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第七話

 真白は昨日の服のまま眠っていた。だらけるように瞼を開けて、上体を起こす。

 ぼんやりとした意識の中、昨夜の記憶が真白の顔を青ざめさせた。

「隣の子に、年下の子に、あんな失礼な態度……ないないないない! どうしよう、謝んないと、あぁー今何時?」

 大きいサイズのスマホを手に取って時間を確認。午前五時、外はまだ真っ暗で、カーテン越しでも分かる。

 真白は脱力気味に肩を落として、スマホをベッドに置いて立ち上がった。

「とりあえず、シャワー浴びなきゃ」

 テーブルに転がる、空になったチューハイの缶。それを睨んだ。

「ちょっと背伸びしたらこう……もー絶対飲まない!」

 そう決意を新たに脱衣場へと向かった。



 樹はずっと天井を仰向けになって眺めていた。消灯された部屋で、かけ布団をかぶっているが、眠気など昨晩から消え失せていた。

 窓とカーテンの隙間はいつの間にか明るくなっていて、スマホを手に取ると、時刻は午前七時。

 急いで掛け布団と敷布団を押し入れに畳んで運び、寝間着から長袖のシャツとジャージのズボンに着替えて、リビングへ。

 炬燵には、おにぎりと味噌汁が用意されていた。

 メモ用紙も一緒に置かれていて、『仕事に行ってくる』と鉛筆で書かれている。

 髪を掻き、朝食を摂る前に、樹は三畳ほどの小さな和室に入った。細長い仏壇だけがひっそりと薄暗い和室にある。

 明るい表情を浮かべる男性と、物静かな女性の写真が飾られている。

 炊き立ての白米と水が既にあり、樹はまた髪を掻いた。

 仏壇の前に正座して、樹は日課をこなす。

「父さん、母さん、好きな人……できた」

 そう呟いて、昨晩の蕩けた真白の顔が浮かび上がり、電気ケトルよりも素早く熱を上げて真っ赤になる。

 腕で顔面を隠すように覆い、俯く。

 そそくさと和室から出て、リビングで朝食を摂ることにした。

 炬燵に足を突っ込み、おにぎりをもそもそと食べ、時々赤味噌ベースの豆腐とワカメが入った味噌汁を啜る。

 食べ終えた頃に眠気が襲ってきて、樹は船をこぐように首を揺らしていると、玄関の扉を叩く音が聴こえてきた。

 樹は瞼を開けたり閉じたりを繰り返しながら、立ち上がり、玄関の扉を小さく応答して開ける。

 樹は目を大きくさせた。

 真っ直ぐに伸びた明るめの茶髪、田んぼの風景に合わない上品な服装を着こなす柚野真白が身体を強張らせ、漆黒の瞳で強めに樹を睨んでいる。

「あ……」

 樹は繰り返される脳内の映像に、顔を真っ赤にさせて俯く。

「おはよう……樹くん、少し、お話しがあるの」



 真白をリビングに招き、お互い対面するように炬燵を挟んで座る。真白は炬燵に入らずに正座。

「あの、昨日のことなんだけど」

 そう切り出された樹は落ち着かない様子で挙動不審に目を動かす。

 真白は頭を下げて、

「ごめんなさい! 酔っていたとはいえ、あんな失礼な態度をとって、樹くんに迷惑をかけちゃったのは覚えてるの。本当にごめんなさい!」

 戸惑う樹に謝罪をする。

「あ、いえ、あー」

 頭をゆっくりと上げた真白は、四つん這いになって樹の隣へ移動。樹は身を反らして至近距離にいる真白に、ただでさえ静かな声が消される。

「それで、お願いがあるんだけど……絶対周りの人に言わないでくれる? あんな情けない姿、他の人に知られたら父になんて言われるか、お願い! 秘密にして!」

 樹は黙って何度も頷いた。それと同時に、樹は冷静な部分が働いて、スマホを無言で真白に向ける。

 謎の行動に、真白は怪訝な表情を浮かべるが、すぐにハッと顔を青ざめていく。

「ひ、ひどい、もしかして酔った私を撮ったの?!」

 樹は慌てて首を横に振る。

「じゃ、じゃあ何よ、何が目的なの?」

 警戒する真白に、樹は顔を真っ赤にさせて、

「……連絡先、交換してください」

 ぼそっと呟いた。湯気が出る勢いの頭上。

 真白は数秒ほど黙り込み、呆気に取られている。すぐにホッと大したことじゃないことに安堵して、大きいサイズのスマホをポケットから取り出した。

 スマホの連絡帳に、柚野真白の番号が登録されて、メッセージアプリにも真白の情報が入り、樹は感動で瞳を揺らす。

「そんなに私の連絡先欲しかったの?」

 樹は小さく頷いた。

「そう……それなら別にいいんだけど、とにかく昨日のことは絶対秘密にしておいてね」

「はい、絶対に」

「ありがとー。本当に迷惑をかけてごめんなさい。樹くん、ゆっくり休んでね、それじゃ失礼しました」

 帰っていく真白を玄関まで見送り、ガラガラと音を立てて閉まっても、十秒間はそこで立ち尽くす。室内に残る石鹸の香りと、新たな連絡先に、樹は胸を震わせて小さくガッツポーズ。

 眠気はどこかへ飛んでいく。

 おにぎりが盛られていた皿と味噌汁の椀を片付ける為にキッチンに向かい、湯気が出るまで蛇口から水を出し、洗剤をつけたスポンジで洗う。

 ふと、視界の隅に映る、ケースごと棚に置いてあるお酒の缶。樹は食器を洗いながら、昨晩の真白を思い出す。

「……」

 ケースから既に二缶は取り出されていた。樹は一缶に手を伸ばして、こっそり部屋に隠す。

 一時間ぐらいして、玄関が開く戸車とレールの擦れる音が聴こえた。

「ただいま」

 リビングに入ってきたのは、蛍光色のジャケットを着た祖父、善一。丸メガネをかけて、帽子もかぶっている。

「おかえり、おじいちゃん」

「あぁ」

 手を洗う為にキッチンに移動した善一はすぐに違和感を覚えた。

「……」

「……」

 お互い沈黙が続く空間。樹はそわそわと落ち着かない。

 手を洗い、戻ってきた善一は、

「バレバレだな、返せ」

 炬燵に入って、怒るわけでもなく静かに呟いた。

 樹は渋々と部屋に持っていったお酒の缶を善一に返却する。

「酒の数はちゃんと頭に入ってる」

 受け取ったハイボールと表記された缶を眺めながら、自分の頭を指先で軽く叩く。

 樹は目を逸らしてしまう。

「……柚野さん、酒苦手だって言ってたぞ」

「えっ……?」

 昨晩の酔っ払っていた真白を思い浮かべながら、樹は首を傾げた。

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