第八話:お前みたいなガキがこまっけぇこと気にしてんじゃねぇ
村の夜は早ぇ。明かりも整備されちゃいねぇし、娯楽なんてもんが無いせいでそもそも起きてる意味がねぇ。日が暮れたら寝て、朝日とともに起きる。それが田舎ってやつだ。
だが、そんなど田舎にも例外はいる。それが俺の伝手だ。
王都のスラム街でボロボロになってた俺を拾い上げて、飯を食わせてくれた。住む家をくれた。それから生きる術を教えてくれた。こう言うと善人みてぇに聞こえるだろ? だがな、そんなんじゃねぇ。ただ奴は使える駒を増やしたかった、それだけだ。
ガキは盗みがバレても大目に見てもらえる可能性が高い。ここで言う「大目に見る」ってぇのは、五体満足で返してくれるってことじゃねぇ。しょっぴかれねぇ、ってただそれだけだ。早い話がボコボコにされる。「ガキだからそれで勘弁してやる」なんて捨て台詞と一緒にな。衛兵に突き出されないだけマシだなんて、今となっちゃ思うが、それでもありゃ痛かった。
その度に奴は言う。「お前の力量が足りねぇからだ。もっと稼いでこい」。なんてな。くそったれな野郎だ。
十年前、突然引退するなんて言い始めた時は、王都中が騒然としたもんだ。田舎に引っ込んで余生を過ごすとよ。そっから、王都はしばらく荒れた。少なくとも野郎が秩序を保ってたってのは歴然たる事実だってわけだ。
俺はそんな悪党の元親玉が住んでるであろう家の扉を、乱暴に叩く。家の場所を特定するのは簡単だった。話にゃ聞いちゃいたし、田舎の村にしちゃバカでかい華美すぎる屋敷だ。
「あぁん? 農作業なら手伝わねぇって何度いや……」
「よう。ご無沙汰だな。グラマン」
「ゲルグ……お前ゲルグか! ガキがいっちょまえな顔しやがって、おい! ま、なんだ、とりあえず入れ」
引退したとは思えない屈強な身体。裕福さを隠そうともしない、その羽振りの良さそうな格好。グラマン。こいつがかつて王都で悪党どもを束ねてた大悪党だ。
俺は後ろで控えてた勇者サマ御一行を顎でしゃくって、入れと促す。
「まぁ、待て。今茶でも淹れる」
「いらねぇ。間に合ってる。グラマン、てめぇのことだ。俺らが何しに来たのか、大体わかってんだろ?」
引退したとはいえ、海千山千のこいつのことだ。俺達の情報はしっかりと握ってるにちげぇねぇ。
「……あんな小さかったガキが、偉くなったもんだ。あぁ、知ってる。お前のことも、後ろの連中のこともな」
「流石にお耳がはえぇこって。じゃあ、どういう用件で来たかも察し、ついてんだろ?」
「あぁ、匿ってくれ、ってのはすぐに足がつく。せいぜい一晩泊めてくれ。路銀を貸してくれればなお良し。そんなとこだろ」
グスマンが椅子に座って、今まで飲んでたんだろう、ブランデーをぐいと煽る。
「どうせ、断る、とか言うんだろうが、嫌でも一晩泊めてもら」
「泊めてやるよ」
「う。腕尽くでも……は?」
俺の顔はひでぇもんだったろう。予想が外れたんだ。この野郎はまず断ってから、それでも俺が引き下がらねぇと見るやいなや交換条件を出してくる。そんなやつだったはずだ。
「金も貸してやる。無利子で、だ。ついでに言や、そっちの兄ちゃんと姉ちゃんの装備品も簡単なものになっちまうが、くれてやる。まだこのへんにゃ手配書も出てねぇ。ゆっくりしてけ」
「は? え?」
グラマンのニヤニヤ顔と、そのクソをいくらでもひり出してきたはずの穴から出てきた言葉に、俺は思わず情けねぇ声を出す。
待て待て待て。こんな奴だったか? このジジイは。平気で人の足元を見てくる、そんな人間だったはずだ。人間そうそう変わるか? 否だ。変わりゃしねぇ。人間なんてものは他人を変えるのもできねぇが、自分を変えるのも中々できねぇもんだ。
百面相している俺の代わりに、ミリアが一歩前に出る。
「グラマ、ン様、でしたよね。何故私達にそのような温情を? 人助けの心は尊いものです。それを疑う私をお許しください」
グラマンがミリアの問いかけに、唇を歪めて笑みを深くする。
「先行投資だ。先行投資だよ。人助けとかそういうんじゃねぇ。てめぇらに手を貸す。いつか俺が儲かる。風が吹けば桶屋が儲かるっていうだろ? あれだ」
「え……っと」
ミリアも理解できなかったらしい。道中少しばかし話しててわかったが、ミリアの頭脳は優秀だ。ちょっとばかし人の善意を信じすぎるなんてお花畑な脳味噌はしちゃいるが、それ以外の部分にかけちゃ頭の回転も早えし、機転も利く。アスナと似ちゃいるが、大違いだ。
「悪党。どういうことだ」
キースが鼻息を荒くしてグラマンに詰め寄る。おい、やめろ。せっかくこのジジイがいい気分でお望みのものを用意するって言ってくれてるんだ。ふいにするようなことするんじゃねぇ。
「魔王を打倒した勇者。その噂は俺にも届いてる。その勇者を助ける。リターンは相当のもんだ」
こりゃ、あれだ。ギードを口先三寸で言い負かした俺の論法だ。でも、お前が言うこっちゃねぇだろ。本気でそう思ってるとしたら、頭の構造を疑うぞ。
「てめぇらは、国際手配が取り下げられるまで逃げりゃいい。どうせ、どの国も『国家転覆』やら『要人暗殺』なんざ信じちゃいねぇ。信じるのは無能か、馬鹿かのどっちかだ」
それに関しちゃ同感だ。あんな取って付けたような手配書。誰が信じやがる。尤も俺の手配書に関しちゃ別だがな。
「どうせ、勇者御一行様だ。各国回ってんだろ? 世界中の元首と顔見知り。違うか?」
グラマンが、下衆な視線をアスナに向ける。やめろ。そんな目で見るんじゃねぇ。汚れる。ん? 俺は何を気にしてんだ? まぁいい。とにかくやめろ。
「ん」
アスナが小さく頷く。
「嬢ちゃんの人柄は、俺にだってすぐわかる。そんな大それたことができるタマじゃねぇ。どっちかってぇと、それを止める側の人間だ。まともな人間ならすぐわかる」
「泊めて、くれるの?」
「あぁ。路銀もいくらかなら渡してやる。無利子、無期限。大出血サービスだ」
ま、今夜は飲め、休め、なんて笑いながらグラマンがグラスに酒を入れて勧める。アスナは酒は飲めねぇからっつってオレンジジュースだったが。
拍子抜けではあるが、俺達は一夜の宿を得るに至ったのであった。
「……で? 何を企んでやがる?」
アスナもキースもミリアも奥の部屋で寝付いた。キースとミリアは少々強めの酒に酔っ払って、アスナはなんだかんだで疲れたんだろう。早々に客間に引っ込んでいった。
俺はグラマンが次々注いでくるブランデーをちびちびとやりながら、奴を睨みつける。しかしなんだ、この酒うめぇな。いくらすんだろうな。ぜってぇ高ぇ酒だ。兎に角飲みまくってやる。
「言ったろ? 先行投資だ。そろそろこの国での俺の立場も危うくなってきてな。お上にゃ目をつけられてるし、脱税もバレそうだ。ただ逃げるだけなら簡単なんだがな。蓄えをそのままに高跳びするにはちょいとばかし面倒だ」
あぁ、なるほど、理解した。
「俺に口利きをやれってことか」
「そういうこった」
グラマンがブランデーを煽る。口の端からつぅっと溢れた琥珀色の液体が、テーブルに水玉を作った。いい気分で酔い始めている証拠だ。
「まぁ、大して期待してもいねぇ。だが、可能性がゼロよりかはマシだ」
「てめぇがそんな博愛主義者だったとは知らなかったぜ」
「博愛、主義者か」
自嘲するようにグラマンが小さく笑った。
「……娘がな。いたんだよ」
「娘?」
「あぁ。どこでなにやってんだかは知らねぇ。二十年以上前にカミさんと出てった。生きてりゃ、ゲルグ。お前と同じぐらいの歳かもな」
「生きてりゃ……って」
「このご時世だ。生きてるわけねぇだろ」
そりゃそうだ。女子供二人で生きていけるほど、世界は甘やかに作られちゃいねぇ。
「勇者。アスナとか言ったか。良い娘じゃねぇか。守ってやれ。ありゃもういっぺんぐらい世界を救う。そんなタマだ」
「耄碌したか? てめぇそんなキャラじゃねぇだろ」
「うん? いかんな。歳食うと、口が軽くなっていけねぇ。だがな、耄碌しても人を見る目は確かだ」
お前さんをスラム街から引っ張りあげたみてぇにな、と言いながらガハハと笑い始める。ばーか。今更そんなこと言い始めてもおせぇんだよ。
「手ぇ、出すなよ?」
「出すか! 俺はもっとボン・キュッ・ボンで色っぺー姉ちゃんが好きなんだよ!」
「お? じゃああのシスターか? お前の好みぴったりじゃねぇか」
「たしかにべっぴんだし、色っぺーが、あいつと一緒にいると、自分が真人間になったみたいに思っちまう。勘弁しろ」
「ははっ、ちげぇねぇ」
親がいたならこんな感じだったのだろうか。複雑な関係だ。俺とこのジジイ。ジジイは俺を金稼ぎの道具としてしか扱ってこなかったし、俺は生きるためにこいつに食らいつくのに必死だった。そんないびつな関係だったはずだ。なのにどうしちまったんだろうな。
「口利きはする。今までの感謝とかじゃねぇ。今日一宿一飯の恩。それだけだ」
「わぁってる。重ったるい気分で動き回られちゃ俺としても迷惑だ。気楽にいけ」
「あぁ。……死ぬなよ。グラマン」
俺はそれだけ言い残して、残りのブランデーを飲み干し、席を立つ。真っ赤になった顔は酒のせいだ。全く。あてがわれた客間に、俺は千鳥足で向かう。
その背中に、聞いたこともない優しい声がかけられた。
「お前もな。ゲルグ」
うるせぇよ。その言葉は声にならなかった。
ドアを開けて客間に入り、寝てる連中を起こさないように静かに閉める。欠伸を一つ。目に溜まったこれは欠伸のせいだ。きっとそのせいだ。
「ゲルグ?」
「ん? あぁ、起こしちまったか?」
アスナがベッドからちょこんと顔を出して俺の方を見ていた。もぞもぞとアスナが上体を起こし、ベッドに腰掛ける。窓から入り込んだ月明かりに照らされたこいつの顔は、なんだか今まで見たこともないぐらいに綺麗で、侵し難い。そんなものに見えた。
純粋。そんな言葉をそのまま人間にすると、こんな奴になるんだろう。守ってやりてぇ。そんな必要はないだろう。だが、そう思った。思ってしまった。それは事実だ。
そんな風にぼんやりと二人で見つめ合っていると、アスナがおもむろに口を開いた。
「伝えたい言葉は、声に出さないと伝わらない」
このお嬢さんは変なところで勘が鋭い。俺は参ってしまった。目をゴシゴシとこする。これは欠伸のせい。あぁ、欠伸のせいなんだよ。気にするんじゃねぇ。
「……余計なお世話だ。ガキに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇ」
「ん。でも、ゲルグ。泣いてるよ?」
「馬鹿。泣いてねぇ。おっさんの涙なんて誰が得すんだよ。俺とグラマンは出会った時から利用し合う関係で、今でもそれは変わらねぇ」
「そういうもの?」
「そういうもんだ」
「そっか」
アスナが窓から見える月を覗き込む。もう深夜だが、満月の夜からそう経っちゃいない。まだまだ月は煌々と部屋を、俺らを照らしている。まるで、何もかも見透かされているような、そんな光だった。アスナの青白い瞳の色と似たような光だ。
「ゲルグ。ありがとう。ごめんなさい」
「なんだ。藪から棒に」
「声に出さないと伝わらないから」
声に出さないと伝わらない、っていうお前の言葉はよく分かる。それにしちゃ、お前は言葉が足りなすぎんだよ。もっと主語やら述語やらちゃんと整理してから話し始めろよ。
「何に礼を言われてるのか、何に謝られてるのかさっぱりなんだが」
「多分私一人じゃ母さんもキースもミリアも助けられなかった」
そうだろうな。こんなガキがあの状況でなにか出来たかと言われたら、そりゃなんもできねぇだろう。
「……多分、一人で王宮に行って、王様の言うことを聞いて、人を沢山殺してた」
「……かもな」
「それか、多分殺されてた」
「……それもあるかもな」
アスナがお月さまから視線を外し、俺の目をじいっと見てくる。こいつのこの目。どうにも苦手だ。何が苦手なのかはわからねぇ。ただ、漠然と、苦手だ。
「勇気、もらった」
「勇気?」
「王様に、私言った。『戦争の道具にはなりたくない。守らなきゃいけないと思ってた人々をこの手で傷つけたくない』って」
「あぁ、言ったな」
「ゲルグが居なかったら、あんなこと言えなかった」
そんなはずはねぇよ。アスナ。お前はどこまでいっても勇者なんだ。んでもって俺はそれを助けるしがない一般人。俺が居なくても、あの言葉は自然とお前から出てたはずだ。
「私の背中。押してくれた。勇気、くれた。だから、ありがとう」
「大したこたぁしてねぇよ」
「それに……巻き込んだ……」
あぁ、ごめんなさい、はそっちに、か。アスナの目が月明かりに照らされて、ちかりと光った気がした。
「馬ぁ鹿。お前みたいなガキがこまっけぇこと気にしてんじゃねぇ」
俺はアスナの耳が隠れるぐらいの黒髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。ん、と小さく声を上げてアスナが目を細める。いや、なんだ。小動物? なんか可愛いな。わしゃわしゃ。
ってなんだ? この雰囲気。俺はロリコンじゃねぇ。顔をに血液が集まる。やめやめ、やめだ!
ばっという音が幻聴で聞こえるぐらいの速さで手を引っ込めて、回れ右をする。
「さ、さっさと寝ろ。俺ももう寝る」
「ん」
背中の方でもぞもぞと布団に潜り込む気配を感じる。タイプじゃねぇはずだ。俺はボン・キュッ・ボンの色っぺー姉ちゃんが好きなんだよ。ガキはお断り。そうだよ、ガキはお断りだ。
なんだかそこはかとない得も言われぬ心持ちを感じて、俺はそれを気取られないようにゆっくりと自分にあてがわれたベッドに横になる。背中の方から小さな、すぅすぅ、という寝息が聞こえてきたのはその数分後くらいだっただろうか。
花火が打ち上がるような、ひゅーん、とも、きーん、とも擬音化できそうな音。その数秒後に耳をつんざくような爆発音。そんな音が目覚まし時計の変わりだった。
まず、俺とキースが飛び起きた。目覚めは最悪だ。すわ、敵襲か!? と言わんばかりの勢いで傍らにおいてあった剣――昨夜寝る前にグラマンから譲り受けた剣だ――をキースが手に取る。当然ながら俺も枕元においてあった仕事道具を抱え込んだ。
「アスナ! アスナ! アスナはどこ!?」
村中に若い女の声が木霊する。この声には聞き覚えがある。この国の王女、エリナ・アリスタード、その人の声だ。
次から次へとトラブルが舞い込んできやがる。おい、アスナ。お前をお探しだぞ。当の本人は眠そうに欠伸をして、目を擦っている。呑気なもんだ。ミリア、お前もだ。「なんの騒ぎですかぁ?」、なんて言ってる場合だよ。
「アスナ! アスナー!!」
あぁ、うるせぇ。っていうか国際手配犯の名前を大声で叫ぶんじゃねぇ。俺は盛大に頭を抱えたくなったのだった。
小悪党の元締め。グラマンさんが出てきました。
マフィアの親玉みたいな人です。
なんで、そんな人間がゲルグ達に協力しようとしたかって?
やだなぁ、主人公補正に決まってるじゃないですか。アスナの。
この物語の八割は、アスナの主人公補正によるご都合主義によって構成されています。
え? ゲルグ? あいつに主人公補正なんてあるわけないじゃないですかぁ。
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