第十一話
学ラン姿の蒲原樹は、炊き立てのご飯から湯気が出ているのを眺め、水が入った茶湯器を仏壇に供える。
三畳程度の和室は照明をつけても薄暗く、窓がない。燃えるロウソクの明かりも頼りない。
いつもの日課をこなし、樹は目を細くさせながらリビングに向かう。
スライド式の扉を開けると、炬燵で、うとうと、と眠る祖父の姿があった。
丸メガネは天板に、蛍光色のジャケットは羽織ったまま。
「……行ってきます」
静かに呟いて、樹は防寒ジャケットを羽織り、玄関に置いてあるジェットヘルメットとグローブを抱えて外に出た。
倉庫で待つバージンベージュのスーパーカブは薄明かりに照らされ、メッキ部分が輝く。
軽トラの近くまでカブを寄せて立ち止まり、隣の平屋に顔を向けた。
家から出てきた柚野真白も、樹と目を合わせる。
「おはよう、樹くん」
「おはようございます」
真白は心配そうに、
「ねぇ、お腹、壊さなかった?」
訊ねた。
樹は静かに首を縦に振る。
ホッと安堵感を得た真白は、表情を綻ばせた。
「そっか、良かった……樹くん、もし迷惑じゃなかったら、また試食してくれる?」
樹は強く早めに頷く。
「ありがとう、またその時は連絡入れるね。それじゃ気を付けてね」
胸元で手を振る真白に、樹は別の言葉を待つ。それまで動くつもりもない。
真白は三秒ほど唸った後、顔を上げた。
「い、いってらっしゃい」
「行ってきます」
スーパーカブに乗る準備完了。樹は左足のつま先で踏み込んで、ハンドルを握る右手をゆっくり捻らせて、エンジン音を響かせながら走り出す。
昼食の時間、宮代雄大はいつものように樹の席に弁当箱を広げて食べている。
爽やかな印象を与える顔立ち、少し冷めた目で樹をジッと観察。
スマホを机に置き、黙々とおにぎりを食べる樹は、その視線が気になって手を止めてしまう。
雄大と目を合わせると、しばらく見つめ合う形になる。
間に挟まれているミラーレス一眼レフカメラを大事に抱えた高橋道弘は、
「おいおいおいおぃ! 新しい世界を開こうとしてんじゃないだろうな?」
二人を睨んだ。
「んなわけない。普段スマホとかあんまり見ないのに、最近休憩時間になると覗いているなぁと、もしかして彼女とかできた?」
樹は自信なく首を横に振る。
「ななんあなななぁあ!?」
驚き声にクラスメイトは驚いて道弘の背中に視線が集まる。
「……最近引っ越してきた人と何かあったとか? 確か女の人って言ってたよな、どんな人?」
「いや、特には」
「同志! いや蒲原樹、俺とお前は年上好きとして同盟を組んだ仲じゃないかぁ……なんで教えてくれないんだ!? で、どんな魅力的な女性だ?」
迫る道弘の圧力に樹は背を反らす。
樹は目を逸らして少し考えた後、目線を二人に向けた。
「それは、言えない」
面白そうに、興味深そうに雄大は頬杖をつく。
「そんじゃ今度の日曜部活休みだし、ちょっと遊びに行ってもいいか?」
「え」
「俺も、俺も行くぞ! 楽しみだなぁー」
「え、え」
「はい決定な、樹、おじいちゃんによろしく言っといて。なんか手土産持ってくから」
流れるまま決まっていく予定。樹は戸惑うだけで何も言えず、おにぎりを食べた……――。