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第七話:伝手ってのは、小悪党の元締めだよ。引退しちゃいるがな

 王都からの脱出は存外あっさりと済んだ。俺だって悪党の端くれだ。公僕が知らねぇ道。通りそうもねぇ道。いざというときに逃げるために使う道。いろんな道を把握している。厄介なのは、金に目がくらんだ同業の輩だったが、俺の姿を見て一目散に逃げ去っていった。失礼な奴らだ。


 そんなこんなで、勇者サマ御一行プラス悪党の俺は、王都から結構な距離離れただだっ広い草原にたどり着いたのだった。


「ゲルグ」


「あ?」


「途中で会った怖そうな人たちは、なんでゲルグを見て逃げてったの?」


「あー、……っと。そうだなぁ。小悪党にゃ小悪党なりに上下関係があるんだよ」


 王都で俺のことを知らねぇ同業者はいねぇ。自慢じゃねぇが、俺だってそれなりに腕に自信はある。ちんけな泥棒稼業なんてやってると、長いこと裏社会にいた人間はともかく、モノを知らねぇ駆け出しの同業者とターゲットが被ることなんていくらでもあるもんだ。その度に、ダブルブッキングした相手をのして回りゃ、そりゃ噂に尾ひれはひれついて、誰も彼も裸足で逃げ出しもする。俺の本質や強さまでよくわかってる顔見知りの奴はダブルブッキングなんて舐めた真似しねぇ。当然俺もだ。小悪党なりのルールってやつだな。


 知り合いに出会うのだけが怖かったが、幸い知り合いにゃ出会わなかった。王都じゃ「容赦なしのゲルグ」なんて不名誉なあだ名までついてやがる。顔見知りに笑われたのが記憶に新しい。他にも「永遠の童貞」とか呼ばれてんのは、きっとゲン爺のせいだ。あいつさっさと死なねぇかな。


「すごいね」


 アスナがキラキラした目で俺の方を見てくる。やめろ。お前のその眼差しは俺に効く。


「アスナ様。そんな悪党、尊敬する必要なんてありません。ただの穀潰しです」


「うるせぇよ。キース。黙ってろ」


 誰のおかげでこうやって無事にここまでこれたと思ってんだ? こいつは。


 ところで、誰だって疑問に思うだろう。なんだって転移魔法を使わないのかって。転移魔法(リーピング)。便利な魔法だってことで有名だ。だが、この魔法にゃ二つ欠点がある。一つは集団で跳ぶ時、集団の全員が訪れたことのある場所じゃねぇと使えねぇってことだ。もう一つは、目標物(ランドスケープ)が無い場所には跳べない。つまり、村の入口だとか、街の入り口だとか、城だとか、塔だとか、そういう目立つ建造物がある場所にしか跳べねぇんだ。なんでも到着点に対する全員のイメージが合致している必要があるらしい。王都のねぐらでアスナが説明してくれた。その説明が滅茶苦茶わかりにくく、ミリアが補足してくれて、ようやく理解できたのは枝葉末節な話だ。


 んだもんで、こういっただだっ広い草原には転移できねぇし、そもそもアリスタードから出たことのねぇ俺がいると、転移魔法が使えねぇ。俺だけ置いてけぼりにされる。いや、最悪俺はそれでもよかったんだがな? アスナが「駄目」の一点張りで、キースもミリアも根負けしたってそういうことだ。


 当然ながら、寒村のリーベ村に跳ぶこともできない。あそこは何もねぇからな。目標物(ランドスケープ)の方の条件にひっかかるってわけだ。


 エウロパ大陸の、メティア聖公国までぴゅーんとひとっ飛びできりゃ、楽だったもんなんだが。


「国王サマも、こんな短時間で俺達が王都を離れてるとは思っちゃいねぇはずだ。さっさとリーベまで行くぞ」


 希望的観測だが、希望がなく絶望よりゃましだ。俺は口から出任せを言って、連中を鼓舞する。鼓舞になってんのかは知らん。


 リーベまでは歩いて大体八時間程。結構遠いが、歩けねぇほどじゃねぇ。街道を使えば四時間程なんだが、そんなもん使ったら捕まえてくれなんて言ってるようなもんだ。


「街道は極力避ける。ぐるっと迂回できるルートがあるから、そっち使って行くぞ」


 そうして、俺達はえっちらこっちら道なき道を歩くことになったのだった。






 一時間程歩いただろうか。時間としてはお天道様がもうすぐ南に辿り着くぐらいの頃合いだ。


 リーベに着く頃にはすっかり日が暮れて、日付が変わっているだろう。俺達はせっせと無言で歩を進める。辛気臭いったらありゃしねぇ。どいつもこいつも、ちょっとばかし落ち着いてきて、自分の境遇を顧みて、真っ青な顔をしてやがる。いや、アスナだけはいつもどおりなんだが。


 小さくため息をつこうとした、その時。シスターが俺にボソリと話しかけてきた。俺は吐きかけたため息を呑み込んだ。


「ゲルグ、さん」


「なんだ? シスターさんよ」


「あ、ミリア、と、そう呼んでください」


「そりゃご丁寧に。俺も『さん』なんてつけなくていい。むず痒くてかなわん」


「あ、はい。すみません」


 あぁ、シスターなんてやってるもんだから、もうお人好し感が満載だ。アスナもお人好しだが、あいつはどっちかというと天然ボケに近い。こっちは天然ってよりも、人を疑うことを知らねぇって方向だろうな。悪党の存在なんて信じてねぇんだろ。人の悪意の存在を否定する、善性を疑ってかからない、そんなタイプだ。


「改めて、助けていただいてありがとうございます」


「礼を言われる謂れはねぇよ」


 だが、べっぴんな姉ちゃんに感謝されるのに悪い気はしねぇ。


「ゲルグさ、あ! ゲルグはえっと、その、泥棒さん、ですよね?」


「あぁ、ちんけな盗人だ、それがどうした?」


「どうして、私達を助けようと? 貴方の行動は精霊メティアに高く評価されると思います。人助けをする、誰しもに備わっている普通の感覚です。ですが、危険であることには変わりません。なので……」


 難しい質問だな。俺は答えに窮した。なんと説明してよいやら。


 一言で言うなら、「アスナに憧れた」。その一点につきる。アスナを放っておけなかったんだ。あいつの、人生の隅っこに、「ゲルグ」なんて名前の小悪党がひっそりと居てほしい。そう願っちまった。それだけなんだが。


 そんなこと、どうして説明できようか。十六歳の小娘に「憧れてます」って、変態かよ、俺は。違う、違うぞ? 俺はロリコンじゃねぇ。いや、十六歳を恋愛対象として見れるイコールロリコンっていうのもちょい違う気がするが、俺ゃアラサーのおっさんだ。十六歳と三十路手前のおっさん。犯罪臭しかしねぇだろうがよ。いや、犯罪者で間違いはねぇんだが。そういう方面の犯罪者になった覚えはない。


 やんごとなき連中なんかじゃ十二歳やら十四歳ぐらいの嫁をもらうとかいう話もよく聞くが、一般人としちゃ遠い世界のお話だ。


「気まぐれだ。気まぐれ」


 俺はとりあえず濁すことにした。


「はぁ……」


 納得はいっちゃいねぇが、それ以上聞いてもお望みの答えが返ってこないってことは十二分に理解したらしい。ミリアは「変なこと聞いてすみません」と言って、俺から離れていった。しかし良かった良かった。ミリアがこっちに近づいてきてから、キースが滅茶苦茶俺を睨みつけてきやがるんだよな。べっぴんな姉ちゃんだ。キース、お前が庇護欲を掻き立てられるのもわかる。だがな、もうちょいその感情は隠せよ。若人よ。それじゃ、女はモノにできねぇぞ。いや、ミリアは神官だ。どうあってもモノになんてはできねぇだろうがな。


 そこから十分程歩いた頃だろうか。俺の生物センサーに反応があった。


「……っと。ストップだ」


「なに? ゲルグ」


 アスナがちらりと俺の方を見遣る。


「魔物だ。どうする? 逃げるか?」


 職業柄、生き物の気配はすぐに察知できる。後数十歩ほど進んだ草むら。そこに五匹程度の魔物のこちらをじいっと観察する気配を感じ取った。


「ううん、大丈夫。アリスタードは、そこまで危険な魔物はいないから」


 そう言って、アスナが俺の視線の先をきっと睨みつけて走り抜ける。背中の剣を抜刀して。


 そこから先は見事の一言に尽きた。危険な魔物ではないとは言え、一般人からすると脅威以外の何物でもない魔物を両断し、魔法で燃やし、ともすればその細い腕と脚で殴る、蹴る。数分とかからずに魔物の群れを全滅させてしまった。


 魔物はゴブリンが二匹と、角ウサギが一匹、大鴉が二匹だ。確かにそんな強い魔物じゃねぇ。だがただの小悪党の俺には十二分に苦戦する相手だ。さすがは勇者サマ。


「ん。終わった」


「どうだ、アスナ様のお力は」


 キース。なんでてめぇがそんな自慢げなんだよ。少しばかりその態度が癪に障るが、まぁ言っていることには激しく同意する以外無い。


「伊達に魔王をぶち殺してねぇな」


 俺はアスナが倒した魔物の落とした小銭をちまちま拾い集める。ぶっちゃけへそくりを全部はたいた俺にとっちゃ、あぶく銭もいいとこなんだが、塵も積もれば山となるもんだ。ありがたく頂戴しておこう。


 魔物を倒すとこうして、金やら、日用品やら、いろんな物を落とすことがある。これは魔物が殺した人間の持ち物を漁る習性を持っているからだ。魔物は知能が高い。人間が持っているモノの価値をしっかりと理解している。何に使うために集めてんのかは知らねぇ。


「でも、ゲルグすごい。よくわかったね。あそこに魔物がいるって」


「小悪党はそうやって自分の身を守るんだよ」


 そんなアスナの尊敬に満ちた視線を敢えて無視して、俺達は気を取り直してまた歩き出すのだった。






「……魔王、ぶち殺したんじゃねぇのか?」


 あれから数時間が経過した。その間魔物に出会った回数は片手どころか両手両足を使っても数えられねぇ。どういうこっちゃ? 平和になったんじゃねぇのか?


 俺のしかめっ面に、キースが苦い顔をしながら応える。


「魔王がいなくなっても、魔物の脅威がなくなったわけじゃない」


「ん? よく分からねぇ。説明しやがれ、キース」


「魔王をアスナ様が打倒して、魔王軍は瓦解した。だがそれだけ、ということだ」


「つまり、どういうことだ?」


「王を倒しても兵士は残る。人間でもそうだろう」


 あぁ、なるほど。理解した。つまり、組織だった動きはねぇにしろ、化け物はまだそこら中にうじゃうじゃいるってぇことか。


「なぁ」


「なんだ、悪党」


「そんなんで、勇者を国際手配した国王陛下サマって、頭沸いてるんじゃねぇのか?」


「……言うな……」


 キースがげんなりした表情を浮かべる。こいつにも思うところがいくつかあるんだろ。騎士なんてものは、「忠誠」と「騎士道」に生きる、そんな人種だ。国、もしくはそれに準ずる何かに忠誠を誓ったのだ。その国に裏切られた。やっぱ色々思うところはあるんだろ。


 兎にも角にも、魔物に対抗できる人間なんてーのは少ない。俺だって多少は腕に覚えはある。だが、それは飽くまで人間相手の話だ。人間は楽だ。勘違いもすれば、錯覚もする。騙し討ちもできりゃ、こっそりと気絶ぐらいさせることは容易い。ついでに急所の場所なんてのも丸わかりだ。


 だが、根本的に人間とは構造の違う生物。その恐ろしさというものを、誰しもが理解している。数日前までは、そんな連中が徒党を組んで人間どもを根絶やしにしようなんて考えてたんだ。そりゃあ恐ろしい。


 んでもって、その親玉をぶち殺せた今でも、その脅威は変わっちゃいない。人間はちっぽけだ。そりゃ、数十人に何人かぐらいは魔物を相手取って戦える才能のあるやつもいるだろう。だがそれだけだ。世の中にゃ一般人の方が多い。


「敵は人間だけじゃねぇ、ってことか」


「……貴様に同意するのは遺憾だが、そういうことだ」


 そんな風にキースとげんなりしそうな会話を繰り広げていると、ちょいちょいと俺のシャツの裾を引っ張る感触がした。なんだ? と思って振り向くとアスナだった。


「ゲルグ。すごく物知りだと思ってた」


「あん? 俺は知ってることしか知らねぇよ。魔物なんて、王都から出なけりゃ会うことなんてねぇ。知る必要のねぇことは知らねぇ」


「でも、泥棒さん、にしては博学ですよね?」


 ミリアが不思議そうな顔で俺を見つめる。確かに意識したことはなかったが、同業者は皆モノも知らねぇ馬鹿ばっかだったな。特に意識してたこたぁねぇが、今思い返せば、確かに馬鹿だった。そんなことを考え始めると、俺の脳裏に一人の人間の顔が思い浮かぶ。やめろ。思い出したくもねぇ。


「……俺もずっと一人で生きてきたわけじゃねぇ。色々教えてくれたババァが居てな」


「ババア?」


 アスナが誰それ、みたいな声色で俺に問い掛ける。


「あぁ、胸糞わりぃババアだよ。この話は終いだ。思い出したくもねぇ」


 今頃どこでなにやってんだか。あのババァは。いや、やめよう。噂をすればなんとやらだ。いや、もうこの大陸にはいねぇんだがな。数年前に「大陸を出る」とか言って、あっさりと消えやがった。今頃どっかで元気に生きてんだろ。あぁ、早く死なねぇかな。


「っと、見えてきたぞ。リーベだ」


 もうどっぷり日は暮れている。辺りは真っ暗。月明かりだけが頼りってなもんだ。そんな中方向感覚を失わずに歩いてこれたのは、他でもない俺のおかげだ。もっと感謝してもいいんだぞ。


「リーベ。久しぶり」


 アスナがちょっとばかし弾んだ声を上げる。


「あぁ、お前らは世界中を旅してたんだっけな。リーベも立ち寄ったことがあるのか」


「一瞬だけ」


「そうか」


 リーベまではあと十数分といったところだろう。薄っすらと村らしき影が見えてくる。


「悪党」


「なんだ? 元騎士サマよ」


「……っ! リーベには伝手があると言っていたな。それはなんだ?」


 俺はため息を吐く。できればここにゃ帰ってきたくはなかったもんだ。だが背に腹は代えられねぇ。覚悟済みだ。王都を脱出するってぇ決めた時からな。


「リーベはな」


 俺は心底嫌そうな顔をしていただろう。


「俺の故郷なんだよ」


「ゲルグのふるさと?」


 アスナが俺を見つめる。田舎なんてのは本当にクソッタレだ。親のいねぇ俺を腫れ物扱いして、挙句の果てには「出ていけ」とか言いやがる。まぁ、俺も少しばかりおいたが過ぎた部分もあったのは今となっちゃ理解できるが、十にも届かないクソガキに「出ていけ」はねぇだろとも思う。その頃は魔王とやらもいなかったし、魔物もそんなにうじゃうじゃはいなかった。それでも、ガキが魔物に出会わなかったのは奇跡以外の何物でもない。そうに違いない。


 どうせ、二十年近く前に出ていったクソガキなんざこの村の人間は覚えてもいないだろうが、それもそれで腹が立ちやがる。


「あぁ。何もねぇ、ただの村。俺にゃ両親はいねぇが、一人ででかくなったわけでもねぇ。頼る伝手があるのは本当だ」


「育ての親ってことですか?」


「ちげぇ」


 ミリアが至極まともなことを言う。誰だってそう思うだろう。だが違う。あいつは育ての親なんて生易しいもんじゃあ決してねぇ。


「伝手ってのは、小悪党の元締めだよ。引退しちゃいるがな」

あっさりと王都を抜け出して、ゲルグの故郷へ。

ゲルグの言う伝手が、いい感じにうまいこと受け入れてくれるといいですが。

でも大丈夫。

ちゃーんと主人公補正が働いています。

アスナに。


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