第十六話:貴様の穴を埋める、ため……か
アスナが死の精霊と契約を果たしてから三日経った。色々あったもんで、フランチェスカの好意に甘えてダラダラとしていたもんだが、俺だけ唐突にフランチェスカに呼び出された。
俺を部屋まで呼びに来た神官が、フランチェスカの居室のドアをノックする。部屋の中から、声はガキだが響きは大人、そんなアンバランスな、「どうぞ」、なんて声が聞こえた。
「入るぞ」
神官に少しばかり目配せをしてから、フランチェスカの部屋に入る。フランチェスカはいつも通りなのか、せっせと書類仕事をしていた。トップがこんだけ忙しいって、この国どうなってやがんだ? トップっちゅーのは、もっとふんぞり返ってるもんだと思ってたんだがな。
フランチェスカが書類から顔を上げて、ニコリと微笑む。
「ゲルグ様。急な呼び出しにも関わらず、お越しいただきまして、ありがとうございます。あ、座ってください」
なんっつーか、あれだな。最初に会った時の笑顔とはまるで違う。「貴方に会えて嬉しいです」、みたいな感情を全面に押し出した笑顔だ。こんな短期間で、よくもまぁこうも懐かれたもんだ、とも思いはする。
言われた通りに、来客用のものなのだろうソファにドスンと座り込む。
「前置きは良い。なんだ、用って?」
「ちょっと世間話とご提案をしたくて」
「世間話とご提案?」
「はい。あ、お茶淹れますね」
フランチェスカが立ち上がって、せっせか茶の用意をし始める。フィリップもそうだったが、なんで国のトップに立つガキってのは、人を顎で使うってことをしねぇんだろうな。不思議だ。あ、そういや、なんやかんやですっかり存在を忘れていたが、フィリップは何してるんだろうな。
「そういや、フィリップは? あいつ、しばらく顔見てねぇが、何してやがったんだ?」
「フィリップ三世は、メティア聖公国とヒスパーナ辺境国との新たな種々の条約を締結するのに奔走していらっしゃいましたよ。アリスタードが攻めてきた時は流石に、お部屋で大人しくしていただいていましたが。今は、そうですね。アスナ様とエリナ様を説得しているんじゃないでしょうか?」
「説得?」
「はい、『どうしても、アスナ様達の旅に付いていきたい』、とかで」
あぁ。あいつはアスナ大好きだもんな。求婚するとか抜かしてやがったからなぁ。是が非でも付いていきたいところだろう。精々頑張れとは思う。
そこから先はしばらく無言の時間が続いた。フランチェスカの茶の準備をする音だけが部屋の中に静かに響く。
ってか、この部屋、よく見りゃいくつも絵が飾ってあんな。この間入った時はどうでも良すぎて気づかなかった。芸術なんてものにはさっぱり造詣がねぇが、なんとなく高い絵なんだろう、ということは察しが付く。
ぼけっと絵を見ていると、フランチェスカが淹れたての茶を持ってきた。
「どうぞ」
「ん、おぉ。悪いな」
「いえ。何をご覧になってたので?」
「あぁ、お前さんの部屋、なんかやたらと絵が飾ってあんな、と思ってよ」
「あ、これはですね。歴代の教皇が描いた精霊メティアの絵です」
精霊メティアの絵なんか。どれもこれも全然別のモンを描いてるように見えるがな。
「教皇、というのは、実を言うとそんなに大仰な立場ではないんです。ただの取りまとめ役でしかありません。神聖魔法に対する適性が無かった方もいらっしゃったそうです。勿論、精霊メティアの姿どころか、他の精霊の姿を見た方もほとんどいなかったとか」
私もそうですし、と困ったように笑いながら、自分用に淹れた紅茶を音を立てずに飲む。
「神聖魔法に対する適性であれば、私よりもミリアの方が高いのですよ」
まぁ、そりゃそうだろう。ミリアだって腐っても、魔王討伐を果たしたパーティーの一人だ。並大抵の努力がなけりゃ、アスナ達の旅に付いていくことなんてできなかっただろう。
「そういや、裏切りモン共の始末はどうなった? 頭の痛ぇ問題だろ?」
「あぁ、彼らですね。枢機卿の任を解きました」
「ん? ひでぇ寛大な措置に聞こえるが気のせいか?」
「とんでもないです。枢機卿という立場の人間が、その任を剥奪される。それはもう、この国からの追放と同義です。この国のほとんどがメティア教の信者ですから」
ん? そうなんか?
「端的に申し上げると、大通りで石を投げられますね」
「そりゃこえぇな」
「皆様、すぐにこの国を出ていかれましたよ」
なるほどねぇ。末恐ろしいガキだって思ってた俺の最初の直感は、ちょっとばかし正しかったわけだ。処刑するわけでもねぇ。ただ、その職務を剥奪しただけ。それだけで、この国にいられなくする。実に頭の良いやり方だよ。全く。
「と、なると。人材不足ってのが、さしあたっての問題か?」
「……ゲルグ様は聡明ですね」
「馬鹿言え。アリスタードの悪党界隈でも似たようなことがあったってそれだけだ」
「そうですか。いえ、今日お呼び立てしたのは、他でもないそのことなんです」
他でもないそのこと? なんだ、俺をこの国のお偉いさんにしようとか考えてねぇだろうな。
「貴方は……。アスナ様達と距離を置こうと、そうお考えです、よね?」
バレてたか。叡智の加護ってのは、っとーに厭らしい能力だよ。全く。
「いつから気づいてた? ってのは愚問だな。最初から、か」
「……えぇ」
「そのつもりだ。潮時だ。おっさんがドロップアウトするにゃ丁度よい塩梅なんだよ」
「そのお気持ちが覆らないのは、もはや理解しています」
そこも分かってるか。
「んで? それがどうした?」
「この国に留まっていただきたいのです。精霊に愛されている貴方は、メティア教としても非常に有意義な存在です。勿論、衣食住、全てを保証し、メティア聖公国の名の下に保護させていただくことを約束いたします」
そりゃ、破格な待遇だ。それに、ここにいりゃ、アスナ達の動向なんかも入ってくる。願ったりかなったりではある。
「メティアーナに留まり、どうか我々に。いえ、私に力を貸していただけないでしょうか? 精霊に愛されていることだけではなく、貴方のその聡明な頭脳も貸してほしいのです」
そこまで過大評価されると舞い上がるだろうがよ。こちとらチンケな小悪党だぞ? それがなんでこんな大層な評価を受けてやがる? 男冥利に尽きるってやつだよ、ったく。
だがな。
「お断りだ。すまねぇな」
「……そう、ですよね。そういう答えが返ってくることも識っていました」
「なら、なんで聞いたんだよ」
「ダメ元です」
フランチェスカが少しばかり悲しそうに笑う。バーカ。なんでそんな悲しそうな顔するんだよ。
「勿論、貴方の存在が貴重で、この国にとって非常に有意義なものであるということもあります」
ガキが少しばかり目を伏せる。
「ですが、それ以上に、ここで、貴方を手放してしまうと、どこかへ消えていってしまいそうで……。言わずにはいられなかったのです」
「馬鹿。俺は元々根無し草だ。『消えていってしまいそう』、ってな、俺の生き方そのものだよ」
「……そう、ですか……」
「話はそれだけか?」
フランチェスカが淹れてくれた茶を煽る。話は終いだ。
「これから、どうされるのですか?」
「北アルテリアに行く。その前にヒスパーナだな。都合良く、金はここまでの旅で魔物ぶっ殺して結構貯まってる。船で行くさ」
ソファから立ち上がって、踵を返す。フランチェスカが手を伸ばしかけてやめたのが視界の端に映った。
「じゃあな。フランチェスカ。達者でな」
「げ、ゲルグ様!」
「あん?」
ちらりと振り返る。
「そ、その。貴方のこれまでがどうだったか等はどうでも良いんです。それでも、忘れないで、忘れないでください。私は、貴方を好ましく思っています」
ガキに好かれんのは苦手なんだよ。馬鹿。色んなモンを思い出すから辞めろ。それと、お前さんみたいな末恐ろしいガキはお断りだよ。
「バーカ。その言葉は、いつか来る超絶かっこいいイケメン旦那様にとっておけ」
俺を見つめる瞳が、潤む。
「ゲルグ様も……」
「あん?」
「ゲルグ様も、素敵、ですよ?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。俺はロリコンじゃねぇんだよ」
そう吐き捨てて、俺はフランチェスカの居室を後にした。扉の奥から聞こえてくるすすり泣く声は聞こえない振りをして。
フランチェスカの部屋を出て、だらだら歩いていると、廊下から中庭でメティアーナの僧兵と一緒に剣を振るうキースが目に入った。何やってんだ? あいつ。
「そうではない! こう! こうだ!」
「こう、ですか?」
「うむ。少しばかり違う。こう! ビュン、ズドン! という感じだ!」
「ビュン、ズドン……?」
「そうだ! ビュン、ズドン! だ!」
あぁ、メティアーナの兵どもに剣を教えてやがんのか。全然教えてる風に見えなかったもんで、よくわからなかったわ。
しかし、流石脳筋。教えるのが下手くそだな。「ビュン、ズドン」ってなんだよ、馬鹿。
やれやれ、と肩を竦めて、俺は廊下から中庭に飛び降りる。二階から中庭程度なら風の加護を使うまでもねぇ。身の軽さに定評のあるおっさんにゃ朝飯前だ。
「ん? ゲルグか」
「見てたぞ、馬鹿。それじゃ、全然わかんねぇだろ」
「ぬ……。ならば貴様なら、どうする?」
そうだなぁ。俺なら、か。俺は兵の中の一人を見遣る。いっちゃん若そうな奴だ。
「おい。お前」
「は、はい!」
「まだ若いな。何歳だ?」
「じゅ、十八歳であります!」
十八歳ね。可愛いもんだ。
「十八歳か。見えねぇなぁ。アリスタードの悪党の方がまだ貫禄があったもんだ。お前の面、十四歳かそこらにしかみえねぇぞ」
いきなり不躾になじられて、兄ちゃんの顔に朱がさす。
「お袋さんも不安だろうな。こんなガキが兵士なんざできんのかってよ。いや、てめぇみてぇな、なまっちょろいヤツがいなくなってせいせいしてるかもな、ひょっとしたら。口減らしにもなるしな。今頃喜んでんじゃねぇのか? どうだ? 当たりか?」
家族までを侮辱されて、その身体がわなわなと震えだす。
「どうせ、兵士になる前も、いつまでもママのおっぱいを吸ってやがったんだろ? じゃねぇと、そんな面の十八歳なんて中々お目にかからねぇよ。もしかして、てめぇのママもそれで喜んでたか? なら変態だな。納得だ。ってこたぁ、てめぇも変態だな。母親に欲情するとか、特殊性癖すぎんだろ。親子ともどもいっぺん死んだ方が良くねぇか?」
おうおう、顔を真っ赤にしちゃって。若いっていいなぁ。からかい甲斐がありすぎる。こんなちょっとした挑発にすぐに乗ってくれるって素直で本当に助かるよ。
「わ、私も母も敬虔なメティア教徒! 貴様にそのような侮辱を受ける謂れはない!」
はちきれんばかりの怒りに任せて兄ちゃんが剣を振り上げる。人間ってのは本当に楽ちんだよ。俺はその剣閃を、危なげもなく避ける。んでもって、カバンからナイフを取り出して、首元へ突きつけた。
ついでに、振り下ろした剣を握りしめた手。その手首を思っクソ蹴り上げる。その衝撃に兄ちゃんが思わず剣を取り落とす。
ほれ、これでワンキルだ。あっけねぇ。
「はい、お前さん、これで死んだぞ」
「へ? は? え?」
兄ちゃんが目を白黒させる。びっくりしたか? びっくりしたろ。ちょっとばかし鼻高々ではある。小悪党でも人間相手で、一対一ならどうとでもなるんだよ。
「っと、こんな風に、人間ってのは、頭に血が昇ったり、興奮させたりすると、動きが単調になる。戦場となりゃ冷静に考えられる人間も数少ねぇ。そこまで力量の高くねぇ連中が相手なら、ちょろっと挑発してやりゃこんなもんだ。悪かったな。心にもないこと言ってよ」
今までの罵倒が演技だってことに、今更ながら気づいたのか、兄ちゃんがその怒りを引っ込めて、なにやら感動したような顔をしだす。辞めろ、その顔は。そんな顔を向けるんじゃねぇ。こっ恥ずかしい。
「え? あの、その、あ、ありがとうございます!」
「大層なこたしてねぇよ。そうだな、人間がどういうふうに考えて、どういうふうに行動するのかってのを、ちょっとばかし考えてみろ。この戦い方は魔物にゃ無力だがな」
パチパチ、と拍手の音が聞こえた。振り返ると、脳筋が感心しっぱなし、みてぇな顔を俺に向けていた。
「貴様、悪党と侮ってはいたが、中々どうして戦い慣れているな」
「人間相手ならな。悪党は悪党らしく、真正面から戦わねぇってそんだけだよ。さっきも言ったが魔物にゃ無力だ」
「確かに、魔物相手だと急所も違う。人間と行動原理も違う。なるほどな」
ナイフをカバンにしまって、兵どもに視線を移す。
「別にこういう戦い方をできるようになれなんざ言わねぇ。こういう戦い方をする、クソッタレも居るってことを忘れるな。人間を相手にする時は常に冷静でいろ」
「あ、ありがとうございます!」
声を張り上げて叫ぶな。うるせぇよ。これだから、兵士とかそういう気質のヤツは困る。端的にウマが合わねぇ。
「おい、脳筋」
「ん? なんだ」
「こういう悪どい手段。お前も、もうちょい勉強しとけ」
「……そうだな……。貴様の穴を埋める、ため……か」
皆まで言うんじゃねぇよ。辛気臭ぇ。まぁ、いいか。
「よく分かってんじゃねぇか」
俺は手をひらひらさせながらその場を後にした。
おっさんが生意気に、ロリ教皇様にもフラグ立ててます。
そういうとこだぞ。
おっさんは人間相手なら、それなりに戦えます。
飽くまでそれなりに、っていうのがおっさんらしいですが。
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とーっても励みになります。ヘイブラザー!!
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GWはダラダラして死にます!!