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第十話:お前さんの教えの賜物だよ

 首にピアノ線を引っ掛けて、引っ張り上げる。抵抗はできないが、話はできる、そんな絶妙な塩梅で力を込めた。横にはテラガルドの魔女。無機質な目で俺を見る。その瞳に映る俺の表情は、さぞかし濁った瞳をしていることだろう。


 ひゅー、ひゅー、と奴さんの喉笛から音が漏れる。ジタバタと手足を動かして、逃れようとしてやがる。だが、今ここでこいつを逃がすような馬鹿な真似はしない。


「げ、ゲ……ルグ……。ま……ま、て。お、お前……は、誤解……してる」


「は? 誤解?」


 自分でも酷く冷たい声色だと感じた。ババァがちらりとそいつに視線を移してからまた俺を見る。ここ数日で見慣れた目線だ。


 奴は、「自分は騙されて、踊らされただけ」、みたいなことを必死でくっちゃべる。だがそんなことは知ったことじゃない。


 誤解? 踊らされた? 騙された? 知るかよ。そんな肥溜めみてぇな言い訳が通用すると思ってんのか?


「騙された、ねぇ。まぁ、それは信じてやるよ」


「そ……そう、か……。よか――」


「だがな、騙されるアホが悪いんだよ。てめぇも悪党なら理解してんだろ」


 九死に一生を得た、みたいな声を上げた目の前の男の首を、ピアノ線で思い切り締め上げる。狭い気道でなんとか呼吸もできていたようだが、それもここで終わりだ。


 助けを求めるように動かしている手足が虚しく中空を掴む。俺は数を数える。一、二、三……。


 六十秒。そんだけありゃ、人間一人が死ぬには十分な時間だ。


 手を緩める。ドサリと男の身体が地面に倒れ伏す。口から吐き出された泡で汚れた顔に唾を吐く。クソやらションベンやら無遠慮に漏らしやがって。ズボンが汚れたじゃねぇか。クソが。


「ババァ。後始末を頼む」


「良かろう。最後まで付き合うという約束だ。……後何人だ?」


 一番最初にコトのすべてを計画した詐欺師野郎をぶち殺した。勿論情報は絞れるだけ絞ってからだ。あの時のあいつの顔、傑作だったな。最初は、「殺さないでくれ」、なんて言ってたもんだが、最後には、「殺してくれ」、なんて百八十度意見を翻しやがってよ。


 あいつの情報からすると計画に関わっていたやつは、全部で六十八人。こいつで四十一人目だから、残りは……。


「二十七人だ」


「……そうか。先に行け。始末しておく」


「あぁ、頼んだ。あんがとよ」


 ババァに背を向けて、ゆっくりと歩き出す。次はどいつにするか。あぁ、裏通りのジョニーか。俺だってチンケな小悪党だが、奴は俺以上にうだつの上がらねぇ悪党だ。良くこんな計画に乗ったもんだよ。馬鹿だな。


 今日は月の無い夜だ。星明かりだけが裏路地を照らす。歩きながらふと自分の掌を見た。ピアノ線が食い込んだのか、血が滲んでいた。痛みは感じない。感じたとしてもどうでも良かっただろう。


 この掌なんて、どうなってしまっても良い。大事なモンを守りきれなかった手だ。今俺が連中を根絶やしにしようとしてることにも意味なんてねぇ。危害を加えられたら、二度とそんな気が起こらねぇ程に徹底的にやり返す。それが悪党の、この世界のルールだ。グラマンが口を酸っぱくして言っていたもんだ。


 だが、そんなあのクソジジィのありがたい教えなんざどうだって良い。


 んな高尚な意味なんてねぇ。ただ俺がやりたいからやってる。それだけだ。その結果どうなるかなんて考えてもいねぇ。


 目にものを見せる。ただそれだけ。思い知らせてやる、ってそんだけだ。


「……始末は終わった。次はどいつだ?」


 後ろの方から、ババァの凛とした声がかけられた。振り返らないで俺は答える。


「裏通りのジョニーに決めた。あー、あいつは悪い奴じゃなかったんだがなぁ」


「そうか」


「だが、まぁ。自業自得だ。死んでもらう」


「そうか」


 計画の中枢にどんだけ食い込んでたか。そんな塩梅で連中の名前を並び替えて上から順番に殺していってるんだ。半分以上殺した今。残ってんのは、下っ端やら、使いっぱやら、そういう連中だけだ。


 だが、一欠片でも関与したやつは全員殺す。


「ゲルグよ。そなた……」


「大丈夫だよ、まだ。あんがとよ」


「そうか」


 これが終わるまでは、少なくともやるべきことが残ってる。それだけに突き動かされて俺は生きてる。


 だから、まだ大丈夫。まだやれる。


「さ、行くぞ」


「そうか。早いところ終わらせよう」


「てめぇにしちゃいいこと言うじゃねぇか」


 ババァの方をちらりと振り返って笑う。ババァが無表情に俺を見る。


 馬鹿。そんな顔すんなよ。そんな目で俺を見るなよ。ババァは普段、自分の感情を隠さない。隠すことに意味が無いからだ。だから、ババァが無表情に徹している理由、それは理解している。意味があるから隠す。そういうことだ。


 心配なんざ要らねぇよ。だって、もう失うものなんて何もねぇんだからよ。まぁ、元々何もなかったんだがな。


「行くぞ」


 俺は夜の王都の裏路地を足早に歩く。どうしようもねぇ焦燥感に駆られて。






「……夢か」


 洞窟に入ってからどれぐらいだ? ババァが言っていた、「世界と時空が切り離される。それ自体に多大なストレスが身体にかかる」、ってのがようやく最近理解できてきた。


 まず、夢見が悪い。思い出したくないこと。後悔していること。どうしようもできなかったこと。そんなことばかり夢に見る。眠りも浅くなった。慢性的な睡眠不足だ。俺の顔はひでぇモンになってるだろう。他の連中も同じだろう。顔を見りゃわかる。皆同じだ。ババァは置いといて、だがな。


 イズミも口数が減った。あのイズミがだぞ? 必要最低限のことしか喋らねぇ。そりゃ話しかけりゃ、いつも通りの調子で笑っちゃいるが、自分から自発的に言葉を発することが目に見えて少なくなった。


 ミリアもなにやら眠れねぇみてぇだ。何度、こうやって深夜――っつっても、洞窟の中なもんで、今が昼なのか夜なのかは分からねぇんだが――に顔を合わせて、苦笑いしながら顔を見合わせたことかわからねぇ。あいつも相当参ってる。


 この洞窟で修行を始めてからどれくらい経った? 時間の感覚が狂わねぇように、壁に傷をつけてんだが、それすら見るのが面倒くせぇ。


 水でも飲むか。


 ベッドからこっそりと起き上がって、水飲み場に向かう。二度寝できる気はしない。


 水飲み場で、陶器でできたマグカップに水を注ぎ、そんでもって一気に飲み干す。乾いていた喉に、わずかばかり水分が戻り、大きくため息を吐いた。


「眠れんか?」


 不意に背後から声をかけられた。ババァか。


「夢見が悪くてな」


「ふむ。二年と半年程、そろそろ限界が近い……か。発狂するのに三年。つまり、三年もこの洞窟にはいられない、ということだ」


「まだ、イズミの技術すべてをモノにしたわけじゃねぇんだがな」


「そなたを奮起させるための言葉の綾だ。イズミ・ヤマブキの技術すべてをそなたが継承できるとは、実のところ余も考えておらん」


「……そうか。空蝉の術覚えたあたりで、やりゃあできると思ったんだがなぁ」


「そう言うな。そなたは良くやっている。余の予想を遥かに超えた成長を見せた。流石は余の見込んだ男だ」


 馬鹿言うなよ。そんな大層なタマじゃねぇだろ。いつだって俺は後悔ばっかだよ。


「そんな顔をするでない。本格的に限界が近いな。そなただけではない。ミリアも、イズミ・ヤマブキもだ」


 そりゃそうだろうな。何しろこのストレスはじわじわやってくる。ババァに言われなかったら自分でも気づかなかったろう。精神の不調ってのは、ゆっくり来られると気づきにくい。


「少し早いが、訓練を始めるか」


「あん? ミリアもイズミもまだ寝てんだろ」


「起きているよ。そなたと同じだ。時間が惜しい。眠れずに無為に時間を潰すぐらいなら、起きて訓練したほうが良い」


「そうか……。了解」


 んじゃ、連中を起こしに行かねぇとなぁ。俺はババァと一緒にミリアとイズミを起こしに行くのだった。






「では、ゲルグさん。一通り、忍の技術をお教えしました。全部を習得できたわけではないのがちょっと痛いですが……。魔女さんによると、後一ヶ月がリミット。最後の一ヶ月は、習得した技術の練度を高めることに使いましょう」


「あぁ。頼む」


 二年と半年。イズミからは色々なことを教えられた。まず、空蝉の術に代表される、自分の身を守りつつ、相手の隙をつく技術。身代わりの術なんてのも教えられた。


 次に遁術。早い話が逃げるための技術だ。煙を使った火遁。水中に息をひそめる水遁。迷彩して、身を隠す木遁。金物を放り投げて音を出し、自分の場所をわからなくさせる金遁。地面に穴を掘って身を隠す土遁。


 後は、相手を錯覚させるための話術、身体の動かし方、目線の動かし方。


 そんでもって、体術と剣術。勿論、アスナや、キースに比べりゃ俺が気張ってどうにかできるレベルはたかが知れてる。だが、それを技術で最低限はどうにかする。そんな方法をイズミは懇切丁寧に教えてくれた。


 そりゃもうスパルタだったがな。そのスパルタ加減も、日増しに酷くなっていく。何度、「あぁ、今俺、イズミのストレス発散に付き合わされてんな」、と思ったかわからねぇ。だが、そうだったとしても、俺の技術修得に一役買ってやがるから文句も言えねぇ。


「では、最後の一ヶ月は実践形式です。勝てとは言いません。私を相手にできる限り保たせてください。行きますよ」


「おう」


 イズミが短めの片刃の剣――忍者刀とか言うらしい――を両手に構える。修行が始まってからいつの間にかしっかりした服装から、インナーだけなんて動きやすい格好をするようになった。べっぴんの薄着だ。なんもなけりゃ、少しばかりむらっとするもんなんだが、その頃にはもうそんな余裕もなくなっていたもんだ。


 イズミが滅茶苦茶なスピードで俺に肉薄する。


 教えられた通りの動き。何度も反復練習させられた動き方と目線の遣り方。相手の注意を身体の上の方に向けるやり方だ。そいつを俺はいつの間にか自然にできるようになっていた。うまく説明はできねぇ。酷く感覚的なモンだ。


 かかった。


 思惑通り、イズミが俺の上半身目掛けて、その得物を振るう。上着を脱ぎ、イズミの視界を隠すように放る。その後で、身を低くしてイズミの死角を通って後ろに抜ける。


「甘い!」


 流石だよ。空蝉の術は失敗。俺の動きを完全に予測したように、イズミがぐるんと首をこちらへ向ける。その後についてくる刀の一閃。俺も流石にただ受けるだけじゃねぇ。右手に隠し持っていたナイフでそれを弾き返す。バランスを崩すぐらい力強くだ。目論見通り、イズミがちょっとばかしバランスを崩す。それを見逃さない。


 そのまま、俺は残るイズミの右腕を両手で掴んで、掴んだ腕と身体の間に自身の身体を滑り込ませる。背負投げ、とか言う投げ技らしい。バランスを崩したイズミは、拍子抜けするほど簡単に投げられた。


 だが、一筋縄じゃいかない。ぐるりと空中で体勢を整えて、そのまま両足で着地しやがった。逆にイズミを掴んでいた両手を解かれ、右腕を極められる。二人揃って、地面に寝転ぶ形になり、胸の上にイズミの両脚が引っ掛けられた。


 やべっ、このままじゃ折られる。


 捕まえられた腕を内側に捻り、イズミの右足を掴んで脚を絡ませる。


「やりますね」


「お前さんの教えの賜物だよ……ッ!」


 イズミのホールドから素早く抜け出し、体制を整える。ナイフを振りかぶって、切りつけようとした。


 だが、イズミだと認識していたモノは違うものだった。人間と同じくらいの大きさの丸太がそこに鎮座していた。


「どこ――」


「後ろですよ」


 首筋に刃が突き立てられる。負け、か。五分位はもつと思ったんだがなぁ。時間にして数十秒程か。


「勝てると思いましたか? ゲルグさんが私に勝とうなんて、百年早いですよ」


「いや、勝てるとは思ってねぇよ」


 イズミが刀をゆっくりと俺の首筋から離す。


「ですが、私の教えたことが万遍なく身についてはいるみたいですね。では、次は飛び道具を中心に闘ってみましょう」


「おうよ」


 イズミは強い。洞窟に入ってから嫌というほど実感させられた。


 そりゃ、アスナやキースに比べたら人間の域を出ないモンだ。身体能力もそこまで高くはない。


 だが、その技術。そこにこそ目を見張る者があった。


 相手の一手先、二手先を読み、気づいたときには追い詰めている。そんな戦い方をする。


 他ならない、悪党の戦い方、それを極限まで突き詰めるとこうなるんだろう。小狡いやり方にゃ俺も自信があったもんだがな。どんだけ忍とやらの技術を身につけても、こいつには敵う気がしない。


 俺とイズミはまた手合わせを重ねる。どちらも余裕なんてない。ストレスで押しつぶされそうなのは同じなんだろう。


 だが、それでもイズミの動きは精彩を欠いたものにはならない。いつだって、その動きは洗練されている。


 大した奴だよ、全く。


 ひとしきり手合わせを終えて、息を整える。風の加護やら、魔法を使えばここまで息が上がるなんてことはねぇ。だが、どちらも使うのはイズミに禁止されている。


 これは技術の訓練だ。ことこの場において、素早さ(アジリティ)を底上げする加護やら魔法は不純物にほかならない。そういうことらしい。


「あと、一ヶ月……すべてを教え込むのは無理そうですが……」


 イズミが無表情で俺を見る。


「技術の基礎に関してはすべて教えました。あとは、経験と瞬発力、判断力です。そこそこには仕上げてあげますよ」


「そりゃ……」


 ありがてぇ。


 長いこと洞窟の中にいた。それでも、連中の顔は未だ色褪せること無く思い出せる。アスナの顔。エリナの顔。キースの顔。


 イズミが右手を挙げたのを見たミリアが、慌てて駆け寄ってくる。治癒(ヒーリング)の時間だ。あいつも相当無理してるな。遠目で見た顔に余裕が見られねぇ。


 まぁ、でも良い。あと一ヶ月だ。精々頑張るさ。


 俺は立ち上がって、伸びをする。


 そういや、三十歳超えたな。正確な年齢は知らねぇけどよ。


 死の精霊(タナトス)に寿命を半分くれてやった。そんでもって、この洞窟で二年半強過ごした。


 大体人間なんて五十歳ぐれぇで死ぬ。


 俺はあと何年生きられるんだろうな。十年はねぇだろうな。


 まぁ、どうでも良いか。元々長く生きようとも思っちゃいねぇ。


 ミリアがようやく近くまで来た。俺とイズミに魔法をかけてくれる。「あんがとよ」、なんて小さく礼を言う。「とんでもないです」、ってミリアが困ったように笑う。


「っし、イズミ。もいっちょやっぞ」


「望むところです」


 修行の終わりは近い。できることをしよう。


 ミリアがまた遠くまで避難したのを確認してから、イズミの顔を睨みつける。

修行編ももうすぐおしまいです。

おっさんも色々身につけましたが、流石にイズミさんの全技術とはいきません。

そりゃそうですよねぇ。

おっさんはおっさんだし。


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― 新着の感想 ―
[一言] 男一人と女三人、閉鎖空間、三年間、何も起きないはずがなく……。 ネタじゃなくて、正直なにか起きてもおかしくないんですよね。 特にミリアはゲルグに対して好意を明らかにしてますから。 身重になっ…
[一言] いやまぁこの修行についていけるだけで十分に凄いんですがゲルグさん。 過去の夢、ジョーマさん淡々とおっさんの復讐に付き合っていますがその心中はどんなものだったのか、ジョーマさん視点でちょっと…
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