第十九話
大きなサイズのスマホから通知音が鳴る。すぐに柚野真白は飛びついた。
母親からのメッセージに下唇を軽く噛んで、画面から目を逸らす。うんざり、と息を吐く真白は渋々メッセージの全文に目を通した。写真も添付されている。
「またこの話かぁ……」
途中で読むのをやめてしまう。
写真データもそっとして、真白は暖房の効いた一人じゃ無駄に広い平屋で、リビングでテーブルに突っ伏す。
「なんで簡単にオッケーしちゃったんだろ、はぁ……どうしよ」
勝手に声となって呟かれる言葉。真白は夕方の時刻を示すスマホの時計を眺めた。
無垢な茶色の瞳と、堅い唇と静かで大人しい少年の姿が浮かび上がり、口角が大きく下向きになってしまう。
「でも、なんで私?」
鼻まで隠れるネックウォーマーが頭に過ぎり、それが引っ掛かるように首を絞めつけてくる。
突っ伏していた上体を起こし、だらけるように力が抜けた。
インターホンの甲高い音が突き抜けるように家中に鳴り響き、一気に身体は緊張して背筋を伸ばす。
リビングの壁に設置した応答機器に指を伸ばして、返事をした。
『蒲原、樹です』
真白は眉を下げてしまう。すぐ取り繕うように笑みを浮かべて、
「今開けるね」
玄関へ。
扉を開ければ、防寒ジャケットを学ランの上に羽織り、赤い頬と首まで下げたネックウォーマー。静かに真白を澄んだ茶色の瞳で見つめる樹がいた。
「今日はどうしたの?」
「週末に、出かけるところを」
真白は上品を意識した笑みで、樹をリビングに招く。
温かい緑茶を湯のみに入れて、先に座らせた樹の前に出す。
向かい合って座ると、樹はスマホをそっと真白の前へ。
液晶画面には水族館の外観とイルカやペンギンの写真が載っているホームページ。
真白は一瞬上体を後ろに引いてしまう。
「水族館、あんまり行ったことないかも。樹くんはよく行ったりする?」
樹は静かに首を横に振った。
「小学校の時以来」
「まぁそっか、水族館って学校か家族ぐらいだもんね……」
真白は遠くを見つめるように、他人の思い出を呟く。
「それから、ご飯は」
逆さのスマホに人差し指を伸ばす。
レストランか、チェーン店か、それとも食べ放題のお店か。樹は無言で三つを提示。
「全部回るつもり?」
目を丸くさせた真白に、樹は慌てて首を横に振る。
「どれか、柚野さんが行きたいところに」
「あ、あーそういうこと。もう、黙ってスマホを見せないで全部言ってよ。私、ちゃんと、男の人と出掛けたことないんだから」
恥ずかしさか、戸惑う真白の注意に、樹は髪を掻いて頷いた。
「俺も初めて」
真白は眉を下げて、呆れるように軽く息を吐き、樹が提案したお店を選ぶ。
高級そうに映るレストラン、安いお得なランチ付きとはいえ相手は高校生、真白はすぐに選択肢から除外する。
食べ放題、チェーン店に関しては全く未知数である真白は、思わず唸ってしまう。
二、三分ほど悩んだ真白は、キッチンに首を動かした。
ふぅ、そう息を吐く。
「外食もいいけど、水族館に行ったら軽くカフェで休憩して、そのあと買い物してもいい? 夕食、試食も込みでどうかな?」
茶色の澄んだ瞳はどこか輝いて映り、無垢な表情に、真白は眉を微かにひくつかせた。
強めに頷いた樹の綻ぶ唇。反対に強く噛みたくなる自らの唇を上向きにして、真白は微笑む。
「なに食べたい?」
樹はただ真っ直ぐに、
「ハンバーグ」
静かに答えた。