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第二十二話

 日付を跨いだ。スマホの画面に表示される新たな日と容赦なく進む時間。

 最新家電が揃うキッチンに、洗い終えて乾いた食器が棚に片付けられている。

 柚野真白の前に一缶、空になったハイボール。突っ伏したり、天井を見上げたり、だらだらとした身体に芯がない。

 濡れた唇を人差し指でなぞってみた。

 真白は目を細く、睨むように誰もいない前を見る。

 溜息を忘れて、真白はまたテーブルに突っ伏した。



 蒲原樹は自室の机に向かって、火照る顔に冷たい両手を当てて、温度を下げていく。だがすぐに両手も熱を持ち始める。

 抱き着いた後の行為を思い出し、温かい唇を手で覆い隠す。ゆっくり横へ愛撫をするようになぞった。

 樹は跨いだ曜日に微かな感謝と、心臓が幾度も跳ねている痛みに堪えることで頭がいっぱい。

 澄んだ茶色の瞳は潤み、天井を見上げる。

 スマホに保存された、友達から送ってもらった写真に顔を動かした。装う服と作った表情の写真、樹は椅子から立ち上がった。

 防寒ジャケットを羽織り、冴えた頭のまま玄関の外まで飛び出す。ほぼ同時だった。隣の家の扉が開いた。

「あ」

 ぼんやり緩んだ唇に、樹は寒さなど忘れて頬を真っ赤に染める。堅い口をさらに閉ざして、樹は何も言わずに近寄っていく。

「……なに?」

 真白は前にまでやってきた樹から目を逸らして、素っ気なく呟いた。

 それでも、樹は踏み込む。震える身体、特に手が悴んで思うように動かない。

 そんな姿に、真白は口角を下げて拒否するように掌を樹の胸に当てた。

 気にしない、と彼女の手を振り払った樹は密着するように抱きしめる。

「本当に見合い、するの?」

 喉が震え、まるで怯えるように、樹はようやく口を開けた。

 こもった体温がアルコールの回った真白の身体に沁みていく。安心と戸惑いもぐちゃぐちゃになる。

「まだ、学生だし……すぐには、でも」

 伝染した。真白の喉も震えている。

「いつかは、だって柚野家だし……お父さんがそう言ってるから、お父さんの為だから」

 漆黒の瞳に映る、樹の肩と首筋、その先は真っ暗な世界。お互い黙り、樹はぎゅっと強めに抱きしめた。

「柚野さんを、たった一目見ただけで俺の全部持ってかれた」

「樹くん?」

 二人とも震えている。

「空っぽだったのに。柚野さんが来て、俺、好きになった。だから、だから、俺と一緒に、いて」

 絞り出すように訴える樹の言葉。真白は瞼を強く閉ざした。


「……寒い」

「はい……」






 気付けば酔いが覚めていた。微睡んだ世界に佇んでいたような、真白は寝室の天井を見つめる。

 カーテンの隙間から漏れる明るい陽射しが床を照らす。

 ベッドが狭く思えた真白は、隣で寝息を立てている樹を寝ぼけたまま眺めた。次第に眠気は覚めていき、唇を震わす。

「あ……」

 頭を抱えてしまう。

 今度はテーブルに転がる空き缶に目がいく。防寒ジャケットは折り畳んで寝室の隅に置いてある。

 やってしまった、そう思うしかない真白は曖昧なのに憶えている異物感と深夜の出来事を辿る。

 ベッドから降りようか、そう身体を動かそうとすれば袖を掴んで離さない樹の指で止められてしまう。

 ぐっすり眠っているはず、なのにしっかり握りしめている。

 真白は眉も口も下げ、肩をすくめてもう一度枕に頭を沈めた。

 幼い男の寝顔が目の前にあり、瞼を閉ざしてどこか満足気な表情を浮かべている。

「可愛い顔してるのに」

 真白は静かに呟いた……――。

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