第六話:い、今はそういうことをやっている場合ではあるまい?
「死の精霊の試練、それをどのように突破するか、そういう話で間違いないかね?」
「話が早くて助かる。そのとおりだよ」
メガネをかけたナイスミドルが、難しそうな表情を浮かべて、顎に手をかける。そんな姿もサマなるな。なんっつーか、もはやいけすかねぇとかそういう感情すら出てきやしねぇ。
「難しい問題だね。彼は何分、気まぐれが過ぎる。風の精霊よりも、気分屋だ」
言いてぇことは、うん、理解できる。その日の気分で他の奴をぶち殺す。そんなタイプだ。人間なら悪党界隈でも爪弾きにされる。
「その認識は、なかなかどうして当たっているね。仮に人間だったとして、彼が社会に受け入れられるとは思わない」
「そうだろうな。あいつが仮に人間だとしたら、『タガが外れてる人間』に他ならねぇ。悪党だろうと、善人だろうと受け入れられる度胸のある奴はそういねぇだろうよ」
「正鵠を射ているよ。君は中々に頭の良い人間みたいだね」
頭がいい? 馬鹿言え。ただの小悪党が頭が良いはずねぇだろうがよ。
「地頭の良さ。理解力の早さ。自身の世界を確りと持っていて、それから外れたことに関しては、理解を諦めるところが悪い癖だとは言えるだろうがね。人間としては十二分に優秀だよ。君は」
「そりゃどーも」
「はは、そういう問答をしにきたんじゃない、そんな顔だね。ふむ……」
なんだろうな。今まで話したどの精霊よりもマトモだ。びっくりするぐらいマトモだ。キワモノばっかだと思ってたよ。
「治癒の精霊は恐らく、勇者に『殺意』を理解させなさい、とアドバイスしただろう」
「よく分かったな。何だ? 精霊同士のネットワークみたいなものがあんのか?」
「いや、彼女の性格からそうアドバイスするだろうな、という単なる推測でしかない」
単なる推測で、そこまでピタリと言い当てるとか、さすが、医術を司る精霊だよ。頭が良いんだろうよ。いや、精霊に「頭が良い」っていう表現をしていいものなのかはわからねぇがよ。
んでもって、説明もわかりやすい。今まで頭の良い連中はいくらだって見てきたが、こうも他人にわかりやすく説明できるおつむにはお目にかかったことがねぇ。いや、エリナもいい線いっちゃいる。だが、あいつは意識しねぇと、感覚での説明になりがちだ。
「では私は、ある意味逆のアドバイスをしよう。勇者に『殺意』というものを理解させるのは良い。だが、それを決して是とさせないことだ。殺意を理解しながらも、それをコントロールできる。そういう方向に誘導してあげなさい」
殺意をコントロール?
いやいやいや、コントロールできねぇのが殺意だろうがよ。頭に血が昇って、「こいつぶっ殺す」ってなる。それが殺意だ。コントロールして殺す? そりゃ殺意じゃなくて、仕事やら職務やらそういうので人を殺すってことだ。そこに殺意なんてねぇ。
「考えている通り。人間には難しい課題だ。だが、殺意を出したり引っ込めたり、それができること。それが重要だ。慈愛をコントロールするように、憎しみをコントロールするように、怒りをコントロールするように、殺意もコントロールするんだ」
「言うにゃ簡単そうだがよ……」
「ははは、君が思うよりも、勇者は優秀だ。きっとすぐにできるようになる。というよりも、『できるようになるように、イベントが用意されている』、といった方が近いかな」
イベント? はぁ? 何言ってるんだ? こいつ。
「あぁ、君に理解できると思っていないよ。そうなっている。そのように捉えておけば良い」
「つまり、流れに身を任せろってか?」
「それも違う。イベントは起こる。しかし、そこから選び、掴み取るのは人間の特権だ。彼女がそうなりそうになかった時、君の助けを必要とするだろう。その時は助けてあげたまえよ」
なんのこっちゃよく分からねぇが、これから何かが起こって、それによってアスナが変わるきっかけが与えられる。そういうことか?
「そういうことだ。君は本当に頭が良い。誇って良いよ。……さて、時間だ。予想以上に君との問答は楽しかった。時間を忘れる程度にはね」
「そりゃあんがとよ」
「武運を祈っているよ。一応見守ってはいる。どういう帰結になろうが、手出ししたりはしないがね」
眼鏡の奥の漆黒の瞳を携えた目が細められる。
そして俺はまた意識を遠くの方に飛ばされた。
意識が小聖堂に戻る。フランチェスカが少しばかり心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……話してきた。いやー、医術の精霊、話が通じる良いおっさんだったなぁ」
「ご無事で何よりです。というか、医術の精霊が、おっさん? 医術の精霊が人間の前に顕現する時、美しい女性の姿だと言い伝えられていましたが……」
「あぁ、なんか飽きたってよ」
「飽きた……」
なにやら、フランチェスカが驚いたような、呆れたような、信じられないものを聞いたような、複雑な表情を浮かべた。
いや、なんちゅー顔してんだ。このガキは。
「……あ、いえ。すみません。ゲルグ様とお話していると、精霊という存在が、存外身近なものに感じてしまってですね」
「身近っていうか、ほぼ人間とそっくりだな。考え方も見た目も。内心どう思ってんのかは知らねぇがよ」
「そ、そうですか……」
なんっつーか、すげぇ微妙な表情を浮かべてやがる。ん? そんな変なこと言ったか? あぁ、こりゃなんか見たことのある顔だ。夢が壊れちゃいました~、って顔だな。
「……すまん、なんか夢、壊したか?」
「い、いえ。あの……、はい、そうですね。もっと神聖で、尊い。そんな存在だと想像していたもので」
「まー、普通の人間とは確かに雰囲気は違うなぁ。でも、そんな大きく人間と変わりゃしねぇような気もするなぁ」
「『精霊メティアは自身を模して、精霊を作り、そして精霊を模して人間を作った』……、ですか」
「あん?」
「メティア教、教典、第一章、第六十二節です」
「うん、わからねぇ。まぁそういうことは置いとけ」
もっとしなきゃならねぇ話があんだろ?
「あ、あぁ、すみません。それで、医術の精霊はなんと?」
「殺意を理解しつつもそれを是とするな。殺意をコントロールしろ、だとよ。出したり引っ込めたり、自由自在にできるようになれっつってたよ」
「それって……」
「滅茶苦茶無理難題だな」
聖人君子なら、そもそも殺意なんて抱かねぇ。殺意を抱くような奴は、衝動的だ。殺しをしたからっつって、殺意があったかどうかは無関係だ。
殺意、んなもんは、実に衝動的な感情だ。
「……どうしろと仰っているのか……」
「あ、そういえば、それを手にすることのできるイベントが起こる、とか言ってたな」
「イベント、ですか?」
「あぁ、よくわからなかったがなぁ。なんか起こるから、その時は俺がアスナを導いてやれ、ってよ」
俺がそんな大層なことできるのかどうかは不明も不明だがな。
「……理解しました。直属の神官に言って、メティアーナの警護を強化します」
あん? なんでそういう話になる? その論理飛躍が全然理解できねぇ。
「アスナ様が殺意を抱く出来事が起こる……。この街に危険が及ぶ可能性が否定できません」
「そうなんか?」
「ゲルグ様。アスナ様に殺意を抱かせようとした時、あなたならどうしますか?」
アスナに殺意を抱かせる……。うーん、難しいなぁ。どうするか。うん。どうするか……。ふと、アリスタード大陸の転移の洞窟での光景がよぎった。
「人間を、殺さざるを得ない状況にするな。限りなく不本意な方向で」
「そうなりますよね。なればこそ。恐らく、そのような出来事が起こる可能性が高いです。備えは必要でしょう」
杞憂に終われば良いのですが、とガキが不安そうな顔を浮かべる。
俺は、フランチェスカの一際豪華になったような神官帽を取り上げて、そのブロンドの髪を携えた頭をグリグリと撫で付ける。
「え? は? ちょっ? え?」
「バーカ。ガキがんな顔するんじゃねぇよ」
「えっ? は? えっと……、いえ。はい……あ、ありが、とうございます……」
しっかし、アスナに負けず劣らずこいつの髪もサラッサラだな。サラッサラ。ぐりぐり。
「ちょっと! ゲルグ! アンタ不敬よ! っていうか、女の子の頭をそんな気軽に撫でるってどうなの? ロリコン? ロリコンなの? やっぱりロリコンなの? 死ぬ? 死ぬの? ねぇ。殺していいの?」
エリナがうるせぇ。馬鹿。そんなんじゃねぇだろうがよ。どう見ても。あと俺はロリコンじゃねぇ。
「ガキはな、大人という大人が甘やかしてやらねぇといけねぇんだよ」
俺は甘やかされるとかそういう扱いを受けなかったからな。自分が欲しくて欲しくてたまらなかったもの。ガキがそれをどれだけ欲しがっているのかなんて、理解してるつもりだ。
だから、甘やかしてやらねぇといけねぇんだよ。それは、こいつがガキで、俺が大人だからだ。
さて、昨日とおんなじで、うん。疲れた。
「さ、今日は終いだろ? 解散だ」
そう言って外野の方を向く。ゴゴゴゴ、と音が聞こえてきそうな雰囲気を発している奴が一人いた。ミリアだ。どうした? 怒ってんのか? キースがドン引きしてるぞ?
「ゲルグ……。貴方ってそういうとこ、ありますよね……」
「そういうとこ、ってどういうとこだよ」
「知りません」
そう言って、ミリアがパタパタと小聖堂を後にした。なんのこっちゃ?
「……ゲルグ、今のはアンタが悪いわ。全面的にアンタが悪い」
「はぁ? 俺の何が悪いんだよ」
「ぜーったい教えてやんない!!」
やいのやいのいいながらも、その日は解散となったのだった。
「さ、キース……。作戦の内容は頭に叩き込んだな?」
「う、うむ……。だが、良いのか? い、今はそういうことをやっている場合ではあるまい?」
「馬鹿。息抜きなんて誰にだって必要だろうがよ。ベストなコンディションに持っていくために必要なことなんだよ。それにな、別にムフフな店に行くわけじゃねぇ。そういうサービスを受けるわけでもねぇ。そもそも相手は神官だ。どうこうなりゃしねぇ。いいか? 俺達はただ、話をしにいく、それだけなんだよ。どこに良いとか悪いとか、そういう判断が介在する余地があんだよ」
「う、うむ。確かにそうだが……」
解散し、自室に戻った俺は、キースを誘って女神官が集められた聖堂、その入り口にいた。小聖堂から、帰る時に聞いちまったんだ。今日の夕方、つまり今だ。女神官だけが集まって精霊メティアに祈りを捧げる、なんて話をな。
女神官が滅茶苦茶集まる。いや、全員が全員美人なはずはねぇ。そりゃブスもおばはんもババァもいるだろうよ。とは言え、神官だ。皆小綺麗にしちゃいる。薄汚ぇ奴はいねぇ。清潔感に溢れてるに決まってらぁ。
そして俺には今、魔王討伐パーティーのキースという強力な味方がいる。
メティア教にとって、魔王ってのは不倶戴天の敵。そいつをぶっ殺した勇者。その仲間。そして爽やかイケメン。童貞だが、イケメンはイケメン。そんなキースと仲の良い俺。完璧だ。
通りがかったふりをして、話しかけりゃ、見事に黄色い声ってわけだ。ちやほやされる。それだけでもはや良い。とにかく、大勢の女にちやほやされてぇ。そんな童貞のちっちゃな望み、誰が責められる? 誰にも責めさせねぇよ。
ちらりと、聖堂の中を覗き込む。おぉ、おぉ。意外も意外。結構べっぴんな姉ちゃんもいる。なんだ? 神官ってのは、見た目も重視されんのか? いや、んなこたねぇのは分かってる。
「さ、行くぞ。キース。俺達はただ、女神官とオハナシしに行くだけ。別にやましい気持ちなんて持っちゃいねぇ。そうだろ?」
「う、うむ……。そ、そうだな」
ふっ。ちょろいな。
さて、行くぞ、とキースの腕を引っ張って、女神官の集まる聖堂に入ろうとした。だが、キースが岩のように固まって動かねぇ。なんだ? どうしたんだよ。
「どうした、キー……ス……」
いや、そりゃ固まるわ。笑顔なんだ。ひたすらに笑顔なんだがな、その威圧感が半端ねぇ。
「ゲルグ? キース様? 何をなさっているのか、ご説明いただけますか?」
「み、ミリア……、いや、あのな。ちょ、丁度ここを通りかかってよ。こ、こんだけ神官が集まってりゃ、メティア教の教義を教えてもらえるんじゃねぇかって、お、もって、よ……」
「へええ。そうなんですかぁ。ゲルグはメティア教に興味がお有りなんですね?」
「はは、へへへ、お、おう。興味が、お有りです」
「いいですよぉ。私が、しっかりと教えて差し上げますから、その聖堂の中に入っていく理由、なくなりましたね?」
「そ、そうだなぁ。そういうことになるなぁ。な、キース……」
「キース様なら、用事があると仰って、もうどこかに行かれましたよ」
は? マジかよ。あいつ、逃げやがった。
「さ、ご興味のある、メティア教の教義について、たっぷり教えて差し上げますからね」
うん。ごめんなさい。別にそこまで興味はねぇ。ただちやほやされたかっただけなんだよ。キャーキャー言われたかっただけなんだよ。別にその黄色い声が俺に向かってなくても良かったんだ。キースのおこぼれ程度で十分だったんだ。
だからよ。だから、そんな力強く引っ張んなって。笑顔が怖ぇんだよ。
ぶつぶつと、「今どういう状況だと思ってるんですか」やら、「信じられない」やら、「不潔です、不潔」やら、なんやら聞こえるが、一度反論しようものなら、どでかいしっぺ返しを食らいそうなのでやめておいた。
キースの野郎。一人だけ逃げやがって。あいつ、後でぶっ殺す。
その後? ひたすらメティア教の教義を朗読させられるなんっつー苦行が課せられたのは言うまでもねぇ。
医術の精霊との問答が終わりました。
殺意をコントロールするって非常に難しいと思います。
でも大丈夫! アスナのしゅ(略)
んで、おっさんがまた脳筋を悪の道に誘おうとして失敗しています。
そういうとこだぞ。
ミリアさんもそりゃ怒るぞ。
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とーっても励みになります。ねばーえんでぃんぐ!!
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もはや、何があっても生きます!!