表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/216

第十三話:貴様が、引き付け、避け、そしていなし切れなかった攻撃を俺が受け止める!

 景色がぼやける。意識が混濁する。騎士団長とやらの笑い声がいやに遠くに聞こえる。


 ――アスナ! アスナ! こら! ゲルグ! 叫んでないで! 一旦下がるわよ!


 これは、エリナか? 遠い。声が遠い。


 ――ゲルグ様しっかり! アスナ様はまだ生きています!


 いや、これぐらいでアスナが死ぬなんて俺も思っちゃいねぇよ。フランチェスカの声に応えようとするが、喉が麻痺したように動いちゃくれない。


 俺は? 俺は今どうなってる? 何をしている? なんでここにいる? 俺の腕の中で、アスナはなんで苦しげな表情を浮かべている?


 もう、よくわかんねぇ。わかんねぇよ。


 ――ふむ、頃合いか……。


 聞き覚えのある声が頭の中に響く。ババァの声? なんで今ここにいねぇババァの声が聞こえんだ?


 ――ゲルグよ。あの日、余はそなたの記憶に蓋をした。今、その蓋が外れかかっている。


 蓋? あの日? 何言ってやがる。っていうか、これ幻聴か? なんだってこんな時にババァの声が聞こえてくるんだ? 別に俺はあのババァに特別な感情なんざ何一つ抱いちゃいねぇはずだ。今際の際に思い出すような殊勝な心がけなんざありゃしねぇ。


 ――呆けるな。馬鹿者。今のそなたなら受け入れられる筈だ。そして、何故そなたがアスナ・グレンバッハーグを助けようとしたのかも理解できる筈だ。


 いや、だから何言ってんのやら、全然わかんねぇよ。馬鹿。


 ――なに、時間にして一瞬だ。向き合うが良い。そして、学べ。


 意識が飛ばされる。思ったんだが、俺なんかこういうの多くね? そんなちょっとした疑問もすぐさま消え去った。







「ゲルグさん! 今日もお疲れ様です!」


 もう日が暮れ始めて、黄昏時。今日もチンケな泥棒稼業を終えて、自分に向けて労をねぎらおうと酒場に足を運んだ時だった。甲高い声が俺の耳朶を打った。


「うるせぇ。昨日追っ払ったのに、なんでまたいんだよ」


「そりゃもう、ゲルグさんのこと、マジリスペなんで! アタイ、ゲルグさんみたいな大泥棒になりたいんです」


 「リスペ」ってなんだよ。「リスペ」って。全然リスペクト感伝わって来ねぇだろうがよ。んでもって、俺を大泥棒だと思ってんなら、お前の目は節穴だよ。目の前のちまいガキを睨みつける。


「馬鹿言うんじゃねぇ。女子供に務まるほど、甘ぇ世界じゃねぇんだよ。わかったらさっさと失せろ」


「いやです! アタイ、ゲルグさんに付いてくって決めたんで!」


 舌打ちをひとつ。なんだって、こんな乳臭ぇガキに好かれたのやら。鬱陶しくてかなわん。俺はきつく小娘を一睨みしてから、今いる場所が酒場の真ん前だってことに気づいて肩をすくめる。店の前でこんなやり取りしてたら、しょっぴかれんだろうがよ。馬鹿。酒場の中に入り込む。当然ながらガキも付いてくる。


 だから、ガキが入ってくるところじゃねぇ、って何回も言っただろうがよ。……もう言っても無駄か。やれやれ、とまた肩をすくめる。


 酒場のカウンターに腰掛けて、顔なじみの店主に「いつもの」、と一言だけ告げる。店主がこちらをちらりと見て、ウイスキーとミルクをグラスに注ぎ、カウンターの上を滑らせる。なんで当然のようにこいつの分の飲み物も用意しやがるんだよ。


「ゲルグか」


「ジョーマさん。ちーっす!」


「うるせぇ。チェルシー。そのババァに気安く話かけんな」


「ふふ、ゲルグよ。嫉妬か? 愛い奴よ」


「ちげぇよ。なんで百歳超えのババァを俺が気にする必要あんだよ、馬鹿」


 ババァのドヤ顔を無視して俺はウイスキーを煽る。いつもながらくっそ不味い酒だ。なんでこんな酒出してこの店は潰れねぇんだろうなぁ。


「子守も板に付いてきたではないか」


「馬鹿言うな。こいつが勝手にひっついてきてるだけだ」


「えー、酷いですよぉ! ゲルグさん! アタイ、ゲルグさんの一番の子分じゃないですか!」


「っるせぇ! 俺は子分なんて要らねぇんだよ!」


 ――そういや、いたな。こんなガキ。なんで忘れてた? 口では鬱陶しがってはいたが、思い返せば楽しかった気がする。なんでだ? なんでこんな大事なことを忘れてたんだ?


 ババァが高笑いする。ガキがキンキンと耳に突き刺さる声で喚く。俺が顔をしかめる。


「おい、ゲルグ」


 仏頂面でグラスを拭き続けていた店主が、不意に小さく声をかけてきた。


「最近、なにやらきな臭い。気をつけろ」


「あぁ。グラマンが引退してから何年だったか……。二年と半年ぐらいか? 落ち着いてきたとは言え、まだ羽目外す馬鹿はいっからな。気をつけてはいるよ」


「常連がいきなり消えると寝覚めが悪い」


「お前さんが、そんな殊勝なことを言い出すとは思わなかったよ。だが、うん。あんがとよ」


 店主にニヤっと笑う。仏頂面が背けられる。バーカ、年甲斐もなく照れてんじゃねぇよ。そんな暇があったら、もうちょっとマシな酒を出しやがれ。


「何話してるんですか?」


 うるせぇ、チェルシー。ガキが大人の会話に首突っ込むんじゃねぇ。


「お前さんには関係ねぇ話だ」


 ウイスキーを煽る。ふーっ、不味かった。今日はこれぐらいにしとくか。


「勘定だ」


「まいどあり」


「なんだかんだ言って、その小娘の勘定までする。中々に面倒見の良い奴だ、ゲルグよ」


 げっ。確かに。なんでこのガキのミルク代まで俺が払ってんだ。うっかりしてた。


「ゲルグさん、ご馳走様です!」


 聞こえるように舌打ちをかます。


「ガキはもう帰れ。俺も今日は寝る。じゃあな、ババァ」


「ふむ、明日は精霊について教えてやろう。この酒場で待ってるぞ」


「……別に、てめぇのありがてぇ知識なんざ、要らねぇんだがな」


「そう言うな。余が教えたくて教えているだけだ。忘れてしまっても構わん」


「あぁ、そうかよ。あばよ」


 俺は手をひらひらさせて、酒場を後にした。


「おい、チェルシー」


「なんですか? ゲルグさん」


「なんでナチュラルに付いてきてやがるんだ。お前さんのねぐらはあっちだろうがよ」


「やだなぁ、子分はいつだって親分のそばを離れないに決まってるじゃないですか」


 ……風の加護、全開。


「あ! ゲルグさん! 待って!」


 馬鹿。お前さんみたいなガキに俺のねぐらが知れたら、色々と厄介なんだよ。俺はチェルシーをまいて、自分のねぐらに戻ったのであった。


 何度となく繰り返した日常だ。ガキが慌てた声を出して、俺がまいて、ねぐらに戻る。


 ――このあと、どうなったんだったか。記憶が猛スピードで駆け巡る。あぁ、そういや、この頃だったな。悪党界隈全体から締め出されそうになったのは。グラマンなんつー、どでかい後ろ盾がなくなった俺。グラマンのせいで俺を苦々しく思ってた悪党ども。その帰結は必然だった。


 血まみれになったガキ。それを抱き起こす俺。シャツがダクダクと溢れ出すガキの血液で汚れる。


 ただただ、目を剥いて叫ぶ。生きろ、と。死ぬな、と。


「おい! ガキ! 目を開けろ!」


「ゲルグ! よせ! そやつはもう助からん!」


「下らねぇこと言ってんじゃねぇ! ババァ! ほら、まだ息してんだろ! 心臓だって動いてる! 神聖魔法でもなんでも使って助けやがれ!」


「取り乱すな! 神聖魔法は万能ではない! その娘はもう助からん! 致命傷だ!」


「ふざけんな! テラガルドの魔女なんて大層なババァじゃなかったのかよ!」


「わめくな! そなたも今危険な状況にあることを忘れるな!」


 ――あぁ、そうだった。


 小さな身体を抱きしめる。どろりとした液体に塗れたそのちっちぇえ身体を、抱きしめる。なんで、俺をかばってこいつが死にかけてる?


 なんで俺じゃなくて、こいつが今死にかけてるんだ? もうよく分からねぇ。何をどうすりゃこうなった?


 こいつも救いようのねぇ馬鹿だ。俺を狙って放たれた無数の矢弾。それを放とうとする集団に気づいた時にはもう遅かった。避けることも、弾くこともできねぇ。


 そんな時、「危ない! ゲルグさん!」、なんて言って、俺の前に飛び出てきやがった。何考えてやがる? 馬鹿じゃねぇのか?


「げ、ゲルグ……さん。初めて会った日のこ、と……覚え、てますか?」


 馬鹿、忘れてんに決まってんだろ。んなこと。そんな場合じゃねぇだろ。


「もう喋んな! ババァ! なんとかしろ!」


「き、聞いて……くだ、さ……」


「喋んなって!」


「げ、ゲル、グ……、さん。大好、き……です……」


 満足気にニッコリと笑って、涙をぽろりと流した。腕の中で、どんどん冷たくなっていく。クソ! クソ! クソ! 死なせるかよ! 「大好き」、だぁ? んなもん知るかよ! 今際の際にんなこと言ってんじゃねぇ!


 ――なんで忘れてた?







「ババァ……」


 ぐにゃぐにゃと揺れ動く奇妙な空間。気づいたらそこにいた。目の前には、テラガルドの魔女。


「ここはそなたの精神だ。夢のような世界だと思えば良い。蓋が完全に外れたようだな」


 ババァが子供をいたわるかのような顔で俺を見ている。ガキ扱いするんじゃねぇ。まぁ、色々言いたいことはあるが、なんもかんも全部しまっておこう。


「あぁ」


「あれからのそなたは酷いものだった。見てられなくてな。余はその記憶に蓋をした。悪かったな」


 全部思い出したからわかる。ババァがいなきゃ、俺は多分あの時再起不能だった。だから謝られる謂れはねぇ。


「チェルシーは……。そうだったな。あの後、てめぇと二人であの辺の連中を血祭りにしてから、埋めに行ったんだっけな」


「そうだ。そなたが人間を殺したのは後にも先にもあの時だけだった」


 小悪党の矜持。人殺しはご法度。それを破る程度には、俺はあのガキに肩入れしてたってことだ。


 ぴょこぴょこ俺の後ろを付いてきた。そんな姿をババァの魔法とはいえ忘れてたとは、なんで気づかなかったんだろうな。


 そんでもって、何もかも納得がいった。


 アスナを守りたいなんて気まぐれを起こした理由。


「知らねぇ内に重ねて見てたんだな。アスナを」


 アスナの青白い瞳が苦手だった理由。


 チェルシーと同じ色だ。見透かすような、月明かりみたいな、そんな色。


「そうなのかもしれんな」


 っとーに、俺は学ばねぇ奴だ。おんなじことを何度も何度も繰り返してよ。


「さぁ、どうする? あの時の二の舞いか?」


「バーカ。今度はヘマしねぇよ。俺だっていい歳こいたおっさんだ。それにまだ終わっちゃいねぇ」


 おっさんが若いやつに負けねぇもん。そりゃ経験ってやつだろ? そうだろ? チェルシー。


「ふーはっはっは! 良い顔だ。余が助力しようと思ったが、不要だな」


「当たり前だろ。ババァはとっとと隠居しとけ」


「ふっ。ゲルグよ。そなたがこれからどのように選択をし、どのような道を歩むのか。余は楽しみで仕方がない。それがどんな道だったとしても、忘れるな。そなたは余の可愛い子供たちの一人だ」


 馬鹿。子ども扱いしてんじゃねぇ。


 だが、なんだ。


「あんがとよ」


「行け。もう取り零すでない」


「あぁ」







「――グ!」


 エリナの叫び声にはっとする。


 すまん、ボケっとしてた。


「ゲルグ! さっさとアスナと一緒に下がりなさい! フランチェスカ様にアスナを治癒してもらって!」


 いつのまにやら、どでかい土の壁が目の前に鎮座している。エリナの魔法か。


「分かってる。ちょっと頼む。あん時の二の舞いは御免だ」


「は? まぁ、いいわ! あんまり時間稼げないから早くね!」


「おう!」


 俺はアスナを抱いたまま立ち上がって、数十歩程後ろに下がる。フランチェスカの横だ。


「フランチェスカ!」


「はい! 分かってます! アスナ様の治癒はお任せください!」


「死なすな! 頼んだぞ!」


「はい!」


 しかし、アリスタードの兵に囲まれている現状、そうゆったりとしてられる状況でもねぇ。


 だが、なんだろうな。今なら使える気がする。エリナに教えられた詠唱。それを俺は何故かすんなりと諳んずることができた。


 チェルシーの笑顔を思い出す。あぁ、お前は俺の第一の子分だよ。今更、消えちまってから、こんな置き土産を残してくれんだからよ。


 ――ゲルグさん、大丈夫ですよ。ゲルグさんならできますって。


 バーカ、言われなくてもわかってらぁ。ったく、死人にまで心配させるとか、俺はどんだけだよ。


「風の精霊、シルフに乞い願わん。風を唸らせ、暴風とし、あらゆるものから我らを護る壁を顕現させたもれ、風の守護ウィンドプロテクション


 風が唸る。俺達三人を中心として、暴風が巻き起こる。


 使えた。


 契約したてのころは、詠唱してもうんともすんとも言わなかったってのによ。


 フランチェスカが少しばかり驚いた顔を見せた後、早口で詠唱を始める。


 さて、俺のやるべきことは……あのクソイケメンをとっちめる。それだけだ。


 風の壁に近寄ると、そこだけ俺を通すかのように、扉が開くように、風が止む。便利だな、これ。


「フランチェスカ、ちょっとばかし待ってろな」


 手をひらひらさせてちらりとガキ二人を見る。アスナの顔に血色が戻ってきていることに少しばかりほっとした。


「片付けてくる」


「ご無事を……」


「バーカ、こういうとっきゃな」


 ただ一言、行って来い、って言うんだよ。ガキにゃ分からねぇか。この美学をよ。







 風の防壁の外に出ると、エリナが作った土の壁は壊され、代わりにキースが肉の壁になってエリナを守っていた。


 兵士どもをなんとかして、ここまで来たってのか。よくやるよ。脳筋が。


「ゲルグ! アンタ、いつの間に風の守護ウィンドプロテクションなんて使えるように――」


「あぁ、子分の置き土産だ。ま、どうだっていいだろ」


「はぁ? 何言って――」


 良いって。今はそういうこと言ってる場合だろ。


「キース!」


「ゲルグか!」


「良いか? アスナにゃ期待できねぇ。俺とお前、後エリナ。三人でいけ好かねぇ野郎をぶっ倒す!」


 キースがその剣で騎士団長サマの剣を受け止めながらちらりとこちらを見る。


「――承知した!」


 キースがニヤリと笑った。ガウォールの剣を弾き返す。どうだ? ウチの脳筋は? 伊達に魔王をぶち殺したパーティーのメンバーじゃねぇだろ?


「猪口才な!」


 おーおー、噛ませっぽい台詞吐きやがって。俺はキースとガウォールの間に出来た隙間に身を躍らせる。


「どうすっかは分かってんな?」


「うむ! 貴様が、引き付け、避け、そしていなし切れなかった攻撃を俺が受け止める!」


「上等だ! 全部ひっくり返すぞ!」

おっさんの過去と、どうして最初にアスナを助けるなんて分不相応な気まぐれを起こしたのか、

少しだけ明らかになりました。


今度は取り零さないと良いね。

大丈夫、アスナのしゅじんk(略)


読んでくださった方、ブックマークと評価、いいね、そしてよければご感想等をお願いします。

とーっても励みになります。東京スカイツリースラッシュ!!


評価は下から。星をポチッと。星五つで! 五つでお願いいたします(違)


既にブックマークや評価してくださっている方。心の底から感謝申し上げます。

誠にありがとうございます。

パトラッシュ……疲れてんじゃねぇ!! もっと馬車馬のように働け!! 俺は寝る!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] アスナをゲルグの行動が理解できました。 ゲルグは巨乳派に見せかけた貧乳派だったんですね。
[一言] おっさんの蓋をされた記憶からわかることは…… やっぱりおっさんはロリコンじゃねぇか!! 精霊達も「やれやれやっとか」みたいな感じ何でしょうね。
[良い点] 物凄く予想通りの過去でしたねー。 全体的に言えることですが、変に奇をてらった展開にせず、王道を貫いてるのが、この作品のいいところだと思います。 四次元殺法コンビも王道が大事と言っている! …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ