第七話:弱きもの、守るべきものを守る。それが騎士の務めにほかならない。全力を持って護る。誓おう
「あー、クソっ。眠ぃ……」
結局昨夜は日付が変わる頃までミリアにメティア教の教義を朗読させられた。ちっとでも覚えたかって? 覚えるわけねぇだろ。ただただ、無心で「貴重」とか言う、メティア教の教典を読んでたってそんだけだ。頭の中になんざ一欠片も残っちゃいねぇ。
欠伸を一つ。今日もフランチェスカから呼び出されている。今日はなんだったか。守護の精霊だったか? そいつから、情報を引き出して、んでもってアスナに攻略法を伝える、と。
とは言え、アスナとは一昨日から話してもいねぇ。廊下ですれ違ったりした時に、ちょっとばかし話しかけようとするんだが、なにやら微妙は表情を浮かべて、逃げていきやがる。せめて話ぐれぇ聞けよ馬鹿。
他の連中もどうせ小聖堂に集まるんだろ。腐っても魔王討伐を果たした一行だ。今の状況を他人事だと傍観するような奴はいねぇ。
あ、ほら。見知った背中が見えてきやがった。俺はそいつに走り寄って、肩に腕をかける。
「おーい。キースぅ。てめぇ、昨日は一人で逃げやがって」
「う、お。ゲルグか。い、いや、昨日は済まなかった」
「謝って済むなら、公僕は要らねぇんだよ。あのなぁ、俺があの後どんな目にあったかわかってんのか?」
「う、む。い、いや。推測もできんし、その表情を見て聞きたいとも思わん」
「だろうよ。ったく。とんだ貧乏くじだよ」
キースの肩にかけた手を振り上げて、バシンっと背中をぶっ叩く。
「い、いや。すまん。あそこまで妙な雰囲気をだしているミリアは初めて見てな」
そうか? 結構笑顔で凄む奴だと思ってたがな。エリナとは違った怖さがあるんだよな。いや、物理的な怖さとかは感じねぇんだがな。なんか、呪われそうっつーか、なんっつーか。
「私がどうかしましたかぁ?」
背後から突然かけられた声に、俺とキースが揃って、びくりと身体を震わせた。噂をすればなんとやら、とか言うがよ、ここまでタイミングがピッタリだと、恐ろしくしか無い。しかも、別に対生物センサーをオフってたわけじゃねぇ。そりゃ多少油断はしてたがな。ある程度気配を消して、俺達の後ろに忍び寄りやがった。
「よ、よぉ。ミリア」
「おはようございます。ゲルグ。教義は覚えられましたか?」
ギクッ、と身体が震える。ここで、バカ正直に「忘れましたぁ」、なんて言おうもんなら、どんな目に遭うやらわからねぇ。
「お、おぉ。ば、バッチリだ! 知りたかったことも、全部知れたしな! べ、勉強になった、あんがとよ!」
嘘だ。覚えてるはずねぇだろ。
「へぇ、そうなんですかぁ」
やべぇ。この笑顔が滅茶苦茶怖ぇ。ちらりと横目でキースを見るが、奴も同じ感想を抱いているっぽい。顔面蒼白になってやがる。
「第五章、第十六節……」
「は?」
「第五章、第十六節は、なんですか?」
「は? え? い、いやー、えっと……。な、なんだったかなぁ。丁度そのへんだけ忘れちまったかもなぁ」
「そうなんですか。しょうがないですね。では、第一章、第五節は?」
覚えてるわけねぇだろうがよ。一晩でそんな覚えられたら、世界中で文官になりてぇ連中が消え去るぞ。
だがやべぇ。これを答えられなかったら、俺はどうなっちまうんだ? いや、でも覚えてねぇ。覚えてねぇんだよ。
「い、いやー。その辺りも覚えてねぇなぁ」
「ゲルグ……。今夜も一緒にメティア教の教典、読みましょうか。一緒に」
「……はい……」
俺は今夜もほぼ徹夜になるらしい。もうちょっとぐれぇ気遣ってくれよ。
小聖堂に入ると、エリナとフランチェスカが難しそうな顔でなにやらコソコソ話をしていた。
「よぉ。何の話してんだ?」
「げっ、悪党……。アンタには関係ない話よ」
エリナ……。お前、俺を見てあからさまに嫌そうな顔すんのやめろよ。っていうか、俺がここにくることなんて分かりきってたことだろうがよ。そんなに嫌なら、自分の部屋でだらだらしてろよ、ボケ。
「エリナ様。この際です、皆様に全て情報を共有するべきではないでしょうか?」
「え? ……うーん。フランチェスカがそう決めたんなら、アタシはそれでも良いと思うけど……。でも、このおっさんがこれから守護の精霊と問答するってのに、要らない情報を与える必要も無いんじゃない?」
「いえ、ことはいつ起こるかわかりません。もしかすると、儀式の最中、ということも十二分にありえます」
「そうねぇ。わかった。フランチェスカの思う通りにすると良いわ」
「はい」
何の話だよ、何の。置いてけぼりにするんじゃねぇよ。
「フランチェスカ様? エリナ様? 一体何のお話ですか?」
ミリアが不思議そうな顔で問いかける。
「はい……実は……」
フランチェスカの話した内容は、まぁ実にわかりやすいものだった。教皇庁――この建物のことと同時に、この建物に入っている聖公国の行政機関もそう呼ぶらしい――の中で不穏な動きがあるとかってぇ話だ。メティアーナの警護を厳重にした副次的効果で、「不穏な動き」、が有るってことだけが分かってるってぇ話だ。
叡智の加護なんてものを与えられたフランチェスカでも、流石に見通せることと見通せないことがある。「万能じゃない」なんて言っていたのは、確からしい。
そんで、お抱えの諜報員に探らせたところ、そこそこ偉い役職についている連中が怪しげな動きをしてる、ってぇことだ。っていうか、お抱えの諜報員ってなんだ。いや、まぁ、宗教の総本山とは言え、国は国だ。諜報員やらなんやらはいるんだろう。だが、フランチェスカみてぇなガキから、「お抱えの諜報員」、なんて単語が出てくると、少しばかりぎょっとする。
そんでもって、怪しげな動きをしていることは確かなんだが、連中も一筋縄じゃねぇ。尻尾は中々掴ませちゃくれねぇらしい。
「何をしようとしているのかはなんとなく把握しているのですが、肝心の規模とタイミングがわからないのです……」
「そこからはアタシから話すわ。何をしようと、っていうか裏で誰が暗躍してるのか。簡単に推測できるでしょ?」
あぁ、簡単な問題だなぁ。
「アリスタード……」
「小悪党にしちゃ察しが良いわね」
そりゃ、この状況で、誰が裏で手ぐすね引いているか、んなもん馬鹿な俺だってすぐにわからぁ。
「私直轄の信頼できる人間を中心に警護を強めているのですが、いつくるのかがわからないと、ただ消耗するのみで……」
来ることはわかっているのに、いつ来るか分からねぇ、これは意外と厄介だ。ただただ、消耗していく。徐々に体力が減っていく。アリスタードで締め出されそうになった時、このやり方には随分苦しめられたもんだ。
だが、その経験から言う最善解、それは……。
「気にするな。気にしてもしゃーねぇ」
そう。それだけだ。気にしねぇ。何かが起こり始めた時、その時になんとかすりゃあ良い。
「で、ですが!?」
「お前さんの小せぇおつむが優秀だってこた、俺も良く分かってる。そんなお前さんが、いくら考えても、いくら見通しても、分からねぇんだ。気にするだけ無駄だ」
「つまり、無防備で待ち構えろ、と?」
「ちげぇ。最大限の準備は整えながら、そのことはもう心配すんな、って言ってんだ。『最大限の準備』なんざ、フランチェスカ、お前さんならもうとっくに終わらせてんだろ?」
このガキは、優秀すぎるほどに優秀だ。裏切り者が誰なのか、ある程度は把握してんだろう。だが尻尾はつかませない。それは、あっち側も慎重にコトを運んでるってことだ。
気にするだけ無駄。
つまり、行きあたりばったりってやつだ。
「いいか? 今できること、今やるべきことに集中するべきだ。明日来るかもしれねぇ、明後日来るかもしれねぇ、そんなモン、気にするだけアホらしい。明日で良いことは明日やれば良いんだよ。少なくとも今じゃねぇ」
今、この瞬間に集中する。これは悪党として生きてきた俺の哲学の一つだ。明日死ぬかもしれねぇ。しょっぴかれるかもしれねぇ。だが、んなこと気にしてどうなる?
心配して飯が食えるか? 今日の仕事を完璧に終わらせられるか? 答えはノーだ。明日の心配してる暇なんざあったら、今向き合ってる問題を解決すべきなんだよ。
「……理解、しました。仰るとおりですね……」
「バーカ。おっさんの経験則と、ただの戯言だ。あんま当てにすんじゃねぇ」
叡智の加護ってやつが、どんな加護なのか、その本質については俺ぁ知らねぇ。だが、その言葉ヅラから、なんとなく滅茶苦茶色々知ることができるんだろうな、って予測はつく。
そんなフランチェスカが、「分からねぇ」って言ってんだ。これ以上、あれこれ心配してもしょうがねぇだろうがよ。
「……ゲルグ。悔しいけど、アンタ良いこと言うわね……」
「そりゃ光栄だよ」
頬をポリポリと掻く。
「それに、こっちにゃ、無敵の勇者サマ御一行がいる。ちょっとやそっとじゃやられやしねぇ。だろ? キース」
「む? 何故そこで俺に振る?」
うるせぇよ。てめぇが、「俺には関係ありませーん」、みてぇな顔してっからだよ。脳筋が。もうちょい頭脳労働ってのを覚えやがれ。
「何があっても、お前が全員守る。それがお前の仕事だろ?」
「……貴君の言うとおりだ。弱きもの、守るべきものを守る。それが騎士の務めにほかならない。全力を持って護る。誓おう」
「んじゃ、そーゆーことで
話は纏まったな。こんなんテキトーで良いんだよ。襲撃が怖くて国際手配犯やってられっかっての。
「ほれ、フランチェスカ。今日は守護の精霊だろ? さっさと終わらせんぞ」
「はい」
フランチェスカが祭壇の奥にパタパタと走っていく。やれやれ。心配性ってのは、程々なら丁度いいんだがな。行き過ぎると自分の首を締めるんだよ。
昨日と同じように、フランチェスカが何かを唱え、光る。
「ゲルグ様。ご無事を……」
「任せとけって」
もう慣れたよ。この感じは。
意識が途切れる。
……どこだここは? あぁ、アリスタードの地下牢だな。ここでアスナと一緒に城の兵士共と一戦交えたんだったっけな。尤も俺はただ鍵を開ける、それだけしかやっちゃいねぇが。
「ふむ。貴様がゲルグか……」
筋骨隆々のハゲ。雰囲気はキース。そんなおっさんが俺の目の前に立っていた。うん。やべぇな。俺の経験上、こういう奴とはウマが合わねぇ。水に油ってやつだ。
「気に食わんなぁ。気に食わん」
ほらぁ。ほらほらほら。対面して数秒で、「気に食わねぇ」、とか言い出しやがった。こういう手合いの奴とは気が合った試しがねぇんだ。キースとも最初はいがみ合ってたしな。
「貴様に『守護』の真髄、それが分かるか?」
藪から棒になんだよ。ハゲ。スリやら空き巣やらをしてきた、小悪党にんなもん分かるわけねぇだろ。
「だろうな。その貧弱な肉体。貧弱な精神。勇者を『守ろう』と決めた。その志自体は立派ではあるが、それに何もかもが追いついていない」
「んなこた、てめぇに言われなくても分かってるよ。馬鹿。そういうクソッタレな問答をしに来たわけじゃねぇんだよ」
「守護! その本質は、鍛え上げられた肉体!! そこにあるっ!!」
あ、だめだ。こいつ。人の話を聞かねぇタイプだ。俺の中の苦手指数が数ランク上がった。
「鋼のような肉体。しなやかな筋肉。そして、その筋肉に裏付けされた、精神ッッ! それこそが守護!!」
黙れ脳筋。だからそういう問答をしに来たんじゃねぇっつってんだろーがよ。
っていうか、守護の精霊の司る魔法は、神聖魔法の一つだろうがよ。神官の全員が全員、んなムキムキマッチョメンなはずねーだろうがよ。ミリアはどうするんだ? ミリアは?
「あぁ、あの娘か。あの娘は実に良かった。実に良い肉体を持っていた」
……筋肉とかとはちょっとちがくねぇか? いや、確かにそこは同意するけどよ。魅力的な乳と魅力的なケツだよな。うんうん。わかるわかる。
「なんと! お主にもわかるかっ!」
どうやら、このムキムキマッチョなハゲは、筋肉愛好者な上に、ドスケベなおっさんにほかならねぇらしい。いや、まぁ、男なら誰だってわかると思うよ? あのボディは魅力的だ。ボン・キュッ・ボン。理想的だ。
身体だけだがな。顔はあのお人好しを絵に描いたような表情が、正直言って相容れなくはある。
だが、敢えてもう一度言おう。あのボディは、男の浪漫だ!
「な、ななな!?」
おっさんがプルプル震え始めた。なんだってんだ? 一体。
「同志!!!」
あー、うん。今まで会ってきた精霊の中でも、特段キワモノだよ、このおっさん。守護の精霊? んな名前ふさわしくねぇ。エロタコオヤジで十分だ。
「勇者もまた良かった……。あれはあれで良い。スラリとした肉体。そして内に秘めた、熱い心。ほとばしるパッ……ション!!!」
えぇ? 守備範囲広いな。素直に感心はするが、もうちょっと素直に言うなら、端的に気持ち悪い。
つまりアレか? でかくても、小さくても良いってことか?
「そうなるな」
「そりゃ見境なしっていうんだよ」
「そうともいうな」
「そうともいうな」、じゃねぇよ、馬鹿野郎。俺はため息を押し殺すのに、滅茶苦茶に苦労したのだった。やれやれだよ、ったく。
イージスさんはエロタコオヤジでした。
鼻息荒く詰め寄る、ムキムキマッチョメンなハゲ……。
端的に言って怖いですね。
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とーっても励みになります。いんしでんと!!(ネタ切れ)
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天寿を全うしてから死にます!