第五話:力が欲しい。少なくとも足引っ張りにはならねぇ程度の、だ
その後は、俺がメティアーナを去った後のアスナ達の様子をミリアから聞いた。アスナが一週間部屋から顔を見せなかっただとか、エリナが一所懸命それを出そうと頑張っただとか、キースがエリナに滅茶苦茶怒られただとか、そんな話だ。
その話を聞いて、なんとなく申し訳無い思いが頭を占めた。
足手纏いになりたかねぇ。俺がいなくてももうあいつらは大丈夫だ。そう思った俺の認識は全然違ったわけだ。見当違いも甚だしい。
ってか、俺がいなくなったぐれぇでそんなボロボロになるんじゃねぇよ。馬鹿だな。そんな内容のことをボソリと呟いたら、ミリアが苦笑いしながら、「ゲルグは必要ですから」、なんて言った。その言葉にバツが悪くなって、頭をボリボリと掻きむしったもんだ。
さて、俺があいつらに付いていく。今更ながらそう思い直した今、やらなけりゃならねぇことがある。
俺は絶対的に力不足だ。それは俺がどう思ったところで、ミリアが、あいつらが、俺をどんだけ「必要」だとか言い張ったとして、変わらねぇ。厳然たる事実だ。だが、それをなんとかする方法なんて思いつかねぇ。
「深刻な力量不足……。」
何気なく呟いた言葉、その言葉に、ミリアが笑い声を零す。そんでもって、したり顔で懐をごそごそと漁って、ぎゅっと握った手を差し出した。
「はい、どうぞ」
手が開かれる。その掌には、なんとも見覚えのある笛が鎮座していた。こりゃあれか。ババァが寄越した笛か。
「アスナ様からお借りしてきたんです。必要になるかも、と仰っていました」
俺はため息を吐いて、唇を歪める。あいつの勘ってのは、本当に馬鹿にできねぇ。勇者ってのは、そういうもんなんかねぇ。確かに、ババァならなんかしら知恵を絞りやがるだろ。
ミリアから笛を受け取る。それを数秒見つめて、ゆっくりと口元に運んだ。だがそれにミリアからストップがかかった。
「あ、ちょっと待ってください。ここで吹いても、ジョーマ様、ここまでこれないんじゃないでしょうか?」
「ババァならなんとかすんだろ」
「流石に失礼ですよ。目標物まで行きましょう。きっと転移魔法でいらっしゃるはずです」
「あのババァなら、どうにかすると思うんだがなぁ」
「これから教えを乞おうとする人に対して失礼ですよ。礼を尽くさないといけません」
「そういうもんか?」
「そういうものです」
別にここで吹いてもなんら問題はねぇと思うんだがなぁ。
「さ、行きましょう」
ミリアが立ち上がる。あぁ、わかった、なんて言って部屋を出ようとしたその時だった。
「はい! ちょっと待ってくださぁい!」
天井からいつものようにイズミが顔を出した。ってか、こいつなんでいっつも天井から出てきやがるんだよ。ほら、ミリアが驚いた顔してるじゃねぇか。水差すんじゃねぇよ。そんな目を向けるが、気づいているのか気づいていないのか、何の躊躇もなく天井から、すちゃ、っと降りた。
いや、それ自体は良い。いつもどおりの光景だ。だがな。少しばかり気になるところがある。確認すべきか、せざるべきか。俺は少々悩んだ後、前者を取った。
「イズミ。お前さんいつからいた」
「え? いつからって、最初からですが」
あーあ。っつーことは、あれか。全部聞かれてたってことか。ちらりとミリアを見る。ゆでダコみたいな顔で、あたふたしてやがった。そりゃそうだよ。皆までは言わねぇ。
「いやぁ、熱烈な愛の告白でしたね。私、思わず赤面しちゃいました。なんでしたっけ? 『頼ってください。何でも言ってください。守らせてください。受け止めさせてください。もう一度言います。私は貴方の全てを肯定します』、でしたっけか。ゲルグさん、モテモテですね」
「や、やめてください……」
ニヤニヤしながらでそんなことを言うんじゃねぇよ。ミリアが可哀想になってくるだろうがよ。ほらぁ。ミリアが耳まで真っ赤にして縮こまってんじゃねぇか。
「話が進まねぇし、野暮すぎんだろ。ミリア、お前もちょっと落ち着け。こいつはこういう奴だ。いちいちマトモに相手するだけ損だ。んで? イズミ。何の用だよ」
ミリアの背中に手を当てて、落ち着かせる。その様を見て、にやーっとイズミが厭らしい笑い方をしたもんだから、ちょっとばかし睨みつける。さっさと要件を話せ。馬鹿野郎。
「全部置いとけ。んで? 何しに来た」
「私も同行します」
「なんでお前さんが来るんだよ」
「アナスタシア様からの指示が変わりました。可能な限り貴方達に助力するように、と」
あぁ、そうかよ。っていうか、何から何まであの女の掌の上ってことか。食えねぇ女だ。全く。
「え……っと、イズミ様、でしたっけ?」
ようやっと恥ずかしさから復帰したんだろうミリアが、小さくイズミに声をかける。
「はい! 『くノ一イズミ』、とお呼びください」
「クノイチ?」
「あ、なんでもないです。『イズミ』、と呼んでいただければ結構です」
「はい。ミリアと申します。よろしくお願い申し上げます」
「これはご丁寧に、どうもです。さて、ゲルグさん。私を置いてどこかに行こうだなんて、良い度胸してるじゃないですか?」
いや、お前さんの任務が変わったのは理解したよ。だがよ、なんでいちいちお前さんを連れて行かねぇといけねぇんだよ。
「その顔は、『なんでいちいちお前さんを連れて行かねぇといけねぇんだよ』、って顔ですね」
「ナチュラルに人の心を読んでんじゃねぇよ。なんだ? 魔法でも使ったのか?」
「いえ、職業柄、人の顔色を読むのが得意なんです」
おかしいな。俺はポーカーフェイスが様になるナイスガイだったはずなんだがな。だがまぁ、こいつはうるせぇことを除けば優秀な間諜だ。俺みたいな小悪党の考えてることなんざお見通し、ってのもなんとなく頷ける。
「ゲルグさんに付いていかないとアナスタシア様に怒られます。私も一緒に行きますよ」
「助力っつっても、これからテラガルドの魔女なんて大層なババァを呼ぶ。お前さんの出番はねぇよ」
「そうはいきませんよ。アナスタシア様に怒られます」
「お前さんの行動原理っていっつもそれなのな……。俺が要らねぇって言ったって、説明すりゃいいじゃねぇか」
イズミが、「こいつ何も分かってねぇ」、みたいな顔で、かぶりを振る。その仕草、なんかイラつくから辞めろ。
「アナスタシア様を舐めすぎです。怒ったアナスタシア様はそれはもう恐ろしいのですよ」
こうなったら、何を言っても無駄だ。短い付き合いではあるが、こいつの性格はなんとなく把握している。
「そうかよ。勝手にしろ」
「勝手にします~」
イズミのことはもう置いとこう。
「んじゃ、とりあえず目標物まで行くか」
気を取り直して、俺達は部屋を出たのだった。
ヒスパニアの目標物は、ヒスパーナ王城の門だ。つい数十分前に駆け込んだ俺が、女二人を連れて出てきたもんだから門番が微妙な顔をした。
「んじゃ、吹くぞ」
「はい」
俺の言葉にミリアがにこやかに頷く。笛を咥えて思っクソ息を吹き込んだ。音は鳴らねぇ。だが、ババァの頭の中にはけたたましく笛の音が響き渡っている筈だ。
門の前で数秒、辺りをキョロキョロと見回す。ババァのことだ。すぐに駆けつけてくる。と、思ったが、転移魔法の発動光はいつまで経っても現れない。何してやがるんだ、あのババァ。ミリアと俺は不思議そうに顔を見合わせる。
「後ろだ」
不意に背後からかけられた声に、俺とミリアが振り返る。イズミは気づいていたようで特に何のリアクションもしなかった。
「いきなり後ろから出てくるんじゃねぇよ。ビビるだろうが」
「ふーっはっはっは! そろそろ呼ぶ頃だと思っていたぞ! ゲルグよ!」
あぁ、うるせぇ。早くもこのババァを呼び出したことを後悔し始める。
ババァがゆっくりと俺に近づき、そして俺の頭を撫で始めた。
「見ていた。全てな。予想通り過ぎていささかつまらなかったが、それもまた一興だ」
ババァの手を乱暴に振り払う。ガキ扱いするんじゃねぇよ。俺はおっさんだぞ? 馬鹿。
「そりゃどーも。んじゃ、呼び出した理由も分かってんだろ?」
「当然だ。しかしゲルグよ。そなたの口から答えを聞きたい」
俺の口から? 呼び出した理由知ってるんじゃねぇのかよ。今更俺の口からそれを聞いてなんになる。とは思いはしたが、ババァとの付き合いは長い。このババァはこういうまだるっこしいことが大好きだ。
「アスナ達に最後まで付いていくことに決めた。力が欲しい。少なくとも足引っ張りにはならねぇ程度の、だ」
「それが、どれだけ厳しいものか理解しているか?」
愚問だろうがよ。そんなん理解してる。今まで生きてきた三十年弱。その中でも、いっとう踏ん張らねぇといけねぇってこた、とうに納得済みだ。
「魔王の復活までは、まだ時間がある。余の目算だがな。だが、それほど長いわけでもない。精々、後数ヶ月、といったところだ」
数ヶ月。もっと短いと思ってたもんだが、結構余裕がありそうにも聞こえる。だが、その間にアスナが残り四柱の精霊と契約しねぇとならねぇ、ってことを考えると、余裕なんざねぇ。
「三日だ。三日以内で仕上げる」
「三日!? 馬鹿言うんじゃねぇよ。三日でどうこうなるなら、苦労しねぇだろうがよ」
「ふーっはっはっは! 安心しろ、策はある」
「策?」
三日でどうこうする策なんてあんのかよ。
「さて、まず修行の大方針を説明しよう」
「ちょっと待て。策ってのはなんだよ。教えやがれ」
「そう急くな。そなたの悪い癖だ。良いか? そなたは、イズミ・ヤマブキの全ての技術を修得する必要がある」
イズミの? いや、そりゃ役に立ちそうだけどよ。
「魔女さん? 助力は惜しみません。命令ですから。ですが、私の技術は幼少から鍛えて鍛えて鍛えまくって、それで身についた技術ですよ? ゲルグさんが三日で覚えられるとは思えないです」
イズミがちょっとばかしプライドを傷つけられた、そんな顔でババァを睨む。ババァはどこ吹く風といった様子で、ニヤニヤと笑うだけだ。
っていうか、イズミ。お前さんババァに何かしら思う所はねぇのかよ。このババァ、腐ってもテラガルドの魔女とか呼ばれてる、大層なババァだぞ?
「イズミ・ヤマブキ。策はあると言ったであろう?」
「よく分かりませんが、分かりました」
それで良いのかよ。納得すんのかよ。
「修行の地は、シンだ。そこに行く」
シン国? なんでまたそんなところに? っていうか、どうやってもそこに行くまでに三日以上使うだろうがよ。
そんでもって、イズミが、「げっ」、みたいな顔をしてやがる。そういや、こいつの出身はシンの属国だったな。そりゃ、そんな顔もするだろうな。
「ジョーマ様? シンまでは、蒸気船を使っても、一ヶ月以上かかると思うのですが……」
「ミリアよ。大丈夫だ。余を誰だと思っている?」
ジョーマ・ソフトハート以外の何だと思うってんだよ。
ミリアは行ったことがあるだろうな。イズミも、まぁ多分行ったことがあると推測しよう。だが、俺はシン国になんて行ったことがねぇ。転移魔法は使えねぇ。ってこた、船で行くしかねぇ。
どうするってんだよ。
「善は急げだ。皆の者。余の周りに集まるが良い」
俺達はそれぞれ不思議そうな顔をしながら、ババァの近くに寄った。なにするってんだ? ったく。
「簡易転移」
ババァを中心に、紫色の光が生える。次の瞬間景色が歪んだ。思わず目を閉じる。
「着いたぞ」
目を開くと、俺達はヒスパーナ王城の門前ではなく、よく分からねぇ洞窟の前にいた。雪がちらつき、辺りは真っ暗だ。
「え? は? ちょっと待て? は?」
そのあり得ない状況に俺は混乱しっぱなしだ。ミリアを見る。イズミを見る。二人共同じように混乱しているらしい。信じられないものを目の当たりにした、そんな表情を浮かべている。
「ここは?」
ミリアがババァに尋ねた。
「シン国の首都から北西に歩いて一週間程の場所だ」
は? 俺はシン国になんて来たことねぇし、目標物もねぇこんなだだっ広い荒野に転移できるはずねぇだろうがよ。それが世界の常識だ。あん? 俺の常識が間違ってんのか?
「余の開発した魔法だ。転移魔法よりも、便利で使い勝手が良い。同行者の知らない場所にも行ける。目標物も不要だ」
そんな便利な魔法あるんなら、エリナ当たりに教えてやれよ。とは思うが、長くなりそうなので口は挟まない。挟んだら負けだ。多分。
「さて、この洞窟が目的地だ」
ババァが洞窟をしたり顔で見る。この洞窟がなんだってんだよ。なんて、疑問をババァに投げかける前に、イズミが情けねぇ声を上げた。
「ま、魔女さん。密入国は良いとして、ヒスパニアを無許可で離れたら、アナスタシア様に怒られちゃいますよ~」
イズミ。お前さんはどんだけアナスタシアが怖ぇんだよ。いや、あの女が怖いってのはなんとなく分かるがよ。でも、今ここで一番に気にするところがそこかよ。
「心配するな。余の事後報告でどうとでもなる」
「……すっごい不安なんですけどぉ……」
まぁ、ババァならアナスタシアと知り合いでもおかしくねぇ。とんでもねぇババァだからな。今更驚かねぇ。諦めろ、イズミ。
「話を戻す。この洞窟の中は世界と時空が切り離されている」
「時空?」
「そうだ。この洞窟の中に入った瞬間、その者は世界の時空から切り離される」
「つまり?」
「洞窟の中でいくら過ごそうと、外では時間が経過しない」
んな、便利なもんがあんのかよ。
「そんな便利な洞窟、誰だって使うだろうがよ。なんで無名なんだ? もっと有名になっててもおかしくねぇだろうがよ」
「シン国が秘匿しているからだ。あまりにも危険過ぎるという理由でな」
危険? どういうこっちゃ?
「外の世界と隔絶され別の時空を生きる。そのことを良く考えてみろ。まず、寿命が削れる」
あぁ、確かにな。他の連中よりも早足で時間が進んでくってことだからな。ってか、ババァめ。意味有りげに俺を見るな。察するに俺が寿命半分持ってかれたこと、気づいてやがるな。
「そして、時間のすれ違いというのは、周囲とその者達の精神に大きな溝を作る。どうだ? 覚悟はあるか? 引き返すなら止めはせん」
ババァが笑顔を引っ込めて、真面目な顔で俺を、俺達を見た。
おっさん強化合宿!! はっじまっるよー!!
ジョーマ様、便利すぎて草も生えませんよ。
流石百歳を超えたババァーン!
べっぴんなミリアさんに愛の告白までされといて、次にやることが修行とか、
おっさん。あんた童貞の鑑だよ。
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とーっても励みになります。OTKかますぜ!!
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