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第八話

 午前九時、軽トラはあぜ道を抜けて蒲原家から少し離れた場所に密集している区域を走る。

 乾いた田んぼの他に、葉菜類が植えられている畑の景色も続く。

 荷台には紙袋に入れられたいくつもの菓子折りが載っている。その後ろを追いかける、快調にエンジン音を響かせているバージンベージュのスーパーカブがいた。

 防寒ジャケットを羽織り、ジェットヘルメットをかぶり、ハンドルカバーに手を突っ込み、時々ある窪みを避けつつ軽トラを追いかける。

 丸みのあるサイドミラーとウィンカー、丸目ヘッドライトは日中でも光り輝く。

 軽トラは通行の妨げにならない端に寄せて停車し、その後ろにスーパーカブも停車。

 運転席から降りてきた樹の祖父善一は丸メガネ越しに孫を映す。静かに、ふっ、と微笑み、荷台から袋を取り出す。

「あ、そんな悪いですから」

 助手席から降りた柚野真白は、慌てて菓子折りが入った紙袋に手を伸ばそうとした。

 善一は拒否するように腕を引いて真白から紙袋を遠ざける。

 代わりに、スーパーカブから降りてジェットヘルメットをシートに置いた樹に渡す。

 樹は力強く頷いた。

「とりあえず、挨拶はここから始めるか……」

「ありがとうございます、せっかくの休みを使っていただいて。樹くんも、ありがとう」

 上品を意識したように微笑む表情と漆黒の瞳に、樹は頷く。

 肩から下まで真っ直ぐに伸びた茶髪を揺らし、セーターの上にコートを羽織り、ロングスカートが歩くたびにふんわりと動く。

 真白より少し前を進む、スーツジャケットと細身に映るパンツを穿いている善一の背中に羨望の眼差しを送る。

 全く気付いていない善一は一軒目の玄関を強めに叩いた。

 躊躇なく扉をガラガラと横に開けて、

「おはようございます、蒲原です」

 静かな声をいつもより大きめに出す。

「はいはい、あら会長さん。どうしたの? なん、なに、ハイカラな服着て」

 腰を少し曲げたエプロン姿のおばさんは、善一の服装に目を丸くする。

 善一は自分の身なりを見下ろし、おばさんに微笑む。

「引っ越しの挨拶です」

「お、おはようございます。初めまして、柚野真白と申します」 

 樹は菓子折りを紙袋から取り出して、真白に手渡した。

「あら、なに、えっらい美人さん……それでそんなカッコしてたんだねぇ。どうもご丁寧に」

 真白から菓子折りを受け取り、おばさんはニヤニヤと善一を見る。

 善一は髪を掻いて、

「まぁそういう時もある」

 照れるように微笑む。

「確か会長さんの隣に引っ越してきた子だったね。あんまり喋らないけど、良い人だからね、どんどん頼りなさいよ」

「はい、ありがとうございます。なにかとお世話になりますが、よろしくお願い致します」

 ほんの数分の挨拶を済まして、隣接する住宅を回っていく。

 繰り返し弄られる善一の服装。笑い合い、真白は戸惑いながらも対応する。

「とりあえず、こんなもんだろ。遠いしな、朝早いし、あんまり会わないさ……ついでにメシ、食いに行くか」

「ありがとうございます。いいんですか?」

「……」

 樹は口角を下げて、真白と善一の間に割り込んだ。

「どうかしたの? 樹くん」

 怪訝な表情を浮かべた真白。

 ふっ、と静かに笑う善一は軽トラに乗り込む。

「また今度にするか」

 そう呟く。

 軽トラは真白を乗せて、平屋に戻っていく。その後ろを追いかけるスーパーカブ。

 蒲原家の敷地内にある小さな畑の横に軽トラを駐車し、スーパーカブは倉庫に戻す。

 シートを軽く撫でて、力強く頷いた樹。

 シャッターを地面に密着するまで下ろし、樹は真白の近くに寄る。

「それじゃ、改めてよろしく」

「はい、よろしくお願いします。樹くんも、よろしくね」

「……はい」

 頷いた樹は真白を玄関まで見送ろうとついていく。

 善一は特に何も言わず、ガラガラと音を立てながら家の中へ。

「あの、樹くん、気持ちは嬉しいんだけどすぐ隣だし、大丈夫だよ?」

「……危ないから」

 空高くにいる太陽が町を照らし、暖かい光が降り注いでいる。見上げた真白は、すぐに呆れるように肩をすくめ、樹のしたいようにさせた。徒歩十秒の距離を歩く。

「それじゃ樹くん、今日は挨拶に付き合ってくれてありがとう」

 頷いた樹だが、帰ることはしない。扉が閉まるまで待つ。

 このまま閉めてもいいのか、真白は戸惑い、謎の間に不安を覚える。

「えーと、また明日から朝早いし、ゆっくり」

 言葉を選んでいる最中の真白に向かって、樹は何も言わずに手を伸ばし、真白の手を掴む。

 目が点になる、真白は思っていたよりも大きな手に掴まれて、目線をどこに向ければいいのか迷ってしまう。

「お酒、苦手なのに、なんで飲んだの?」

「ななななな、何よいきなり。うぅ、そうよ苦手よ。でもちょっとぐらい背伸びだってしたいじゃない。皆が飲んでるのに、一人だけ飲めないなんて空気悪くなっちゃうし、でも、もう飲まないつもり!」

 真白は焦りから顔を赤くして、早口になる。

「じゃあ、俺、お酒克服するの手伝いますから……その時は言ってください」

「は、はぁ?」

 目を丸くさせる真白から手を離した樹は、急いで立ち去った。腕で顔を覆いたくなるほど真っ赤な顔で……――。

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