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死に切れなかった者たちへ贈る旅〜列車編〜

作者: 昼月キオリ


私の家にチケットが届いた。


寝台列車。渋谷。夜7時。

"死に切れなかった者たちへ贈る旅"

 

千夏(ちなつ)。24歳。マンションに一人暮らし。

千夏「何これ」


寝台列車の旅のチケットが届く人たちにはある特徴がある。

それは本気で死のうとしたことがあるかどうか。


強い自殺願望、自殺未遂・・・心が壊れてしまった人たちを運ぶ寝台列車。


千夏は1週間前、自殺未遂をしたが死に切れず今に至る。

自殺未遂をした理由は仕事だった。

レストランで正社員として働いていたのだが人間関係があまりに酷く病んでしまっていた。

仕事内容は良かったのだが、一緒に働く人たちが問題だった。

怒鳴り散らす社長、仕事中に何かと話しかけてきて仕事をしない同い年の男性社員、セクハラ発言を繰り返す歳上の男性社員。

最初はなんとか耐えていたがある日突然、それは来た。


"死んだらもうここへ来なくて済む"


そして不眠症の症状で処方されていた睡眠薬を大量に飲んだ。

しかし、吐いたり意識が混濁したりはしたものの死に切れずにいた。

そんな千夏の元に送られてきた寝台列車の旅のチケット。

怪しさを感じつつも一度は死のうとした身。

怖いものなんて何もなかった。


集合場所に着くと三人がいた。

30代半ばの男性、小学低学年くらいの男の子、セーラー服を着た女の子。

私と同じように虚な目をしていた。


列車は水色のレトロなワンマン列車。

行き先はしっちゃかめっちゃか街道と書かれていた。

皆んな首を傾げて頭の上にクエスチョン。

"しっちゃかめっちゃか街道・・・?"


寝台列車に乗り、しばらく走っていると。

車内アナウンス「ニャ〜ニャ〜♪次は〜しっちゃかめっちゃか街道〜しっちゃかめっちゃか街道ニャ〜」

何ともゆる〜い舌っ足らずな猫の声が聞こえてきた。

ふざけて流しているのか?と思った一同は電車が止まると先頭まで歩き、中を見た。

しかし、そこにいたのは人間ではない。紛れもなく猫だった。

そう、運転士の正体は黒のハチワレ猫だったのだ。

猫がぬらりくらりと列車から降りてくる。

皆んなに挨拶をする。

「私はこの寝台列車の運転士を勤めるハチワレ猫ニャ、

次の日の朝8時に出発するニャ、それまでゆっくり旅を楽しむのニャ〜」


目の前には自然豊かな街が広がっていた。

古い建築物が建ち並ぶ昔懐かしい場所だった。

一番最初に目に止まったのは民家らしき建物。

建物には看板が付いており、しっちゃかめっちゃか宿と書いてある。

看板はオレンジ色の優しい光を放っている。

「今日はここに泊まるのニャ〜」

とハチワレ猫は手で頬を掻きながら言った後、舌でペロペロと舐めた。


宿の前に取り残された人たちは顔を見合わせる。

戸惑いながらも皆一様に宿の中へ入っていった。

一人一部屋、用意されていた。

綺麗な8畳の和室にローテーブル、座布団が敷かれている。

あとは行灯がポツンと置いてあるだけだ。

しかし、不思議と不気味さはなかった。

宿で夕飯を食べた。夕飯と朝食が付いているとのこと。

夕飯はオムライス、パスタ、コンソメスープ、コーンスープ、ハンバーグ、ピザなど洋食。

朝食は焼き魚、納豆、ひじき、だし巻き卵、味噌汁、お漬物など和食で

どちらもブュッフェスタイルだった。

味は料亭かと思われるくらいに美味しかった。

それだけで心がほっと温かくなった。


受け付けの人(?)は水たまりを立体化したような薄いブルー色に可愛らしい目とにまにまとした口が付いている。

この時点でもはや誰も何も突っ込まなくなった。

悲鳴を上げたり、興味津々で近付こうとしたり、そんな人は現れなかった。

小学生の男の子でさえ冷静なままただ黙ってじ〜っとその光景を見ているだけだった。


それから私は外に出ることにした。

その時、同じ寝台列車に乗っていた男の子が後ろを付いてきていることに気付いた。

千夏「どうしたの?」

屈みながら聞くが男の子は黙って俯いている。

その時、ふとチケットに書かれていたことを思い出す。

"死に切れなかった者たちへ送る旅"

てことはこの子も?まだ小学3年生くらいなのに・・・。

こんな小さな体で死にたくなるくらい重たいものを抱えているのか。

私は何だかやるせない気持ちになった。

千夏「一緒に来る?」

男の子はコクコクと黙ったまま頷いた。

こうして私は男の子を連れて散歩をすることになった。


一言で言うとその名の通りしっちゃかめっちゃかな街だった。

古民家が立ち並んでいるように見えたかと思えば

ドーナツの形をした家、りんごの形の車、クジラの形の雑貨屋。

普通ではない何かが度々起こった。


星がキラキラと煌めく夜空を魚が泳ぎ、猫が提灯を持って二足歩行でスキップし、ペンギンが花を持ってペタペタと歩き、クラゲが宙にぷかぷか浮いている。


ここでは普通なことが一つもない。

ただただ自由が広がっている。


少年「普通にならなくていいんだ」

少年がその光景を見ながらポツリとそう言った。

長い前髪の隙間から見えた目には光が宿っていた。

そして私も思った。

千夏「普通にならなくていい、か・・本当そうかもね」


電車が止まり、皆んなが一箇所に集まる。

その表情に曇りや影はない。


それから一年後。

私はあの日一緒にいた人たちを色々な場所で見かけた。

ケーキ屋、本屋に、おもちゃ屋のショーウィンドウを眺める男の子。

皆んなそれぞれ新しい日々を送っていた。

男の子は私に気付くとこちらに近付いてきた。

千夏「久しぶりだね」

少年「ひさ、しぶり・・・」

少年は辿々しくも挨拶をしてくれた。

千夏「少しお話ししない?」

少年は黙って頷く。

近くの公園のベンチに座る。


千夏「ねぇ、君の名前聞いてもいい?」

優雨「優雨(ゆう)

千夏「優雨君ね、私は千夏って言うのよろしくね」

優雨「うん」

千夏「あのお店に欲しいおもちゃがあったの?」

優雨「うん」

千夏「どれ??」

優雨「くまの・・ぬいぐるみ」

千夏「あー!あれね、私も見たよ、可愛いもんね」

優雨「バカにしないの・・・?」

千夏「え、何で??」

優雨「僕、男の子なのに好きなものは可愛いものばっかりだから」

千夏「どっちだっていいんじゃない??私も小さい頃、電車のおもちゃで遊んでたし」

優雨「そう・・・皆んなバカにするんだ、変だって・・・それで誰にも言えなくなって苦しくて死にたくなっていた時にあの電車の旅のチケットが僕宛に届いたんだ」


優雨は普段引きこもりがちなので部屋から出てくることは少なく、両親に怪しまれることはなかった。

窓からこっそりと家を抜け出してあの旅に参加していた。

次の日が休みだった為、朝にまたこっそりと窓から家に入ったのだった。


千夏「普通じゃなくていいんだ」

優雨「え?」

千夏「あの日、あの街で君が言った言葉だよ、私、その言葉で頭の中のモヤモヤがスッて消えたんだ、

ああ、そうか、そう言うことだったのかって、ありがとう」

優雨「僕は別に・・・僕の方こそありがとう」

千夏「??」

首を傾げる千夏。

優雨「一緒にお出かけしてくれた」

千夏「あー!いえいえどういたしまして」

優雨「僕、学校でいじめられてて・・・好きなもの隠してた、でもあの日、普通じゃなくていいって思ってからは好きなものを外に出すようにした、そしたら・・・」

千夏「またいじめられちゃった?」

優雨「うん、母さんも父さんも男なんだからもっと男らしいもので遊びなさいって、それでも僕は好きだから言い続けてる」

千夏「私は優雨君を尊敬するよ」

優雨「尊敬・・・?何で?」

千夏「好きなものを好きでい続けるのも好きって真っ直ぐ言えるのも勇気がいることだよ」

優雨「そんなこと・・・ねぇ、千夏さんは今何してるの?」

千夏「私?私はねー」

 

私はというと水族館でペンギンの飼育をしている。

人と関わる仕事をしていた時は病んでばかりいたけど、ペンギンたちと関わるようになってからはびっくりするくらい心に余裕ができた。

大変なことは沢山あるけどそれ以上にペンギンたちは癒しをくれる。


あの日、あの寝台列車に乗らなければ今の私はなかった。


優雨「そっか、千夏さんは前に進めたんだね」

千夏「そんな立派なものじゃないよ〜」

優雨「そんなことない」

千夏「ありがとう」

優雨「僕も前に進めるかな」

千夏「優雨君ならきっと大丈夫だよ」

優雨「うん」

空を見上げると青い空の中を魚の形をした白い雲がぷかぷかと泳いでいた。


次の日。学校。

「優雨のやつ、まーたくまのキーホルダーなんか付けてるよ!」

「だっせー、男のくせに!」

優雨「僕の・・・」

「あん?」

優雨「僕のこと悪く言うのはいい、でも、僕が好きなものを悪く言うのはやめろよ!」

それからはあっさりといじめがなくなった。


父「優雨、お前またそんな女の子みたいなキーホルダー買って・・・」

母「そうよ、車にしたら?、部屋のくまのぬいぐるみだって変えましょうよ」

優雨「嫌だ」

母「え・・・?」

優雨はふるふると首を横に振った。

優雨「僕はもう前に進むって決めた、

普通にならなくていいって気付いたから、

勝手に捨てたら許さないから!」

父「な・・おい優雨?」

母「ちょっと優雨!」

バタン。

優雨は自分の部屋に入ると扉を閉めた。

母と父は無言のまま顔を見合わせていた。


優雨「やっと言えた・・・」

今度、会えたら言おう。ちゃんと言えたよって。

そしたら千夏さんは褒めてくれるかな。

よく頑張ったねって頭撫でてくれるかな。


"おやすみ"

 

そんな妄想をしながら優雨はくまのぬいぐるみを抱き締めながら眠りに付いたのだった。

そしてその妄想が現実となったのはそれから一週間後のことだった。


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