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第二十五話

 放課後の校舎、ホットココアで両手を温める平沢絵里がいた。

 グラウンドを眺めて、ただ一人走り込む宮代雄大に目を伏せる。

 樹はジェットヘルメットを抱え、首元に鼻まで隠せるネックウォーマーを巻いたまま駐輪場に向かっている途中で足を止めた。

「平沢さん?」

 肩を一瞬震わした絵里は、そっと振り向き笑顔を浮かべる。

「よ、蒲原君。今日の夜も雪が降るみたいだし、帰り道気を付けて」

「うん、今日は部活、休み?」

「そっ、でも宮代君はプロ目指して自主練中。それに付き合わされてるんだよね……」

 項垂れるように肩を落とす絵里に、

「ケンカ、したの?」

 樹は不安そうに訊ねた。

 ふふっ、と笑う絵里は首を横に振る。

「してないよー、高橋君にも訊かれたけど、私と宮代君って部活中はいつもだから。終わればもうなんのこと? って感じなんだ。心配してくれてありがとう……優しいね、蒲原君」

 優しい、そう言われて樹は口元をきゅっと締める。

「クリスマスは気になるお姉さんとデート?」

「あ、いや……その」

 瞬間湯沸かし器のように頬が真っ赤に染まって怯んだ。

「そんな照れなくていいのにー、じゃ、バイバイ」

 手を振る絵里はバインダーとココアを抱えて、グラウンドに駆け出していく。唇を震わせながら。




 大学のカフェテラスで、窓際のテーブル席から外を眺める柚野真白は、大きいサイズのスマホを両手に抱える。

 目を細くさせて、口角は微かに下がってしまう。

 注文したカフェラテを時々飲む。

「ちょいちょいちょい真白!」

 一人考え込む時間を妨害するようにやってきた真白の友人。

「な、なに?」

「お、お、お見合いするってホント? あの男の子とは遊びだったのね!?」

 真白は肩をすくめた。

「なんで知ってるのよ」

「ボクが教えたんだ」

 遅れて割り込み入る望田貴信は、両耳に王冠のマークが描かれたスタッドピアスをつけ、笑顔でイスに腰掛ける。

「望田くんも。全然言ってないのに、どうして」

「そりゃ君のお父さんが自慢してるから。ボクの母さんの耳にも入ってたよ……で、お見合いするつもり?」

 口角がぐっと下がり、真白は目を逸らす。

「明後日のクリスマスパーティーで、初めて顔合わせ、する」

 貴信は手の平を真白に向ける。

「どんな相手か見せて、写真とかない?」

 母からのメッセージと一緒に届いた写真を思い出し、メッセージ画面に移動してから貴信に渡す。

 受け取った貴信は、指先で触れて写真を開く。

 短髪の好青年、という第一印象を与える男性の写真に、貴信は鼻で笑う。

「確かに、この人はとても良い人だよ。だ、け、ど……柚野さんとは似合わないかな。うん、やっぱり樹君がいいなぁ」

 スマホと真白を交互に見ながら、貴信は頷く。

「え、え、貴信、知り合い?」

 友人の疑問に貴信は、もちろん、と答えた。

「柚野さん、このままお見合いをしてさ、結婚するってなった時、ご両親に心の底からありがとうって言える?」

「え……と?」

 苦笑いを浮かべてしまう真白。

「最近よく樹君のおじいちゃんのことも話すよね。まるで本当の父親か祖父みたいに。その人が式場にいたら、どちらに心から感謝できるかな?」

 漆黒の瞳は少し潤み、唇を軽く噛んだ。

「……分からない。両親は私にたくさんお金をかけてくれたんだから……」

 幾度と言われ続けた親の台詞を、自らの口に零す。

「まぁ真白が選ぶことだし、どっちにしろアタシは応援するしね」

 どこまでも友人という存在に、真白と貴信は微笑んだ。

「パーティーはボクの父さんも招待されてるから、よろしく」

「アタシも、パパとママ招待されてるよーワイン飲み放題楽しみー」

 呑気な会話へ、窓際のテーブル席は賑やかになる。真白は青と赤が交じる空を眺めた。




 真っ暗闇に降り注がれる粉のような雪。丸目ヘッドライトで前方を照らしても視界ははっきりしない。

 ゆっくり走るバージンベージュに塗装されたスーパーカブ。

 ひび割れた舗道も乾いた田んぼも白く染まり、少しだけ露出するコンクリートと土。あぜ道に伸びた草が身を痛める風に揺れている。

 白に隠れて分からない窪みに車体ごと、がくんと跳ねる。スーパーカブはものともせず、積もったあぜ道を走破し、家まで直進。倉庫の前で一度停まり、エンジンを切る。

 スーパーカブから降りて、倉庫のシャッターを思いきり持ち上げた。急いで中に入れて、タオルで濡れた部分を拭き取っていく。

 薄茶のシートをグローブ越しに撫でた樹は、力強く頷いた。

「……」

 遅れて前方を眩しく照らす車が隣の平屋へ。

 樹は慌てて外側からシャッターを下ろし、隣の家に向かう。

 三ドアの丸みがあるコンパクトな外車から降りてきた真白に樹は手を伸ばす。

「わ、び、びっくりしたじゃない!」

 目を丸くさせた真白は、突然の行動に怯む。

「す、すみません。あの、おかえりなさい」

「え、あぁ、た、ただいま。樹くんもおかえりなさい」

「はい……ただいま」

 サラッとした粒子が髪にも降り、お互い特に会話が進まず目も合わない。

「えーと、どうしたの?」

 真白から切り出す。

「あ……あの、クリスマス」

 控えめにクリスマスと呟いた樹に、

「明日のイブなら空いてる。明後日は……父の会社のパーティーがあるから、ごめんなさい」

 真白は申し訳なさそうに返事をする。

 黙り込む樹は嬉しそうに微笑む。

「なに?」

 怪訝な表情を浮かべた真白は、何も言わない樹に首を傾げる。

「いえ、また明日」

「うん。ねぇ、善一さんも一緒に家で小さいパーティーしない?」

 樹はゆっくり口角を下げていく。

「なんで残念そうなのよ。いいでしょ、ちょっと家族っぽいことしたいの。樹くんと善一さんと私でさ」

「……はい、おじいちゃんにも言っとく」

「ちゃーんと伝えてよ、樹くん」

 渋々といった樹は頷いて帰っていく。

 たった一瞬の背中を見送り、真白は両腕を擦る。伝え損ねた一部を喉の奥にしまいこんで、明日のメニューを考えながら、無人の我が家に帰った。


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