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第九話:仲間が仲違いしているのだからな。俺だって心配ぐらいする

 アスナは宮殿の三階、バルコニーにいた。サラッサラの猫毛を風になびかせながら、隅っこで手すり壁にもたれかかって外を見ている。


「おい、アスナ」


「顔、見たくないって言った」


 振り返らずに不機嫌そうな声色を隠さずに返事が返ってくる。


「じゃあ、そっち向いてろ、馬鹿」


 「率直な意見をぶつける」、か。率直、ねぇ。んなこと言われても、何を話せば良いのやら。


 最初の一言が出てこねぇ。何を話し始めれば良いのか全然わかんねぇ。


 無言の時間が続く。気まずいことこの上ねぇ。


 アスナが少しだけ、居心地悪そうに身じろぎした。そしてゆっくりと小さく、だがはっきりとした声で話し始めた。


「ゲルグは……。何も、わかってない」


「何も、わかってねぇ、ってどういうことだよ」


「私が……。私の、気持ち」


 お前の気持ちがなんだってんだよ。


 いや、なんとなく理解してる。こいつがなんで怒ってるのか。俺がそれに対して謝らねぇといけねぇ理由に関しちゃさっぱりだが。


 とどのつまり、こいつは俺を自分の「守りたいもの」の範疇に入れちまったんだよ。だから、自分の手の届く範囲外で俺が危険なことやら、死にそうな目に遭いそうになってるのが気に食わねぇんだろ。


 良く言えば「心配してる」って、そういうことになるんだろう。


 だが、だがよぉ。


「お前なんか勘違いしてねぇか?」


 無言。アスナはもう一度少しばかり身じろぎして、押し黙ったままだ。


「お前にとって俺は何だ?」


 一歩前に出る。


「守りたいもの、か?」


 もう一歩まえへ。アスナは動かない。


 いや、うん。守ってもらわねぇとすぐにおっ死ぬ存在なんだってのは俺だって理解してる。俺は弱い。圧倒的に力不足だ。ここまで付いてこれたことが奇跡に他ならねぇ。


「……お前がやってんのはな。俺みたいなおっさんの特権なんだよ。お前にその権利はねぇ。十年早ぇよ、馬鹿」


 これだけは言っとかねぇとなぁ。ってか、言わせんなよ、馬鹿。


 アスナがその言葉に振り返る。バーカ、このタイミングでこっち振り向くとか、絶妙すぎんだよ。


 俺は振り返ったアスナの腕を引っ張る。


「ひゃっ!」


 そのまま、手繰り寄せる。予想外だったのか、抵抗は全く感じなかった。ぽすん、とアスナの頭が俺の胸のあたりに収まる。そのまんま、頭を押さえつけて、ぐりぐり、っと撫で付ける。


「むぐっ!」


「お前がやってんのはな、おっさんの特権を無意味に奪う行為なんだよ。馬鹿。他人を心配して怒るってのはな、ガキが大人にやって良いもんじゃねぇ。俺みたいなおっさんが、ガキに向けてやるもんなんだよ」


 ぐりぐり、ぐりぐり、と頭を撫で回し続ける。しっかし、何度も思うが、こいつの髪、サラッサラだなぁ。なんかジタバタしてやがるが無視だ無視。


 やがて、観念したのか、ジタバタするのも諦めたようだ。アスナの両手がおずおずと俺の背中にまわされて、そしてギュッと力が込められた。


 小さな勇者サマの身体がちょっとずつ震えていることに今更ながら気づく。なんでそんなプルプルしてんだよ。泣いてんのか?


「ぐずっ……」


 泣いてやがった。泣くんじゃねぇよ。馬鹿。


「私のせいで……ゲルグが死んじゃうなんて、駄目」


 鼻声が俺の胸を震わせて、全身に波及する。涙やら鼻水やらで俺のシャツがぐしゃぐしゃになるだろうなぁ。だが、こいつの頭を離してやる気は今のところねぇ。


「俺が死んじまったとして、お前のせいなんかじゃねぇ」


「私のせいじゃなくても、駄目」


「なら、死なねぇように努力するよ」


 グリグリ~、っとまた撫で付ける。


「気が気じゃなかった。ゲルグが死んだら、なんて考えたら、息もできなくなって……。自分でも良く分からなくて。心配、だった」


「ガキがいっちょ前におっさんを心配してんじゃねぇ」


 泣くぞ、この野郎。いや、お前と俺の力量(レベル)を考えりゃ、当たり前っちゃ当たり前だよ。


「ガキに心配されるほど、落ちぶれちゃいねぇよ。バーカ」


「ぐずっ……それに……」


「あんだよ」


 アスナが俺の胸から顔を離す。


「人間は、確かに平等じゃないかもしれない。……でも、ゲルグは無価値じゃない。必要」


 目を真っ赤に充血させて、それでも青白いその瞳を、真剣そうな光を携えて、俺を見つめる。


 あぁ、うん。やっぱ苦手だ。この目。理由の一つをなんとなく理解した。


 俺を思い上がらせるんだ。身の程を分からなくさせる。身の程なんてすっかり弁えてたと思ってたがな。こいつのこの目が、ずうっと俺を狂わせる。なんでもやってやりてぇ、なんて思わせる。


 守ってやりたいなんて思っちまった。人間の悪意やら悪辣さやら、なんやかんやから。そんなガラじゃねぇし、そりゃ思い上がり以外のなんだっつーんだ?


 いつか、俺はこいつの負担になる。そんなこととっくに気づいてたはずだ。だが、今のこの体たらくはどういうことだ? なんで俺はいつまでもこの小娘に引っ付いてる?


 死ぬかもしれねぇ? 当たり前だよ。危険? 危険じゃなかったことなんてこの数ヶ月あったか? それが、こいつの負担になっていたことは? なんで見て見ぬ振りしてた?


 守ってやる? 馬鹿だよ、俺ぁ。


 だが、この瞳を見つめたら、そう思わざるを得ないんだ。なんでそんなことを思っちまうのかはわからねぇ。なんか大事なことを忘れてる気もするが、なんだったか。


 いや、まぁ、どうでも良いか。


 目を逸らす。


「悪かったよ」


「目、逸らさないで」


「馬鹿。こっ恥ずかしいんだよ」


「目、見て」


 逸していた目をもう一度、アスナの瞳に向ける。


 吸い込まれそうになる。自分が何者なのかわからなくなる。


「悪かった。もう、言わねぇよ」


「ん。私も、ごめんなさい」


 これ以上この瞳を見つめられねぇ。またすっと逸らす。ついでにアスナの身体を引っ剥がす。


死の精霊(タナトス)の試練。精霊どもと話して、助言をもらった」


「ん」


「『殺意』を理解してコントロールしろ、だとよ」


「ん」


「そんで、俺が先に試練を受けてみろ、とよ」


「それは……」


 いやだ、とか抜かすんじゃねぇぞ? 多分だがな、これがお前にしてやれる最後のことなんだよ。


 お前はいっちょ前になった。もう俺の助けがなくても十分だ。


 俺は、お前らの「使いっぱ」を辞めるんだよ。


「俺がまず死の精霊(タナトス)の試練を受ける。成功しようが失敗しようが、ちゃんと死なねぇで帰ってくる。心配すんな」


 アスナは何か言いたげな顔を浮かべて、それでも何も言わずに、静かに首を縦に振った。






 ノックを三回。扉の向こうから、入室を促す声が耳朶を打ち、俺は扉を開け、中に入り込む。


「ゲルグ……、貴様」


「よぉ、脳筋。今日は筋トレしてねぇのか?」


「いや、うむ。あまり手につかなくてな」


 筋トレが手につかねぇキース、笑えるな。


「……アスナ様とは、話したのか?」


「あぁ、話した。ちゃんと仲直りしたよ。あんがとよ」


「そうか……」


 キースが少しばかりほっとした表情を浮かべる。なんだ? 筋トレが手につかなかったって、もしかして心配しててくれたんか? マジでクソ笑えんぞ。


「心配しててくれたのか?」


 思わず頬が緩む。これはあれだ。嬉しいとかそういうんじゃねぇ。筋トレが手につかないほど心配とか、脳筋なりに繊細なとこあんじゃねぇか、ってそういう笑いだ。


「心配ぐらいするだろう」


「バーカ、そんな真面目に答えんじゃねぇよ」


 ニヤニヤしながら聞いた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。ちったぁ考えろ。だからお前は脳筋なんだよ。


「心配ぐらいする。仲間が仲違いしているのだからな。俺だって心配ぐらいする」


「仲間……ねぇ」


「む、何だその顔」


「いや、お前に『仲間』、とか言われると、気持ち悪ぃな」


 っとーに気持ち悪いよ。馬鹿。


「やめろ、ニヤニヤするな」


「ああん?」


「くっ……、貴様……」


 脳筋をからかうのはこの辺にしとこう。


「明日、死の精霊(タナトス)の試練を俺が受ける」


「……そうか……」


 なんだその面。シケた面すんじゃねぇよ。


「バーカ、死ぬ気なんざ、さらっさらねぇよ。生きて戻ってくる」


「む、誰も貴様が死ぬ等とは」


「顔に出過ぎなんだよ。小悪党はしぶてぇんだ。そんな簡単に死んでたまるか」


 だから、その顔やめろ。お前に心配されるとか、俺達はそういう関係じゃねぇだろうがよ。気持ち悪い。


「……これが最後だ」


「何?」


「これが俺ができる最後のしてやれることだからな。多少気張るだろ」


「最後、か? そうなのだな……」


 馬鹿。だからそういう顔するんじゃねぇって。


「や、すまん、忘れてくれ。礼を言いに来ただけだったんだった」


「……待て」


「待たねぇ。『率直な言葉』、だったか。あんがとよ」


 そんでもって、あばよ、なんて言ってから、キースの部屋を後にする。


 俺がいなくなった後、お前が最年長だ。お前が一番おっさんに近いんだよ。まだ若ぇけどな。


 だからよ、後はよろしくたのまぁ。脳筋騎士。






 夜が明けて、次の日。俺は適当な神官を捕まえて、フランチェスカの部屋まで案内させた。アスナ達には敢えて何も話してねぇ。一人で十分だ。


 神官がこの国のトップの部屋だとは思えない程小せえ扉をノックする。中からフランチェスカの、「どうぞ」、なんて声が小さく聞こえ、神官が俺に目配せをする。


 神官にちょっとばかし礼を言ってから、扉を開けて、中に入り込む。


 フランチェスカは小さい机に向かって、せっせか書類仕事をしている。そんな忙しいのか。教皇サマってのは。


 しかし、教皇猊下サマだってのに、えらくこじんまりとした部屋に住んでやがるな。質素が美徳ってやつか? あーやだやだ。もっと偉ぶれよ。


「部屋、小せえんだなぁ」


「私には、このぐらいが丁度良いので」


「そんなもんなのか?」


「えぇ」


 書類にペンを走らせていたフランチェスカが顔を上げて俺を見る。


「ゲルグ様。今後の方針について、ですよね?」


「あぁ。まず、死の精霊(タナトス)の試練を俺が受ける」


「危険ですよ?」


「あんまそこまで気にしてねぇ。へーき、へーき」


 フランチェスカが心配そうな顔を浮かべる。ガキがんな顔すんじゃねぇ。


「わかりました。お連れします。ただし、アスナ様達も一緒に、です」


「あん? 一人で十分だろうがよ。あいつらに知らせりゃ、絶対付いてくるって聞かねぇだろうが。そういうの得意じゃねぇしな」


 それに、アスナ当たりが横槍入れてきそうで怖ぇんだよ。


「おっさんの頑張りなんて、別に見せるもんでもねぇし、変に心配かけるまでのこっちゃねぇ。別に死ににいくわけでもねぇしな。事後報告で、ささっと。それがスマートだろうが」


 そんな俺の言葉に、フランチェスカが困ったような顔で笑った。


「ですが、アスナ様、いえ、アスナ様達からの希望なんですよ」


「は?」


「出てきていいですよ」


 フランチェスカの部屋の奥。壁がズズっと動いて、ゆっくりと開く。隠し部屋? うわ。なんか、これからの展開が予想ついちまった。


「ほら、アスナ。おっさんの考えてることなんて、わかりやすいでしょ?」


「ん。エリナ、すごい」


「ゲルグ……、一人で行かせたりなんてしませんからね」


「……いや、俺は止めたのだがな……」


 思わずため息を吐く。いるんなら最初っから、いるって言いやがれ。ってか、全然気配もつかめなかったぞ。なんか仕掛けてやがんな?


「この奥は、避難通路です。気配を覆い隠す魔法をかけてあります」


「そういうことかよ……」


 ったく、食えねぇガキだよ。全く。


 アスナを見る。あー、ちょっとお冠だよ、あのお嬢さんは。


「ゲルグ。一人で行こうとするとか、無粋」


「無粋ってなんだ、無粋って」


「アスナ、おっさんがガラにもなく頑張ってるのよ。あんまり言ってやるもんじゃないわよ」


 おい、エリナ。お前のそういう言葉が一番刺さるから。マジで。泣くぞ?


「ゲルグ……。心配されるのが嫌だというのはわかります。ですが、心配ぐらいさせてください」


 別に死にに行くわけじゃねぇってのは分かってんだろうがよ。なんでそんなに泣きそうになってんだ。お人好し神官が。


「いや、俺は止めたんだがな……」


「いや、いい。キース。良く分かってる」


 お前の申し訳無さそうな顔なんてのもあんまり見たくねぇんだよ。なんだって、見た目だけは爽やかイケメンの、んな顔を拝まにゃいけねぇんだよ。いつもどおり、「何も考えてませーん」、って顔してろ、馬鹿。


 っていうか、マジで恥ずかしくなってきた。この状況。一人で意気込んで、一人で全部やってやろー、なんて思ってよ。全部見透かされて、全部聞かれて。うん、なんつーか、死にたい。いや、死なないけどな? 死なねぇけど、うん。死にたい。


 フランチェスカが空気を読まずに真面目な顔を俺に向ける。


「試練は、いつ行いますか?」


 ため息を一つ。ったく、全然格好つかねぇよ。馬鹿。


「これからだ。善は急げって言うだろ?」

無事おっさんとアスナが仲直りしました。

おっさん、仲直りの仕方が強引だぞ。

それ、イケメンがやるやつだから、おっさんがやるやつじゃないから。


そして、おっさんがタナトスの試練を受けます。

がんばえー! お前にはアスナのしゅじんこ(略)


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とーっても励みになります。いんすぱいあーざねくすと!!(ネタ切れ)


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誠にありがとうございます。

え? あー、うーん。生きる!!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] アスナ達、すぐに出て来ないで、ゲルグがもうちょっと格好良いセリフ吐いた後に出てきたほうが良かったかとw
[一言] アスナちゃん、ゲルグを信じてみる事にしたんですね。 心配する対象の相手を信じて送り出すって簡単に出来る事じゃないんですよね。 この人なら大丈夫きっと生きて帰ってくるとノータイムで即決するには…
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