第一話:……これで良かった……んだよな。そうだろ?
イズミが、「あちゃー」、ってな顔をしてるのは無視だ、無視。
ミリアの険しい視線を一身に受けて、俺は皮肉げに見えるよう笑う。
「よぉ。三週間ぶりか?」
「『三週間ぶりか?』、じゃないです。探しましたよ」
「そりゃ、探しただろうなぁ」
「……っていうか、その女性、どなたですか?」
ミリアがなにやらどす黒いオーラを出し始めた。多分こりゃ怒ってるな。怒るに決まってる。ここまで追いかけてきたってことを鑑みりゃ、そんなことは俺だって理解できる。
とんずらこいた男が飲んだくれてんだ。しかもぱっと見女遊びしてるっぽい、ときてる。魔王を倒すなんて決めた連中の一人なら怒るだろうよ。
「あ、えっとぉ、私はしがないアナスタシア様の手下ですので、お構いなく~」
イズミ、余計なことを言うな馬鹿。お前さんと恋に落ちて、この地に骨を埋める覚悟になったとか、なんとか、適当な嘘が言いにくくなったじゃねぇか。
「……私がどんな想いで追いかけてきたか……。それを? それで? 貴方はこんな美人の女性と仲良さげになっていて……。なんですか? 現地妻ですか? 見境なしなんですか? 死ぬんですか? 死ぬんですね?」
「え、えっと、あの……、ミリア、さん?」
ん? なんか怒りの方向性が一気によくわからなくなった。
やべぇ。返答次第では殺される。いやミリアのことだから殺すとかそういうことをしねぇのはよく理解してる。だがな、わなわなと震えているこいつがいつになく怖ぇ。本能的に逃げたくなる。
「い、いや、イズミは、その、あれだ。アナスタシアの直轄の間諜でな。保護されてたんだよ。決してただ、二人で飲んでただけとか、そういうんじゃねぇ。確かに、見た目は好みで、色っぺーし、最初はやましい気持ちも無くはなかったんだがな。それが、こいつ口を開けば残念な女でよぉ。それで……」
俺は何を言い訳してんだよ。
ついでに。ミリアの雰囲気が更に険のあるものに変わった。なんでだよ。あぁ、死んだな俺。グッバイマイライフ。
「どういうことですか! 説明してください!」
「ひ、ひいぃ! わかった、説明する! 説明するから!」
「納得のいく説明を求めます!」
「わかった、わかったって! 説明、説明するから!」
「生半可な説明じゃ納得しないですよ! 今の私は! 誠心誠意! 一から十まで、全部説明してください!」
「わ、わかったって! 説明するって言ってんだろ! ほら、俺達目立ってる、目立ってるから!」
「そんな言葉には騙されません! 今! ここで! 納得のいく! 説明を! してください!
その問答は十分程続いた。いや、相手がミリアでマジで良かったよ。エリナだったら、殺されてた。なにを怒られてたのかはよく分からねぇ。だが、「モテる男は苦労しますねぇ」、なんてニヤニヤ笑ってたイズミの顔が印象的だった。
モテる? 馬鹿言え。俺がモテてるんなら、なんで未だに素人童貞なんだよ。クソが。お前さんはしっかりアナスタシアに絞られろ。徹底的にな。
兎にも角にも、なんとかミリアをなだめすかし、俺達はヒスパーナ王城の俺の部屋に向かうことになったのだった。
「お城にずっといたんですね。盲点でした。アナスタシア様の様子に何か含むものがあるとは思っていましたが、もうちょっと考えるべきでした……」
部屋に入って開口一番。ミリアがそんなことを言い出した。イズミ? 「怒られてきまーす」、なんて言ってどっかに消えた。あいつが消える時は、もはやスピードが速すぎてよく分からねぇ。
俺は市場で買ってきた安酒を取り出してグラスに注ぐ。何もナシってのもなんかアレだろ。ついでに立ちっぱなしってのもバツが悪い。端っこに置いてあった椅子を、よっこらせ、と持ち上げて部屋の中央に置く。それを顎でしゃくって、座れと促した。ミリアがおずおずと座る。
「ほらよ」
「……ありがとうございます。っていうか、お酒ですか?」
「それ以外に飲み物がねぇんだよ。勘弁しろ」
「しょうがない人ですね……」
ブツブツと文句を言いながらミリアがグラスに口を付ける。
「で? 他の連中は?」
「いません。私一人です」
「お前一人?」
予想外だ。てっきりアスナもエリナもキースもいるもんだと思ってたよ。
「はい。正確にはヨハンさんも一緒です。彼は宿で休んでもらっています」
ヨハンも一緒となると、蒸気船で来たってわけか。そりゃ、このとんでもねぇスピードで俺を追っかけ回せたのにも合点がいく。帆船と比べて蒸気船は速い。この一週間俺を追っかけ回してたのが、こいつだってことも納得だ。
「説明を求めます」
「説明ってもなぁ……」
俺はただ目的を果たしたからおさらばした、ってそんだけだ。これからのこいつらの旅には、俺は足手纏い以外の何者でもねぇ。それを一番良く理解してんのは他ならない俺だよ。
「俺の目的は、お前らをメティア聖公国に送り届けることだ。それが果たされた、そんだけだ」
「そんだけ、って……」
「魔王討伐の旅? んなもん俺には分不相応だ。それは俺がいっちゃん良く理解してる」
「……ですが……でも……」
っだー、もう。こうなるから、こいつはお人好しだってんだよ。切り捨ててけよ馬鹿野郎。俺なんて要らねえだろうがよ。どこで野垂れ死んでたとしても、お前らには全く関係ねぇだろうが。
数分程無言の時間が続く。若干気まずくも思うが俺はここでこいつを突き放さねぇとならねぇ。
ややあって、ミリアがプルプル震えだした。顔を俯かせちゃいるがなんとなく分かる。数ヶ月とはいえ一緒に旅をした仲間だ。
「……ぐずっ……」
「……泣くなよ、馬鹿」
お前に泣かれると、なんっつーかどうしようもなく申し訳ねぇ気持ちになんだよ。辞めろ。
「……な、泣いてなんて」
「鼻声が隠しきれてねぇんだよ。まぁ来ちまったもんはしゃあねぇ。暫く落ち着いてから、メティアーナに帰るこった」
本心から言えば、明日にでも突き返したいところだ。だが、泣いてるこいつに対して、「んじゃ、明日帰れ」、なんて言う度胸は俺にもねぇ。
「……ゲルグは……。私達を見限ったのですか?」
ミリアが顔を俯かせたままアホなことを言い始める。
はぁ? なんでそんな話になる。見限ったとか、そういうんじゃねぇだろ。
逆だよ。
俺が見限ったのは、お前らにじゃねぇ。俺自身にだ。
「……そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ! どうして!」
「どうしてもこうしてもねぇよ。俺の役目は終わったんだ。お前にも分かんだろ?」
「分かりません! 分かりませんよ!」
俯かせていた顔を上げて、ミリアが俺を睨みつける。あーあー。塩っぱそうな涙をボロボロ流しちゃって。べっぴんが台無しだぞ。
「守ってくれる……って、言ったじゃないですか……」
言ったな。言ったよ。俺だってよーく覚えてる。あのときゃ本心だったよ。今でも守ってやりてぇ、なんて思ってる自分もいる。だが、駄目だ。
俺はお前らの目指すものに対して絶対的な弱点になる。足手纏いはまっぴらごめんなんだよ。んなこと、言えたもんじゃねぇがな。
そんなこと言ってみろ? ミリアだけじゃねぇ。他の連中もだ。「私達が守るから大丈夫」、なんて言い始めるに決まってる。だがな、俺みたいなおっさんが若い連中に守られるって、そんなことがあっていいはずがねぇだろ。
その帰結はなんだ? 俺を守って誰かが死ぬ。
現にアスナがそうなりかけた。厳然たる事実だ。
これ以上、俺のせいで誰かが傷ついていくのはうんざりなんだよ。
だから俺は言う。敢えて突き放したような声色を心がけて。
「メティア聖公国までの期間限定だ。それ以上でも、以下でもねぇ」
ミリアの瞳が絶望したような、失望したような、そんな色に染まる。それで良い。俺に失望しろ。絶望しろ。俺はただの小悪党だ。世界を救う? 守る? そんなタマじゃねぇし、ガラじゃねぇんだよ。
だから、お前さんは、気にせず先に進め。
「お前さんも、アスナも、エリナも、キースもだ。子守はもう沢山なんだよ。端的に面倒くせぇ。俺の手に負える問題じゃねぇんだ。勝手に魔王討伐でもやってろ。俺は一抜けしたんだよ。さっさと忘れるんだな」
座っていたミリアの身体が弛緩する。顔色を青くして、涙は次から次へと頬を伝う。信じられないものを見た、聞いた、そんな顔だ。
片手に持っていたグラスがするりと零れ落ちて、床に転がった。グラスの中の安酒が溢れて、絨毯に染みを作っていく様が視界の端に映った。
「うざってぇんだよ。何かって言えば、俺に頼りやがって。言ってやろうか。心底面倒だったよ。なんで俺がこんなことしてんのかなんて、数え切れない程考えた。良い迷惑だよ。ハナっから、お前さん達なんて見捨てりゃ良かったよ」
勢いに任せて、口から有る事無い事出てくる。こういう時、小悪党ってのは便利だよな。元々悪人だから、変に悪ぶる必要もねぇ。
「今……」
「あん?」
「……そうですか……分かりました……。宿に帰ります」
「おぉ。帰れ帰れ。二度とその面見せんな」
よたよた、とミリアが立ち上がって、ふらふらと歩き出す。扉をゆっくりと開けて、そんでもって、部屋を出ていく。最後にこちらをちらりと振り返ってからだ。その顔が、表情が、親に見捨てられたガキみてぇな、そんな様子で胸の当たりがきゅっと痛くなった。
バタン、と扉が閉まった。行っちまった、か。
「……これで良かっただろ? なぁ」
ミリアの最後の表情が焼き付いて離れない。
嘘つき、なんて罵られたら、なんぼか楽だったろう。怒り狂って、ビンタの一つでもお見舞いされりゃ、どんだけ気が軽くなっただろうか。
だが、あいつはそんなことしなかった。ただただ、打ちのめされた。そんな顔で出ていった。
アスナならどんな顔したかな。エリナは、「馬鹿言ってんじゃないわよ」、なんて言って、魔法をぶち当ててくるんだろうな。
「これで良かったんだよ」
最低最悪な気分だよ。クソッタレが。俺はミリアが落としたグラスを拾って、酒を注ぐ。そこまで強くはねぇ酒だ。並々と注がれたそれを一気に煽る。
強くはねぇとは言え、エールよりゃ度数の高い酒。喉が焼ける。みぞおちの当たりが熱い。
もう一杯、グラスに注いで、そんでもってまた一気に飲み干す。
「……これで良かった……んだよな。そうだろ? チェルシー」
お前みたいな死に方をするやつなんて、これ以上必要ねぇ。俺は悪党で、どうしようもねぇおっさんで、ただの一般人で、狡くて、こすくて、大事なモンにいざという時手が届かねぇ大馬鹿野郎だ。
だからお前を死なせちまった。誰のせい? 俺のせいだ。あの時俺がもうちょっとちゃんと警戒しときゃ良かった。
もう、あんな想いは、御免だ。御免なんだよ。
あー、駄目だ。思考がダウナーな方向に行ってやがる。ヤク吸ってバッドトリップしてるわけじゃねぇんだけどな。酒でもバッド入るのか? まぁ、良いや。もう一杯。そう思って酒を注ごうとした時だった。
「チェルシーって誰ですかぁ?」
天井からイズミが顔を出した。絶妙に微妙な空気が部屋に充満する。
なんっつーか、うん。空気読めよ。今、俺がめっちゃ黄昏れて、浸って、そんでもって酒に溺れる感じのワンシーンだったろうがよ。
イズミがぴょんと天井から降りてくる。
「いや~、ゲルグさんが顔に似合わず黄昏れてるのが面白すぎて、見入っちゃいましたよ」
「悪かったな、顔に似合わなくて。一人になりてぇんだ。さっさと失せろ」
「そうはいきませんよ。貴方の監視と保護。それが私の任務です」
「馬鹿。こういう時は、そっと立ち去るのが人情ってやつだろうがよ」
「それもできないです。アナスタシア様に怒られちゃいます。ついさっきまで散々怒られたばかりなので、もう怒られるのはやーです。ゲルグさんどっちが良いですか? 私がニヤニヤしながら天井から様子を見てるのと、こうやって茶化されるのと」
その二択だと、後者一択だよアホ。
「しかし、酷い言い草でしたね。一緒に数ヶ月旅してたとは思えないぐらいの切れ味。えぐりますねぇ。ミリアさんも流石にあそこまで言われたら傷ついたでしょうねぇ。可哀想ですねぇ」
「何が言いてぇ」
今、虫の居所が悪ぃんだ。それ以上アホみたいなこと聞いてると、気がおかしくなりそうだよ。
「いや、ゲルグさんやっぱり間諜向きですよ。心にも無いことをあんなに真に迫って言えるんですから。素養アリです! やりましたね!」
「るせぇよ……」
酒を煽る。そんな俺を見て、イズミが、ふふ、と笑う。
「経験豊富なお姉さんが、慰めてあげましょうか?」
お姉さん? お前さん、俺よりも歳下だろうがよ。
「俺から見りゃ、お前さんもガキだよ」
「私から見ると、童貞も素人童貞も等しく少年ですけどね」
「ぐっ……。じゃあなんだ? お前さんが筆下ろしでもしてくれるっつーのか?」
「うーん、それも良いかな、とちょっと思ったんですけど……。色んな方面から恨みを買いそうなのでやめておきます。お酌ぐらいはしてあげますよ~」
「色んな方面ってなんだよ。まぁ良いや。酌してくれるんだろ?」
空になったグラスを差し出す。にやにや笑いながらもイズミが酒を注いでくれた。俺はそれをまた一気に飲み干す。
「良い飲みっぷりですね」
「飲まねぇとやってらんねぇんだよ」
「ふふ、そういう日もありますよねぇ」
次々と注がれる酒。それを飲み干す俺。そしてそれを微笑ましそうに見るイズミ。その笑顔は今までの演技っぽい表情とは違って、本心からのものだと、なんとなくそう感じた。
「……ゲルグさん。カッコいいと思いますよ?」
「馬鹿言え。ただのしょぼくれたおっさんだよ」
「そうですね。ただのしょぼくれたおっさんです」
「んだと? やんのか?」
「ゲルグさん程度、私にかかれば一捻りですので、やめたほうが良いですよ~。……でも、そうですね。ゲルグさんならもうちょっと冴えたやり方、思いついたんじゃないですか?」
「……あれが精一杯だよ」
俺の言葉に、イズミが笑う。
綺麗な夜だった。どうしようもなく、酔っ払ってしまいたい、そんな綺麗な夜だった。
あー、おっさんが女の子泣かせてる!!
事案だ事案!!
はい、全然冴えないやり方を選択したおっさんのお話でした。
そういうとこだぞ。
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とーっても励みになります。ぴぽいこし!!
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すりおろし土下座を披露しましょうか!?