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第十話:貴様を捕縛し、罪を償わせるのは、俺だ! 俺以外にやらせはせん!

 大聖堂へぞろぞろと向かう道すがら、気になったもんで、アスナにちょっとばかし声をかけた。


「おい、アスナ」


「ん。なに? ゲルグ」


死の精霊(タナトス)の試練、どんなんだったんだ?」


 しばらく間があった。その様子にアスナの方に顔を向ける。なんかすげぇ微妙な顔をしてやがった。


「……ん。なんっていうか……」


 うん、思い出したくねぇのは分かるんだがな。事前情報として知っておきてぇんだよ。悪いな。


「今までお世話になった人たちが、大好きだと思ってた人たちが、私を責める。そんな試練」


 責める? 責める、ねぇ。それぐれぇ、大したことねぇじゃねぇか。


 とは思ったが、お人好しなんて言葉を絵に描いたようなこいつにゃひでぇ試練だよな。今まで助けた奴、少なからず好意的に見ていた奴。そんな奴らから罵倒される。そりゃ、悪夢以外の何物でもねぇ。


 その試練の中でアスナがどんな反応をしたのかも容易に予想できる。「やめて!」、なんて叫びながら、耳を塞いだりとかしたんだろう。いかにもこいつらしい反応だよ。


 だが、死の精霊(タナトス)の試練は、「殺意」、を理解するための試練。きっと、そいつらをぶち殺さねぇといけねぇんんだろうな。試練とは言え、アスナには荷が重い。


 守護の精霊(イージス)、正解だよ。そりゃ、俺の方が向いてる。さんざっぱら、ガキの時分から罵倒され続けた俺だよ。今まで会った連中に何を言われても、なんのダメージもねぇ。それが試練だって分かってんならな。いや、試練じゃなくても、別に何のダメージもねぇか。


「……ゲルグは、怖くない?」


「あん?」


「今まで、仲良くしてきた人たちが、自分に酷い言葉を投げかけるの」


 怖いか怖くないかで言ったら、全然怖くねぇ。俺はそういう世界に住んでいた。そういう世界に身をおいていた。そりゃ、長年付き合いがあって、それなりに気心の知れた連中もいた。


 だが、悪党の世界なんてもんは、その日まで仲良くしてた奴が次の日には敵になってるかもしれねぇ。そんな世界だ。


 んなもん、どうってこたねぇ。


「お前と違って、そういう経験は多い方だ。仲違いやら裏切りやらな。日常茶飯事だよ」


「そっか……。ゲルグは強いね」


 俺が強い? 馬鹿言うな。ちょっと職業柄色々麻痺してるおっさんってだけだ。強くもなんともねぇよ。強いってのは、アスナ達みてぇな連中のことを言うんだよ。馬鹿。


「別に強かねぇよ。慣れたってそんだけだ」


 そうこう話している内に、大聖堂にたどり着いた。思い思いに、大聖堂を突っ切って、タナトス霊殿に向かう通路のある一画に集まる。


「……では、開けます」


 フランチェスカが前と同じように壁に手を当てる。あっちゅーまに、霊殿へ向かう細い通路が、化け物があぎとを開いて待ち構えているように目の前に現れた。


 最初と印象が違うのは、きっとあの霊殿に一度でも立ち寄ったことがあるからだ。他の連中の顔をちらりと伺う。どいつもこいつもちょっとばかし冷や汗を流してやがる。いや、俺だって一緒だ。あの威圧感。なんともいえない雰囲気。それを思い出すと、どうにも膝が笑い始める。


「……行きましょう」


 フランチェスカを先頭に、俺達は通路を進む。その足取りは重く、なんとなくたどり着きたくない、そんな思いだった。他の連中もそうだろう。


 情けねぇ。覚悟はとっくに済ませてたはずだったんだがな。いざ、これから、ってときになりゃ、霊殿を包み込む雰囲気を思い出して、身が竦む。


 数分ほど――最初に来たときよりも、ちょっとだけ長めの時間をかけて――俺達は隠された霊殿にたどり着いた。


 殺意ってのか、殺気ってのかはわからねぇが、そんな感じの気配が霊殿から発せられていることを改めて感じる。前を歩くフランチェスカも少しばかり震えていた。ガキの肩にぽん、と手を置く。


「大丈夫だ。今回試練を受けるのは俺だ」


「……ゲルグ様。私も、もう貴方を他人とは思えないのです。貴方に命の危険が及ぶ。それを怖いと思ってしまう私の気持ち、許してください」


「バーカ、許すもクソもねぇだろうがよ。その、なんだ、あんがとよ」


 両手で頬をパチンと叩く。怖気づいてる場合だよ。さって、気張る。それ以外にあるか?


「んじゃ、行ってくらぁ」


 できるだけ気軽に見えるように、連中を見回して、笑う。俺みたいな奴を本気で心配するやつなんて、いねぇに越したことはねぇ。どうせ、吹けば飛ぶような命だ。んな価値なんてありゃしねぇからな。くるっと振り返って、霊殿を睨みつける。


「ゲルグ!」


 暑苦しい声が背中に届いた。うるせぇよ、脳筋。何のようだよ。


「貴様を捕縛し、罪を償わせるのは、俺だ! 俺以外にやらせはせん! 今決めた!」


「あん? だからなんだよ。もとよりそうだろうがよ」


「死ぬな!」


 バーカ、死ぬ気なんてさらっさらねぇよ。死ね。それに、お前に捕まるなんざ未来も俺はそもそも想像しちゃいねぇよ。逃げ切るに決まってんだろ。馬鹿。


 応える代わりに俺はひらひらと手を振って、霊殿の中へ入っていった。


 中は今までの霊殿と全く同じ作りになっている。だが、やっぱり雰囲気がやべぇ。禍々しすぎる。


 俺はともすれば、笑い始める膝を拳でぶん殴りながら、中央にある紫色の宝石に手を触れた。


 意識が飛ぶ。






 ここ、どこだ? どーせ、俺が今まで行ったことのある場所だろ? と思ったが、なんとも記憶にねぇ。記憶にねぇっていうか、こんな空間、普通来たことねぇだろ。真っ白な空間。自分が浮いてるのか、地面に足をつけているのかもわからんねぇ。


「ゲールグちゃーん。何しに来たのぉ?」


 後ろの方からクソ野郎の声が聞こえた。死の精霊(タナトス)だ。


「よぉ。今回はちゃんと試練を受けに来た。横槍とかじゃねぇ。俺が、試練を、受けに来てやった」


「ふーん。そういう選択をするんだぁ。人間って面白」


「っていうか、なんで試練を受けに来た俺に、てめぇがその姿を見せてんだよ。普通見せねぇで試練受けさせて終わりじゃねぇのか?」


 それが普通のはずだ。これまでが異常。今だって異常。何がしてぇんだ、このクソ詐欺師野郎はよ。


「詐欺師とか、言ってくれんね。まぁ、いいけど。てめぇはメティアのお気に入りだからなぁ。礼儀正しくしねぇと、ババァに怒られる」


 精霊メティアとやらも、なんとも律儀な性格をしてるもんだよ。何をもって俺を気に入ったのやら。迷惑なことこの上ねぇよ。


「メティアがなんでてめぇを気に入ってんのかなんて、知らねぇし、興味もねぇ。まぁ、いいや。試練だろ? 始めっか」


「おう」


 死の精霊(タナトス)がその右腕を振って、空間にぽっかりと穴を開ける。あぁ、これ。これが一番苦手なんだよなぁ。


「ルールだから聞くわ。『汝、ゲルグよ。そなたは我の試練を受け、そして力を欲さんとするか?』。どうよ?」


 「どうよ?」が余計だよ。馬鹿。


「さっさと試練を受けさせろ、クソ野郎」


 俺の言葉に死の精霊(タナトス)が唇を歪める。


「そうこなくっちゃ。一名様ごあんなーい」


 真っ暗な穴。その中に俺は身を躍らせた。


 暗転。







「貴方を、許さない!」


 俺の意識を浮上させたのは聞き覚えのある声だった。何度だって聞いた。アスナの声だ。


 あー、この展開も予想してた。予想してた中で最悪の展開だよ。クソッタレ。


 アスナが右手に携えたその剣を振りかぶって、俺を切り刻もうとしてくる。


「っ! 財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我が行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ! 速度向上アジリティインプルービング!」


 とっさに速度向上アジリティインプルービングを早口で詠唱し、その剣閃をすんでのところで避ける。いや、避けきれなかった。右腕にかすり傷。


「……そういうことねぇ……」


 こりゃ、アスナも手こずるはずだよ。あいつ、嘘教えやがって。罵倒されるとか、責められるとかそういうんじゃねぇだろ。


 アスナが……。いや、これはアスナじゃねぇ、別のなにかだ、偽アスナとでもしとこう。偽アスナが親の仇でも見るかのような目で俺を睨みつける。


「お母さん! 無事だって言った! なんで!」


 あぁ、そういやそういうこともあったな。すっかり忘れてたわ。あのおばはん、無事北アルテリアまで着いたかねぇ。いや、ギードの野郎は請け負った仕事は何が何でもきっちりこなすやつだ。未だに魔物が跋扈してるこの世界でも、色々準備して、ちゃんと届けるだろ。


 だから、あれだ。今この状況、この試練は、死の精霊(タナトス)が作り出したクソッタレな幻。それ以外にねぇだろ。


「殺してやる! 殺してやる!」


 アスナはそういうこと言わねぇよ。偽アスナ。そうだな。あのおばはんに何かあったとしたら、あいつは一粒ぽろりと涙を流して、次の瞬間には、「ん、大丈夫」、なんて言いやがるタマだ。それが非常に腹立たしいのはあいつがガキで俺がおっさんだからだ。


 しかし、「殺してやる」、とまで来たもんだ。恐らく、この偽アスナと戦ってぶっ殺す。それがこの試練のクリア方法なんだろうな。


 ……でもよ、こんな泣きながら、悲壮な顔を浮かべながら、それでもその瞳を殺意で一杯にして向かってくるアスナを、俺が殺せるか? それが偽物だったとしても、だ。


 俺は悪党だよ。だがな、ガキに向ける刃なんてのはもっちゃいねぇ。


 だから必然的にこうなるよなぁ。


 ざくり。振り上げられたそれ(・・)が、横薙ぎに振るわれ、俺の腹を両断する。


「殺してやる! 殺してやる!」


 おいおい、もう死んだって。これ、どう考えても死ぬ一歩手前だろうがよ。アスナが剣を俺に何度も何度も突き立てる。


 ざく、ざく、ざく、ざく。


 痛みは不思議と感じねぇ。それに、こいつに殺されるなら、悪くはねぇ。


 俺は生まれたての子鹿みたいにぷるぷるする両腕を伸ばして、未だに一心不乱と言った面持ちで俺に剣を突き刺し続けるアスナを抱きしめる。


「悪かった。悪かったよ。何もかも上手くいかなかったのは、俺のせいだ。だろ? だからお前にはこうする権利がある」


 ――だから、だから、そんな泣くな。


 抱きしめられながらも、必死でじたばたともがく偽アスナを、あらん限りの力で抱きしめる。


 本当にこうなった場合。なにもかも上手く行かなかったら。きっと俺はこいつにこうしてやることしかできねぇ。


 もがき続けていた偽アスナの身体がゆっくりと弛緩し、そしてしゃくりあげる声だけが耳朶を打つ。


「悪、かった。す、ま……ん。俺、がなんもかんも思、い上がってた、そのせ……いだ。お前、は……悪くねぇ。誰も悪くねぇ。俺が悪い」


 かひゅーかひゅーと、音を鳴らす喉口。上手く動かない喉。それを、声帯を、精一杯の残された力で震わせて、アスナに語りかける。いや、偽アスナだったな。まぁ、どっちでも良い。


 これは贖罪だ。なんの贖罪なのかなんて俺にだってわからねぇ。


 俺は、最後にゃこいつに殺されてやらねぇといけねぇのかもな。


「げほっ……。さ、泣く……んじゃ、ねぇ。守りたいモンを……がはっ……守る、んだろ? 俺、みたい、なチンケ……な小悪党に躓いてどうする?」


「……ごめ、ごめんなさ……」


 バーカ。謝ってる場合だよ。偽アスナの割に、結構いいセンついてんじゃねぇか。


 あー、もうだめだな。身体が冷たくなってきやがった。偽アスナを抱きしめている手だって、もはや力なんて入らねぇ。


「あ……ば、よ」


 意識が刈り取られる。あー、こりゃ死んだな。







「……あん? 死んだ、よな?」


「ゲールグちゃーん。残念ながら、試練は失敗! でもいい線いってたねぇ」


 いつの間にか俺は元の真っ白い空間にぼけっと突っ立っていた。


「いやー、感動的感動的。くっそ笑える程度にはお涙頂戴だったねぇ。俺の試練を受けて、そのまま殺されて、そんでもって相手を抱きしめた人間はゲルグちゃんが初めてよ」


 そりゃどーも。


「本当なら、試練で死んだらその人間も死ぬ。だけど、面白いモン見せてもらったから、半殺しで勘弁してあげる。てめぇはババァのお気に入りでもあっからな。ここで殺したら、後でどんだけ文句言われるかもわかんねぇし。自分の境遇に感謝しろよ」


「半殺し?」


「寿命の半分、いただきまーす!」


 あー、そういうことなぁ。寿命の半分ねぇ。多いのか少ないのかはよく分からねぇ。まぁ良いか。どうせ、もっと前に死んでた。そんな命だ。これ以上長々と生き永らえようなんてぶっちゃけ思ってねぇ。


「そこだよ。てめぇは、自分が死ぬっていうことに躊躇がねぇ。人を殺すってことにも躊躇がねぇ。面白い。ババァが気に入る理由もなんとなく理解できた」


「人を殺す時は流石に躊躇するに決まってんだろ。っていうか、人殺しなんざしたことねぇよ」


「あーん? んなわきゃ……。ふーん、そういうことぉ。理解理解」


 おい、一人で納得してるんじゃねぇ。


「んで? 他に用、あるんだろ? 出血大サービスだ。聞いてやるよ」


 死の精霊(タナトス)が、その胡散臭い表情を歪めて、ニヤリと嗤った。

おっさんの寿命が半分取られちゃいました。

でも、命の危険すらある試練で、寿命半分ですんだなら、

おっさんとしちゃ大金星ですよ。


大丈夫、最後はなんとかなる!

だっと、おっさんにはアスナのしゅ(略)


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― 新着の感想 ―
[一言] 寿命の半分ですか……。 キツイですね。 これで残りの寿命が500年になってしまいましたね。 ゲルグの今後が心配です。
[一言] 殺されながら抱きしめる。 ゲルグなら実際こうするんだろうなぁ。 そして本題へ。
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