第十四話:ゲルグ、それはこちらの台詞だ。悪くなかった。あぁ、悪くなかったとも
もうヘマはこかねぇ。俺は目の前のクソイケメンに集中する。後ろにはキースもいる。俺のやることは一つだけだ。ただただ、奴さんを挑発して、頭に血を昇らせて、エリナが攻撃できる隙を作る。
「おいおい、騎士団長サマよ」
ニヤリと笑う。奴さんは、剣を振りかざしてこちらの出方を見ているようだ。俺がそんな大層な力を持ってると思うか? 馬鹿だな。
「貴様。先程の男と同じ人間か?」
「あん? 後にも先にも、俺は」
そうだよ。俺は、俺様は……。
「俺様は大泥棒、ゲルグ様だよ。よーく覚えとけ」
風の加護を全開にして間合いを詰める。奴さんの目が鋭さを増し、その剣が振り下ろされる。やべぇスピードだ。そこそこ動体視力には自信があるもんだがな。全然見えやしねぇ。
だが、真っ直ぐ突っ込んで、そこに振り下ろされる剣閃。見切るのはそんな難しくねぇ。あぁ、なんだ。何だって今更になってこんな簡単なことに気づきやがるんだろうな。今ならなんだってできる気がする。
「くっ! 何故避けられる!?」
そりゃな、小悪党が必死で自分の身を守るために蓄えた技術だって、そんだけだよ。
「なぁ、どんな気分だ? さんざっぱら下に見てた俺みたいな悪党に、圧倒的優位な状況から、今ひっくり返されそうになってるって、どんな気分なんだ? なぁ、教えてくれよ。騎士団長サマよ」
「そ、そんな安い挑発に!」
「いや、挑発とかじゃねぇよ。どんな気分なんだ?」
教えてくれよ。アスナを突き刺したとき、どんな気持ちだったんだ?
俺の悲鳴を聞いた時、それを聞いて笑ってた時、どんな気持ちだったんだよ。
そんで、今形勢逆転されそうになってるって。
「どんな気持ちだ? 教えてくれよ。俺ぁ、馬鹿だから分かんねぇんだよなぁ」
「貴様ぁぁぁ!」
人間ってのは、本当に楽だ。特にこんなプライドが服着て歩いてるような奴はな。ウチの脳筋のほうがまだ御し甲斐がありそうだよ。
ほら、簡単に攻撃が単調になる。みーんなそうだ。俺を小悪党だなんだって馬鹿にしてる連中はみーんなそうなんだよ。
圧倒的強者こそ操りやすい。
「ほれほれ、さっきから一生懸命その棒っきれ振り回してるけど、全然当たんねぇじゃねぇか? 騎士団長ってのも大したことねぇんだなぁ」
「そのような! 挑発に! 私が!」
バーカ、俺を相手にしてる時点で、俺の挑発に乗っちゃってるんだよ。
それでも、やっぱ騎士団長だけあるわ。それに、日蝕の呪詛。俺にもしっかりと効力を発揮しているようだな。悪党だと思ってたんだがな。正義なんてもんを信じちゃう日が来るとは思わなかったよ。
正義ってなんだ? 肥溜めみてぇなもんだと思ってるよ。
んなクソッタレなもんが本当にあったなら、チェルシーは死ななかった。そうじゃねぇのか?
でも、そんな俺も混沌の神とやらからすると、正義を信奉してる人間の一人らしい。笑える。クソ笑える。いや……笑えねぇよ。
「日蝕の呪詛は発動している! 何故斬れない!?」
「教えてやろうか?」
こんな簡単なこともわかんねぇったぁ、騎士団長サマも耄碌してんだなぁ。俺と同じぐらいか? 耄碌するにゃ早すぎんだろ。馬鹿。
「噛ませ役ってのはな、なんだかんだやらかしはするがな」
うん。そういうことだ。
「結局はやられっちまうんだよ」
避ける。躱す。いなす。軌道を逸らす。ナイフが少しばかり刃こぼれしないか気になるが、んなこと気にしてる場合だ。
おっと、避けきれない攻撃が来やがった。流石騎士団長。だが、俺一人を相手にしてると思ったら大間違いだ。
キィ……ン、と張り詰めた音が空気を震わせる。俺の前に躍り出たキースが、ガウォールの剣を受け止めた音だ。
「キース! 貴様ぁ!」
「ガウォール様……、いや、ガウォール! 俺の後ろに進めると思うな!」
脳筋とここまで息ぴったりってのも、なんか気持ち悪くもあるが、好都合だ。キースと奴が鍔迫り合いする形になる。流石に力押しとなりゃ、日蝕の呪詛がある分、キースの分が悪いらしい。徐々に押され始める。
「くっ……」
そのための俺だ。素早く奴さんの後ろに回って鎧の隙間から、ナイフを突き刺す。ガウォールが舌打ちをした。
イライラすんだろ? 鬱陶しいだろ? キースに集中しようとすれば、藪蚊みたいに俺がチクチクと攻撃してくる。どうだ? どんな気持ちだ?
「このッッ!」
ガウォールがキースの剣を弾き返し、剣をぶん回す。あれか、キースと俺を一度に始末しようって腹だな。
腹に切り傷が一筋。ついでにその剣閃はキースの鎧もバターのように切り裂き、脳筋が小さくうめき声を上げる。
だが、もう遅ぇよ。ほら。ちんたらしてっから、エリナが魔法を完成させちまっただろうがよ。
「ゲルグ! キース! アンタ達、後で褒めてあげるわ! いい感じに避けなさい!」
雷雲がいつの間にやら俺達の真上にできていた。雷の魔法か。
「雷槌!」
どでかい雷が、ガウォール目掛けて落ちる。低く重い音が身体の芯まで震わせ、その威力を裏付けするように土煙が上がる。思わず身震いをした。ってか、死ぬだろ。ここまでやったら。
「そんなキンピカな金属で出来た鎧! 雷を食らったら中の人間は丸焦げよ!」
おぉ、怖ぇ。こいつ、イカの化け物をぶっ殺したときもこれと同じ魔法使ってやがったな。だが、なんだ。怒りで威力が二倍ぐらいになってやがる。こわっ。
「お、おい。エリナ……。死ぬだろ、これ」
「馬鹿ね。これぐらいじゃ死なないわよ。多分ね。ほら」
もうもうと立ち上っていた土煙が落ち着きを見せる。少し煤けてはいたが、ガウォールは立っていた。いや、こっちも化け物かよ。
「でも、もう戦えはしないでしょ。アタシの全力全開を直撃させたのよ?」
「お前の全力全開がどんだけ怖ぇかってのが、よく分かったよ」
絶対、こいつを怒らせるのは辞めておこう。何度思ったか分からねぇが、改めて再認識する。
ゆっくりと、ガウォールが膝をつく。エリナの言う通り、もう再起不能っぽいな。
ついでに、俺が作った風の防壁も消え去ったようだ。後ろの方でびゅうびゅう言ってた音が聞こえなくなった。
「そうだ、アスナは!」
後ろを振り返る。フランチェスカがアスナに膝枕をしていた。アスナがぽけーっとした目でこっちを見る。胸をなでおろす。なんだ。寝ぼけてやがんのか?
「無事です……」
小さな教皇サマが安心したように笑う。エリナがアスナの元に駆け寄る。キースが少しばかり痛みに顔をしかめながらも満足気に笑う。
そうか。今度は取り零さなかったのか。
「……え、っと……」
半分泣きながらアスナに抱きつくエリナを見て、キースを見て、そんで俺を見て、アスナが気の抜けた声を出す。
一件落着、ってことか。後は、この平原にうじゃうじゃいるアリスタードの兵士どもを何とかしねぇとな。
「ん。エリナ、ごめん。離して」
「あ、ごめんなさい、アスナ! まだ痛かった?」
「ううん。そうじゃない」
そう言ってアスナがエリナをゆっくりと引き剥がして、立ち上がる。ふらふらと俺の下まで歩いてきた。そんで俺のところまできて、俺の身体をペタペタと触り始めた。
「何やってる?」
「……お腹、切り傷。他にもかすり傷、一杯」
「馬鹿、お前が死ぬとこだったんだよ。心配させんな」
そう言って一睨みする。その言葉にアスナが頬を膨らませた。
「こっちの台詞。ゲルグ死んじゃったかと思った」
「そうだよ。お前、いきなり俺の前に出てくるんじゃねぇ! 馬鹿! お前が俺をかばって何の意味があるんだよ!」
「意味とか、考えてなかった」
「考えろ、馬鹿」
「そうよ! アスナ! このクソ小悪党のおっさんなんてどうなったっていいんだからね!」
おい、エリナ。お前は黙ってろよ。あと何度も言うが、流れるようにクソをつけるんじゃねぇ。
「それにコイツ、さっきなんて言ったと思う? 自分のこと」
「っだー! 辞めろ! 言うな! ハイになってたんだよ!」
「『大泥棒』だってぇ。笑えるわよね」
言うなつってんだろうがよ。
「ん。大泥棒……。泥棒、悪いこと。やめよ?」
「もう、盗みなんざしてねぇよ」
んなことしたら、目の敵にしてくるやつが周りに多すぎんだよ、馬鹿。
まぁいいや。後始末だ。
「エリナ。拡声魔法」
「はいはい」
エリナが詠唱する。俺の声が平原全部に響き渡るほどになっているはずだ。
「あー、テステス」
ほら、滅茶苦茶でけぇ。
「えー、てめぇらの指揮官、騎士団長のガウォールとかいうクソイケメンは、俺達がやっつけました。まだ戦う気のある連中は、勇者サマが相手になります。精々死ぬ気でかかってきやがれください」
「なんか締まらないわね……」
うるせぇよ、エリナ。いちいちつまらねぇこと言うんじゃねぇ。
兵士どもが次々と武器を捨て始める。後始末終了、ってか?
「ぐっ……貴様ら……。まだ私は終わっていない……」
そんな俺達の気分に水を差す声が響いた。エリナの言うとおりだ、死んでなかったな。さて、こいつ。どうすっかねぇ。
チェルシーを殺した悪党連中は皆殺しにした。ババァと一緒にな。
じゃあ、こいつはどうする? 例外はねぇ。俺の大事なモンに傷つけた奴は例外なく殺す。小悪党の矜持の裏の裏ってやつだ。
俺はナイフを手にとってガウォールにゆっくりと歩み寄る。だが、背中からかけられた声がその動きを止めた
「待って」
「あん? アスナ。どうする気だ?」
「ゲルグは休んでて」
ちらりと俺を見たその瞳。もう苦手とかは思わねぇ。理由がはっきりしたからだ。
そして、その目に滲ませた決意。それを推し量って俺は押し黙った。
アスナがゆっくりと騎士団長サマの近くまで歩いて行く。背負った剣に右手をかけて。
「ガウォール……」
「アスナ・グレンバッハーグ……。殺すか? 私を」
「ん。今日は良い。見逃す。でも……」
アスナの顔は俺からは見えねぇ。だが、どんな顔をしてるのかはちょっとばかし想像がついた。イケメンの顔がこれ以上ないくらいに恐怖に染まったからだ。
「――次は無い」
「ひっ……」
アスナから発せられる気配。俺だっていくらでも感じてきた。殺意とかいうやつだ。あぁ、ここに来てあいつはまた成長したんだな。
死の精霊の試練の攻略方法はなんだったか? 殺意を理解し、コントロールする。それをあいつは今やってのけた。仮にも魔王をぶち殺した勇者の殺気だ。呪詛なんて大層なもんを受けた奴さんだって、それに当てられりゃ、怖がりもするだろう。
なんたって、周りにいる俺達だってそれに当てられてんだからな。エリナが目を白黒させている。フランチェスカが驚いたような顔で見る。キースがポカンと口を開けている。どいつもこいつも信じれないようなモノを見たような目でアスナを凝視していた。
「……くっ!」
騎士団長サマがなにやら詠唱をして、魔法を完成させた。こりゃあれだ、転移魔法だ。逃げた、か。眩い光と一緒にその姿が掻き消える。
アスナがこっちを振り向く。その顔はいつもの勇者の顔だった。
「ん。おしまい」
「アスナ……。一体……」
エリナが呆然としながらも、震えた声を出す。
「ん。ちょっと脅かしただけ」
脅かすためにあんだけの殺意を出せるのは素直にすげぇよ。殺意ってやつをきっちりコントロールしてやがる。それが勇者なのかって言ったら、勇者じゃねぇのかもしれねぇがな。
「おい、キース」
エリナがアスナを心配そうに見て、アスナがそれに少しばかり笑って返す。そんな光景を少しばかり離れて見ながら俺は脳筋に声をかけた。
「……なんだ? 悪党」
「ははっ。悪党呼ばわりか。うん。それが良い。即席だったが、お前とのチームワーク、悪くなかったな」
少しばかり驚いたような顔をしたキースが、数秒後破顔する。
「ゲルグ、それはこちらの台詞だ。悪くなかった。あぁ、悪くなかったとも」
アリスタードの兵士どもは、多少のトラブルはあれども、大部分がメティア聖公国に降伏した。捕虜として丁重に遇する、とフランチェスカが言ってはいたが、まぁ木っ端な公僕どもがどうなろうが知ったこっちゃねぇ。
戦意を喪失したアリスタードの兵っころどもを尻目に平原を他愛もないことをくっちゃべりながら歩く。ああでもない、こうでもない、と。本当に他愛の無い話だ。だが、ついさっきまでの緊迫した状況を考えれば、こんな時間もずいぶん大事なもんなんだと思い知る。
ややあって、メティア聖公国の僧兵どもをせっせか治癒しているミリアが見えてきた。俺達に気づいて、大きく手を振る。
「ご無事だったんですね! ゲルグ! アスナ様! エリナ様! キース様! 猊下!」
「大丈夫か? 魔力はまだ残ってるか?」
「もう少しで切れそうですが、できる限りのことはしてあげたくて」
ミリアがニコリと笑う。
「ミリア……。ありがとうございます」
フランチェスカがミリアに頭を下げる。
「ふ、フランチェスカ様! いえ、猊下! そ、そんな。私はできることをしているだけで」
「いえ、貴方の魔法、その奇跡は私の顕現するものを遥かに上回っています。敬意を払うのは当然です」
「も、勿体ないお言葉です……」
なにやら、形式張ったやりとりが繰り出されそうで、ちょっとばかし面倒になってきた。
「おい、フランチェスカ! 一仕事終えたんだ。飯と酒! 用意しやがれ! ミリアとくっちゃべってる場合だ」
「え? は、はい!」
そういや、ミリア、神官辞めるとか言ってたが、いつそれを言うつもりなんだろうな。まぁいいか。
なんもかんも一旦は終わりだ。飯食って、酒かっくらって、寝る。今日はそれで終いだ。ほれほれ、なんて言ってフランチェスカを急かす。
意気揚々と、メティアーナに帰ろうとした俺の背中に声がかけられた。
「ゲルグ」
「んだ? アスナ」
「ありがと」
何に対する礼なのかは知らねぇ。振り返ると、少しばかり微笑みを浮かべたアスナが俺を見つめていた。
「バーカ」
俺は小悪党だろうがよ。礼を言われる程のこたしてねぇだろ。
「んな、大層なこた、してねぇよ」
俺はいつもみたいにニカッと笑って、アスナの笑顔に応えた。
色々収穫を残しつつ、一件落着です。
アスナも殺意というものを理解したみたいです。
それが「勇者」なんて存在にとってプラスなのかマイナスなのかは、私もわかりません。
でも、大丈夫! アスナにはしゅj(略)
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とーっても励みになります。ウェカピポ!!
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クリリンのことだーーーーー!!