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第二話

 黒い表札に白く彫られた蒲原かもはらという苗字。

 午前六時ごろ、学ラン姿の樹は防寒ジャケットを羽織り、グローブを持つ。

 ジェットヘルメットも抱えて、玄関をそっと開けた。それでも戸車とレールの間でガラガラと音が鳴る。

 短い黒髪に茶色の瞳、固く結んだような唇。鼻から漏れる白い湯気。ふと、隣のリフォームが完成した家を視界に映す。

 同じ平屋で、家の内装や一部は新しい材質や技術が組み込まれている。

 景色の違いに違和感を覚え、見るのをやめた樹は倉庫のシャッターをなるべくゆっくり押し開けた。

 途中までシャッターを上げると、バージンベージュのスーパーカブが外の薄っすらぼんやりの明かりに照らされる。

 ハンドルカバー、丸目ヘッドライトと小さな丸いミラー、スノータイヤに交換済み。

 目を細くさせて、樹はシートに手を置いてゆっくりと撫でた。

 ジェットヘルメットをかぶり、ベルトで顎を固定する。キーを差し込んで回すと、一瞬だけ聴こえる電子音。メーターの一部が点灯してすぐに消え、Nだけが緑色に光っている。丸目ヘッドライトは前方を照らす。

 左側にある燃料メーターの針は斜め右上を向いている。

 倉庫から出して、シャッターを地面に密着するまで下ろした。

 スーパーカブに跨り、右ハンドルの内側についたセルスイッチを押すと、控えめな始動音が響き、エンジンは快調にリズムよく鳴りだす。メッキカバーが施されたマフラーはブルブルと振動する。

 樹は、ホッと口角を上げた。

 誰も乗っていない軽トラは敷地内にある小さな畑の横で駐車されている。それに向かって頷き、樹は左足でペダルを踏み込んでニュートラルを解除。

 右手をゆっくり捻り、スーパーカブはエンジン音を響かせて走り出した。

 ジェットヘルメットのシールドが風よけになっているものの、下から切るような風が入り込み、ほんのり頬は赤くなる。

 法定速度で走り、山からゆっくりと顔を出す光は、薄明かりの乾いた田んぼや窪んだあぜ道、舗装された道を照らしていく。時々横目で太陽を覗きながら樹は学校に向かった……――。


 昼休憩。

「昨日めっちゃくちゃ綺麗な人を見かけたんだよね」

 クラスメイトの二人が購買のパンを食べながら話している。

 樹は静かにおにぎりを口に運んで、二人の会話を聞く。

「え、年上? 年上か? 教えてくれ宮代みやしろ!」

 ぐいぐい、とミラーレス一眼レフカメラを持つ眼鏡の男子は、爽やかで端正な顔立ちをした宮代に食いつく。

「落ち着け高橋。多分年上だと思う。上品な感じで、高そうなブランド物を身に着けてた」

「あぁーマジかよ、オレも一度お目にかかりたい。できたらこのカメラで、このレンズで撮影させてほしいぃ!」

 カメラを抱きしめて願望を叫んだ高橋は、クラスメイトから引き気味で見られている。

「樹はそういう話題に興味なさそうだな」

 呆れる宮代に訊かれ、樹はゆっくり顔を上げ、静かに口から、

「あ……今日、隣に引っ越してくる。女の人が」

 零す。

 高橋は瞳孔を大きくさせて机にかじりつく勢いで樹に迫ってきた。

「か、かわ、可愛いのか!? それともキレイ系!?」

「今日来るから、まだ」

 熱に押されて樹は背中を少し反らす。

 樹の情報に、宮代は疑問を持った様子で首を傾げる。

「え、言っちゃ悪いけど、結構田舎だよな? 一人、暮らし?」

「……うん、そうみたい」

 樹は頷いて、窓から薄い青空を見上げた。



 帰りもエンジンは快調、あぜ道さえ多少の揺れはあれど難なく走破し、祖父の家に到着。

 倉庫にスーパーカブを戻した後、隣の家を見た。

 カーテンの隙間から明かりが漏れている。外には一台の乗用車が駐車されていた。三ドアの外車で、丸みがあり小さくシンプルな見た目。右側テールランプとナンバーの間にはONEという表記。

 ジェットヘルメットを脱ぎ、樹はただ静かに眺める。

 蒲原家の玄関がガラガラと音を立てて開き、樹は全身を震わした。

「帰ってきたか、挨拶に行こう」

 丸メガネをかけた五十代後半の祖父が、静かに呟きながら出てきた。

 小さく頷き、樹はヘルメットとグローブを玄関に置いて、祖父と隣の家へ。

 玄関の外灯は暖色系の明かり。祖父がインターフォンを押すと、電子音が高めに鳴り響く。

『はい』

 微かに強めな女性の声が聞こえ、樹は背筋がすっと伸びた。

「どうも、隣の蒲原です」

『今開けますね』

 数秒後、玄関の鍵を解錠する機械音とともに扉が開く。

 肩より下までストレートに伸びた茶髪、ほんのり甘い香り、黒いロングスカート、少しゆったりとしたクリーム系のセーターを着ている。大人しい印象を受ける整った顔立ちと漆黒の瞳。

 意識して微笑えんだような、上品な笑みを浮かべている。

 その微笑みに、樹は茶色の瞳を大きくさせて硬直してしまう。

「お昼はどうも。うちの孫が帰ってきたんで、挨拶に」

「すみません、こちらから伺わずに。えっと確か、樹くんでした?」

「はい……蒲原、樹です」

 いつものように静かな口調だが、どこか遠くへ飛ばされたような気の抜けた声。

柚野ゆずの真白ましろと申します。これからどうぞよろしくお願い致します」

 丁寧な口調が耳に残り、こくん、と小さく、樹は会釈。

 軽く挨拶を済まして樹は祖父と家に戻った。午後五時過ぎ、辺りは真っ暗。寒空が広がる。

 肉入り野菜炒めと白飯、味噌汁、漬物をテーブルに並べ、祖父と樹は手を合わせた。

 無言で食事を摂りつつ、樹は真白の微笑みを思い出す。

「大学生だと」

 祖父はお昼の挨拶で得た情報を、樹に呟く。箸を止めた樹は、大きくさせた目で祖父を見た。

 祖父は、ふっ、と静かに笑う。

「寂しそうな子だな」

 そう零して、黙々と食べる。樹は祖父の言葉に首を傾げつつ、再び箸を動かした。

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