第二十三話
バージンベージュに塗装されたスーパーカブが校門をくぐる。静かなエンジン音が朝から響き、駐輪場へ。
入る前に左足のつま先を踏み込んで、ニュートラルに入れた。
キーを摘まんでオフにして、エンジンを切る。電子音が途中で止まる。
薄茶のシートから降りて、駐輪場の中に移動させた。それからサイドスタンドを立てて、ハンドルロックとタイヤロックを行う。
ジェットヘルメットを外して、鼻まで隠れるネックウォーマーを首まで下げて、白い湯気を吐き出した。
澄んだ茶色の瞳は静かにシートを眺めた後、ジェットヘルメットを抱えて教室に向かう。
グラウンドから聞こえてくる掛け声と土を蹴り走る音。
教室の扉が開いていて、蒲原樹は首を傾げた。
中を覗きながら入ってみると、身を引き締める風が吹いている。窓枠に肘を置いて、ミラーレス一眼レフカメラを構えてグラウンドを見下ろすのは黒縁メガネをかけた高橋道弘だった。
連写に設定して、サッカー部にレンズを向ける。
「道弘……? おはよう」
樹は様子を窺うように挨拶。
「おはよう同志。年上美女で社長令嬢とのデートはどうだった?」
昨日のことが過ぎり、樹は口元を手で覆い隠して俯く。
カメラを腹部に抱え、道弘は樹に顔を向けて寂し気に微笑む。
「その様子だと、なにかあったなぁ、こいつ……もう同志じゃなくて、ただの羨ましい奴だぜ。俺も素直に応援したい」
樹は眉を顰めて茶色の瞳は細くなる。
「でも、柚野さんはお嬢様だからさ、やっぱいつかは」
詰まり、ぐっと強くなる握りしめる指先。
「道弘……ありがとう。大丈夫、分かってる」
微かに口角を上げた樹は、優しい声で道弘を呼んだ。ジェットヘルメットを棚に置いて、樹は窓際の席につく。
「コンテスト、いつ?」
道弘は苦みを堪えたように笑みを浮かべる。
「提出は明後日、発表は来月の下旬ごろ」
「なにを出すの?」
「部活風景、宮代がモデルなら強いし、映えるからいい。それか選手の為に走り回る平沢さんにしようか迷ってる」
リュックから取り出したタブレット端末の液晶画面を指先で触れた後、樹に差し出す。
受け取った樹は画面に映る、道弘が撮影した写真に目を通した。
グラウンドに駆け出す宮代雄大の背中。ぼやけた世界のなか走るハッキリとした輪郭。シュートを決める姿、陸上部に交じって走り込みをしている姿もある。
給水用のタンクを運び、額に輝くような汗を弾かせてマネージャーの仕事を行う平沢絵里の写真もあった。
ミーティング後に沈黙する部員達の傍で言い合う絵里と雄大の写真に目と指が止まる。
「あぁそれ、練習試合でミスった奴がいて、宮代が容赦なく責めてたんだ。みんな黙り込んでるところを、皆の味方平沢さんが登場したって場面だぜ。あれは俺も結構冷や冷やしたな、シャッター押すのも震えたぐらい」
「この写真いいと思う、緊迫してるのが伝わってくるよ」
樹におススメをもらい、控えめに照れ笑う道弘は、タブレット端末を受け取り、二人の写真を眺めた。
「ありがとう。平沢さんってどう思う? 年上じゃないけど、優しくて逞しくて、すごく健気じゃない?」
樹はその質問に首を傾げる。
特に考える時間など要さず、
「頑張り屋で優しい友達」
真っ直ぐに答えた。
息をつき、肩を落とした道弘は、だよな、そう頷く。
朝練が終了し、皆が部室棟に流れていく。グラウンドに残る宮代雄大は、爽やかな印象を与える顔つきのまま冷えた目で平沢絵里を睨んだ。
バインダーを握りしめ、ポニーテールが風に靡く絵里は苦い表情で俯く。
「だから聞けってば」
「やめてよ。どうして宮代君はそうやって人を傷つけるの?」
雄大は怪訝な表情を浮かべた。
「事実だろ。さっさと諦めて、サッカーに集中しろ。朝練中なのに手を振ったり、部活前に意味なく樹と喋って、それが迷惑だっての」
「友達……なんだからいいじゃない。私は宮代君のマネージャーじゃない、サッカー部のマネージャーなの。そんなに集中したいなら別の高校に進学したらよかったじゃない。県外の強豪からも声がかかってたのに」
「うっせ、誘ったのにお前が嫌がったから行けなかっただけだ。あのな、ちゃんと聞け、樹はお隣さんの」
絵里はバインダーを雄大の胸にめがけて投げつけた。雄大の胸に当たって地面に落下。
「うるさい……分かってるから言わないでよ。黙ってて、別に蒲原君や皆に迷惑かけるつもりないし、それに私は宮代君の玩具じゃない、奴隷じゃない」
絵里は部室棟へ土を蹴って、走り去っていく。
口角がだだ下がる雄大は、バインダーを拾い上げ、大きく息を吐き出す。
そんな姿を教室から眺める二人は、お互い目を合わせて首を傾げた。
「ケンカ、してるの?」
「さぁな。まぁ九割がた宮代のせいだな。そうそう樹、好きな女性以外には優しくしない方がいいらしいぜ、特別扱いってのが効果的ってこの前雑誌で見た」
「特別扱い……」
「真っ直ぐに彼女のことだけ考えたらいいって話だ」
樹は頷き、グラウンドより奥の外の景色を眺める。
「じゃあ、大丈夫」
自信をもって、樹は静かに呟いた……――。




