第十二話
無駄に広いと大学生達は口を揃えて言う。
柚野真白も、その友人も内心思っている。移動が面倒だと。
三つのゾーンに区分けされ、公道が通り、バス停も各場所に設置されている。
真白の肩より下まで真っ直ぐに伸ばした茶髪をいじる友人は、口角を下げて溜息をつく。
呆れる真白は横目で友人を覗いた。
「まだ飲み会のこと引き摺ってるの?」
「あと五日ぐらいへこむかも。真白が帰ってすぐだよ、すぐ! ムカつくっての……はぁーアタシは引き立て役じゃないし」
友人の愚痴を聞き流しながら、タブレット端末にタッチペンを走らせる。
「え、もう課題やってるの? アタシ、まだやってないんですけど、ちょっと真白ズルいじゃん」
「え、データの提出、次の月曜日なのにしてなかったの?」
お互い目を丸くさせた。
友人はうんざりと肩を落とすが、すぐにひらめいたように目を輝かせる。
「そだ! 真白、田舎で一人暮らしでしょ、土日泊まりで課題手伝って!」
真白の髪から指先を離して、友人は両手を合わせて拝む。
「……退屈すると思うけど」
「しないしない、でもさすがに二人だと退屈だからさ、もう一人呼んじゃお」
「もう一人って?」
友人はスマホで相手にメッセージを送ってから、真白に画面を見せた。
「あぁー望田くんなら全然」
画面を見ている間に返信がきた。ゆるキャラのようなスタンプつきのメッセージに、真白は上品さを薄めて、クスっと微笑んだ。
「望田くんから、パジャマパーティしたいって」
そう言いながら再び真白はタブレット端末に目を向けた。
「貴信なら安心でしょ、貴信の手料理はシェフより美味! せっかくだし課題しながら料理も教えてもらえば?」
「食べたいだけじゃない……まぁうん。ほら、もうすぐ次の講義あるから行こう」
タブレット端末をショルダーバッグに入れて、真白は立ち上がる。友人は講義に溜息をついて、同じく立ち上がった……――。
真白は今日の講義を終えて、駐車場で三ドアの外車に荷物を入れていた。ペッパーホワイトソリッドという塗装が施された丸みのある乗用車で、右側テールランプとナンバープレートの間にONEと表記がされている。
エンジン音が近づいてくる、真白は首を傾げて振り返った。
グレーイッシュブルーメタリック4という塗装が施されたオールドルックスタイル、サイドカバーにはSR400。
クロームメッキ仕上げの単気筒マフラーが、胸を昂らせるような音を轟かせている。
茶色のシートの上から、フルフェイスヘルメットをかぶる細身の男性が真白に手を振る。
ブルースモークが入ったシールドを上げて、優し気な瞳が現れた。
「や、柚野さん」
「望田くん、さっきごめんね、いきなり頼んじゃって」
「ううん、お泊り会、超楽しみにしてる。住所ってこの前教えてもらったところだったよね」
「うん。長閑で近所の人も擽ったいくらい親切だから、気に入ってもらえるといいけど」
「いいじゃん、僕は好き。泊まらせてもらうお礼に料理作らせてもらうから、期待してて」
にっこりと、飾ることなく笑う望田貴信に、真白はどこか申し訳なさそうに眉を下げた。
「あのーそれでね、材料はこっちで用意するから、その、料理教えてほしいなと」
「全然オッケ。お泊り会での料理はみんなでやる方が楽しいから、ボクでよければ教えるよ。もしかして好きな人、できちゃった?」
どこまでも優しい口調で、濁りもなく真っ直ぐに訊ねてくるので、真白は苦笑いを浮かべる。
「そんなんじゃない。両親を呼ぶときに手料理を振舞いたいから、それまでに克服したいの」
貴信は、残念、と肩を落として微笑む。
「気になる人ができたのかと思ったや。それじゃ、レシピが決まったらメールで送るよ。またね」
「うん、ありがとう望月くん、またね」
貴信は颯爽とエンジンを響かせて、キャンパス内の公道から外へ。
見送った後、真白は控えめに息をついた。