エピローグ
メティアーナを発って、二週間が経った。この二週間が地獄だったことは言うまでもない。他でもない、イズミのせいだ。それに尽きる。
最初見た時は、キリリとしていい女だと思ったもんだが、すまんな。ありゃ俺の勘違いだ。
素なのか演技なのかは分からねぇが、気の抜ける口調で、どうでも良い自分の自慢話を延々と聞かせられる俺の身にもなれ。しかもその話の八割が嘘だって話だ。もはやどこが本当なのか分からねぇ話をどんな顔して聞けば良いってんだよ。
いや、端的に疲れた。俺はため息を吐きながらヒスパニアの港に架けられたタラップをトボトボと歩く。
「――それでですね、ゲルグさん。聞いてます?――」
もっと地獄なのは、今この瞬間もその地獄が続いているってことだ。辞めてくれ。夢にまでお前さんの話が出てきて魘されてんだぞ。そろそろ開放してくれ。
どでかいため息を吐いて、タラップの向こう側を見る。桟橋に見知った顔を見かけた。
「おい、お前さんの雇い主が居るぞ? 黙らなくていいのか?」
「は? あっ! アナスタシア閣下!」
イズミがピューッと駆けていき、アナスタシアとなにやらヒソヒソ話を始める。。やっと解放されたか。やっと。長かった……。長かったよ、馬鹿野郎。
その様子を眺めながらタラップを渡り終わると、イズミとなにやら話をしていたアナスタシアがこっちを見た。
「ゲルグ様。一ヶ月半ぶりぐらいでしょうか。ご無沙汰しております」
「あぁ。お前さんも、元気そうでなによりだ」
「貴方のこれまでの行動については、イズミを始めとする、諜報部隊から報告を受けています。まずは、長い船旅お疲れ様でした」
あぁ、うん。本当に疲れたよ。アナスタシアの長い髪が海風に揺れた。
「いえ、その。本当にお疲れさまでした。イズミと二週間、疲れました、よね?」
「だったら、この女じゃなくて別の女をつけてくれよ。お前さんの指名だろ?」
「す、すみません。見た目がゲルグ様の好みに合致する女性間諜がイズミだけででして……」
「別に俺の好みとか関係ねぇだろうがよ」
俺の好みのルックスにする意味あったか? 俺あいつになんかポロッと情報とか漏らしたか? っていうか、話せって言われたら普通に話すし、要らねぇだろ。
「いえ、長い船旅ですし、少しでも目の保養をしていただければ、と考えたんですが……逆効果だったようですね……」
「逆効果だったなぁ……」
俺の目は酷く遠いものだったろう。ずーっと、イズミの長話に付き合わされる二週間。本当になんっつーか、地獄だった。
「人選間違えてんぞ?」
「いえ、あの。私直属の間諜は、ちょっと性格に難のある子が多くてですね……」
「男でも良かったんだがな」
「あいにく、男性の間諜は、手が空いている者がいませんで……」
さいですか……。まぁいいや。
「で? アナスタシア。こうやってお前さんが出迎えたってことは、なんか俺に話があるんだろ?」
「えぇ。まずは城までお越しいただけますか?」
「わかった」
俺は、アナスタシアについて、ヒスパニア王城へ向かうのだった。
「アナスタシア様~! ちゃんとゲルグさんを保護してきましたよ! 褒めてくださ~い!」
「イズミ! ゲルグ様疲れ切ってるじゃないの! 褒めるわけないでしょ!」
「え~、そんな~!」
アナスタシアの前でもイズミは変わらねぇ。大物なのかなんなのか。いや、多分大物なんだろうなぁ。
王城へ着いた俺達は、アナスタシアの執務室に真っ直ぐ向かった。ちなみにイズミは自分の部屋に戻るってどっかに消えた。
しかし、なんだ。この冷徹なデキル女のことだから、部屋も酷く殺風景なもんだと思ってたんだが……。
「な、なんですか?」
「いや、意外と乙女なトコもあんだな、と思ってよ」
「か、可愛いものを好きで何かおかしいですか!?」
部屋はぬいぐるみやら、人形やらで一杯の、やたらめったらファンシーな様相だった。いや、予想外も予想外だよ。人は見かけに依らねぇたぁ言うが。アレか? ギャップってやつか? 別にそこになんかしらを感じたりはしねぇけどよ。
「おかしかねぇよ。ちょっと意外だったってそんだけだ」
「……何か含みのある言い方ですね……」
摂政閣下の目が細められる。おぉ、怖ぇ怖ぇ。だから、この女は苦手なんだよ。
「別に他意はねぇよ。んで? 話ってなんだ?」
アナスタシアがこちらをじとりと睨みつけてから、はーっ、と大きくため息を吐く。諦めたように、「とりあえず座ってください」、と言われ、ソファに腰掛ける。ふっかふかだなおい。やべぇ。
「ゲルグ様。アスナ様達からお離れになった理由、改めて貴方の口からお伺いしたいと存じます」
「報告は聞いてんじゃねぇのか?」
「聞いています。ですが、貴方自身の言葉で、しっかりと聞いておきたいのです」
そうかよ。
「俺の目的は果たした。それだけだ」
「本当に?」
「あぁ、そんだけだ」
嘘だ。そんだけじゃねぇ。
取り零しちまうのが嫌だった。二度と自身の手から零れ落ちないように、見守ってやりたかった。だが、取り零す原因が他でもない俺だとしたら? その時は俺は多分、俺を絶対に許せねぇ。
端的に言やぁ、逃げてきたんだよ。なんもかんも、関係ない振りを決め込んで。
だがまぁ。英断だったと思う。今だってそれは変わりねぇ。魔王を殺す? その旅に付いていく? 馬鹿言うな。俺にゃ分不相応だ。
「本心を隠すのがお上手ですね。イズミの報告通り、間諜向き。いっそ、この国で私の下で働くのはいかがですか?」
「馬鹿言え。国やらなんやらに縛られんのはまっぴらごめんだ」
俺は悪党だよ。悪党の敵は公僕だ。こいつはともすれば、俺をしょっぴかねぇとならねぇ立場だろうがよ。
「そう仰ると思っておりました。目的地は?」
「北アルテリア大陸。移民の国、ってとこだな」
「報告通りですね。よく理解いたしました」
また、アナスタシアがどでかいため息を吐く。おいおいなんだよ。そんなため息吐くなよ。幸せが逃げんぞ。ついでにシワが増えんぞ。
「何か今非常に腹立たしいことを思われた気がするのですが」
「気のせいだろ」
女の勘ってのは、馬鹿にできねぇ。
「ともかく、北アルテリアに行くのは許可できません。この国で暮らしてください」
は?
「なんでお前さんの許可が要るんだよ」
チンケな盗人になに言ってやがる。俺がどこに行こうと、どうでも良いだろうがよ。
「良いですか? 貴方はアスナ様達と行動を共にされていました。アスナ様、エリナ様、ミリア様、キース様は、我が国の機密を知っています。それに随伴していた貴方も、勿論、我が国の機密の塊です」
「大層なことは知らねぇけどな」
「それがどこまで本当なのか。アスナ様達に素直に付いていってくだされば、私も余計な口出し、手出しはせずに済んだのですがね。単身で他国、それも『移民の国』に行くとなると話が違って参ります」
他国に行くなってのはわかる。でもよ、移民の国だとなんで話が違うんだよ。
「移民の国は、魔王軍によって世界が疲弊していた頃、唯一急速に成長した国の一つ。はっきり言って危険視しています。そのようなところに、貴方を行かせるわけにはいかないのです」
理屈は納得した。俺はボリボリと頭を掻く。
「そうか。理解した。……クソ食らえ、っつったらどうなる?」
「知ってます? 魚って人間も食べるんですよ?」
そんな笑顔で言うことかよ。おっかねぇ。
いや、勝てる気がしねぇよ、この女には。俺が「クソ食らえ」、なんざ本気で言った瞬間、恐らく次の日には魚の餌になってることは容易に予想できる。
「わーった。わーったよ。移民の国には行かねぇ。この国で大人しくしてる。それで良いか?」
「理解いただけてなによりです」
笑顔が怖ぇんだよ。ったく。なんで俺の周りには、一癖も二癖もある女が集まってくるのやら。唯一の常識人だと思ってたミリアも最近怖かったしなぁ。なんなんだ、ったく。
「で? 俺はどうすれば良い? この国で盗人でもやれば良いのか?」
「それも許しません。暫くの衣食住は約束致します。ですが、永久とはいきません。まともな職を探してください」
馬鹿言うなよ。今更、まともな人生なんて歩めるかよ。長ぇこと悪党やってきたんだぞ? お天道様と向き合う覚悟なんざできてねぇし、する気もさらさらねぇよ。
「身の振り方を考えることですね。申し訳ございませんが、暫く監視を付けさせていただきます。部屋はこの城の客室をご利用ください」
「……飼い殺し、ってやつか?」
「まさか」
そう言ってアナスタシアがニッコリと笑った。
「貴方のような方を飼い殺しにするほど、私は優しくありませんよ」
おっかねぇ女との問答も終わって、充てがわれた客室まで侍従に案内された。いや、肝を冷やした。別に命のやり取りをしたわけじゃねぇが、久々に話してただけで死ぬかと思ったよ。
しかし、この城の客室は豪華だなぁ。
煙草を取り出して火を付ける。
「ふーっ……」
移民の国に行って、最後にアスナのお袋さんの無事を確かめて、そんでもってまた気ままな盗人稼業に生きようと思ってたんだがな。当てが外れやがった。
この国から出るのは無理だろうな。なにしろ、イズミがいる。あいつは俺の対生物センサーが効かねぇ。気配を完全に絶ってやがる。あいつにかかりゃ、俺なんてお茶の子さいさいだ。赤子の手を捻るように殺されるだろうよ。
イズミがあの練度ってことは、この国の他の間諜も多少の優劣はあれどそれだけの練度だってことだ。末恐ろしいな。
しかし、身の振り方、ねぇ。どうするかねぇ。ババァを呼び出しゃ、なんか考えてくれるかもしれねぇが、あいにくと笛はアスナが持ちっぱなしだ。連絡を取る手段がねぇ。
まぁ、でも、この国でまともに生きてくってのも悪かねぇのかもしれねぇなぁ。
農家……は駄目だな。しんどい。性に合わねぇ。商売人、ってのも、うん。性に合わねぇな。何を売りゃいいんだ、何を。
あー、盗み以外に生計を立てる方法が見つからねぇ。
でも、若干だが、盗みを生業にするってことに、なんとなく疑問を抱き始めているのも事実だ。いや、盗み自体は俺の身体に染み付いちまってる。それは変わらねぇ。
だが、お天道様に顔向けできないとしてもよ。アスナに、ミリアに、エリナに、キースに顔向けできねぇことはしたくねぇ。そんな思いがちょっとばかしあるのも事実だ。
「チェルシー。俺はどうするべきなんだろうな……」
ボソリと呟く。当然ながらそれに応えるやつはいない。問いかけた相手はもうとっくに死んでる。あの時取り零したもの。それこそがあいつだ。
「チェルシーって誰ですかぁ?」
「うわっ!」
突如天井がぱかっと空いて、イズミがぶらーんと現れた。し、心臓に悪ぃ。
「いたのかよ……。んでもって盗み聞きかよ。趣味悪いな」
「すみませんねぇ。お仕事なんで」
「これが仕事とか、お前さんも苦労するんだな」
「いえいえ~。ゲルグさんの黄昏れた顔とか、なんか意味深な台詞とか、聞いてて面白から、別に苦労とかはないですよ」
おい、やめろ。
「『チェルシー。俺はどうするべきなんだろうな……』、なんて、あんまりにもゲルグさんに似合わない意味深な台詞でしたねぇ。私、心のアルバムに保存しておきました」
だから、やめろ。人の黒歴史を大事そうに心のメモリアルにするんじゃねぇ。
「煙草吸いながら、ベッドに腰掛けて、なんか切なげな表情を浮かべて。なんですか? 浸ってるんですか? センチメンタルですか? ジャーニーですか?」
「お前さん、それ素でやってんのか? 演技なのか?」
「え~? どっちだと思います?」
あぁ、やめだやめ。なんかこいつの相手してたらどうでも良くなってきた。黒歴史も増えたしな。うるせぇよ。人に聞かれてると思ってなかったんだよ。ちゃんと、センサー発動させて、周りに人がいないのを確認したんだからな。
「っだー! おい、イズミ! 酒だ! 飲みに行くぞ!」
「え? マジですか? ごちそうさまです!」
「ナチュラルに奢られる前提で話を進めてるんじゃねぇよ」
「えー? 奢ってくれないんですか? タダ酒飲んだら、酔っ払ってアハンなことしてあげるかもですよ~」
見た目だけが良いのが本当に癪に障る。アハンなことか。ちょっと想像しちまったじゃねぇか。馬鹿。
「お前さんとそんな風になるのなんて、ぞっとしねぇよ」
「あー、言いましたね? くノ一の技、見せてあげてもいいんですよ?」
「クノイチ、ってのがなんなのかは知らねぇが、なんとなく想像できたよ。要らねぇ。要らねぇから」
「むー」
まぁ、良いや。今日ぐらいは奢ってやっても。とにかく酒だ。飲みたい気分なんだ。メティアーナではあんま飲んでなかったからな。久々にベロベロに酔いてぇ。
「行くぞ」
「あいさー」
俺はゲルグ。チンケな小悪党だ。勇者サマを拾って、そんでもってその御一行を無事目的地まで送り届けて。そんでまた、チンケな人間に戻ろうとしてる。ただの一般人のおっさんだ。
もう、あいつらに会うこともねぇだろう。そもそもが住む世界が違ったんだ。んなこた分かってる。
だから、ちょっとばかし無事を祈るぐらいは許してくれんだろ。そうに決まってらぁ。なぁ、俺を気に入ってるとかいう精霊メティアサマよ。
俺はイズミを連れ出して、夜の街へ繰り出すのだった。
おっさんがドロップアウトしました。
勝ったッ! 国際手配の勇者サマ完!!
最終回じゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ。
いや、もうちっとだけじゃないです。
構想通りに進めば、まだ折り返し地点へも達してません……。
次話から二話ほど、キース視点の閑話を挟んで、第四部は終了となります。
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とーっても励みになります。プラウドオブユアセルフ!!(ネタ切れ)
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とにかく死にます!!!