第十三話
急いで帰ってきた蒲原樹は、バージンベージュのスーパーカブを軽トラの後ろに停車させた。
土埃や飛び石で傷がついているスーパーカブのエンジンを切る。学ランの上に防寒ジャケット、両手にグローブをはめ、ジェットヘルメットを頭にかぶる樹は、隣に顔を向けた。
午後五時過ぎ、いつもなら帰ってきている時刻だが、真新しい平屋は真っ暗で車もない。
玄関の戸車とレールが擦れる音が聴こえ、樹は顔を正面へ。
「おかえり」
蛍光色のジャケットを羽織り、丸メガネをかけた五十代後半ほどの祖父善一が静かに孫を出迎える。
帽子をかぶって、グローブをはめた善一は口や鼻から湯気を出しながら、軽トラのテールゲートを開けた。
木の板を二枚、地面から斜めに立て掛ける。
樹はスーパーカブから降りて、ジェットヘルメットを外す。
「土日、使わないよな?」
「うん……どうするの?」
「よっちゃんのとこへ持ってく」
「え」
「明日には返ってくる」
静かで短いやり取りのなか、善一はスーパーカブを軽トラの荷台に積んでいく。ロープで四隅を固定し、ゲートハンドルをしっかり締めて、木の板も荷台に積む。
「これから町内の集まりだ……ご飯テキトーに食べてくれ」
樹は頷いた。善一も頷き、運転席の乗り込むとエンジンをつけて颯爽と窪みのあるあぜ道を進んでいく。
がっちりと固定されているカブの後ろ姿を見送り、樹は家の中に入った。
防寒ジャケットを脱いで、グローブとジェットヘルメットを靴箱の上に置き、リビングへ。
スライド式の扉を開けると、暖かい空調が身体に沁み込む。樹はキッチンのシンクで手を洗う。
保温のランプが光る炊飯器を開けると、天井に昇る湯気が樹の顔面にかかり、思わぬ熱さに下がる。
手で湯気をはらい釜を覗けば山菜の炊き込みご飯。
しゃもじで茶碗によそい、冷蔵庫から黄色く染まった沢庵と白身魚の切り身を取り出す。
フライパンを使って切り身を焼き、平皿に盛り付けてこたつへ運ぶ。
テレビはつけず黙々と、もそもそと樹は食べる。
半分ほど食べたぐらいに玄関の戸を叩く音が聴こえてきた。樹は箸を止めて来客に応じた。
『こんばんわ、柚原です』
扉越しに聞こえた真白の丁寧を意識した声に、樹は澄んだ茶色の瞳を大きくさせて、頬を両手で叩いた。前髪を指先で整える。
力強めに頷いた樹は扉をガラガラと開けると、ロングコートにセーターとパンツスタイルの柚野真白が間違いなくいた。
「こんばんわ樹くん。善一さんは、お出かけ?」
樹は小さく頷く。
「そっか、明日私のところに友達が泊まりに来るの、ちょっと騒がしくなるから、一応伝えておこうと思ったんだけど明日の朝も確か配達だっけ、伝言お願いしてもいい?」
「はい。俺も友達が、日曜のお昼に遊びに来る」
「そうなんだ。お昼……うん、分かった。夜にごめんなさい」
頭を下げて帰ろうとする真白の手首を透かさず掴んだ。目を丸くさせた真白は、樹の行動に首を傾げる。
「ど、どうかした?」
「……お酒、友達と飲むの?」
真白は慌てた様子で早口になった。
「そんなわけないでしょ。あんな失礼な態度友達にも見せられないわよ。だから飲まないって前に言ったじゃない」
樹は微かに口角を上げる。真白からそっと手を離す。
「おやすみなさい」
そう静かに呟いた。
「お……おやすみ」
解放された手首を胸元に寄せた真白は呆気にとられ、玄関の扉はガラガラと音を立てて閉まるのをただ眺めた……――。