第六話:是非もねぇ、なんて言いてぇところだが
「是非もねぇ、なんて言いてぇところだが……。俺だけなら良い。ミリアとイズミを巻き添えにするのは実際あんま気が進まねぇ」
俺の寿命なんて別にどーだって良い。でもあれだ。ミリアとイズミ。二人の若い女の時間を奪うなんざ、気が進まねぇことこの上ねぇ。
「ふむ。そうだな。ミリアよ。どうだ?」
ババァがミリアに目を向ける。ミリアが迷いのないような、そんな目でその視線に答えた。
「私は……。ゲルグに付いていきます」
こいつならそう言うと思ったよ。でも本当に良いのか? 俺のせいで、ミリアの貴重な時間を奪う。その事実は重すぎる。
「おい――」
「ゲルグ。何も言わないでください。言ったじゃないですか。『背負わせてください』って」
「……そうか。あんがとよ」
ミリアが困ったように笑う。そんな顔されたら、これ以上止められねぇだろうがよ。
「ミリアは覚悟できている、か。イズミ・ヤマブキ。そなたはどうだ?」
そう。一番気になるのはこいつだ。イズミは魔王討伐なんて関係ねぇ。ただ、アナスタシアに命じられてるってだけだ。こいつが首を縦に振るとは、あんま考えられねぇ。
だが、イズミの技術を全て習得する必要がある、とババァは言った。技術の修得元がねぇと、始まるもんも始まらねぇのは確かだ。事前に確認してからここに連れてこいよ。
っていうか、普通に嫌がるだろ。女からすると若い時間がなくなるって、相当だぞ?
そんな俺の思案もどこ吹く風。イズミから出てきた答えは予想外もいいところだった。
「私ですか? 別に良いですよ」
あっけらかんとしたその様子に驚く。
「お、おい。いいのか?」
「別に良いですよ。職業が職業ですので、天寿を全うできるとは思っていません。アナスタシア様に怒られないかどうかだけが心配ですが、アナスタシア様からの指示は『可能な限りゲルグさんに助力しろ』、です。言い訳のしようはあります」
天寿を全うできるとは思っていない、か。その考え方には滅茶苦茶同意できるな。こいつと俺の考え方には似通ってる部分がいくつか存在する。その中の一つがこれだ。自分の命をゴミとも思ってねぇ。根っこにあるモンは全然違うんだろうけどな。
「それに……。いえ、なんでもないです」
「あん? なんだよ。気になるだろうがよ」
「なんでもないったら、なんでもないんです」
イズミが顔を背ける。なんだってんだよ、一体全体。
そんなイズミの様子を気にした様子もなく、ババァがニヤリと笑った。
「ふむ。全員覚悟は済んでいる、と、そういうことか」
ババァが俺達を見回す。覚悟ってのも違うような気もするがな。特にイズミに関しちゃ。
「前もって注意しておく。まず、世界と時空が切り離される。それ自体に多大なストレスが身体にかかる。常人であれば……そうだな。洞窟の中の時間で、三年も過ごせば発狂する」
「つまり、制限時間は、三年ってことか?」
「そうだ。次に、この洞窟に入れるのは一度だけだ。一回出ると、二度とその中に足を踏み入れることはできん。チャンスは一度きり。始めたら、終わるまで出てこれん」
一度だけ、か。一発入ったら、成果を出すまで出てこれない、ってことか。泣いても笑っても一回こっきり。途中で逃げ出せない。まぁ、逃げる気はさらさらねぇ。特段問題にも感じねぇ。
そんなことは置いといて、ちょっとばかし余計なことが気になってきやがった。
「おい、ババァ」
「なんだ。ゲルグよ」
「なんでてめぇがそんなに詳しいんだよ。秘匿されてるんじゃねぇのか?」
いや、ババァなら知っててもおかしかねぇだろうけどよ。
「簡単な話だ。この洞窟は余が作った」
「は?」
「余が作った。シン国の王に乞われてな」
いや。うん。どんな答えがきても驚かない自信はある。事実今も驚いちゃいねぇ。だが呆れるぐらいは許されるだろ。
「……てめぇが作ったんならそう言えよ。しかし、わざわざ作らせて、『危険だ』、っつって閉鎖するとか、この国も馬鹿だな」
なんの目論見で作らせたんだろうな。この洞窟を。
「それはだな。余の設計ミスだ」
「設計ミス?」
この大層なババァがミスなんて起こすとは……。いや、十二分に考えられるな。
「先程、『世界と時空が切り離される。それ自体に多大なストレスが身体にかかる』、と言ったな?」
「あぁ」
「それが設計ミスだ。多少の負荷はかかるとは思っていたが、よもや、三年で常人が発狂するとは思わんでな」
理解した。このババァ、自分を基準に作りやがったな。この洞窟を。
「それと、もう一つ見落としていたことがある」
「見落としてた?」
「うむ。この洞窟の中に入ると、余程の精神力がなければ、ストレスから時間の感覚が不明瞭になる。自身でも気づかぬ内に、精神に異常をきたし、死んでいった者が多数いてな。失敗作だ、失敗作」
あぁ。なんっつーか、そりゃ、作らせた陛下サマが可哀想だよ。そんな気軽にとんでもねぇモンつくってんじゃねぇよ。全く。
「質問はそれだけか?」
「はい、魔女さん」
イズミが律儀に手を挙げてババァに質問する。
「何だ、イズミ・ヤマブキ」
「食料等はどうするのですか?」
「洞窟の中に食物連鎖が発生するように設計している。心配には及ばん」
「生活基盤は?」
「中に居住施設を整えてある」
「つまり一通り生活できるようにはなっている、と。理解しました」
なにやら安心したらしい。イズミが納得したような顔をして手を下げた。
「うむ。他には無いな? では行くぞ」
ババァが俺達を見回した後、踵を返す。洞窟の入り口が化け物が広げた顎みたいに思えたのは、ただの錯覚に違いねぇ。
俺達は恐る恐るではあるが、洞窟の中に入り込んだのだった。
「中は意外と快適ですね」
洞窟に入って数分。ミリアが不思議そうに声を上げた。
ババァが言うには、居住施設が歩いて数分のところにあるらしい。ババァが作った洞窟だけあって、中は如何にも人工物ってな感じの作りになっていた。確かに快適だ。暑くも無く、寒くもねぇ。洞窟の中だってもんで、ちょっとばかし薄暗いのが気持ち悪いが、真っ暗ってわけでもねぇ。
「そう、そこが問題だったのだ。ストレスは徐々に蓄積される。なまじ居心地が良いだけあって、中々気づく者がいなくてな」
かるーい失敗話みたいに話してるが、そのせいで何人か死んでるんだろ? おっかねぇ。
「それは……、怖いですね」
「そうだ。被害者は百人を越したようだ」
他人事みたいに言うんじゃねぇよ。
そんなふうに話をしながら歩いている内に、開けた場所に出た。あぁ、これが居住施設とやらなんだろう。ベッドもあるし、ソファもある。なんなら、調理するための設備もある。こりゃあれだ。ちょっとした家だ。
居心地が良いってのも頷ける話だ。ここまで至れり尽くせりなら、そりゃストレスになんて気づかねぇだろう。
「さて、まずは座れ」
俺達は顔を見合わせて、思い思いにソファに座った。なんだ? すぐに始めるんじゃねぇのか? 時間は有限だろうがよ。
「修行の方針を説明する」
ババァの言葉に小さく頷く。
「ゲルグよ。まず言っておこう。そなたの力量については、数ヶ月前と比較して、非常に上がっている」
「お? そうなんか?」
「うむ。メティアーナに着くまで、野に生きる魔物に苦戦することがあったか?」
確かに言われてみればねぇな。
そりゃ、止めをさしたのは、アスナ、キース、エリナあたりだ。ババァに言われた通り、俺は魔物どもの攻撃をひたすら躱し続けていた。その事自体を難しいとかは思ったことはねぇ。
「日々の鍛錬の成果だ。だが、まだまだ成長上限には遠く及ばん」
「そりゃ、まだまだ伸びしろがあるってことか?」
「……いや、そうとも言い切れん。そなたの素早さは、既に能力上限すれすれだ。他の能力に関しては、そもそもが能力上限が低い。力量を上げてもあまり意味を成さないだろう」
改めて言われてみるとガックリ来るもんだ。俺は一般人で、チンケな小悪党。そんなこた、とうに理解してたはずなんだがな。
「よって、技術の修得だ」
「技術?」
「そうだ。人間の力というのは、力量や、能力が絶対ではない。そなたがメティアーナでガウォール・サルマンに引けを取らなかったのも、魔物と対等にやりあえていたのも、人間相手ならば良きようにあしらえるのも、ある一つの理由からだ。なんだと思う?」
はぁ? 理由? そんなん俺がずる賢く戦ってるってそんだけじゃねぇか。
「良いか? 日蝕の呪詛を受けたガウォール・サルマンの身体能力は、そなたを遥かに上回っている。何故、そんな化け物とそなたがやり合えた?」
「俺が小賢しいやり方で戦ってたってそんだけだろうがよ」
ババァがニヤリと笑う。
「そうだ。人間の強さ。それは純粋な身体能力のみでは決定しない。そこには経験と技術が大いに勘案される」
「経験と技術……」
「そうだ。例えば、イズミ・ヤマブキの素早さは、風の加護と速度向上で底上げされたそなたよりもずっと劣る。だが、イズミ・ヤマブキにそなたは打ち勝つことはできない」
イズミよりも、俺のが脚は速いってことか? 話題に挙がった本人をちらりと見遣る。当然だ、みたいな得意げな顔をしてやがった。その顔辞めろ。イラつく。
「最終目標は、イズミ・ヤマブキと同等程度の性能を持つことだ。そのために、イズミ・ヤマブキの有する全技術をそなたは身につけなくてはならない」
イズミの全技術ねぇ。役に立ちそうではあるが、こいつは間諜だろ。真正面からぶつかり合うってなりゃ、分が悪いんじゃねぇのか?
「魔女さん? 三年、でしたっけ。たとえ三年あっても、私の全技術をゲルグさんが身につけられるとは思えないですよ?」
イズミがババァを見る。イズミの本気を見たことはない。だが、三年ぽっちで全ての技術を習得できかと言われりゃ確かに首をかしげもする。
「イズミ。お前さんはどんだけ訓練したんだ?」
「私ですか? えぇっと……、四歳の頃から十八歳の頃までなので、十四年ですかね?」
「じゅうよっ!?」
「忍の技術は一朝一夕では身につけられるものではないのです。おまけに私は超優秀。ゲルグさんは、確かに能力だけで見れば間諜に向いてます。ですが、忍の技術を全て身につけるには短すぎます」
イズミが十四年かけて身につけた技術を三年で身につける? なんか無理な気がしてきたな。
「イズミ・ヤマブキ。そう思うならば、そなたの目は節穴だ。ゲルグは他ならぬ余が目をかけた男だ」
「それなら容赦は必要ないってことですよね? わかりました」
イズミが小憎たらしい笑みを浮かべる。あ、こりゃあれだ。俺が滅茶苦茶にしごかれるやつだ。ババァもやめろ。あんまりイズミを刺激するんじゃねぇ。そのしわ寄せがどこにくるか大体理解してるだろうがよ。
「ジョーマ様。イズミ様」
今まで黙って話を聞いていたミリアが不思議そうな声を発した。
「なんだ? ミリアよ」
「『シノビ』ってなんですか? イズミ様は『クノイチ』とも言っていましたね」
あぁ、そりゃ俺も気になってた。
「忍。それは、極東、ヤーペンにおける、特殊な訓練を受けた隠密部隊のことだ。その中でも女の忍びをくノ一と呼ぶ」
隠密部隊? 何が違うんだ?
「要するに、単なる間諜じゃねぇのか?」
「違う。間諜は、他国に入り込み、欺き、息を潜め、情報を収集するのが主な任務だ。たまに暗殺等もするがな。だが、忍は――」
「魔女さん。魔女さん。そこからは私が説明しますよ」
長くなりそうな説明をイズミが遮る。
「忍は、戦にも参加します。つまり、直接的な戦闘力を持った隠密部隊なのですよ。勿論、間諜としても活動します。ですが、大陸の間諜よりも我が国の忍の方が優秀です」
「そうなんか?」
「そうです。その優秀なヤーペンの忍、その中でも超優秀な私です。覚悟してくださいね?」
うっ。やべぇな。イズミがなんかやる気になってやがる。嫌な予感がしてきた。
「忍についてはもう良いな? 二つ目の方針だ。寝る時間、食事の時間、その他の必要最低限の休憩時間。それらを除いて、全てを訓練に当てる」
えっと、つまり、あれか?
「寝る時、飯食ってる時、クソやらションベンやらしてるとき以外は全部、訓練ってことか?」
「そうだ」
いやいやいや。動けば筋肉痛にもなるし、適度な休憩が必要不可欠だろうがよ。そんな弾丸で訓練しても、身体が動かなくなって終了だろうが。
「疲れるだろ」
「安心しろ。疲労については問題ない。そのためのミリアだ」
「あん?」
「治癒の原理は理解しているか?」
「魔法で傷を治療するってそんだけだろうがよ」
「馬鹿者……。ミリア。説明してやれ」
ババァがどでかいため息を吐いてミリアに振る。いや、そんなため息吐くんじゃねぇよ。俺にそこまでの知識を期待すんな。
「え、っとですね。治癒は、人間の治癒力を増進させる奇跡なんです。結果として傷が癒やされますが、やっていることは手助けだけなんですよ」
へー、ふーん、ほー。で? いや、わかりやすい説明でよく理解できた。だがよ。
「それがどういうことなんだ?」
またババァにため息を吐かれる。
「つまりだな。治癒には疲労を回復する効果もある、ということだ」
「……おぉ!」
「察しが悪いのは相変わらずか。まぁ良い」
やれやれと肩をすくめてから、ババァが俺達を見回した。
「早速、訓練を始める」
ここから暫く修行回が続きます。
と言っても、最大三年なんて全部書いたらやばい量になるのでダイジェストです。
ダイジェストです!
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ふんがぐっ!!(何)