第十一話:祖国の非道を是正する。ははっ、夢に見たシチュエーションではないか
「実際に試練を受けてみて、理解した」
「何を理解したって? ゲールグちゃん」
だから、「ゲルグちゃん」とか呼ぶの辞めろ。気持ち悪ぃ。
「向かってくるやつをぶち殺す。それが試練合格の条件? 違うか?」
恐らく俺があそこでアスナをぶち殺してりゃ、試練は合格だったはずだ。多分だがな。
「んー、正解。だけどちょっと足りない」
「足りない?」
「行動としては正解。でも心持ちとしては不合格」
どういうこっちゃ?
「親しい人間。好意を持っている人間。そういう人間も、状況によっては、衝動的にではなく、冷静に、道端をてくてく歩いてる蟻ん子を殺すぐらい何のことなく殺す。それが殺意をコントロールするってことだ」
「冷静に殺す、ねぇ。そりゃ暗殺者やら殺し屋みてぇな連中とどう違う」
「暗殺者みたいな奴らはね、自分の食い扶持を確保するために殺すでしょ? それは『殺意』とは違う。仕事だ」
まぁ、そりゃわかる。連中はただの義務感で人を殺す。そこに殺意なんてもんはねぇ。あるのは自分の明日以降の食い扶持に対する不安と、仕事に対する矜持だけだ。
「でも、自分と親しい人間、好意を持っている人間を殺す。それは義務感でも、仕事でもない。ただただ、純粋に殺したいから殺す。そうだろ?」
「よく分からねぇような、わかったような……」
まぁ、でもあれだ。そりゃ、アスナには難易度の高い試練だな。あいつが進んで人を殺すなんて想像もつかねぇ。
「そう、冷静に、冷徹に、明確な殺意を以って、人を殺す。相手が誰であろうともだ。それができて初めて俺は契約を交わす」
「ふーん。人間限定なんだな」
「人間限定じゃない。魔物でも、魔族でも、試練を受けに来た奴の大切なもの、命を賭してでも守りたいものを、冷静に、冷徹に殺す。そういうこと」
それってつまり。
「アスナちゃんは大変だろうねぇ。あの娘は、守りたいものが多いからね」
「そういうことか……」
「ゲルグちゃんは、すっごく単純だよねぇ。だぁって守りたいものなんて、一人しかいないんだから」
あん? んなこたねぇ、はずだぞ? ミリアだってエリナだって守りたいと思ってる。キースは……あいつは俺が守らなくてもなんとかすんだろ。
「精霊は深層心理を読むんだよ。ゲルグちゃんが本気で守りたいなんて思っちゃってるのは、アスナちゃんだけ。健気健気。ゲルグちゃんにとっては結構簡単めな試練のはずだったんだけどねぇ」
うるせぇよ。
「まーいいや。出血大サービスもこれで終い。っていうか、外が騒がしくなってきたからさぁ、とっとと帰れ」
「騒がしくなってきた?」
「戻りゃわかんだろーが。さっさと失せろ」
「ちょ、待て! そりゃどういう意味――」
有無を言わせず、意識が深いところへ沈む。あー、この感覚、っとーに慣れねぇ。
「ん……、戻ってきたか」
意識が戻る。俺は霊殿のどでかい宝石の前で座り込んでいた。
しかし、寿命を半分、か。まぁ、その事自体に未練はねぇ。明日には死ぬかもしれねぇ、そんな思いで生き抜いてきたこれまでだ。いつ死んだって、別に、「あーそっか」、ぐれぇにしか思わねぇ自信がある。
しかし、騒がしくなってきた? 少しばかり気になる。
俺は踵を返して、駆け足で霊殿から出る。
「ゲルグ様!」
霊殿から出てきた俺を見るなり、泡食った様子でフランチェスカが駆け寄ってきた。
「無事で良かったです! とにかく、今は逃げましょう!」
「あん? どういうことだ?」
イマイチ状況が掴めきれていない俺に、キースが走り寄ってきて、早口で告げる。
「アリスタードが攻めてきたのだ! メティアーナに!」
は?
「不穏な動きがあることは理解していましたが、こういう形になるとは予想外でした! 恐らく狙いはアスナ様達です! すぐに逃げましょう!」
おいおいおい、狙いが俺達だって? 逃げてどうなる? いや尻尾巻いて逃げようってのにゃ、俺も大賛成だがな。そうじゃねぇ奴がいる。絶対いる。
ほら、来た。アスナが、エリナが、ミリアが、神妙な顔で集まってきやがった。ついでに脳筋もその顔を決意で染めたような面持ちだ。
「フランチェスカ。私は逃げない」
「アスナ、さすがアタシの親友。アタシも同意見」
「私もここで逃げてはいけない、そう思います」
だとよ、教皇猊下? 俺はニヤリと笑ってフランチェスカを見遣る。
「逃げる気なんてさらさらなさそうだぜ?」
「ゆ、勇者様とその一行は、メティア聖公国の存亡よりも重要です! 今貴方がたを失うわけには!」
「馬鹿、俺達がなんとかする」
俺は役に立たねぇことは、言うまでもねぇがな。でも良いだろ? ちょっとばかし格好つけたってよ。
「ゲルグ……。俺達って言ったけど、アンタ何かできんの?」
「おい、エリナ。お前、今いい感じに話がまとまりかけただろうがよ。水差すんじゃねぇ」
「あら、ごめんなさーい。クソ小悪党が、なんか張り切ってるの、クソ面白くて」
王女がそんな「クソ」とか連発するんじゃねぇよ。品位が疑われるって言ってんだろうがよ。
「キース」
「あぁ、わかっている。祖国の蛮行は、我々が是正する。それが騎士としての役割だ」
「だってよ、フランチェスカ」
俺達の言葉にフランチェスカが可愛らしい唸り声を上げて、長いブロンドの髪をワシワシとかきむしる。
「あーもう! わかりました! わかりましたよ! 絶対、全員! 死なないでください!」
バーカ。ここで死ぬ気になってるやつなんて一人もいねぇよ。勇者様御一行だぞ? 舐めんなよ。
「そして、私も随伴します! アスナ様達にだけ戦わせて、私が逃げるなんて考えられません!」
ぴたっと、場の空気が凍りついた。
「おい、フランチェスカ」
鼻息を荒くして、フランチェスカが俺を見る。
「なんですか!? ゲルグ様!」
「お前戦えんのか?」
フランチェスカが自分を落ち着かせるように目を閉じて、ふーっ、と深呼吸をした。そして目を開いて俺を見る。金色の瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。
「私は教皇。それだけで、理解していただけますよね?」
あー、そうだった。こいつに初めて会った時、滅茶苦茶恐ろしかったのを思い出した。そうだよ。こいつはメティア聖公国なんてメティア教の総本山のトップで、教皇なんて大層な肩書きを持ったガキだ。
そりゃ、そうだよな。派手に戦える、とまではいかないにしろ、ミリアの下位互換ぐらいの力は持ってるだろうなぁ。流石に魔王をぶっ殺したパーティーの一人である連中には遠く及ばねぇだろうがよ。
「フランチェスカ。危険」
「危険なのはアスナ様も同じです」
「フランチェスカ様、えっと、ここは私達にまかせて……」
「無理よ、ミリア。こうなったフランチェスカ様はもう止まらないわ。それ、ミリアが一番良くわかってるでしょ?」
「エリナ様……。ですが……」
あぁ、もう。ここでグダグダ話しててもしょうがねぇじゃねぇか。
「御託は良い。さっさと行くぞ」
「なんでアンタが仕切ってんのよ。加齢臭」
うるせぇよ。的確におっさんをえぐる一言をナチュラルに放ってんじゃねぇ。
「ん。ここで決着、つける」
そうだな。アリスタードに追っかけられっぱなしってのもつまんねぇよな。ここいらで、なんとかしときたいところだな。
「行こ」
フランチェスカを先頭に宮殿の中を走る。向かう先は宮殿の大会議室だ。メティアーナがアリスタードに襲撃されようとしている今、教皇を補佐する枢機卿の連中がそこに集まっている筈、とそういうことらしい。
数分ほど走り、宮殿にしちゃどでかい扉の前にたどり着く。ここが大会議室とやらか。フランチェスカがノックもせずに、扉を乱暴に開ける。バタン、と派手な音が響いた。
「枢機卿の皆様! お集まりですか!?」
「おぉ、教皇猊下。勿論でございます」
集まっているおっさんの中でも、いっとう歳食ってそうなジジィが、立ち上がって、声を上げた。
フランチェスカが、部屋の最奥に歩いていき、長机のいっちゃん奥に腰掛けた。
「現況を」
フランチェスカのキリリとした声に、その場に集まってる奴の中でもいっちゃん若そうな奴が立ち上がる。
「アリスタードの兵、およそ五千! 騎兵五百! 弓兵千! 魔道兵千! 歩兵二千五百! いずれも、いきなりメティアーナの南、メティア平原に突如として現れました!」
「……突如として現れた……。アリスタードは、どのような奇跡を使ったのでしょう……」
「存じ上げません。ですが、こちらも出兵し、現在にらみ合いの状態となっております!」
「よくわかりました。ありがとうございます。此度はアスナ様達が協力してくださることとなりました。私もアスナ様に随伴します。陣頭指揮は、ヴィコレ・オラツィオ枢機卿におまかせ致します」
フランチェスカがキビキビとした様子で、枢機卿とやらに指示を出していく。だが、おかしい。なにか様子が変だ。フランチェスカが気づいてねぇはずがねぇ。
これは茶番だ。とんだ茶番だ。
「教皇猊下。発言をお許しください」
「はい、なんでしょうか。レオナルド・フィッツジェラルド枢機卿?」
「そもそものことの発端は勇者を保護したこと。その事自体が問題ではございませんか?」
「え?」
フランチェスカも気づいていなかったようだ。何が叡智の加護だよ。あのガキ、急ぎすぎて加護の力使ってなかったな。馬鹿野郎。
「此度のアリスタードの侵攻。勇者を保護すると決定した我が国。原因はまさにそこにあると推測いたします」
「え? いや、ちょっと!」
「全責任は教皇猊下がお取りになると、仰っしゃられましたね。私は覚えております」
この後の展開が読めてきた。
「私、レオナルドの名の下に、ここでフランチェスカ教皇猊下の教皇としての役割を剥奪することを提案致します」
「……そうですか……。そういうことですね……」
ようやく、叡智の加護を使うようにしたか。フランチェスカが何かを得心したようで、それでいて苦い顔をし始めた。
「賛成のものは挙手を!」
あーあー。こりゃ、アリスタードにしてやられたなぁ。さぁて、どうすっか。
レオナルドとやらの号令に、会議室に集まっているおっさんの三分の二が手を挙げる。手を挙げた連中の半分ぐらいか? 目が怪しい。常人の目じゃねぇ。ぼんやりとした目をしてやがる。
操られてる? それとも、アリスタードの連中に口先三寸で言い含められたか? まぁ、どっちでも良い。
こういう場合な、言い出しっぺがいっちゃん怪しいんだよ。
そういうときどうするか? 悪党界隈ではこうすんだ。見とけ、フランチェスカ。
俺は、長机にドンっと飛び乗って、レオナルドとやらまで駆けていく。
「死ねーーーーーーーーーー!」
そのまま、その涼しげな顔面に足の裏を押し当てる。ドカッ、っと小気味の良い音が会議室に響き渡った。おっさんがもんどり打って、椅子から転げ落ちた。ざまぁ見ろ。
そんでもって倒れたクソオヤジの顔面を思っクソ踏んづける。むしゃくしゃしてやった。後悔はしてねぇ。
「……ミハエル、だったか? いんだろ?」
こりゃ、完全に想像だ。でもどうせいる。きっとな。
『ありゃ、バレちゃった? 君は本当に勘が良いねぇ。嫌いだよ。そういうやつ』
俺が足蹴にした枢機卿の背後から、何もない中空から、聞きたくもねぇ声が響く。ほら、いた。
どんなからくりを使ったかは知らねぇが、いっちゃん最初の心当たりはこいつだ。呪法と魔法。それらに精通している、アリスタードの主席宮廷魔道士なら、人間を操るなんてわけねぇだろうよ。
「どんな気持ちだ? このまま、フランチェスカを断罪して、一気にメティア聖公国を奪い取るつもりだったんだろ? ついでにアスナ達もぶっ殺せるなぁ。俺みたいな小悪党に台無しにされてどんな気分だ? なぁ、なぁ」
『ひっどいなぁ。でも、君がこういう行動に出るのも予測済み。メティア聖公国に未来はない。勇者とその一行がどれだけ味方したとしてもね。アリスタードの兵。その練度。舐めないほうが良いよ』
ニヒヒッ、と気色悪い笑い声を最後に、レオナルドとやらの背後の気配は消えた。
「――……った! 痛っ! な、何が!?」
精神操作の類――魔法なのか呪法なのかは知らねぇ――が切れたのか、俺の足の下で、おっさんがにわかに正気を取り戻す。あぁ、うるせぇな。
「れ、レオナルド卿! こ、これはどういうことですか!?」
「あ、貴方が、フランチェスカ様を引きずり下ろして、我々が実権を握ろう、などと話したから、挙手したのですぞ!」
あー、ミハエルに踊らされて挙手させられた外野もうるさくなってきやがった。ついでに、手を挙げた連中の中でも、操られてたっぽい奴らは、状況を飲み込めてねぇらしい。ポカーンとしてやがる。
「おい、おっさん!」
足をどけて、俺はおっさんにガンをくれてやる。
「最後の記憶は? 覚えてる限りで良い」
「はっ? えっ? さ、最後は、その……」
「どうした、はっきり言え。てめぇのせいで今この国が攻められてんだぞ! 馬鹿! いいのか!? ぶっ殺しちゃうぞ!?」
「ひぃっ! ひ、ひ、非合法の娼館で、接待を受けていたのが最後の記憶です!」
非合法の娼館ねぇ。そういうのがあんなら、もっと早く言えよ。俺が行きてぇよ、んなもん。いや、行かねぇけどな? フランチェスカの顔をちらりと見たが、ゴミをみるような目でおっさんを冷ややかに見てやがる。
うわぁ。このおっさん、あとからどんな仕打ちを受けるやら。合掌。
「フランチェスカ! アスナ! てめぇら! つまるとこ、こういうこった! 行くぞ!」
「ん。頑張る」
アスナ、お前はあんま頑張んな。否善の呪詛の呪いが発動すんぞ。くれぐれも無心でな。
「アタシの国だけど、まー、攻めてくるなら仕方ないわよねぇ。せいぜいストレス解消に付き合ってもらおっと」
エリナ。お前のストレス解消は洒落にならねぇから、ちょっとぐれぇは手加減してやれ。お前の国の兵士だろうがよ。
「私は、後方で怪我人の治療を致します。治癒はフランチェスカ様がいらっしゃれば問題ないでしょう。アスナ様、エリナ様、キース様。……ゲルグ。どうかお気をつけて」
わかってるよ、ミリア。そっちこそ、お前にできることをテキトーにこなしてくれ。
「祖国の非道を是正する。ははっ、夢にまで見たシチュエーションではないか」
おい、脳筋。お前、そんな夢見てたんか。まぁいいや。良かったな、ささやかな夢が叶ったみたいで。
アリスタードの兵を舐めるな? ミハエルよぉ。そっちこそ勇者サマ御一行を舐めてる場合だぞ? 本気を出さなくてもこいつらなら朝飯前だ。そうに決まってらぁ。
「よっしゃ、おじゃま虫退治だ! 気張ってくぞ!」
タナトスの攻略法ゲットだぜ!!
そして、アリスタードが攻めてきました!
やり口が汚いですね。汚いな、流石悪役、汚い。
でも大丈夫! アスナのしゅじ(略)
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とーっても励みになります。よっこいしょういち!!
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こんな殺人鬼だらけの場所にいられるか! 俺は一人にさせてもらう!! って言いながら殺されます!