこちらを見ていた。
「えっと……どうかしましたか?」
「いや、留学していたから知らなかったのだけれど。二人は仲が良さそうだし、婚約者なのかな?」
カヴェイン殿下に柔らかく笑ってそう問われると、途端に恥ずかしくなる。
ここで「私は解消したいんですけど公爵に断られています」と言ったら大変なことになりそうだ。それに、どこが仲が良さそうなのか。
「はい、そうです」
「カヴェイン殿下は休暇になったから帰国されたのですか? どちらに留学をされていたんですか?」
ライライの返答と私の質問が被った。
クリフさんが目を泳がせ、カヴェイン殿下は目をやや開いて少しだけ驚いた表情になる。
「あれ? 噂になってないかな? とっくに皆知っていると思ったのだけれど……実は私はレイアード王国の王女と婚約していたんだが解消になってね。それで帰国したんだよ。もうあちらにいる理由がなくなってしまったから」
私は慌ててろくでもない質問をしてしまったようだ。空気が凍っている。
「皆知っているとばかり思っていたけど……」
「申し訳ありません。私はその手の話題に疎いもので……」
「殿下、申し訳ありません。彼女は魔道具研究に忙しく社交界には出ておりません」
ライライが軽く頭を下げている。
「あぁ、気にしないで。誤解されるよりはいいから。私もコソコソ噂されるよりは自分で喋りたかったからね。いやぁ、驚いたよ。私は王女である彼女と婚約して、レイアードになじむために留学してあちらの学園に通っていたんだ。あの日は学園の使われていない部屋から煙が出ていてね、火事だと騒ぎになったんだが……その部屋を開けると、婚約者の王女と彼女の護衛騎士がその……ははは」
「あ、はは……災難でしたね……」
続きが合っているか分からないが想像できてしまって、第二王子と二人で乾いた笑いが出た。
「王女と護衛騎士はずっと噂があったんです! 言葉は悪いですが、デキていると。距離も近かったですし……火事騒動がなければ、あのまま結婚して殿下は笑いものにされていました」
クリフさんが唇の端を怒りで引きつらせている。
「目撃者が多かったせいでもみ消しされなかったのは良かったよ。こんなことを話してしまってすまないね。アリスターには聞かせられないし、社交界でわざわざ言うことでもないし……次の婚約もいつ決まるか分からないし……でも少しすっきりした。聞いてくれてありがとう。まぁ、どうせ次の相手も他国の王族か貴族だろうから、私がこの国にいるのはわずかな時間だよ。アリスターと遊び倒すかな」
カヴェイン殿下は疲れたように笑い、クリフさんは気遣うように彼にお茶を新しく淹れる。いい主従関係である。
こんなに優しそうで第一印象のいい人と結婚するのが、レイアードの王女は不満だったのか。




