第五話:その想い、確かに受け取った
「アンタ、ほっぺに紅葉付いてるわよ」
「アスナの野郎。思っクソビンタしやがって」
小聖堂を後にした俺達五人は、気まずさを紛らわすかのように他愛もない話をしながら、客室に戻る廊下をだらだらと歩いていた。
「馬鹿ね。アスナが本気でビンタしてたら、アンタの首が吹っ飛んでるわよ」
「あー、そらそうかぁ。あいつ手加減うめぇんだなぁ」
手加減うめぇっていやぁ、エリナも十二分に上手いほうだよな。さんざっぱら俺に魔法をぶち当てといて、俺は毎度ボロボロになる程度で済んでるんだからよ。いや、天晴だよ。
「それで、有用な情報は得られたのですか?」
「あぁ、ミリア。なんでも、まずアスナに『殺意』ってのを理解させろってよ」
俺の言葉に、エリナが、ミリアが、キースが、得も言われぬ表情を浮かべる。それが如何に難しいことなのかってのは、こいつらが一番理解してんだろう。
殺意。アスナからは程遠い言葉だ。確かにあいつは魔物を殺す。だが、そこに「殺意」なんてものはない。あるのは人を守りたいなんて思いやら、義務感やら、責任感やら、そんなもんだ。
「殺意……か」
なんだ? 脳筋。お前にしちゃ、よく喋るじゃねぇか。
「なんか思うところがあんのか? キース」
「……俺も殺意というものを理解しているかと言われたら、正直微妙だ。殺意とは、なんなんだろうな」
あぁ? そんなん簡単だろうがよ。
「『てめぇをぶっ殺す』って、ただそれだけだよ」
「そんなものなのか?」
「そんなもんだよ。殺意。単純明快な感情だ。苛ついて、『てめぇ、殺す』って思う。実にわかりやすいじゃねぇか」
殺意を向けられたことなんざ、いくらでもある。それを抱いた経験も、だ。具体的にはそうだなぁ。グラマンなんざには、毎日のように、「いつかぜってー殺す」、って思ってたなぁ。
「っていうか、アンタが治癒の精霊と話して、それで不興を買わなかったってのが、マジで疑問なんだけど」
「不興なんて滅茶苦茶買ってたぞ。『縊り殺す』なんて言われたな」
「……アンタ、よく生きてるわね……」
「あぁ、なんでも、メティアが俺を気にかけてる、なんてそう言ってたな。なんで気にかけてるのかはよくわからないそうだが」
数秒間無言になる。ん? なんか変なこと言ったか?
「え……っと。治癒の精霊が、そう仰っていたのですか?」
「あぁ。よく分からねぇがな」
そんな驚くようなことなのか? 俺は精霊メティアとやらがよく分かってねぇ。なんでお前らがそんな顔するのか、全く理解できてねぇんだが。
「ゲルグ様が精霊に愛されている、その証拠です」
「治癒の精霊は俺のこと滅茶苦茶嫌ってたがな。あれ? でも最後はなんか認められたような、そんな雰囲気になってたな……」
ミリアとエリナが、どでかいため息を吐く。
「ねぇ、ミリア……。無知って罪だと思わない?」
「エリナ様……。私も似たようなことを考えていました……」
やめろよ。そうも揃ってため息を吐かれると、その、なんだ。傷つくぞ?
「ゲルグ……。精霊メティアは、そのほとんどの感情を切り離して、現世に精霊を遣わしました。今の精霊メティアは、信仰の対象ではありますが、その実態は残骸のようなものだと、そう言われています」
「そうそう。だから、『気に入ったー』とか、そういう感情を持つって、本来ならありえないの」
うーん。メティア教の教義にゃ明るくねぇから、ピンと来ねぇんだが。
「そんなもんなんか? フランチェスカ」
「え、っと。まぁ、はい」
へー、ふーん、ほー。
「まぁ、どうでもいいだろ。よく分からねぇが、なんか都合の良い感じに進んでるってそれだけだろ?」
エリナとミリアが顔を見合わせてまたため息を吐く。
「ミリア……。こいつに、メティア教の教義を叩き込んだ方が良いんじゃない?」
「……それは……無理難題ですね……」
おい、ミリア。苦笑いするんじゃねぇ。おっさんの記憶力を舐めんな。多分一割も暗記できねぇぞ。
「ま、いいわ。言うだけ無駄ね」
無駄って言われるのも、それはそれで、うん。ちょっとばかし傷つく。
「げ、ゲルグはそのままで良いってことですよ」
フォロー下手かよ。表情がそうは言ってねぇんだよ。
「とにかく、アンタ。アスナと仲直りしときなさいよ。アタシ達が気まずいんだからね」
「……あぁ、確かになぁ。善処するよ」
そんなこんなで、その日は解散となったのだった。
自分の客室で横になりながら、煙草を吸う。アスナの野郎。なんであんな怒ってやがったんだ? 理解できねぇ。
ってか、自分のことを棚上げし過ぎだろうがよ。てめぇは命の危険がありそうなところに進んで飛び込んでいくってのに、俺には辞めろだ? アホかよ。
しかし、仲直りねぇ。仲直りってどうやるんだったか。悪党は単純だ。仲違いしたら、もうそいつとは顔を合わせねぇ。ウマの合わねぇ奴といくら仲良しこよししても、意味がねぇってのを理解してっからだ。
仲直り、仲直りねぇ。うーん。
ふーっ、と煙を吐き出す。あそこまで泣かれて、ビンタされて。その後で、何も有りませんでした、ごめんね、めでたしめでたし、とはいかねぇだろ。常識的に考えて。
っていうか、なんで俺が謝んねぇといけねぇ? いや、別に謝りたくないわけじゃねぇ。謝る理由が理解できねぇんだよ。そんな状態で、言葉だけで「すまねぇ」、なんて言った日にゃ、状況が悪化するに決まってんだろ。
ぼんやりと思考を巡らせていると、扉の向こうに、人の気配。この遠慮のねぇ気配は、あれだな。脳筋キースだ。
いささか強めなノックの音が部屋に響く。
「おう、入れ」
「邪魔する」
キースがそのどでかい身体をくぐらせて、部屋の中に入ってきた。
っていうか、俺、こうやって横になってる時に限って、誰か部屋ん中に入ってきやがるな。ちったぁ休ませろよ、おっさんを。よっこらせ、っと上体を起こす。
「なんの用だ?」
「いや、貴君の言っていたこと。少しばかり考えてみた」
「俺の言ってたこと?」
なんだったっけか。なんか言ったか?
「アスナ様が、怖く感じなかったのか、と」
あぁ、んなことも言ったなぁ。色々有りすぎて忘れてた。
「すまん。ありゃ、俺の八つ当たりだ」
「いや、俺も貴君の言葉に考えさせられた。いや、考えなければならないと感じた」
そんな大層なこた言ってねぇはずなんだがなぁ。
「勇者という肩書き。それは何よりも重く尊い。事実アスナ様は一度は魔王を打倒した」
「そうだな」
「いつだって、アスナ様はパーティーの要として、魔物を、魔族を、打倒する。そんな役割だった」
「だろうな」
「……忘れていた。アスナ様は今は十六歳。魔王を倒すために旅をしていた頃は十五歳……。勇者という肩書きに、俺は大事なことを失念していた」
それはアレだ。お前一人じゃねぇ。多分本当の意味で最初からそれを理解していた奴は、エリナだけだ。
あいつは、アスナの幼馴染だ。んでもって、アスナ大好きっ娘だ。エリナだけが、アスナをアスナとして認識していた。多分な。
俺だって、アスナを「勇者」だと思ってた。ガキだガキだ、なんて思っていながら、その根っこの部分は、あいつは「勇者」だからなんもかんも上手くやるだろ、なんて思っていた。
気づくのが遅かったが、単純にそういうことなんだよ。
「アスナ様は、まだ子供。あの方に、重責を背負わせる。その意味を理解していなかった」
「キース。そりゃ、俺も一緒だ。だから『八つ当たりだ』っつったろ。俺もアスナを勇者なんて先入観をもって見ちまってた。一緒だよ」
「……だが……」
「世界中がそう思ってんだ。仕方ねぇ。仕方ねぇことなんだよ」
「だが!」
「いいじゃねぇか。今気づけた。それで。これからは、いくらでもあいつをガキとして甘やかしてやりゃ良い」
「……そうだな……」
そう。ガキは大人に甘えてなんぼなんだよ。アスナは強い。こと魔物と戦うってなりゃ、そりゃもう強い。
だが、どんだけ強くてもガキはガキだ。そのことを俺だって忘れてた。いや、分かっていたようで分かっていなかった。
「アスナは、きっと……」
「『きっと』、なんだ?」
「いや、あいつはよ。ババァの屋敷でもそうだったが、自分が勇者であることを、一番理解してんだよ。自分が怖がりゃ、ミリアが、エリナが、お前が怖がる。それを理解してる」
馬鹿だよな、って笑う。
「魔王をぶち殺したときも、多分そうだったんだろうよ。一番怖がってたのは多分あいつだ。だが、それを表に出したら、お前らが余計に怖がる。だから、表に出さない」
「……そうだったのかも、しれない……」
「だからあいつは、アスナは勇者なんだよ」
でもよ。そんなのクソッタレじゃねぇか?
「アイツを甘やかしてやれる奴が必要なんだ。エリナじゃ無理だ。あいつは甘やかしてやれるが、所詮アスナの幼馴染だ。ただの仲良しこよしになっちまう。ミリアじゃ無理だ。あいつはメティア教の教義が染み付いちまって、アスナを神聖視してるフシがある」
俺の言葉にキースが難しそうな顔を浮かべる。
「キース。お前がその役なんだよ。最年長のお前が」
「最年長は貴君だろう」
馬鹿。俺はそろそろドロップアウトすんだよ。まだ保留も保留の、クソ保留だがな。でも多分、そうなる。
「……まさか、ゲルグ……」
「いいか? これからは、お前がアスナをガキ扱いするんだ。勇者じゃなくて、ただの十六歳の小娘として、あいつをみてやれ。いいな」
「貴君は……そうか。理解した……。俺は止めん」
脳筋にしちゃ察しがいいじゃねぇか。
「頼むぞ。アスナを」
「……胸を張って『任せろ』とは、言えない。だが、その想い、確かに受け取った」
「話は終いだ。俺は寝る。失せろ」
「あぁ、済まなかったな。ゆっくり休んでくれ」
キースが部屋を後にする。
さぁて、段々これからの身の振り方を考えにゃいけなくなってきたなぁ。エリナにはどでかい釘を刺されちゃいるが……。
――足手纏いはごめんだ……。
次の日、俺はまたフランチェスカと共に、小聖堂へやってきていた。
昨日と違うところと言えば、外野がいやがることだ。エリナ、ミリア、キースが長椅子に腰掛けて様子を伺っている。
いや、そんな見つめられると、なんだ。やりにくいことこの上ねぇんだが。
ちなみに、アスナはいねぇ。まぁそりゃいねぇだろう。昨日の今日だからな。どうせ部屋で拗ねてんだろう。
「今日は、医術の精霊です。覚悟はよろしいですか?」
「おー、どんと来いだー」
「なんといいますか、その気の抜けた声、心強いのか、逆なのか……」
「フランチェスカ……。おっさんにそこまでの気概を求めるんじゃねぇよ。若人とはちげぇんだよ。んな、『張り切ってます』なんてできっかよ」
「……心にも無いことを仰っしゃりますね。そこが貴方の良いところなんでしょうけど」
叡智の加護ってのは、厭らしいねぇ。誤魔化してぇところも、誤魔化させちゃくれねぇ。
かっこ悪いだろうがよ。おっさんが、なんかガラにもなく張り切ってる姿なんて。だらしなさそうな感じで丁度良いんだよ。
「では、呼び出します」
昨日と同じように、ブツブツと何かを唱え始める。ややあって、フランチェスカの身体がまたまばゆく光り始めた。
「降りました。ご無事をお祈りしております」
「テキトーにやってくるわぁ」
暗転。
ここは……。思い出せねぇ。どこだ? あぁ、やっと思い出した。リーベで俺が住んでたボロ小屋だ。だから、なんでいつもいつも俺の記憶の中から、場所を選ぶんだよ。そういう演出要らねぇから。
「ふむ、君がゲルグか……。治癒の精霊から、話は聞いた」
メガネダンディ! ナイスミドル! おぉ、こういうおっさんは、なんだ。知的でかっこ良い。俺もこんなおっさんになりてぇもんだ。いや、逆立ちしたって無理なこた、承知してるんだがな。夢見るぐらいは許してくれよ。
「ははは、そう褒めてくれるのは嬉しいがね」
「いや、今までがイケメンやら、幼女やら、詐欺師みてぇな奴やら、爆乳女やらで、キワモノだったからよ」
「……精霊をそういう風に表現する人間を初めて見たよ。面白いね、君は」
「面白いねぇ。そりゃ光栄だよ」
なんっつーか、話の通じやすそうなおっさんだ。
「話が通じやすいかどうかは、これからの君の態度次第になるがね。まぁ、概ね君の思っている通りだよ。今の所協力する気にはなっている」
「そりゃ助かる。んじゃ、俺が聞きたいことももう把握済みってそういうことだよな」
「そうだな。理解している。改めて、私は医術の精霊。よろしくお願いするよ」
「なんとも、ご丁寧に。ゲルグだ。小悪党だよ」
「ふむ。自身を小悪党と言ってはばからない。実に興味深い」
興味深い、ねぇ。いや、興味を持たれても困るっちゃあ困るんだが。ナイスミドルに興味を持たれるよりゃ、べっぴんな姉ちゃんに興味を持たれたい。
「あぁ、すまないね。もともとは女性体で顕現していたのだが、飽きてね。今はこの格好に落ち着いている」
……そりゃ残念だよ……。
「さて、本題に入ろうか」
昨日はワクチンの副反応で、一日死んでました。
いや、きついですね。
なんか、おっさんと脳筋が通じ合い始めています。
いっちゃん歳も近いので良いことなのかもしれませんね。
そして、メガネダンディが登場しました。
精霊ってなんでこうアクの強そうな方々なんですかね?
(書いてる本人が疑問)
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