プールに浮かぶ原罪
母はよくうなされていた
寝言で叫び
飛び起きることもしばしばあった
父の死と、その罪を知った日から
父は詐欺師だった
逃げ足は速かったらしい
その遺伝だろうか
娘の私はプールで速さを証明した
スポーツ推薦で
全寮制高校に通う私は
授業料が免除され
充実した学生生活を送ることができた
私は卒業後も実家には帰らない
トレーニング設備が整った
海外の大学へ留学することになっている
母をひとり、この国に残して
私は残酷だ
父の罪でいまだマスコミに囲まれる家を捨て
ひとりで残る母を生贄に逃げようとしている
父は残酷だ
多くの人を詐欺で騙し逃げようとした罰を受け
海で浮かんでいる所を散歩中の人に発見された
母は残酷だ
父の残した保険金を被害者の弁済にあてず
その全てを娘である私の未来につぎ込んだ
私は知っている
母は罪を犯し、罰を受けようとしている
私のために
私の未来のために
だから家を出ないのだ
あえて世間の冷たい視線に耐え
夜はうなされ叫ぶのだ
父は知っていた
関わってはならない人を陥れ
報復される未来を
生命保険の契約書を紙飛行機に折り
ひとこと残したメッセージが遺書となった
「お前たちはこの金で飛べ、すまん、さよなら」
寮のカレンダーで卒業までの日数を数えていると
ルームメイトが私にお弁当と手紙を手渡した
母が来ていたらしい
私はベランダに身を乗り出し、その姿を探したが
走り去るタクシーが見えただけだった
手紙に添えられた写真
観覧車の前、父が写した母と幼い私
そして、こう書かれていた
「泳ぎなさい、浮かびなさい、それがあなたの罰です」
AI illustration by かぐつち・マナぱ