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第五話

 日の出が拝める時刻、何も淀んでいない引き締めるような空気が漂う。影が追いやられ、乾いた田んぼやひび割れた舗道、住宅が明るくなる。

 蒲原家の平屋、その真横にある倉庫でひっそりと待つバージンベージュに塗装されたスーパーカブ。丸目ヘッドライト、ウィンカーもサイドミラーも丸くなっている。

 防寒ジャケットを学ランの上に羽織る樹は、シートをそっと撫でて頷く。

 倉庫からスーパーカブを出して、ジェットヘルメットとグローブを装着。それから隣の平屋と外車に顔を向けた。

 今日は、出てこない。二、三分待っても出てこない。

 首を傾げながらも樹はいつものようにエンジンを始動させて、左足のつま先で踏み込んで、右手をゆっくり捻って発進させた。

 快調なエンジン音、メッキカバーが施されたマフラーは振動している。

 皮膚を切るような風に頬はあっという間に赤くなった。

 飽きるほど続く乾いた田んぼに挟まれた舗道を走り続け、やがて信号付きの大きな交差点へ。

 まだ車の流れは少ない、赤信号で右折の矢印が出ている間に曲がって、市街地に続く車道に乗る。

 建物が少ない大きな道路、樹はサイドミラーで時折後方を覗きながら学校に向かった。


 樹は誰よりも早く教室に入る。

 二階の窓からグラウンドを覗くと、朝練中のサッカー部や野球部、陸上部、柔道部、それぞれで活動していた。

 陸上部に交じってサッカー部の宮代雄大が走り込みをしているのが見え、樹は暇を潰すように眺めた。

 ランニング用のネックウォーマーと、スポーツブランドのロゴが表記された上下のウィンドブレーカーでトラックを走る。

 他のサッカー部員も走っているが、誰も陸上部と雄大に追いつかない。

 グラウンドの端っこに視線を動かすと、ジャージ姿の平沢絵里が一人で給水用のタンクを運んでいた。コップとタオルも用意。

 前髪をヘアピンで留めて、後ろはポニーテールに結んでいる。

 何気なしにか、校舎を見上げた絵里と目が合う。絵里はにっこりと笑顔を浮かべて手を振っていた。樹はただ静かに手を振り返す。


 それからあっという間に放課後になって、樹は雄大と一緒にスポーツショップの前で絵里を待つ。

 雄大は、駐輪スペースに駐めた自転車とスーパーカブを眺めた。

「バイクで走ってる時首元寒くない?」

 爽やかな印象がある整った顔立ちの雄大に訊ねられ、樹は手を首に添えて考える。

「買い出しついでに探してみたら? 身体冷やすのは良くないって」

「うん」

 静かな声で頷いた。

「おまたせ! ごめん遅くなっちゃった」

 白いミニバンの後部座席から降りてきた絵里が合流。ミニバンは空いている場所に駐車するために動き出す。

「よし、そんじゃ行くか」

「うん、蒲原君、お願いね」

 樹は何も言わず頷いた。

 自動ドアをくぐり、暖房の効いた店内に入る三人。絵里と雄大はスマホのメモアプリであらかじめ記入していた物をカゴに入れていく。

「テーピングは先生が取り寄せるって言ってたから、それ以外の備品だね、氷嚢とボトルと、あと注文してたマーカーコーンとユニフォームとビブスが届いたからそれをパパの車に運ぶ、と」

「はいよ」

 絵里は店員に学校名を伝えて、注文していたものを奥から運んでもらう。

 絵里が会計をしている間に、樹と雄大は積まれた段ボールを台車に乗せて、はみ出た分の段ボールは雄大が運ぶ。

 後ろのドアを開けて待っている絵里の父親に、

「いつもありがとうございます、おじさん」

 雄大は笑顔で頭を下げた。

「気にしなくていいさ、雄大君。今度の試合また応援しにいくよ」

 ニコニコと絵里の父親は笑う。

「こんばんは……」

 静かに挨拶をする樹に、

「こんばんは。悪いね手伝ってもらって、蒲原君だっけ? 確か家が遠いんだろ? 夜道は危ないし、なんだったら送ってくけど」

 雄大は段ボールを運びながら、樹の代わりに口を開く。

「俺の父さんが後から迎えに来るから、その時に送ってきます」

「あぁーなるほど、妬いちまうか?」

 絵里の父親が茶化すので、雄大は苦笑い。

「なんですかそれ」

 樹は首を傾げ、黙々と台車に積んだ段ボールを後ろに運んでいく。軽くなった台車を店に戻す樹は、冬のおすすめ品が並ぶコーナーで脚を止めた。

 首回りのネックウォーマーから口元まで覆う物、頭もかぶれるフードに、樹は自分の首に手を添える。

「やっぱり寒いよね」

 備品が入った袋を持つ絵里が樹に声をかけた。

「少し」

「蒲原君、これとかいいんじゃないかな?」

 絵里は鼻まで覆い隠せるタイプのネックウォーマーを勧める。

 ワンタッチでサイズを調整でき、保湿、発熱効果がある、と説明書きもされている商品を悩まず、樹は手に取った。

 台車を店員に返して、黙々とネックウォーマーを購入。

「そ、そんな簡単にあっさり買って良かったの?」

 気軽に勧めてしまい、申し訳なさそうに眉を下げた絵里に、樹は首を傾げるだけ。

「おーい、いつまで待たせるんだよ」

 雄大は手に蓋つきの缶を持ちながら店内へ、樹と絵里を迎えにきた。

「ごめんごめん」

「ほら、これ好きなやつ」

 持っていた蓋つきの缶を絵里に差し出す。僅かに見えたラベルに樹は少し目を丸くさせた。

「うわぁ気が利くじゃん」

「別にー、ほら隣の店でメシ食おうぜ、おじさんが奢ってくれるって」

「やった、うん! 行こう蒲原君!」

 絵里は楽しそうに笑って、両手で包むように缶を抱きしめながら、振り向く。頷いた樹は黙って二人についていった。





 夕食後、

「蒲原君、今日は手伝ってくれて本当にありがとう! 宮代君も、明日は練習試合だから頑張ろうね!」

「おう」

 絵里はミニバンの助手席に乗り込み、窓を下ろして手を振る。

 運転席から絵里の父親もにっこりと手を軽く上げて発進させた。

 樹も手を振り、ミニバンが車道に出ていくまで見送り、今度は軽自動車のバンが駐車場に入ってくる。

 店の入り口に横づけし、運転席から雄大の父親が降りてきた。

 よく似た爽やかな印象の父親は、樹に微笑して挨拶をし、スーパーカブを後ろに乗せ、雄大の自転車も乗せる。

「蒲原君、ちょっと狭いけど大丈夫かい?」

 頷く樹は静かに感謝を呟き、カブと自転車が並列するフラットになった後部座席に座り込んだ。

「樹、後ろで良かったのか?」

「……うん」

 バージンベージュのスーパーカブに触れ、頷いた。

 土埃や飛び石によって傷ついたボディを澄んだ茶色の瞳に映し、目を細めた樹は狭い空間で揺れながら、帰路に就く……――。

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